2016年11月23日

◆未来塾(26)  「街から学ぶ」 東京・大阪編(後半) 

ヒット商品応援団日記No664(毎週更新) 2016.11.23.




街から学ぶ


1980年代から1990年代にかけて、多くの人は新しい、面白い、珍しいという「変化」を求めて、外の世界(海外)へと向かった。そうした外に向かう心理はバブル崩壊と共にどんどん内向きへ、「安定」を求める心理が強くなった。しかし、デフレの時代にあっても新しい、面白い、珍しいという「変化」への欲求が無くなった訳ではない。今までのお金の使い方と金額が変わっただけで、実は消費していることに気付かなければならない。消費のパラダイムが変わってきているということである。こうした点を踏まえ、中心部である、都心、駅ターミナルではどんな変化が生まれているか、同時に中心から外れたところにはどんな変化が生まれているかをお観察した。

都市観光の時代へ

少子高齢時代にあって、前述のように都市へと、それも中心部へと人口移動が起きている。更には都市がもつ魅力となっている「新しい、面白い、珍しい」という「変化集積」が、都市観光という新しい概念も誕生させてきた。従来の歴史・文化、あるいは自然といった名所観光旅行とは異なる、極めて日常的な移動=小さな観光である。
この都市観光は大阪で言えば「アベノハルカス」や東京で言えば「東京スカイツリー」となるが、そうしたいわゆる旅行ではなく、もっと日常的な興味関心事から生まれた「移動」が、デフレ時代の観光へと変化してきている。今回久しぶりに見て回った大阪ステーションシティもそうであるし、東京駅の「グランスタ」もここでしか売られていない「食」を求めるのも都市観光の中に含まれる、そんな観光時代となった。
そうした意味で、「移動」は消費のバロメーターとなり、「新しい、面白い、珍しい」という変化市場を創っている。

ちなみに、大阪ステーションシティが開業した2011年には1日約86万人が訪れ、「エキマルシェ大阪」が開店した12年に来街者が2億人、翌13年には3億人を超えた。15年4月に開店した「ルクアイーレ」の集客効果も寄与し、開業から約4年2カ月で同年7月31日に5億人に到達したとJR西日本からの発表もある。
ところで大阪ステーションシティの売り上げであるが、開業1年後三越伊勢丹が約330億円、ルクアが約370億円。大丸梅田店も2012年2月期の売上高は前の期に比べ約240億円増えた。3店が新たに生み出した消費は1000億円という結果となっている。
一方、同じ梅田にある阪急百貨店うめだ本店と阪神百貨店梅田本店の売り上げは、合わせて100億円程度の減少にとどまったと日経新聞は報じている。つまり、単純計算ではあるが、大阪ステーションシティの誕生によって、新たに900億円もの市場が創造されたということだ。

また、2012年3月期のJR西日本の運輸収入を約50億円押し上げ、100キロメートル圏内の近距離券の販売も開業後、9%伸びたとのこと。専門店ビルのルクアが好調で、テナントから受ける不動産収入は65億円に達したとJR西日本からの発表がある。この中で最も注目すべきは、近距離切符の販売が9%伸びたという点にある。つまり、買い物や食事、あるいは映画といった楽しみに大阪の中心部に移動する、つまり都市観光したということである。

東京でも新たな鉄道の延伸・ネットワークによって、この都市観光の成功事例がある。実は池袋中華街構想と横浜中華街との比較について次のように指摘をしたことがある。その視点であるが、元町・中華街から乗り換えなしで埼玉県西部へ-直通運転できたことによる。つまり、観光地中華街への新しいアクセスによる集客効果である。
『横浜中華街の最大特徴の第一はその中国料理店の「集積密度」にある。東西南北の牌楼で囲まれた概ね 500m四方の広さの中に、 中国料理店を中心に 600 店以上が立地し、年間の来街者は 2 千万人以上と言われている。観光地として全国から顧客を集めているが、東日本大震災のあった3月には最寄駅である元町・中華街駅の利用客は月間70万人まで落ち込んだが5月には100万人 を上回る利用客にまで戻している。こうした「底力」は「集積密度の高さ=選択肢の多様さ」とともに、みなとみらい地区など観光スポットが多数あり、観光地として「面」の回遊性が用意されているからである。こうした背景から、リピーター、何回も楽しみに来てみたいという期待値を醸成させている。』

つまり、都市観光は日常観光であり、アクセスの良さは街の「テーマパーク化」には不可欠となったと言うことだ。このアクセスの良さを前提に、常に「変化」を取り入れ提供していくことということである。




「未知」探しに応えるテーマ世界

テーマのある街、歴史や文化を担ってきた街、共通する意志がそこに見られる街には必ず「賑わい」が生まれるというのが私の持論であり、40数年に及ぶマーケティングに携わる私の答えであった。
賑わいとは元気、活気、熱気、生き生き、といった「気」が溢れんばかりの様子のことである。こうした「気」を創るには、それこそ多種多様な方法が採られてきた。経産省が賑わいづくりを目的とした戦略補助金の交付事例を見ればその成功事例を見ることができる。こうした事例はこれはこれで良いと思うのだが、例えば「テーマのある街」と一般論を語ってもまるで意味はない。テーマは常に変化するものであり、生き物であるからだ。
情報の時代と言われて久しいが、過剰な情報時代の「今」は、逆に選択できない時代のことである。ある意味「未知」ばかりの時代に生活していると置き換えても構わない時代である。分からない事ばかりで、生活者が選択の物差しの一つに使うのがランキング情報である。こうした「未知」探しをどれだけ興味深く伝えるかがマーケティングの課題となっている。今回の「東京と大阪」には巨大なターミナル駅があり、そこには物理的に移動する人たちで溢れている。今までは移動の食と言えば駅弁であった。しかし、今や東京駅の「グランスタ」では「駅丼」が売られ、新大阪駅では「たこ焼き」となる。こうした知らない世界を食べるのも「楽しさ」の一つとなった。
また、東京でも大阪でも賑わいを見せているのがパンケーキなどの朝食レストランの「サラベス」であった。これも従来の「朝食」の概念、パンケーキなどの概念を変える「テーマ業態」であった。新しい概念としての「食」は、地域差を超えたまさに「未知」の食であり、行列ができるのはある意味当然のことである。
こうしたテーマ世界を一言で言うならば、新しい、面白い、珍しいテーマを常に顧客の消費動向を見続けて変化させ、「未知」なるものとしてどう提供していくかである。
また、数年前から流行り始めたのが「バル」という飲食業態で、語源の元となったスペイン居酒屋を始め、肉や焼きそばをテーマにしたり、あるいは幅広いメニューを用意した食堂スタイルなど、いわゆる多国籍飲食業態である。「ルクアイーレ」の地下2階にはこの「バル」を集積した飲食街がある。面白いことに大阪ならではの串カツをテーマにした「和」のバルもあって一つの特徴を出した飲食街となっている。そうした中で常に行列ができていたのが前述の「ワインバー、紅白」であった。
こうした「未知」なる世界の発見ができるのも「賑わいの街」の基本要素であろう。

