2006年08月30日

◆道草のすすめ 

 ヒット商品応援団日記No94(毎週2回更新)  2006.8.30.

江戸時代のライフスタイルをスタディしていくとわかるが、当時の教育、識字率(読み書き)は極めて高かった。今日のような義務教育制度がなくても就学率は7〜8割で指南所と呼ばれた学校に通っていた。ひらがなから始まって、そろばん、地名や専門用語、礼儀作法、道徳まで多様な実学を教えていた。17世紀の世界三大都市といえば、ロンドン、パリ、江戸であったが、高い就学率といわれているロンドンでも2〜3割であったと言われている。当時の知的水準、文化の高さと今日の日本のレベルの低さを単純比較はできないが、実感として分かると思う。私が好きな天野祐吉さんは、こうしたことば理解の低さに対し、学習ではなくて、楽習を入り口にしたブログ「ことばの元気学」(http://blog.so-net.ne.jp/amano/2006-05-05)で、こんな話をしてくれている。

”なぜ、こんなことば(からだの一部をつかって感情を表現することば/胸おどる、血がさわぐ等)が生まれてきたか。それは、ことばって有限なのに、人間の感情には限りないひろがりがあるからですね。つまり、有限のことばで無限に近い感情の機微をあらわすために、ぼくらのご先祖さんは、すごい発明をした。そのおかげで、日本語はうんと豊かになりました”

デジタル社会はことばも例外無く圧縮し、いまや圧縮語を使ったコミュニケーションが日常となっている。周知の通り商品のネーミングなどの多くは圧縮を想定したネーミングとなっている。そして、教育という問題もあるが、結果豊かなことばを知らない若い世代が増加していることは、また周知の通りである。そして、感情表現をコントロールできない「キレル」子供が増えており、最近の脳科学では脳の発達を促す方法も模索され始めている状況にある。人間関係の基本である「会話」が、親子間で成立できなくて痛ましい事件に至ってしまうことも周知の通りである。
ところで、時々覗くサイトに糸井重里さんが主催している「ほぼ日刊イトイ新聞」がある。夏休み特集として、読者からの質問に詩人の谷川俊太郎さんが答えるという企画が載っていた。その中に「ことば」の本質を生きる詩人である谷川さんが、お母さんの質問に次のように答えている。

【質問六】
どうして、にんげんは死ぬの?
さえちゃんは、死ぬのはいやだよ。
(こやまさえ 六歳)
追伸:これは、娘が実際に 母親である私に向かってした
   質問です。目をうるませながらの質問でした。
   正直、答えに困りました〜
   
■谷川俊太郎さんの答え
ぼくがさえちゃんのお母さんだったら、
「お母さんだって死ぬのいやだよー」
と言いながらさえちゃんをぎゅーっと抱きしめて
一緒に泣きます。
そのあとで一緒にお茶します。
あのね、お母さん、
ことばで問われた質問に、
いつもことばで答える必要はないの。
こういう深い問いかけにはアタマだけじゃなく、
ココロもカラダも使って答えなくちゃね。

素敵な、なおかつ本質を踏まえた答えだと私は思う。「アタマだけじゃなく、ココロもカラダも使って答えなくちゃね」と答える谷川俊太郎さんの温かいまなざしに多くの人は共感すると思う。アタマという言葉を理屈という言葉に置き換えても、ココロを素直にと置き換えても、カラダを行動すると置き換えてもいいかと思う。
以前、ベストセラー「えんぴつで奥の細道」にふれたことがあった。「えんぴつで奥の細道」の書を担当された大迫閑歩さんは”紀行文を読む行為が闊歩することだとしたら、書くとは路傍の花を見ながら道草を食うようなもの”と話されている。けだし名言で、今までは道草など排除してビジネス、いや人生を歩んできたと思う。このベストセラーに対し、スローライフ、アナログ時代、大人の時代、文化の時代、といったキーワードでくくる人が多いと思う。それはそれで正解だと思うが、私は直筆を通した想像という感性の取り戻しの入り口のように思える。全てにおいて瞬時に答えが得られてしまうデジタル時代、全てがスイッチ一つで行われる時代、1ヶ月前に起きた事件などはまるで数年前のように思えてしまう過剰な情報消費時代、そこには「想像」を働かせる余地などない。「道草」などしている余裕などないのだ。そうした時代にあって失ったものは何か、それは人間が本来もっている想像力であると思う。自然を感じ取る力、野生とでもいうべき生命力、ある意味では危険などを予知する能力、人とのふれあいから生まれる情感、こうした五感力とでもいうような感性によって想像的世界が生まれてくる。ことばを知らないとは、想像力への入り口を閉ざしてしまうことであり、時に道草も必要であるということだ。天野祐吉さんがやっているように、ことば遊びをしてみたり、無駄を楽しんでみたり。そして、想像力を働かせるとは、谷川俊太郎さんの答えのように、ココロもカラダも使って答えを探すことだと思う。勿論、ヒット商品を生み出すことも同様である。(続く)  


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2006年08月27日

◆日本資本主義の源流 

ヒット商品応援団日記No93(毎週2回更新)  2006.8.27.

