2007年10月31日

◆大人の時代の消費

ヒット商品応援団日記No215(毎週2回更新)  2007.10.31.

このブログで偽装という情報の嘘がこれからも出てくるだろうと言っていた通り、船場吉兆や赤福の代替土産として売上急増中であった御福餅も赤福同様の偽装との報道。ブランドへの信頼があつければあついほど、振り子のように大きく不信という反対側へと振れる。これも情報の時代の特徴である。ブランドは自らの実体験、使ってみて、食べてみて、ここが自分は好きだという本来の生活実感物語へと移行していくであろう。情報によって外側へと向かっていた心理は、内側へと、自分が本当にそう思う世界へと向かっていく。

また、情報価値が相対的に下がり、物価値が復権し、バランスの良い価値評価が生まれてくる。長年食べ続け、着続けても飽きのこないもの、手に何となくしっくりとする、わくわくどきどきはしないが何となく落ち着く、そんなものへと消費は移っていく。フェイク、もどき商品も明確に表示され、美味しいと実感できれば逆に良いヒット商品となる。そもそも、日本の精進料理の多くは大豆を使った肉もどき食品である。そのような体験を積み、嘘を見抜き、一見どこにでもあるように見える職人技、経験者ならではの小さな知恵や工夫に注目が集まることとなる。数年前から言われ続けて来たが、やっと大人の時代がくる。

さて、この「大人」とはどんな世界なのかである。団塊世代を含むシニア世代にとっての「大人」とは、5得を持った世界のことである。時間持ち、金持ち、友持ち、物持ち、経験持ち、の5得の世界だ。しかし、同時に失ったものもあり、若さ、美しさ、パワー、あるいは子供心、遊び心、といった世界を取り戻す世界も含まれる。少し前にちょいワルオヤジというキーワードが流行ったが、これは40代男性が上の世代50〜60代のような遊び心を取り入れたいというシニア世界の素敵さを鏡の如く反射した世界の良き事例である。

団塊の世代を例に挙げると、60代に達し、「先」が見え始めてくる。先が見えるとは我欲が少なくなり、その分公や他者への貢献等が芽生えてくることとなる。そして、自己が他からどのように認識されているかを知る時を迎える。つまり、60年間の人生は「塊」を分化させ「個」へと立ち戻らせ、自己客観化の時を迎えることでもある。第二の人生のスタートにあたり、過去に遡り未来をシュミュレートする。そうした意味において自己表現としての「新しいライフスタイル」が生まれ社会へと映しだされる。これが「大人の時代」の意味である。
800万人ほどの団塊世代はその「量的」なことも含め、他の若い世代へと鏡の如く反射し、消費の潮流を創る。これが世代を超えて言われている「大人の時代」の消費の本質である。(続く)  


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2007年10月28日

◆次の物語消費へ      

ヒット商品応援団日記No214(毎週2回更新)  2007.10.28.

一年ほど前、少し早いかなと思ったが「サプライズの終焉」というテーマで書いた。その後も「やらせ」は横行し、猫だましのような驚きの中で情報の確かさを見ていたが、度重なる偽装という情報の学習によって情報の時代の本質が分かって来た。「発掘!あるある大辞典」を持ち出すまでもなく、エステで使われていた足湯まがいのデドックス商品の嘘。比内地鶏どころか、卵を産めなくなった鶏の薫製鶏肉の販売。ミートホープ社、白い恋人、赤福、ここ数ヶ月でどれだけの偽装・偽造が発覚したか。産地偽装は宮崎県産鰻ばかりか、品種が異なる名古屋コーチンまでもがスーパーで売られ、最近では「これで1日十分ではない野菜ジュース」がヒット商品になっていた。嫌なことだが、更にこれからも続々と偽装・隠蔽事件は出てくると思う。

情報の時代の特徴であるが、情報はモノ価値から離れ一人歩きし、しかもエスカレートしていく宿命・本質を持っている。その代表が都市伝説や神話、あるいはデマ・風評である。今回の亀田(次男)の反則試合を見て、実力(価値)から離れ一人歩きしたヒール(悪)物語がいかに実際の試合で弱かったかを実感したことと思う。演じるパフォーマンスが大きければ大きいほど、負ければ振り子は反対側へと大きく振れる。無敗神話物語の崩壊である。
膨大な情報の中での競争である。あっと驚かせない限り、伝わらないと誰もが思っている。しかし、そうした側面を持ってはいるが、全く逆に「世界の中心で愛を叫ぶ」における柴咲コウの書評や「電車男」におけるネットでの書き込み、あるいは多くの口コミといった方法によってヒット商品は生まれている。

誰も指摘はしていないが、情報は極めてなくてなならない役割を担っている。よく経済にとってお金は血液のようなものと言われているが、情報も血液と同じである。もっと分かりやすく車の運転に例えると、お金はガソリンであり、情報はハンドルとなる。かってにハンドルを操作する嘘、虚偽、偽装、隠蔽は重罪との認識、法もそう整備されなければならない時代だ。
随分昔のように思えるが、ライブドアが仕掛けたフジテレビの買収事件で「白馬の騎士」として現れたSBIホールディングスCEO北尾吉孝氏の言葉を思い出す。ライブドアが行った株の大量分割による株価引き上げは一種の悪用した操作であり、市場は公共財という原則に反するという言葉だ。情報が命である株式市場ばかりでなく、全てのビジネスが虚を排除した公たらねばならないということである。そのためにも情報の公開は大原則となる。