中心から外れた、横丁・路地裏のNEWSに着眼

横丁・路地裏というと寂れた商店街をイメージするが、活気あるところはいくらでもある。「商店街から学ぶ」というシリーズでは、東京の「砂町銀座商店街」「興福寺松原商店街」「谷中銀座商店街」「巣鴨地蔵通り商店街」、もっと小さな単位でいうと、吉祥寺のハモニカ横丁、町田の仲見世商店街など独自なテーマを持って集客に成功しているところは多い。(詳しくは拙著「未来の消滅都市論」を参照ください。)
今回見て回った大阪の横丁・路地裏で面白かったのが、梅田のオフィスビルが立ち並ぶ曽根崎警察裏にあるお初天神通り、その中程にある横丁・路地裏で、自ら「お初天神裏参道」と呼ぶ一角である。お初天神は元禄16年(1703年)に神社の境内で実際にあった心中事件を題材に、近松門左衛門が人形浄瑠璃「曽根崎心中」を書いたことで知られている神社である。そんな歴史のある神社の参道商店街であるのだが、前述の高層タワーマンション計画地のすぐ裏手にある裏通りである。ここに12軒の飲食店がひしめき合っている。目指すは「道呑みのススメ」で、「道で・・・酒を呑もう、全力で楽しもう、旨いもの食べよう」とある。「ルクアイーレ」の地下の「バルチカ」のようなおしゃれな飲食通りではなく、通天閣のお膝元のジャンジャン横丁の若者向けミニミニ版といった雰囲気の狭い通りである。今回は行けなかったが、大阪の知人によれば阪急三番街の外れの高架下にあるかっぱ横丁も賑わっているとのこと。いずれにせよ、より強い、大阪風にいうとアクの強さをもつことによって一つの魅力を創り上げている。外れている方が、まとまって思い切り自由に表現することができるということだ。顧客の側もそうした自由さから生まれる「気取らない良さ」を楽しむということだろう。

実はこうした傾向は2000年代に入り、消費における大きな潮流として現れており、それは「表」から「裏」であった。当時使われたキーワードが「隠れ家」である。飲食店においても表メニューから裏メニューへ、そして裏であったまかない料理が表メニューとして出てくるようになる。つまり、「表」にNEWSが無くなれば寂れていくのだが、そのNEWSとは新しい、面白い、珍しいということに極まる。そして、いつまでも新しい、面白い、珍しいということはあり得ない。常にNEWSを創っていかなければならないのだが、そのNEWSは小さくても構わないということである。お初天神裏参道のように、「小さな通り」には小さなNEWSがあるということだろう。

日本の商店街の多くは寺社の参道からスタートし、今なお続いているところが多い。しかし、参拝者も高齢によりどんどん少なくなる時代である。東京浅草寺のように世界の観光地と化したところは別であるが、ほかの参道商店街は衰退していくところが多い。そうした参道にあって映画「フーテンの寅さん」のロケ地となった柴又帝釈天は、映画の終了とともに観光客は減少し、参道の商店街も衰退していく。渥美清というある意味キラーコンテンツを持った帝釈天も映画というNEWSを発信していかない限り明日はないということである。冒頭の東京駅「グランスタ」 における「駅丼」プロモーションではないが、駅弁だと峠の釜飯といった古くからある駅弁や季節の駅弁といった変化となるが、「駅丼」となるとちょっと気がそそられる、そんな小さなNEWSが重要になる時代である。

開かれたテーマパークUSJ

大阪の人たち、特に若い女子中高生にとってUSJは気軽に利用できる「遊び場」となっている。この遊び場は東京ディズニーランドが閉じられた空間であるのに対し、USJにもゲートはあるのだが、ユニバーサルシティ駅からUSJに向かう両側にはホテルと商業施設があって、いわば「参道」のような構造となっている。アトラクションが行われるゲートの先は遊びの「聖地」ということである。東京ディズニーランドにもゲートをくぐり、その先にはあのシンデレラ城があるのだが、USJのそれは参道を含めた一帯が遊び場になっている。たこ焼きミュージアムが入っているビルは大阪シティウオークという名前そのものの商業施設で、お土産だけでなく、例えばGAPファクトリーのような専門店まで入っている。
そして、大阪の人に聞くところでは、売り上げも好調とのこと。勿論、USJ自体の入場者数の伸びもあるのだが、開かれた空間の中で、あれも楽しむ、これも楽しむ、といったてんこ盛りエリアになっている。これは大阪ならではのサービス精神の発露であると思う。

そして、都市観光の時代はアクセスが重要であると書いたが、USJはまさにアクセスの良さは他にはない意味を持っている。関空利用の訪日外国人のアクセスの良さもあるのだが、それ以上に大阪近隣の女子中高生やファミリーにとって構えた観光旅行先としてのUSJではなく、もっと日常的な遊び場とするには、何と言ってもアクセスは重要である。JR環状線を利用すれば、大阪駅とユニバーサルシティ駅はわずか12分である。
USJのようなテーマパークだけでなく、都市観光の時代にあって「移動」は極めて重要な要素となっている。例えば、スポーツ観光という視点に立てば、野球がそうであるように東京ドームも横浜球場も駅に近く便利さは抜群である。サッカーはどうかというと埼玉も横浜も少し距離はあるがアクセスは良い方であろう。こうしたスポーツのみならず、都市を楽しむという観光視点に立てば「アクセス」からどんな楽しみを提供できるか逆算しても良いぐらいである。