現在あるライフスタイルの原型は江戸時代にあると、ここ10年ほど江戸のライフスタイルをスタディしてきた。それは歴史的建造物だけでなく、隅田川の花火大会のような祭りやお花見のような季節歳時、握りすしや屋台ののそば屋、あるいはことばの中に、生活の隅々に今なお数えきれないほど残っているものの原型が江戸時代にある。少し前に「三方よし」という近江商人の商いの心得について書いたが、江戸時代をスタディしてきたテーマの一つであった。実は、私のブログに検索アクセスされる中で一番反響が大きかったのがこの「三方よし」であった。これは、ホリエモンのように「ビジネス倫理は時代によって変わるから」とグレーゾーンでも良しとする考えに疑問を持っている方が多くいるのだなと思っている。どの時代にも異なる人が一つの土俵で一つのルール、モラルをもってビジネスしてきた。これは江戸時代も同様で、その代表事例として「三方よし」を取り上げてみた訳である。
ところで私の考え、価値観を大きく変えた一人に網野善彦さんという歴史学者がいる。既に2年半ほど前に癌で亡くなられているが、異端の歴史研究者として晩年になってやっと社会の舞台に上がった方である。中世の日本について、四方を海に囲まれた島国という地形、荘園、封建制、こうした閉鎖された国というイメージを歴史教科書などで刷り込まれてきた。しかし、網野さんは、そうではないと民俗学の手法を使って庶民の生き生きとした歴史をレポートしてくれた。島国という四方を海に囲まれていることとは、逆に自由に朝鮮半島や中国、更には南米ペルーにまで日本人が行き来していたという事実をもって、私たちを目うろこさせてくれた方である。さて、江戸時代におけるビジネス倫理を明確にしてくれたのが近江商人であったが、それ以前にも中世時代、宋銭をはじめ絹や布などを使った貨幣流通への転換が鎌倉時代に既にあったという。つまり、従来教えられてきた自給自足的農耕経済ではなく、商工業者、金融業者、水上交通を中心とした流通業者、そこには当然であるがルールやモラルも未分化ながらもあったということである。面白いのは、そうした経済単位=荘園は政治の場所であると同時に、経営者としての役割を果たしていたという事実である。今で言う、官営会社のようなもので、代官という社長は農民を使って、塩の安い伊予道後に買い付けさせ、その塩を京都へ持っていき、高く売りその差額を利益とするような代官まで出てきている。(「日本中世に何が起きたか」網野善彦著洋泉社)この時代の代官は、武力をもつ領主という側面と、商人的金融業者的経営者としての側面を併せ持っていた訳である。しかも、特に着目すべきはそれら代官の多くは禅宗の僧侶や山伏であったという。この頃の荘園経営について詳細にわたった帳簿(領家方銭所下帳)が残っている。特におもしろいのは支出の中に酒宴にまつわる支出項目として、鯛、昆布、大根、豆腐、兎、狸などがあり接待費として、いわゆる必要経費として認められていたという。また、荘園経営の結果である帳簿、決算書に対する監査も実施され、経営を請け負う代官を競争させたり牽制したりしていたという。つまり、当時から収入をどれだけ多くし、支出を減らしていくかという経済の原則がはたらいており、世俗から縁の切れた禅僧が適任と考えられていたようである。丁度、西洋の資本主義がプロテスタンティズムという禁欲的な倫理によって発展してきたのと同じように、日本の場合も鎌倉時代を源流にして、世俗という世界から離れた経営者が中心となり、市場原理に基づいて発展してきたことが分かる。こうした経済の現場が「市庭(=市場)」であった。歴史の教科書では織田信長によって作られた如くイメージされているが、既に鎌倉時代に無数の市庭があり交易交流してきている。この市庭のルールというのは地域差を超えた共通ルールが2つあったという。1つは老若という年齢によるもので、集団という組織の秩序を老若で決めていったという点である。もう一つが、平等原則であったという。この平等原則は親子兄弟という縁を離れ、ある意味身分を超越した個人によって市場が運営されていくという点にあったという。この市庭の立つ場所は国と国との境に寺社と共に作られている。歴史家は無縁空間、血縁や顔見知りといった縁から離れた場所であったことから、様々な人間が集まってきた。ある意味で自由空間であり、今で言う「自由貿易地域」「自由都市」のようなものであった。この時代にあっても、自由を良いことに「泥棒市」のようなものもあったようだ。そして、既に、フーテンの寅さんのような香具師が居て、「口の芸」が発達したようである。
私は歴史研究家ではないので詳細については分からないが、中世時代に資本主義の源流があり、それもいつしか既存商工業者の既得権益、独占販売権や非課税権を生み、織田信長による規制緩和政策である楽市楽座へとつながるのであろう。そして、城下町という「都市」形成へとつながっていくと思う。「三方よし」では近江商人の商いの心得、倫理について書いたが、その源流である鎌倉時代における商いも、世俗を離れた「聖なる」禅僧や山伏が商いのリーダーとなっていることは銘記すべきと思う。また、市庭のルールの一つであった「老若」という規範は今日では何に該当するであろうか?これは私の想像であるが、「老」とは知識経験をストックし未来を予見できる人とすれば世間の尊敬もまた集めていたと思う。今回は、大きなテーマを取り上げてしまったが、中世の日本あるいは市庭に関する研究者の方から是非お教えいただきたいと思っている。(続く)  


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2006年08月23日

◆素の魅力 

            ヒット商品応援団日記No92(毎週2回更新)  2006.8.23.

ここ2週間ほど、多くの人が高校野球に釘付けになった。特に2日間にわたった決勝戦「早実×駒大苫小牧」とのゲームには誰もがハラハラドキドキ感動したと思う。3月のWBC戦のイチローをはじめとしたゲームにも感動したが、この2つには共通する「感」を動かす何かがある。つまり、プロとアマという違いを超えた何かである。そして、多くの人は先日のWBA世界ライトフライ級のタイトルマッチ「亀田興毅×ファン・ランダエタ」戦を比較してしまったことだろう。決勝戦もそうであるが、智弁和歌山×帝京戦のように逆転、再逆転といった「面白さ」と「恐ろしさ」を併せ持った緊張感、緊迫感のあるシナリオの無い物語であった。亀田興毅の戦いを安物のパフォーマンスとはいわないが、一昨日の決勝戦は物語のクオリティさがある。甲子園を一杯にした応援であったが、決勝戦はどこか静けさを感じさせるゲームであった。真剣、無心、気迫、全力、あきらめない気持ち、そんな言葉で表現されるのであろうが、そこにはスポーツする人間の素顔、素の姿があった。やたらとタレント的パフォーマンスばかりの時代にあって、素顔こそ新鮮に映る。私はそんな今回の高校野球を「素の魅力」と呼んでみた。演出なし、シナリオなし、簡素な舞台、演じるのは無心になった人間である。イチローも早実齋藤投手も”良き仲間を信じて””良き仲間と一緒で良かった”とコメントしたが、そこには素顔の人間だけがもつ、清々しさがあった。早実にとって、駒大苫小牧という最高の敵は、最高の友になったと思う。最近耳にしなくなった「勝ち組」「負け組」もいない。ここ数年間、エンターテイメントの作り手はエンターテイメントというものを誤解してきた。コンセプトを創るにあたって、過剰なパフォーマンス、過剰なことば、過剰な演出、過剰な繰り返し、「インパクト」という妄想に支配されてきた。唯一、人工的なエンターテイメント世界で成功してきたのはディズニーランドだけである。あとは最新式のジェットコースターを投入し続けている一部の施設だけである。周知のように、旭山動物園や水族館のような自然をテーマにしたエンターテイメントへと向かっているのだ。
私のブログを続けて読んでいただいている方はすぐ理解いただけると思うが、伝え方=受け止め方が変わってきているのだ。話題、サプライズ、劇場化、ある意味で伝え方過剰の時代から、納得、奥行き、体験といったバランスの時代へと向かいつつある。私のことばだと「日常物語」「素の物語」ということになる。ここ数年「話題」は発信先が創るものと考え、意図的に実行されてきた。しかし、話題は受け手が創るという当たり前の原則に立ち戻ったということだ。早実齋藤投手を「ハンカチ王子」と誰となく呼んだのであって、マスコミは後を追っただけである。今誰もが、マスメディアの流すニュース、話題を斜に構えて受け止めるようになり始めている。その結果が先の「亀田興毅×ファン・ランダエタ」戦の判定に対する反発であった。結果、再戦することになって良かったとは思うが。耐震偽装事件、ライブドア事件、偽メール事件、村上ファンド事件と立て続けに起こった事件は全て「情報」に関するものであった。作られた情報、ある意図をもった情報、そうした膨大な操作された情報が錯綜する中で、何を信じ、何をよりどころにして判断して良いのか私たちは学習してきた結果であると思う。少しネットビジネスを知っている人ならば周知のことであるが、誰が何に対しどんな発言しているか情報を収集分析するビジネスが盛んだ。今回の「亀田興毅×ファン・ランダエタ」戦についても多くのブログに意図的な情報をコメントする組織だった動きが表面化していた。従来は、一部の反論者が書き込むだけであったり、いわゆるスパムと呼ばれる連中による「荒らし」もあったが、ブログが1000万にもなる今日、公開されているネット上での情報は常に監視されていると思わなければならない。いわゆるログのデータベース構築による活用である。誰でもが知っているオンライン通販のアマゾンが行っている各種サービスの精度の高さは、こうしたデータベースによるものである。アマゾンのような便利さは顧客にとって良い活用法であるが、亀田興毅戦の時のように炎上するブログが多数出てきたことは残念なことである。いつかネットの未来についても書いてみたいと思っている。
さて、超コンセプト=素の魅力であるが、実体のないイメージとスタイルばかりが先行する時代にあって、本当に顧客は喜んでくれているのかと、厚手の皮膜を一枚一枚はがしていけばよいのだ。最後に残ったもの、それを更に削ぎ落とし続けることの中に「コンセプト」「素の魅力」があると思う。削ぎ落とせば落とすほど、コトの本質に迫らざるを得なくなる。超コンセプトとはコンセプトを超えた本質である。今一度立ち戻らなければならないことは、コンセプトの素(もと)である。キーワードとしていうと、素顔、素直、素朴、素食、素服、素地、簡素、質素、・・・・飾らない、うまれたまま、ありのままの、人という文字をつければ素人となる。今回、素の魅力という素敵さと強さを高校野球は教えてくれた。テクニックに汚染されたコンセプト世界を超えられることを教えてくれたと思う。今、過剰な物語の時代から素の物語へと変わりつつある。これからは素をどれだけ素そのものとして伝えていくかの競争となる。(続く)  


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2006年08月20日

◆消費から作り手へ 

 ヒット商品応援団日記No91(毎週2回更新)  2006.8.20.