中心化現象の進行は東京では湾岸エリアに人口移動が見られ、銀座にも至便な場所であると同時に、隅田川や東京湾という水辺のある生活を「都市別荘」と私は呼んだが、実は新しいライフスタイルを形成し始めている。そして、近隣の月島といった街には再開発されていない下町が未だ残っている。大阪で言うならば、梅田曽根崎に高層タワーマンションが計画されており、その裏にはお初天神裏参道といった路地裏があるように。都市には必ずこのような中心と外れ・周辺があり、それぞれがNEWSを発することによって、ある意味バランスの良い街が作られていることがわかる。中心部へと人口移動が進み、小学校のクラスが増設されるだけでなく、日常の買い物も銀座のデパ地下を利用するが、時には下町の老舗洋食屋で食事もし、地元の祭りにも参加してみる。あるいは、通勤自転車族が増え、東京駅周辺の不法駐輪が社会問題になるぐらいである。このように新しい都市型ライフスタイルが生まれている。

このように都市観光ばかりか、都市生活それ自体もアクセスが新たな変化を起こすキーワードになったということである。今回は駅ターミナルとその中心から外れた街を通してライフスタイルの一側面を観察してきた。それは地方創生と逆行するような時代変化であるが、逆に地方こそこうした都市的な構図、ライフスタイルを街づくりに生かさなければならないということであろう。そうしない限り、ますます地方から都市へと人口移動が進んでいく。
今、コンパクトシティ構想が各地方で立案されているが、地方においてもこうした「都市的なもの」を取り込み、昔からあるお初天神裏参道のような「外れ文化」や、ザ・大阪と呼ぶにふさわしい新世界ジャンジャン横丁のような「古の文化」とをうまく編集していくことがこれからの街づくりの鍵になるであろう。

また、こうした着眼は都市と地方ということだけでなく、「中心」と「外れ」に置き換えても同じである。例えば、中心となる大規模商業施設とそこから外れた旧商店街、人が集まる駅と裏通り、あるいはSCの中心フロアと一番端にあるデッドスペース、こうした構図も同様である。どんなテーマで編集をするのか、小さくてもNEWSを発信できるかによって、街は生きもし、死にもする。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:17Comments(0)新市場創造

2016年11月20日

◆未来塾(26)  「街から学ぶ」 東京・大阪編(前半)

ヒット商品応援団日記No664(毎週更新) 2016.11.20.

この未来塾をスタートさせた当初のテーマが「街から学ぶ」であった。浅草や秋葉原、吉祥寺、町田といった街に現れている時代の変化を観察するものであった。今回は東京と大阪を対比させながら、都市における進化、特にそれらが特徴的に出ている駅ターミナルと横丁・路地裏を通して時代変化の観察をしてみることとした。




「街から学ぶ」

時代の観察
東京・大阪編

駅ターミナルと横丁・路地裏


この未来塾をスタートさせた当初のテーマが「街から学ぶ」であった。浅草や秋葉原、吉祥寺、町田といった街に現れている時代の変化を観察するものであった。今回は東京と大阪を対比させながら、都市における進化、特にそれらが特徴的に出ている駅ターミナルと横丁・路地裏を通して時代変化の観察をしてみることとした。より具体的に言うと、東京的なものと大阪的なものとは何か、さらには都市的なものの代表としての駅ターミナルとその裏側に必ずある横丁・路地裏、別の表現をするとすれば「中心と周辺」あるいは都心と郊外、更に言うならば再開発と昔ながらの街並みといったことを視野に入れて時代の変化がどのように現れているかを取り上げてみることとした。

若い頃から大阪にはいくつかの得意先があって、新幹線は通勤電車のように利用してきた。忙しい時などは月水金と日帰り出張するということも多く、そうした日常にあって街の「変化」はなかなか感じにくいものとなる。今回はほぼ3年ぶりに大阪を訪れることになったが、大阪の知人にここ数年「大阪発」で注目されている商業施設や専門店、あるいはエリアについて聞いてみたところ、ほとんどの人はユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)をまず挙げていた。一方、前評判の高かった万博エキスポランドの跡地に建てられた7つの複合施設+αの「エキスポシティ」はオープン当初話題になったが、その後は話題にすら上がっていないとのこと。その知人の一人は前者のUSJは大阪的なものがあり、後者のエキスポシティはどちらかと言うと東京的な商業施設であると指摘をしていた。

また、大阪では昨年12月新大阪駅の在来線の上に新たにエキマルシェがオープンし、当初は連日行列ができていたとのこと。現在はそれほどではないが、後述するがエキマルシェには串揚げのような大阪的な飲食店や土産物店が集積され、ある意味東京駅地下の「グランスタ」のミニチュア版のようであるとも。ここにも駅ターミナルならではの「大阪的」「東京的」その共通と違いが出てきている。

都市の進化、中心化現象の進行

ところで「中心化」という概念にはいくつかの意味が含まれている。大きくは都市の進化の過程にあって、地方から都市部への人を中心とした移動であり、小さな単位で見れば郊外から移動の核となっている駅周辺への集中のことである。より具体的に言うならば、東京の場合今話題の江東区豊洲や中央区勝どきをはじめとした東京湾岸地区には高層タワーマンションが林立し、子育て世代の大移動が数年前から進行している。少子化の時代にも関わらず、例えば中央区月島第三小学校は9教室が増設へと計画されている。

エリア間競争という言葉が使われて久しいが、東京湾岸地区はモノ集積、情報集積、人の集積、金融の集積、それら集積力が都市の魅力として人を引きつけ移動を促している。その魅力とは常に「変化」という刺激を与えてくれることに他ならない。新しい、面白い、珍しい「何か」と出会えるのが都市の魅力であり、商業はそうした「未知」を提供する競争の時代となっている。
ちなみに勝どきから地下鉄大江戸線に乗れば銀座までわずか19分である。特に、東京はTOKYOであり、変化し続ける世界中の「今」を体験できる都市となっている。