団塊世代の心象風景を読んでいただいてわかると思うが、物への欠乏感が残る最後の世代である。特に、食べ物がそうで飢餓感とまではいかないが、美味しいものよりお腹いっぱい食べたいという欲求の方が強い。小学校時代の給食ではコッペパンに脱脂粉乳、栄養補給に肝油が出た時代である。エンゲル係数という言葉は既に死語となっているが、家計支出に占める食費の比率は優に50%を超えていた時代であった。今日とは比べられないほど貧しかったが、見回しても皆貧しかったので、今日ある格差社会ほどのものではなかったと思う。そして、1970年から続々と社会人、サラリーマンとなっていくが、高度成長期という言葉の通り、物質的豊かさを手に入れていく。ちょうど1970年代半ばと記憶しているが、CMフェスティバルのACC賞の最優秀賞に松下電器の冷蔵庫が選ばれた。そのCMの内容であるが、冷蔵庫を前にして武田鉄矢が一人”思えば遠くへきたもんだ”とつぶやくシーンがある。サラリーマンになり、がむしゃらに働き、大きな冷蔵庫をやっと手に入れることができたという時代感を表現していた。その頃、車でいうと日産サニーのキャッチフレーズが”隣の車が小さく見えます”というものであった。生活感としては、少しでも大きいものを手に入れたい、そうしたプレステージなるものを手にすることが働く意欲、生きる意欲であった。前回取り上げたサントリーオールドも同様である。こうした学生〜サラリーマンへと走っていく団塊世代にとって大きな刺激を与えたのは、なんと言っても「平凡パンチ」であった。1964年創刊の男性週刊誌であるが、ファッション、車、セックスというテーマで圧倒的な支持を得て、創刊翌年には100万部を超えた。今日あるサブカルチャーの先駆けである。この平凡パンチから、アイビールック、みゆき族が生まれ、更にはエレキギターブームが起こってくる。大学には漫画研究会や落語研究会のようなクラブが初めて生まれる。そして、1970年には「アンアン」が創刊され翌年には「ノンノ」が創刊。(ファッション年表http://park2.wakwak.com/~osyare/page001.html
物が充実してくると共に、新しい考え方が新しいスタイルとして表れてくる。必要に迫られた物としての合理性や機能性から、「好み」「好き」といった個性が生まれた最初の世代である。こうした戦後世代に対し、1970年代のはじめ頃と記憶しているが、全共闘運動解体の意味合いを含め、文芸春秋は「三無主義」、無気力、無関心、無感動、つまり「しらけ世代」という指摘をした。確かに政治という舞台には立たなかったが、自身の生活という舞台を充実させる方向へと進んできた。1970年代半ば、団塊世代は結婚し家庭を持ち、「ニューファミリー」と呼ばれる新しいライフスタイルを創っていく。冷蔵庫に限らず、新製品を積極的に生活の中に取り入れていく。前回取り上げたトヨタセリカ、日産スカイライン、今で言うセミオーダー的仕様のオプションを取り入れた車が飛ぶように売れた世代であった。寺島実郎さんはこうした生活のあり方を「私生活主義」、今で言うところの「私」「マイ」というたこつぼに閉じこもった個人主義であると指摘(われら戦後世代の「坂の上の雲」PHP新書)しているが、戦後世代の消費の根幹を作っていったのは、この団塊世代であったと言える。つまり、少し前に流行った「マイブーム」の端緒は団塊世代であったと言えるし、また「オタク」にもつながっていく。もし、消費の構造を「物充足」→「情報充足」という進化として見ていくと、団塊世代、ポスト団塊(新人類)、団塊ジュニア、・・・・・と物消費から情報消費へのウエイトが高くなっていく構図が見えてくる。
さて、団塊世代は情報消費へと向かうのであろうか?私は母娘消費に見られたような「娘」が情報ナビゲーターになることはないと思っている。向かう先は物消費へ、そして物へのこだわり、物オタク、物の生産者、モノクリエーターを目指していくと考えている。ここ数年、団塊世代市場論に欠けているのは「作り手」としての視座である。前回の話ではないが、単なる田舎暮らしではなく、例えばハーブ栽培に凝って、生活の食からバスなど各種の香りまであらゆるところでハーブライフを楽しむ。永田農法ではないが、美味しいトマトが食べたいと土作りから始めたり。「こだわる」とはモノの裏側にある理想や作り手の気持ち、あるいは歴史をモノに込めることである。つまり、モノの裏側にある精神世界を探り自らも生きてみようと思うことだ。団塊世代の幼年〜少年期にあったモノ欠乏感から解放されるかのように、好きなモノにこだわった第二の人生となる。外側からは田舎暮らし、農作業のように見える生活も、実は物づくりにこだわる精神生活として見ていくことが重要である。結果、モノの作り手へと、ホームクリエーター、ライフクリエーター、夢の中へ、失った何かを取り戻すクリエーターとなる。消費から作り手への転換である。ここに大きな新しい市場が生まれてくる。豊かさとは、作ることのできる豊かさであり、精神的豊かさを目指すこととなる。そして、もしかしたら、柳宗悦がいう「無作為」の美まで到達するような達人が生まれてくるかもしれない。(続く)  


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2006年08月16日

◆団塊世代の心象風景 

 ヒット商品応援団日記No90(毎週2回更新)  2006.8.16.

前回「好き」を入り口に団塊世代の旅が始まると書いた。団塊世代の夫婦にとって共通の「好き」というテーマは同世代結婚の意味合いを含め「時代感」「時代のもつ雰囲気・出来事」にある。サントリーが「ザ・サントリーオールド」として再び舞台へと発売したが、団塊世代を狙ったそのCMにものの見事に表れている。井上陽水の起用もさることながら、”話はわかった、まず飲もう”という、理屈ではなく同じ時代の空気感、仲間としての「あうんの呼吸」をうまく表現している。あるいは海援隊が歌う「思えば遠くへきたもんだ」のように、人生60年ここまでやってきたという思い、いわゆる青春フィードバックとなって表れる。この青春フィードバックには2つの意味がある。1つは当然個人の歴史・時間へと「好き」のテーマを遡り、少年少女となって生きてみたいという欲望である。昭和30年代ブームをはじめとしたリバイバルマーケットである。もう1つが、時代そのものが洋に振れたライフスタイルから和のライフスタイルへと、過去へ歴史へと遡っていく和ブームの潮流、この2つがからみあいながら今がある。さて、青春という過去を巡る旅であるが、過去はこの数十年によって変貌してしまっている。京都や奈良など環境条例によって残っている過去もあるが、その多くは都市化し少年少女期の風景は既にない。あるいは地方の町村では廃村が相次ぎ、生活そのものが存在していない。何のニュースか忘れてしまったが、ダムで水没した村に戻りたいと、帰巣本能ではないが家を建てたった一人で住む話があった。人は環境によって変化する生物であるが、生命記憶のように刷り込まれている本能がそうさせるのかも知れない。情緒的に語られる「ふるさと」であるが、理屈を超えてこころ落ち着かせてくれる場所である。ある意味でふるさとはこれから入るであろう「お墓」だと思う。私は生まれてこのかた東京であるが、ふるさとはと問われたら「浅草」と答えている。私の幼年期から少年期にかけて東京の行楽地は上野・浅草であった。動物園、花屋敷、国際劇場、映画館、浅草寺仲見世、そして飲食店街があり、休日の娯楽施設が集積していた場所である。定年を記念した豪華な旅、飛鳥IIの船旅のような旅は一度はあるだろう。しかし、「ふるさと」あるいは「ふるさと的」なところへと日常の旅が始まると思っている。ふるさとは一人ひとり個別であり、ここでは取り上げないが、ふるさとに寄与することを含め多くの団塊世代は戻っていくと思う。
ところで「ふるさと的」という意味であるが、幼年〜少年期に刻み込まれた原風景、心像風景のことである。東京生まれの私にとって、確かに「Always三丁目の夕日」に描かれているような、集団就職、路面電車、ミゼット、フラフープ、横丁路地裏、他にも月光仮面、力道山、テレビ、メンコやビー玉それら全てを含めた生活風景である。そして、東京という都市ですらまだまだ荒れ果てた中にも自然は残っていた。都心から少し離れた郊外には田んぼや畑があり、クヌギ林にはカブトムシやクワガタがたくさんいた。いわゆる里山があったのだ。つまり、日本が近代化に向かって走る前、昭和30年代半ばまでの10年前後、団塊世代にとっての心象風景は、やはり路地裏にある生活の臭い、物不足な中にも走り回った遊び、少し足を伸ばせば里山があり、四季を明確に感じさせてくれる自然、そんな風景だと思う。そうした昭和30年と今を比較してみると、いわゆる第一次産業(農業・漁業など)の就業構成比は約40%で現在は4.4%、GDPは約8兆6000億で今日の約59分の一であった。つまり、団塊世代はこうした原風景をこころの底に置いて、がむしゃらに働き、「思えば遠くへきたもんだ」と思っている。世界に例を見ない急成長の50年であったが、これほどの大きな変化を創り生活の中に取り入れてきたのも団塊世代だけである。こうした変化が大きければ大きいほど、第二の青春へと振れる幅もまた大きい。そして、自ら近代化を推進し、その近代化によって失ってしまった最大のもの、それはやはり自然であろう。日常の生活感覚でいうと四季であり旬である。最も夏らしい夏、お盆らしいお盆、祭りらしい祭り、まだ青い冷やしトマト、それぞれ生まれ育ったコミュニティで違ってはくる。失ったものを取り戻すことが青春フィードバックとなる。既にその予兆が出ていると思うが、田舎暮らしは一過性のブームを超えて、日常化、一般化するであろう。TV番組のダッシュ村ではないが、何万というダッシュ村という個性溢れるふるさとができ、もはや話題になることもなくなるであろう。こうした団塊世代の心象風景の中に市場創造への着眼がある。
1970年代の人気車種の一つであったトヨタセリカが2006年4月をもって生産終了となった。そして、歴代のセリカが展示されているイベント会場には当時の団塊世代フアンを始め若い世代も多数訪れているという。団塊世代にとって、車は単なる移動のための道具ではなく、ドライブする楽しさ、醍醐味、スタイル感という「好み」の世界であった。今、団塊世代市場の論議が盛んであるが、実は着眼すべきはこうした団塊世代の生き方、ライフスタイル感が団塊ジュニアを含め他の市場へと鏡のごとく反射していくことにある。(続く)  


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2006年08月13日

◆好きは未来の入り口

 ヒット商品応援団日記No89(毎週2回更新)  2006.8.13.

前回「現代隠居文化」のところで自由時間消費の多くは「旅」となると書いた。団塊世代による最大マーケットとなる「旅市場」について、もう少しどんな旅が生まれてくるか仮説とともに予測をしてみたい。まず第一に、「誰」との旅かという仮説である。団塊世代の夫婦はその多くが同世代(同時代)結婚であり、友達夫婦と呼ばれ、団塊ジュニアとの関係でいうと一時期注目された「母娘」消費のように「仲良し親子」のような互いを認め合う関係である。つまり、戦後世代のフラットな夫婦関係である。ここ一年ほど前から、年金分割を含め定年離婚がニュースとなっているが、離婚率(離婚絶対数ではない)は低いと思う。旅の中心は「夫婦単位」となる。ゴルフでいう「ツーサム」ではないが、「二人」がキーワードとなる。既に、映画館においてはシニアの「二人割引」が実施されており、多くのシニアが映画を観に行くきっかけとなっている。全日空の時間帯割引の新商品「旅割」ではないが、「夫婦割」といった単位割引がますます盛んになり旅市場全体を牽引することになる。こうした夫婦単位の旅と共に盛んになるのが「三世代の旅」と「個人の旅」である。この三世代の旅は「記念日」市場と重なって出てくると思う。例えば、孫の誕生日祝い、孫の入園祝い、といった「孫」市場の一つとして出てくる。団塊世代にとっては「良き人生時間」を楽しむこととなる。そして、団塊世代から孫への贈与市場は大きく、記念日市場としては最大のものとなる。金額としては旅も大きいがキッズジュエリーやホビーなどその裾野は広く大きい。さて、個人の旅であるが、夫婦それぞれ人生テーマに沿ったものとなる。陶器に興味のある人は、最初は陶芸教室に通うであろう。そして、次第に興味は深くなり、いつしか自宅に電気窯を備え器を焼くようになる。さらに、日本国中の窯を巡る旅へと出かけもするであろう。一時期、家庭画報が主催していたが、窯元を訪ねその窯で焼いた器で食事をするツアーである。ところで、団塊世代の少年期は、多くの新しい商品が続々と市場化された時代である。一眼レフカメラ、ステレオ、ギター、青年期に入れば車やバイクなど高額でなかなか手に入らなかった商品である。やっとそうした商品を手にすることができるようになった。カメラ好きは、今やヴィンテージとなったコンタックスを持ち、カメラ小僧になって旅に出る。少年少女に再び戻っていくのだ。ある意味で「失った何か」「失った時」を求めた旅となる。外側からはなかなか見えない旅である。見知らぬ旅人は、コミュニテジの中へ、大通りから中通へ、横丁から路地裏へと。コミュニティに住む人にとって、おそらく不審者のように見えるかもしれない。実は、私は10年ほど前、旅の小冊子に次のように書いた。