 更に、子育て世代のみならず今後の最大マーケットである団塊世代を見ても分かるように、経済的ゆとりのあるシニア世代にとっては、食事をしたり、映画を見たり、散策が楽しめる緑のある環境があり、都心部での住まいは快適そのものである。つまりサービス集積度が高い、一種の「都市別荘」のような暮しがあり、これからも周辺部から中心部への人口移動は進む。

中心部においては多様な選択肢のある商業集積がある。そこには「お得」も「好み」もあり、消費満足度は高い。そして、中心部においては消費増税にも関わらず、こうした暮し満足度を維持することができる。
 一方、消費量の少ない周辺部、地方においては、結果価格は高くなり、しかも好みの選択肢も限られる。既に数年前から「買物難民」が出ているが、エリア格差は更に広がり、周知のように地方ばかりか都市部においても過疎化は進み、商店街もシャッター通り化する。こうした「買物難民」という隙間市場には移動販売という新たなビジネスもまた生まれてはいるのだが。
ところでこの「中心化」はどこへ向かっているか、下記の図はその潮流を表したものである。




中心、その巨大化する駅ターミナル

東京駅、大阪駅・新大阪駅、2つの巨大なターミナル駅には多くの見るべき側面がある。ターミナルという言葉が指し示す内容であるが、基本的には新幹線を始め在来線など交通機関が多く集まり、人の乗り降りが多い場所のことである。
東京駅の場合は2015年度の1日平均乗車人員は434,633人、JR東日本の新幹線の1日平均乗車人員は77,677人、東海道新幹線は2013年度の1日平均乗車人員は93,354人、さらには乗り入れている地下鉄は2015年度の1日平均乗降人員は196,687人となっている。

大阪駅の場合は、新大阪駅新幹線の2015年度JR西日本の1日平均乗車人員は55,756人、JR東海 は1日平均乗車人員は78,000人、さらには市営地下鉄 の1日乗降人員は143,021人となっている。大阪駅の場合は、1日の乗車人数は431,743人。隣接する梅田駅における阪神電車の1日平均乗降人員は164,755人、阪急電車が545,067人、さらには市営地下鉄の梅田駅には1日乗降人員は442,507人、・・・・・・・・隣接する周辺の駅の乗降客を入れるとこれも巨大なターミナル駅を形成している。

注目すべきは東京・大阪共に、駅構内の改修や駅ビルの開発によって、駅の乗降客数が増加していることにある。東京駅の場合は駅ナカと呼ばれている物販店・飲食店を集積させた「グランスタ」、大阪駅の場合は駅ビル「大阪ステーションシティ」と新大阪駅在来線上の「エキマルシェ新大阪」の開発による集客効果によるものと考えられている。このように両巨大駅の乗車人数が公開されているが、「グランスタ」も「エキマルシェ新大阪」もいわゆる駅ナカ商業であり、移動途中での立ち寄り人数は含まれてはいないため、数字以上の人が行き交う、まるで巨大スクランブル交差点のごとき空間となっている。
これも商業集積による一つの「中心化現象」の一つであるが、何故人を惹きつけ、その中心へと向かわせるのか。そして、そこに「東京的なもの」と「大阪的なもの」、そして「共通する魅力」を明らかにしてみたい。

テーマパークとなった駅ナカ

テーマパークとは一般的には特定のテーマに基づいた観光施設のことであるが、従来の「観光」概念から変化してきた経緯がある。古くは1980年代のリゾート法制定によるバブル期の娯楽やレジャーを目的とした遊園地や博物館、商業施設であったが、その多くはバブル崩壊と共に撤退あるいは廃墟となって今日に至っている。問題なのは、「今」生活者が求めている「楽しみ」とするテーマは「何か」である。
例えば、庶民の娯楽・レジャーであるパチンコはどうかというと、平成初頭の利用人口は約3000万人、約30数兆円産業と言われていた市場規模も、2003年には20兆円を切り、2013年には利用者は1000万人を切り、市場規模は18.8兆円まで落ち込んできている。つまり、デフレの時代にあって、庶民の娯楽・レジャーではなく、特定のヘビーユーザーの楽しみに変化してきているということである。収入は増えないデフレの時代の消費、日常の中に「小さな楽しみ」を見つけ、取り入れることに消費のテーマは移ってきている。
こうした「小さな楽しみ」の代表が「食」であり、この10数年食をテーマとしたテーマパーク、テーマイベントに生活者の圧倒的な支持が移ってきた。東北地域で盛んに行われてきた昔ながらの芋煮会もあるが、そうした地域固有の「食」を町おこしのコンテストイベントとしたのが「B-1グランプリ」であった。こうした楽しむフードイベントは、以降肉フェスやラーメンフェスを始めとした全国各地の食のテーマパークイベントとして進化してきている。
そして、生活者の食への興味関心事は、街の「食べ歩き」へと広がり、商業施設でいうとフードコートとなって現れてきた。さらに、こうしたテーマも多様化し、「激辛」「エスニック(民族・郷土)」あるいは「レトロ(昭和・明治)」といった裾野の広がりをも見せている。これは「テーマ」も経験を重ねることによって進化していくということである。故郷の味を楽しむといった喜び、あるいは未知の食への期待・満足といった幸福感まで幅広い「楽しみ方」はある。そうした個々の楽しみに応えて集積するのが「テーマパーク」である。

こうしたテーマを持った本格的な駅ナカが東京駅の地下にある「グランスタ」である。2007年秋店舗面積約1500m2の商業施設・駅ナカとしてスタートしたが、その後専門店のMD改良と並行して改札外にある東京駅一番街や丸の内グランスタと、東京駅ホーム下に一大地下街が広がる。まさに集積密度の高い一大テーマパーク、特にフードパークとなっている。オープン当初は「東京駅地下にデパ地下ができた」と表現されていたが、現在は「駅」、「ターミナル駅」ならではの、デパ地下とは異なる特徴あるテーマパークへと進化している。「グランスタ」を運営するJR東日本グループの鉄道会館によれば、2017年夏までに丸の内側に4期に分けて増床するという。2016年3月期の売り上げは140億円(前年同期比10%増)で、新規増床分の売り上げは100億円を見込んでいるとのこと。