[好き]は未来の入り口
自分というものを無理なく自然体で見つめ、自分の時間を取り戻し、
好きなもの、好きな時間と暮らす時代がやってきた。
休日という視点に立てば、与えられた休日から、自分で創っていく休日へと、
生活は自己表現の場へと変わってきた。
日頃、歩き慣れている道でも、春になればコンクリートの端から小さな
自然が顔をのぞかせている、そんなことに気づく[自分]との再会によって。
あるいは、ふと目にした懐かしい[言葉]や[食べ物]に、
故郷の風景の中の子供の頃の自分を思い浮かべたりして、
仕事とか社会とかに奪われていた自分を見つめ直す。
なにも肩肘をはって自分を見据えるのではない。日常の何の変哲もない
風景の中に佇んで、そっと耳を澄ましてみればよいのだ。
実体の無いイメージとスタイルが先行し、そんなモノばかりに囲まれて、
私達の自身の創造力が自家中毒を起こしている様が見えてくるだろう。
つまり、従来決められていたものを一回見限って、
本当に[好き]なものは何か、探しにいく時代となったのだ。
もし今の自分に[好き]を見つけることができなかったら、[時]を
遡ってみるのもよい。子供の頃何が好きだったか、熱中したのは何だったのか?
思い返してみれば、それらの[好き]が今のあなたを形成していることに気づく筈である。
時という埃をはらいのけて、あなたの[好き]を物置から引っ張りだし、
今一度磨いてみる。それこそ、失われた[私]を取り戻し、明日の自分を創り直す旅となる。

少しカッコつけた情緒的な文章であるが、団塊世代にとっても「好き」を入り口に人生の旅に出る。限定された時間という未来ではあるが、自分で創っていく休日である。そして、マーケティング&マーチャンダイジングの最大課題は、この「好き」の発見にある。次回はこの「好き」のテーマにふれてみたい。(続く)  


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2006年08月09日

◆現代隠居文化 

ヒット商品応援団日記No88(毎週2回更新)  2006.8.9.

紳士服チェーンのアオキがフタタに対しTOBによる統合の申し入れを行ったが、周知の通り団塊世代の退職というビジネススーツマーケット縮小をにらんだ業界の再編である。こうした団塊世代に対する市場変化が急速に起きている。まずは、来年から始まる40〜50兆円という退職金争奪戦であるが、このブログでも何回か取り上げたので今回は団塊世代の自由時間消費はどんなかたちとなるのか、江戸時代の文化を引っ張っていった「ご隠居さん」と「団塊世代」とを比較しながら、考えを書いてみたい。ところで江戸時代では同じものを使い続けることに誇りを持つ文化であった。いわゆる「年代物」で、今風にはヴィンテージものということになる。この考えはモノだけでなく、人も同じで、年寄りは尊敬される存在であった。今のように少しでも「若く」といったアンチエイジング流行ではなく、年齢相応のスタイル、渋さが求められていた。ある意味では「チョイワルオヤジ」とつながっていると思う。
ところでその江戸時代の4大隠居文化は、「魚釣り」「盆栽」「歌舞音曲」「俳句」であった。今なお残っているのが江戸前のはぜつりであるが、自然が残る地方や海外へと釣り場は広がるであろう。私の大学の先輩の一人は、1年の内約半年は北海道紋別で暮らし、カヌーと釣りで遊び、残る半年は東京暮らしである。つまり、まだ自然が残る日本の隅々まで魚を求めて足をのばすであろう。そして、その足は開高健さんのようにアラスカや南米アマゾンまでのびていくと思う。勿論、道具に凝るだけでなく、好きな場所には何回となく足を運び、いつしかそこに住み着く人も出てくる。盆栽はといえば、今なおフアンは多いが、その植物のもつ生命美を凝縮した空間に置き換える技術や美的感性は奥が深い。ただ、生きている植物と遊ぶという世界へ少し着眼を広げてみると面白い。例えば、江戸時代の庶民の身じかな植物といえば「朝顔」であった。朝顔、昼顔、夕顔のように花を咲かす時間が異なる植物である。月見草、宵待草、月下美人、みな咲く花を見て時を知っていた訳である。まるでオーロラのように「この時だけ」に咲く花を見るための観光があってもおかしくない。この延長線上には「この時」を追いかける旅もある。沖縄をスタートに桜前線と共に約半年をかけて北海道まで桜を愛でる旅である。365日、24時間、自由時間となる団塊世代ならではの旅である。さて、歌舞音曲であるが、これは何回か取り上げてきた「オヤジバンド」がこれから大流行りとなる。勿論、クラシックからロックまでである。コンサートの種類も能や狂言から世界の民族楽器によるものまで多種多様となる。団塊女性では既に流行っているブラダンスが更に盛んになる。この世代にとって、1ドル365円時代の最初の海外旅行といえばハワイであった。思い出フィードバックではないが、京都・奈良と共に必ず一度は再訪する地の一つである。さて、俳句であるが、家を捨てて俳句の旅に出た松尾芭蕉の生き方まではいかないにせよ、自己を含めた表現の旅は盛んになる。絵手紙や本格的な絵画まで、あるいは陶芸など表現の世界は広い。
ところで、こうした隠居文化、道楽は全て旅となっていく。別な言葉で言えば「時間を楽しむ」ということになる。亡くなられて随分時間が経つが、好きであった江戸を杉浦日向子さんは次のように書いている。
「江戸の人々は”人間一生、物見遊山”と思っています。生まれてきたのは、この世をあちこち寄り道しながら見物するためだと考えています。・・・・・ものに価値をおくのではなく、江戸の人々は、生きている時間を買います。芝居を観に行く、相撲を応援しに行く、旅に行くーーーと、後にものとして残らないことにお金を使うのが粋でした」(「お江戸でござる」杉浦日向子より)
大移動化社会、大観光化社会の到来に対し、どんな「素敵な意味ある時間」を提供できるかが団塊世代、特に都市市場に対するマーチャンダイジング&マーケティングの要諦となる。夕張市の破綻のところで少しふれたが、地域活性には必ず観光政策が入っている。しかし、旧来のような名所観光をベースに温泉&グルメなどといった延長線上の観光であれば活性などとはほど遠いものとなる。「意味ある時間」とは限られた時間(亡くなるまでの20年前後)の意味であり、「人生」「生き方」といった精神世界にふれる時間となる。こころの旅であり、こころの琴線にふれる「何か」が団塊世代を動かすことになる。今、地方自治体の観光課や商工会において地元地域の再発見といった活動が進んでいる。政府もそうした活動に支援をしようとしており、私が暮らす東京では日本橋の新たな街作りがテーマとなっている。ここで重要なことは、古くからある歴史的建造物や街並の上に築かれた物語ではなく、以前取り上げた(「次」を見据える視座「野生の思考」   2006.3,19,http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2006/03/index.html)「アースダイバー」(中沢新一著)のように地中深く数千年数万年という時に眠っている世界、未知であり何か既知でもあるような「想像力」を働かせる物語が団塊世代の興味の扉を開くこととなる。(続く)  


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2006年08月06日

◆サプライズの終焉 

 ヒット商品応援団日記No87(毎週2回更新)  2006.8.6.

少し前に「潮目が変わる」というタイトルでコミュニケーションも劇場型から日常型へと変わると書いた。ところで先日のWBA世界ライトフライ級のタイトルマッチ「亀田興毅×ファン・ランダエタ」戦に対する判定を含めた様々な「動向」は時代の潮目をよく表していると思った。ボクシング関係者やスポーツジャーナリストのコメントは別として、やくみつるさん曰く「安物のドラマ」と言い、Yahooの投票では約22万の内ファン・ランダエタの勝ちとする人が94%、ブログで人気の「きっこの日記」では疑惑の判定勝ちに対するアンケートが実施され13,767通もの声が寄せられ99.92%が同様に勝ちとし、しかもそのほとんどが疑惑やうさんくささのものであった。勿論、試合直後にTBSへ55,000件以上もの電話やメールが殺到したという。こうした反応を考えるにつけ、誰もが多くの情報を手に入れることはできるが、その真偽についてなんとなくおかしいと思っている状況が手に取るようにわかる。インターネットをはじめ多くのメディアには「何でもある」世界のように思えるが、取り出した情報が本当にそうなのか、自身にとってリアルで使えるものなのか、つまり自分の頭や体から出てきたリアルな情報ではないため常に躊躇してしまう。誰がプロデューサーなのかわからないが、今回亀田興毅をどう売り出すのか、採った方法が「劇場型」であったと思う。注目・話題になるようなニュースを連続してマスメディアに提供してきた。ワルを気取ったビックマウス、ユニークな練習法、親子の絆・・・・主役は勿論亀田興毅と父親である。シナリオ&演出については今回はTBS、舞台はタイトルマッチ放映ということになるだろう。エンターテイメントという面白がりは必要であるが、どこか「やらせっぽい」という感じは多くの人がもつようになっている。これが「潮目」である。プロデューサーであるTBSは劇場型ストーリー・ショーを展開し最高視聴率52.9%という成果を上げたと思うが、「判定」という現実に多くの人が疑念を持ち、この疑念はストレートに劇場型=TBSへの不信へとつながっていく。逆に、リング上で涙した亀田興毅の姿は、役者ではない19歳の少年として「素」の日常物語であった。もし、今後も劇場型のスタイルを踏襲するのであれば、プロデューサーはボクシングファンであり、視聴者であることを強く認識することが必要である思う。
もう一つの潮目がモラル・倫理の保持である。勝負の世界は勝たなければならないが、それだけではないというモラル・倫理喪失に対する反発だと思う。ある意味ではフェアプレイの精神であり、その受け止め方は採点方法というルールの問題にあるのではなく、「おかしいな」と感じる自身の実感、体感によるモラルである。ここ1年ほど、ライブドア事件や村上ファンド事件などの経済事件が立て続けに起こってきた。全てに共通しているのが、ルールやグレーゾーンの隙間を見つけることがビジネスであるが如くのやり方に対する反発である。勝つことだけ、儲けることだけを目標とした時代の風潮、藤原さんが書かれた「国家の品格」につながる問題でもある。以前、書いた「三方よし」ではないが、売り手(TBS、亀田親子)よしだけで、買い手(視聴者など)や世間はよしと納得しなかったということである。多くのコメンテーターが言っていたが、亀田が判定負けもしくはドローであったら、逆に今度こそがんばれと拍手が送れたのにとの指摘は的を得ていたと思う。ルール=採点方法に準拠したまでと、今後も同じルールでプロボクシングが行われるとするならば新しい市場拡大どころか既存の市場すら縮小するであろう。例えば1年前、流行っていたことば「勝ち組」「ヒルズ族」は、今や否定的な意味合いでしか使われなくなっていることに気づいていると思う。ここでも潮目が変わったのである。
今回の亀田親子によるボクシングイベントは従来の「やり方」とは異なる出来事創造によって新しいマーケット(=ボクシングもK1と同じショー)、女性フアンをはじめ市場を広げたことは事実である。私流の言い方をすると「新しい出来事を創れば新しい市場が生まれる」ということになる。ただ、劇場型手法についてはその受け止め方について賛否が分かれている。私は「一種のうさんくささ」「一種のやらせ」と書いたが、”そんなの当たり前””受け止める側が判断すればよい””結果が一番。成果が出ればいいだけ”といった考えがある。「うさんくささ」といった前者は40~50代の大人が多いのに対し、後者は圧倒的に若者が多い。ラジオという情報収集を経て今日に至った「大人」と、個室でAV機器に囲まれて育った「若い世代」とでは厳然とした情報格差がある。しかし、小泉さんによる劇場型サプライズコミュニケーション以降、多くの人は「情報」の学習をしてきている。その結果であろうか、今回の「判定結果」事件も世代を超えて、「どこかおかしい」と潮目が変わってきているように思う。短期的成果を求めた強いインパクト、効率の良いレスポンス、コミュニケーション投資に見合うサプライズ価値、こうしたコミュニケーション世界も、長い眼で見る持続型継続型の日常的対話コミュニケーション、奥行き深みのある実感・体感といった納得価値へと変わっていく。「猫だまし」のような、あっと驚かせて瞬間的に大きな売り上げを上げていくビジネスから、小さくても「いいね」と言ってくれる顧客への継続する誠実なビジネスへの転換である。(続く)  