東京駅という玄関口の意味

駅は多くの人が個々異なる目的を持って行き交う移動の玄関口であるが、その多くの人とは都内のビジネス目的の人もいれば地方に目的を持って移動する人もいる。10月末には訪日外国人が2000万人を超えたように人種も多様な様々な人が東京駅を訪れる。年齢も、性別も、人種も、勿論目的も異なる人に対する「食」を中心とした「楽しみ」を提供するテーマパークである。
拙著「未来の消滅都市論」にも書いたが、その中で東京を「エスニックタウンTOKYO」というキーワードで表現した。世界各国から人が集まる、渋谷駅前のスクランブル交差点のようだと。つまり、東京は世界各国から人が集まった雑居都市であると指摘したことがあった。東京駅の場合、そうした世界の中の玄関口という意味と共に、勿論全国各地方の玄関口として2重の玄関口としての商業施設であり、その最大特徴が「食」のテーマパークである。
面白いことにテーマパークには東京オリジナルの食もあれば、日本各地の名物・名産が集積していることにある。東京オリジナルの食としては「浅草今半」の牛肉弁当を始め、「築地松露」の卵焼きサンドなどユニークな専門店が出店している。一方、地方からは大阪梅田「豆狸」のいなり寿司や仙台の「仙臺たんや 利久」の牛たん弁当など全国の食が集積されている。つまり、東京駅に行けば全国のうまいものが食べられるということだ。そして、中央コンコースには「駅弁屋」という専門店もあるのだが、冒頭の写真のように駅弁ならぬ「東京駅丼グランプリ」というプロモーションが行われていた。こうした新たな「変化」をも取り入れているのが「グランスタ」である。これが「ターミナル駅」ならではの楽しい食のテーマパークとなっている。

東京駅の表通りと路地裏横丁

こうした「グランスタ」が東京駅のテーマパークの表通りならば、隣接する東京駅一番街はいわば横丁路地裏である。東京駅一番街は八重洲側の東海道新幹線下の地下街で、より強いテーマ世界を持った商業施設となっている。その代表店がラーメンストリートのつけ麺の「六厘舎」であろう。都内大崎で行列が途切れることのない店として東京を代表するラーメン店であるが、東京駅一番街でも写真のように行列が店を囲んでいる。当然といえばそうであるが、店の出口には「お土産コーナー」があり、地方から出てきた人への対応もしっかりとできている。勿論、東京駅というターミナル駅であり、九州ラーメンを始め全国の名物ラーメン店が集積されていることは言うまでもない。

この東京駅一番街にはラーメンストリートの他に「東京おかしランド」と「東京キャラクターストリート」があり、3つのテーマパークを構成している。古くからの隣接する八重洲地下街との競争もあり、単なる地下商店街では顧客の評判を取ることは難しい。面白いことに「東京おかしランド」はアンテナショップの役割を果たしているとのことだが、その中に「カルビー」とポップコーンの「ギャレット」が出店している。この2店は原宿にも出店しており、ある意味原宿同様東京駅も観光地になったということであろう。
そして、改札内の「グランスタ」との一体化を図る意味合いから、横丁路地裏としての東京駅一番街もフードテーマパークをより強めていく新ゾーンが計画され11月22日にオープンする。その新ゾーンは「にっぽん、グルメ街道」で、北海道から九州までの全国各地の名店がゾーンを構成するとのこと。第1期と2期に分かれて出店するとのことで、第1期は「函館立喰い寿司 函太郎」「横濱 崎陽軒 /シウマイBAR」「富山 白えび亭東京駅店」の3店であるが、特徴ある飲食が導入され、より楽しみを強めていくテーマパークとなるであろう。

中心化の象徴、大阪ステーションシティ

大阪駅に新たな駅ビル「ルクア」が開発され、大阪駅を囲むように、大きくは「ルクア」「ルクア 1100」「大丸」、そして「ホテルグランヴィア大阪」の4つのゾーンが造られ、それらを総称して「大阪ステーションシティ」と呼んでいる。まさに言葉通りのシティ・街である。2011年5月に開業し、確か数ヶ月後にその駅ホームを見下ろす吹き抜けのドーム型の建築にも興味があったので隅々まで見て回ったことがある。

その巨大さへの注目もあったが、核テナントとして三越伊勢丹が入り、「東京的なもの」が大阪の中心を構成するという、いわば生活者に受け入れられるものかどうか、という興味もあった。当時感じたことだが、「果たして東京スタイルのままでうまくいくのであろうか」というのが売場を見た率直な感想であった。案の定と言ったら語弊があるが、その三越伊勢丹は開業3年後の2014年、売り上げ不振により改装に入る。翌年2015年4月店名を「ルクア 1100(イーレ)」に改めてリニューアルオープンする。三越伊勢丹は一部のフロアを残し、撤退したということである。

今回百貨店の売り場が「ルクア 1100」としてどのように SC(ショッピングセンター)へとリニューアルし、既にある「ルクア」との統一感を見てみたかった。その「ルクア 1100」であるが、1階及び2階フロアが随分変わったなというのが第一印象であった。両フロア共におしゃれ雑貨・生活小物雑貨が集積されており、価格もリーズナブルでまさに SC的 MD構成・売り場となっている。
一方、地下の靴売り場を見て従来の百貨店的売り場構成となっており、ガラッと雰囲気が異なるフロアになっている。そして、いわゆるデパ地下の食品フロアについては集積度は低く、中途半端なものとなっている、そう感じた。というのも隣接する阪急百貨店におけるデパ地下は圧倒的な食品の集積度を持つ、おそらく全国一の売り上げ百貨店との競争を踏まえての感想である。

「ルクア 1100」、2つの行列店

ところでリニューアルした「ルクア 1100(イーレ)」には2つの代表的な行列店がある。その一つが2012年新宿ルミネに初上陸したパンケーキなど朝食メニューの「サラベス」である。そのサラベスはニューヨークの朝、店頭から伸びる行列はマンハッタンの風物詩となるほどの朝食レストランである。サラベスのオープンによってパンケーキなどのブームが起きたことはいうまでもないことである。そして、大阪においても行列のできる人気店となっている。
これは東京・大阪という地域固有の受け止め方よりも、「サラベス」のパンケーキは、それまでのパンケーキとはある意味で全く異なる新しい、珍しい、面白い「朝食スタイル」を持ったデザートレストランだからである。つまり、一言で言えば、そのスタイルとは、ホテルの朝食程度であった業態に、フレンチトーストやエッグベネディクトなどをメインディッシュとしたリッチな朝食レストラン業態を確立した点にある。市場規模も異なり小さいが、マクドナルドのハンバーガーの日本導入のように、今まで無かったスタイル、アメリカンスタイルを食べてみたいということと同じである。地域差、食習慣を超えた、一つの「食」のパラダイム転換を果たしているということである。

もう一つが「バルチカ」という地下2階にある「ワインバー紅白(コウハク)」である。実はサッポロビールの直営店であるが、大阪、神戸、京都といった関西には出店しているが、東京には出店していないことからほとんど東京では知られてはいない。東京では子会社のサッポロライオンの「グランポレール」というワインバー業態があるが、関西ではサッポロビールによる「紅白(コウハク」という業態の2つに分かれている。この違いについてはメニューをはじめとした「スタイル」にある。大阪の「紅白(コウハク」の方はよりリーズナブルな価格設定になっており、さらにメニューの中でも「大根ポルチーニソースかけ」(140円)が人気となっている。いわゆる洋風おでんであるが、他にも「丸ごとトマトのコンソメあっさり煮」(260円)、 「ボイルドエッグのコンソメ煮」(160円)と、洒落たメニューのうえ、とにかくリーズナブルである。この安さとスタイルが若い世代の圧倒的な支持を得ている。
この「バルチカ」は串揚げや多国籍料理などの飲食店が「屋台」のように工夫された店づくりの通りとなっている。こうした屋台ストリートは大阪的で若い世代に人気なのがよくわかる。特に「紅白(コウハク)」は2回ほど覗いたが、1度は行列ができており、もう一度は午前11時15分にもかかわらず、8割ほど席が埋まっていた。(ちなみにオープンは午前11時である。)
大阪の中心に、「サラベス」という新しいパラダイム転換を促した業態店と、「紅白」といういかにもザ・大阪と呼ぶにふさわしいおしゃれ業態店があるのも「中心化現象」の面白さである。

中心化がさらに進む大阪梅田

この大阪中心部開発については、大阪ステーションシティの次には「大阪北小学校跡地・曽根崎幼稚園跡地」の再開発事業が計画されている。住友不動産が開発を行うことになった事業だが、建物の規模は地上56階建て、高さ約193mとなっている。低層部にオフィスと店舗等、高層部には約900戸のマンションに加え一部ホテルが入るという複合型の超高層タワーマンション計画である。大阪梅田のど真ん中にタワーマンションができるのだが、これも「大阪的」と言えばコトは終わってしまうが、東京駅前にタワーマンションを造るということと同じで、東京では考えられない計画であろう。ちなみに、エントランスは「お初天神通り」側が予定されており、梅田の地下街にも繋がる計画であるとのこと。何れにせよ、大阪においても「中心化」がさらに進行しているということである。
そして面白いことにこのお初天神通りに「お初天神裏参道」という横丁が作られている。梅田側から中程入ったところの横丁に、これも大阪ステーションシティの「バルチカ」ではないが、屋台ストリートとなっている。超高層タワーマンションの隣り合わせのような路地裏なので、このまま商売が続けられるのかわからないが、こうした猥雑感も大阪的と言えば「大阪的」かもしれない。

新大阪駅の「エキマルシェ新大阪」

昨年12月にJR西日本の在来線の上、3階部分に増床した飲食及びお土産など物販店の商業施設である。駅商業施設の位置付けとしては、東京駅「グランスタ」のミニ版と言った方がわかりやすい。
ところで新幹線を利用して大阪に行った経験のある人であれば。新幹線ホームの下の2階には、市営地下鉄から駅に向かう途中には飲食・物販の地下街がある。更には、1階部分にも飲食街があり、従来は、こうした場所で待ち時間を利用しての食事や関西土産などを買い求めていた。
前述の東京駅との比較でいうと、この従来型商業施設は八重洲地下街に該当し、「エキマルシェ新大阪」は「グランスタ」に該当する。つまり、古い地下街とは異なるミニテーマパークとなっているということである。
ところでマルシェとは市場のことであるが、テーマパーク的に言うならば、「大阪市場」、大阪ならではの市場である。「大阪」と言えば、コナモン、串揚げ、・・・・・・・その代表的な店が道頓堀にあるたこ焼きの「くくるハナタコ」、梅田地下街で立ち食い串揚げで知らない人がいないほどの「松葉総本店」、大正11年創業の老舗オムライスの「北極星」、他にも周知の豚まんの「551」や老舗中の老舗和菓子おはぎの「いなば播七」、更には在来線で40年愛されてきた立ち食いうどん&そばの店「浪花そば」もエキマルシェに移転してきている。
東京駅「グランスタ」が全国の「食」を集めた「フードパーク」であるのに対し、「エキマルシェ新大阪」は大阪人に愛されてきた「ザ・大阪」を集積したミニテーマパークとなっている。ちなみに売り上げであるが、年間約70億円を計画しているという。

今一番元気なUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)

周知のUSJであるが、2001年3月31日にオープンしたエンターテイメントテーマパークである。スタートした当初は来場者数も計画通りにはいかず苦戦していると報じられていた。終了したテーマエリアやアトラクションも多く、その代表例が西部劇映画をテーマとしたウエスタンエリアで2006年に終了する。多くの試みを実行するのだが、2011年ごろまでは年間の来場者数も800万人と低迷する。しかし、転換点となったのが2014年7月15日に、大ヒット映画「ハリー・ポッター」シリーズをテーマとしたエリアのオープンであった。結果、開業以来の1,000万人を上回る1,050万人を超え、2014年度には1,270万人を記録する。そして、2015年10月の月間入場者数が175万人を超え独自試算で東京ディズニーランドを超えたと発表した。

こうした大ヒット作による集客効果もあるが、例えば、アトラクションに於いても「ハッピー・サプライズ・サマー」のように来場者と一緒に「水鉄砲で水かけっこして」遊ぶといった、小さなアトラクションの積み重ねが来場者増へとつながったという背景がある。こうした「サプライズ」はまさに「大阪的」発想によるものと言える。ちなみに2014年度の「ハッピー・サプライズ・サマー」は、以下のようなニュースをリリースしている。

“世界イチの親子になろう。”
大好評の時間予約システム『よやくのり』を使えば、
アトラクションの待ち時間に、夏イベントをとことん遊びつくせる!
興奮度もびしょ濡れ度も、過去最大級にスケールアップ!
大人気イベント『ウォーター・サプライズ・パーティ』に、“キッズエリア”が新登場!