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2006年08月02日

◆新たな時間帯市場/賞時間と省時間

ヒット商品応援団日記No86(毎週2回更新)  2006.8.2.

この20数年で劇的に変わったのが「時間」である。時間がもっている意味が大きく変化した第一は「高速化」「スピードアップ」である。特に、ここ10年はITをはじめとしたデジタル技術の導入により、全ての時間概念が変わった。従来数時間かかっていたものが、30分になり、さらにはスイッチ一つで瞬時に得られる世界が現出した。こうした劇的変化は「労働」」の中身を変え、「生活」のあり方を変えてきた。ライフスタイル変化の最大要因は時間である。地球上の隅々、空間的な広がりばかりか、情報的な広がりを手に入れることが可能になった。労働で言えば、生産性の向上であり、無時間化であり、凝縮した時間労働となった。いわゆる労働の質的変化である。工場という生産現場ですら、ベルトコンベアーのような作業は少なくなり、逆に更に生産性を上げるためのアイディアなど精神労働が求められるようになった。トヨタを始めユニークな経営で知られている未来工業などはその代表であろう。しかし、こうした凝縮したスピードによる仕事時間=社会時間と、家に帰り「私」の時間との間でスムーズな切り替えが難しくなってきている。モードチェンジがうまくいかない、身体的な表現でいうと交感神経からリラックスした副交感神経への移行が難しくなってきているということである。社会人、特に働く女性の不眠の原因はここにあると言われている。美容を兼ねたモードチェンジのためのバスルーム商品や枕をはじめとした快眠商品がヒット商品になった。そして、不眠でいうと、私が実施した100サンプルほどの調査ではあるが、シニアの半数が不眠で悩まされている。シニアの場合は、老いという機能低下によるものと言われているが体内時計の機能低下によるものである。100%解決商品ではないが、特殊な「光」を駆使した商品が既に出来上がっているが高価格のため普及していない。極めて残念なことである。
ところでこうした高速時間とライフスタイルという視点で見ていくといくつかの着眼が見えてくる。最近のデータを確認している訳ではないが、ここ十数年の比較をすると従来の生活行動時間と比較し、朝と深夜に様々な新しい行動をとっていることが分かる。TVの視聴率も深夜帯で高くなっており、早朝での英会話などの個人レッスンが盛んになっている。つまり、働く時間月ー金には早朝と深夜に新たな市場が生まれてきているということである。眠りの時間は戦後どんどん少なくなり今や1時間ほど睡眠時間は減少している。にもかかわらず早朝と深夜に多くのやりたいことに時間がさかれている。今、LOHASを含めスローライフがいわれているのもこうした背景からである。凝縮した時間から、振り子は緩やかな時間へと振れてきている。私流のことばでいうと、「省時間」から「賞時間」への変化である。賞時間、つまり私にとって「とっておきの時間」「一番大切な時間」という認識への変化ということになる。私が好きな沖縄では、この賞時間を「うちな〜タイム」「沖縄時間」と呼んでいる。沖縄ではいわゆる自然時間、朝日に目覚め、日暮れとともに眠る、といった自然に寄り添うように過ごす時間である。さて、都市生活者にとっての賞時間はどうなっているであろうか?これは推測の域を出ていないが、月ー金=社会時間(高速時間)=省時間と、土日=自由時間(自然時間)=賞時間のように整理できると思う。早朝、深夜も賞時間に入るであろう。なぜこうした整理をしたかというと、省時間帯ではいわゆるファーストフードではないが簡単、ワンアクション、一度で全てがまかなえる、これで十分、といったスピード優先の商品やサービスとなる。一方、賞時間帯では、時間を楽しむといった、お気に入りの、時間を気にしないでできる、手間をかける、手作り、といったお気に入り優先の商品やサービスとなる。ある意味で2つの時間を使い分けているのが都市生活者と言えよう。小売業にとって、時間帯顧客(時間帯によって顧客属性などが変わる)という考え方は原則となっている。CVSはどこでも実施しているが、私が知っているアパレルファッションの専門店ですら、1日の時間帯によって店頭のMDを変えている。さて、あと数年で365日24時間自由時間となる団塊世代という巨大マーケットに対し、小売業もメーカーも「時間着眼」という視点でマーチャンダイジングしていない。つまり、どんな生活時間割となるか分からないからだ。団塊世代にとっての賞時間とは何か、省時間とは何か、今後の大きな課題となる。団塊世代の最大マーケットである「旅」に関して言えば、時間が自由になることからANAの「旅割」ではないが運賃の安い時間帯フライトを駆使するであろう。ゴルフで言えば、安い月ー金にプレイするであろう。つまり、従来アイドルタイムと言われていた時間帯に新たな市場機会が生まれるということである。発想を変えなければならない。交通機関やホテル、レジャー施設ばかりでなく、生活のあらゆるところである。団塊世代にとってほとんどの時間が賞時間となるのだ。そして、地球上のさまざまな路地裏を目指す旅人になる。(続く)  


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