昔懐かしい「水かけ遊び」といってしまえばそれで話は終わりだが、アトラクションの待ち時間を使った親子が水を掛け合って遊ぶという今では出来無い「場所と時間」に着眼したのはさすがである。しかも、このサプライズアトラクションにはそれほどの多くの投資を必要としない。まさに泥臭い「ザ・大阪」である。

ユニバーサルシティウォーク、大阪たこ焼きミュージアム

USJには東京ディズニーランドと同様に、趣向を凝らした多種多様なフード&レストランがあるのだが、園外のユニバーサルシティウォークに、これも大阪では初めての「大阪たこ焼きミュージアム」がある。下車駅から USJに行く途中には2つのホテルとその反対側に隣接する商業施設にあるのだが、店舗数は約60店舗。飲食・物販など、さまざまなテナントが入居している。
大阪の人に言わせると、お好み焼きと同じようなコナモンのたこ焼きの名店が一堂に会したのは大阪らしいとのこと。「エキマルシェ新大阪」にも出店している「くくる」をはじめ5店が出店している。
そして、毎日パフォーマンスショーが行われており、USJとはまた異なるミニイベントが用意されている。これも大阪ならではの旺盛なサービス精神の賜物であろう。
東京ディズニーランドとの比較でいうと、東京ディズニーランドが閉じられた空間の中でのエンターティメントであるのに対し、USJは駅から始まるユニバーサルシティウォークという言葉に表れているように、USJのゲートという境はあるものの「全体」が楽しめるようにつくられている。これも大阪ならではのサービス精神溢れる「楽しませ方」なのかもしれない。

中心から外れたハジハジ、辺境に新たな芽

東京も大阪も、都市における中心化はこれからも進んでいく。地方創生とは逆行するような変化であるが、こうした中心化から外れたエリアに今までとは異なる新しい芽が生まれてきている。これは都市と地方という構図だけでなく、人が集まるエリア、駅、大型商業施設といった「中心部」からちょっと外れた「周辺部」の新たな「動き」の事である。

都市と地方という構図であれば、今話題となっているのが「秘境駅」や「無人駅」、以前は流行っていた「今は廃墟遊園地」や「今は無人島」、といったある意味「未知」への探検である。この未知という想像の入り口を通り、過去の世界を巡る「オタク」による巡礼である。
こうした秘境駅に関連するマーケットは、勿論極めて小さい。しかし、そこまでの秘境ではなく、いわゆる「隠れ家」や「未知なる場所」への興味・関心は高い。20数年前までは、誰も見向きもしなかった秋葉原が、オタクのアキバとして観光地になった例もある。

今回は時間がなくて行けなかったが、大阪のシンボルタワー・通天閣のある新世界が新しい観光スポットとなっているという。大阪人であれば周知の場所であるが、最寄駅はどこかというと、環状線だと新今宮駅、地下鉄だと恵比須町駅下車で、難波や天王寺といった新しい街並みから外れた、再開発が行われていない真空地帯のようなエリアである。庶民の街、串カツ、立ち飲み、ピリケンさん、大衆演劇場・・・・・ディープなこれぞ大阪が今なお残っている下町に、訪日外国人を含め新たな観光名所になっているという。大阪風に言えば、コテコテの派手な看板がひしめき合う新世界の街並みは、おそらく大阪に唯一残っている昭和レトロな場所である。東京でいうと、浅草と上野アメ横を足したような一角である。

何故こうした忘れ去れらたような「外れ」、あるいは「真空地帯」に人が集まるのか、「何でもある」時代にあって、「ここしかない違い」を新たに創造するしかないのが、「外れ」「真空地帯」の事業者である。この「違い」創造のアイディアについては未来塾の「差」をどうつけるかというテーマで「差分」という概念を使って描いたことがある。時代ならではの新しい「差」の創 り方 を「俺のフレンチ」を始めいくつかの事例を踏まえて分析した。その中でほぼ4つの「違い」づくりで整理をしたことがあった。
1、迷い店
2、狭小店
3、遠い店
4、まさか店
つまり、都市生活に於いては「便利さ」が基本となり、それが当たり前の時代にあって、上記4つはある意味で不便で合理的ではないと思ってしまうが、逆にそれらを逆手に取ることにより「新鮮」な出来事にしてしまったということである。迷って迷ってたどり着く面白さ、遠くても食べたい達成する面白さ、そうしたゲームのような満足さを売り物とする商売である。

そして、実は4つだけでなく5つめがあるとして指摘をした。街場の商店の最大競争力、他に代え難い「差」は人であると。大阪新世界・ジャンジャン横丁の町並みとそこで提供される浪速のサービスは「固有」で、日本人が忘れてしまった世界である。逆に、日本を俯瞰的に見て、その合理的な物差しでは測ることのできない魅力に圧倒される海外の人こそ、日本の魅力を正確に見てくれている。あのアキバのアニメやコミック、さらにはAKB48のように。訪日外国人が「観光」したいと思っている世界こそ、実は競争力となる「差」があるということだ。
勿論、こうした「人」は東京の商店街にも、地方の食堂にも、名物おばあちゃんや頑固おやじとして今なお旺盛なサービス精神でもてなしてくれている。レトロ、昭和という時代のキーワードは実は「人」の中に残っているということである。(後半に続く)  


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2016年11月12日

◆逆襲が世界に広がる

ヒット商品応援団日記No663(毎週更新) 2016.11.12.

次期米国大統領がトランプ氏に決まった。多くの人は、特にマスメディアや国際政治の専門家はその予測違いに驚き番狂わせであるとしているが、結論から言えば英国のEU離脱と同じことが米国でも起こったということである。私は「パラダイム転換から学ぶ」(概要編)というブログの第一回目に「グローバル化する世界、その揺り戻し始まる」と書いて、英国のEU離脱は単なるポピュリズムであると、したり顔で評論する識者とは異なるコメントをした。確かに世界の「パラダイム(価値観)」の潮流はグローバル化による垣根のない世界であった。

しかし、新大統領がトランプ氏に決まった瞬間、それまでの「隠れトランプ支持者」という言い方を止め、マスメディアもやっと英国のEU離脱と同じ潮流、反グローバル化が背景にあると言い始めた。グローバル化によって得られたこともあるが、同時に失ったものもある。格差の大きな米国にあって、グローバル化の象徴が世界の金融が集まっているウォルストリートであり、そこから資金を得てきたのがヒラリー・クリントン氏であった。一方、トランプ氏が訴えたのは、グローバル化から取り残された、あるいは負け組みとなったアイオワ州をはじめとした中西部の製造業に的を絞り、丁寧な対話を繰り返した結果であろう。ある意味、どんどん中流層がなくなり、グローバル化によって得られたのは一部の金持ちだけで、格差がいかに深刻であるかが表へと出てきた。大きく揺れ戻した振り子がドナルド・トランプ氏に触れたということだ。

日本のメディアは常にそうであるが、暴言王とか、差別主義者、排外主義者といった極小部分のみに焦点を当てたおもしろ報道しか行って来なかった。しかし、トランプ氏が言う米国第一主義とは言葉を替えれば国益を最優先する愛国者であり、中西部の田舎のおじさん、おばさんの代表であるということだ。そして、グローバル化から取り残された白人労働者、破綻した鉄鋼などの製造業工場群、そうした人たちの思い、本音を代弁したと言うことだ。そうした意味でグローバル化=自由貿易協定のTPPには反対であるし、保護主義的になるであろう。
しかし、面白いことにトランプショックから一夜明けた翌日には、米国及び日本の株価は大きく戻す結果となっている。トランプ氏の言う減税策、所得税減税の他に、法人税率を現行の35%から15%に引き下げる内容となっている。どこまで赤字財政としてやっていけるかわからないが、こうした景気浮揚策をはじめ公共投資策が没落製造業にとって光明になったことは事実であろう。
こうした経済政策はことごとくヒラリーー・クリントン氏とは正反対であった。つまり、今回のトランプ大統領を誕生させたのは、「ヒラリー・クリントンの下では何の変化も起こらない」と言う既成政治への不信、Noであったと言うことだ。8年前のオバマの「チェンジ」は製造業では「先進製造業」を重視した政策運営を進めてきたが、確かな成果は得られてはいない。いずれにせよ「変化」を求めた人たちがトランプ氏に一票を入れたということである。まさに、東部州やカリフォルニア州に対する、中西部州の逆襲であり、取り残された白人労働者や製造業の逆襲であり、懐かしき米国復活を求めた逆襲であると言えよう。新聞メディアを中心に「分断」「亀裂」の修復が必要であると言うが、元々米国は移民による雑種国家である。ただ今回の選挙によって、以前からあった溝が表に出てきたことは事実である。カリフォルニア州の反トランプの若い世代は、トランプ米国からの独立を主張しているが、これも英国のEU離脱の時と同じである。

実は前回のブログで創業者はワンマン経営者で、しかも現場経営主義者であるとし、ユニクロの柳井社長をはじめ創業経営者について書いた。トランプ氏にとって、外交や防衛といった政治のプロではない。しかし、ビジネスリーダーとしてやってきたその経験と才能は持っている。ワンマン経営者というと傲慢の象徴であるかのように思いがちであるが、ワンマンであるとは、めげない、諦めない、とことん成功するまでやり遂げる強い精神力を持った人物のことを指す。サラリーマン社長とは根底から違うということである。米国製造業の復活が可能であるか、それはわからないが、例えば米国とカナダ、メキシコは自由貿易協定(FTA)を結んでいる。そして、メキシコは今や年間290万台以上の車を生産するまでの自動車生産大国になっており、その8割が輸出されている。この生産台数は世界で8位、輸出台数では世界で第4位だ。ホンダ、マツダ、日産といった日本車もメキシコに工場を持っており、もちろん米国市場へと輸出されている。トヨタも2019年からカローラを北米市場向けに生産する予定だ。これから日本の自動車産業はどうなるか、トランプの米国がFTAから離脱する可能性は皆無ではない。トランプ氏がメキシコという国を取り上げ国境に壁を造るなどと発言しているのは、単なる不法移民のことだけではない。メキシコの労働コストは中国やブラジルよりも安く、しかも安定している。だから北米市場を睨んで多くの世界企業がメキシコに進出しているのだ。

トランプ大統領の誕生は、TPPがどうなるかといった問題だけでなく、日本を含めた世界のグローバル企業は多大な影響を受けることは間違いない。日本の場合もこの20数年で産業構造は激変してきた。「パラダイムの転換から学ぶ」(概要編)にも書いたことだが、例えば、産業の米と言われた半導体はその生産額は1986年に米国を抜いて、世界一となった。しかし、周知のように現在では台湾、韓国等のファ ウンド リが台頭し、メーカーの ランキングではNo1は米国のインテル、No2は韓国のSamsung である。世界のトップ10には東芝セミコンダクター1社が入るのみとなっている。 あるいは重厚長大産業のひとつである造船業を見ても、1970年代、80年代と2度にわたる「造船大不況」期を乗り越えてきた。しかし、当時と今では、競争環境がまるで異なる。当時の日本は新船竣工量で5割以上の世界シェアを誇り、世界最大かつ最強の造船国だった。しかし、今やNo1は中国、No2は韓国となっている。米国の製造業も同様だということだ。

ところでトランプ大統領によって米国が変わるとは世界が変わることでもある。多くのマスメディアや政治評論家は楽観視しているが、英国のEU離脱というショックどころではない。グローバル化という潮流から、自国第一主義へとその流れを変えていくことが始まれば、日本経済も当然変更を余儀なくされる。トランプ氏は強力な交渉人となって各国と渡り合うことだろう。ドゥテルテ比大統領が就任後、中国や日本から多くの資金などを手に入れたが、やり方は異なるとは思うが、トランプ大統領も同じ「やり手」であることは間違いない。そして、やり手の主要な交渉相手はまずは中国であり、対中交渉にその本質が見えてくる。(続く)
  


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