ところで、こうした情報による虚構の物語、過剰な刺激、偽装物語に多くの生活者は辟易となっている。数年前まではTVを見ながら、時に評論家になったり、裁判官になったり、ある時は弁護人という観客になっていたが、そうした過剰な物語が演じられる劇場は実は幕が下りているのだ。昨年、お笑い番組を始めメディアに出続けていたレイザーラモンHGはどこにいったのであろうか。フィクションからノンフィクションへ、過剰なサプライズ物語から日常のリアル物語へと質的転換が始まっている。(続く)  


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2007年10月24日

◆小さな親鸞

ヒット商品応援団日記No213(毎週2回更新)  2007.10.24.

私に目ウロコさせてくれた一人歴史研究家網野善彦さんは、高校教師時代に生徒から「なぜ、平安末・鎌倉という時代にのみ、すぐれた宗教家が輩出したのか」という質問を受け、何一つ説明できなかった。この質問が後に網野さんの歴史に対する考えを大きく変え、中世日本の既存の歴史観を根底から覆す研究へとつながっていく。中世日本の戦乱による略奪、殺人、飢え、流浪する人々を救うために親鸞、一遍、日蓮という宗教家が生まれたことは周知の通りである。今風にいうと、パラダイム(価値観)が混乱する「何でもあり」のカオスの時代であった。それは戦乱の世という側面と共に、網野さんが指摘するように貨幣経済を含めた日本資本主義とでも言える経済社会が勃興し始めた時であった。そうした時期に「何を規範とすべきか」という社会の物差しが希求され、親鸞のような今日なお生き続けている教えが誕生する。ちなみに、鎌倉時代の荘園経営の多くは禅宗の僧侶もしくは山伏であった。和菓子赤福を始め相変わらず企業の不祥事が続くが、経営リーダーの源流は聖職者であったということを認識しなければならないと思う。

直近のデータはとっていないが、鬱病を始め精神疾患は1990年代後半から増加し、自殺者の主要因となっており、最近ではキレル子供と同じように大人までもがキレル時代となった。そうした疾患には至らないが不眠を訴える人は相変わらず多く不眠解消グッズや癒し系サービスは人気となっている。こうしたストレス社会の根底には複雑な人間関係や生活とビジネスの境界線を無くし、四季という境界すらなく、ただひたすらスピードに身を任せざるを得ない時代にいるということだ。
社会へと問題を投げかけた熊本慈恵病院の赤ちゃんポストは現在8人の子供を預かっているという。しかし、病院関係者は予期せぬ妊娠による電話相談がひっきりなしにかかってくる件数の多さに驚いているという。いかに孤立した女性が多いかということであろう。

中世日本と今という時代を重ね合わせることには無理があると思うが、「何を規範とすべきか」が個人と共に、コミュニティ、企業、更には国家という単位で求められ、こころある人達が活動し始めている。Web2.0を提唱した梅田さんはシリコンバレーのベンチャー精神に拠りどころを求め、元リクルートの藤原さんは教育の再生を目指し中学校の中に地域本部を置いて新しい規範を創り始めている。この10年、ヒーローを待望するような動きが政治から経済、さらにはスポーツに至まで数多く見られた。おそらくその底には親鸞のような宗教家を待望していたのだと思う。
マーケッターやビジネスマンはモノやサービスが買われるメカニズムの解明のために心理学を再学習し、その先の脳科学へと向かっている。勿論、こうした傾向を踏まえ、悪意ある人間・犯罪者は、オレオレ詐欺を始め最近では円天といった詐欺事件を起こす。善くも悪くも、市場は宗教的になったということだ。

ところで混乱の中世日本に現れた親鸞であるが、その教えに悪人正機というキーワードがある。良く知られている歎異抄の一節に「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」がある。善人でさえ往生できるのだから、悪人はいうにおよばないということである。世間の常識からいえば、悪人でさえ往生できるのだから、善人はいうにおよばないとなるところであるが、親鸞はあえて正反対のことを言っている。親鸞は仏に仕える聖職者と庶民との間に大きな落差を感じ、自ら庶民と同じようなところで考えた人物である。なまぐさ坊主の元祖と言われているが、戒律を始め多くの既成を壊し、酒は飲むし妻子を持つといった今日の宗教者のあり方を先見した人物である。その親鸞は善とは無私無欲で下心や見返りを求める心のないことを指しており、煩悩を捨てきれない自らを悪人であるとの自覚のもとに阿弥陀にすがろうとした、と私は理解している。今、悪の権化のような言われ方をしている亀田父子や沢尻エリカであるが、ボクシング界や芸能界で小さな親鸞に出会わなかっただけだと思っている。会えば悪とはいわないが、足りない自覚が生まれていたと思う。おそらく、これからは普通の生活者の中から小さな親鸞が生まれ、そこに小さな次のビジネスが育っていく。(続く)  


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2007年10月21日

◆ブームという目 

ヒット商品応援団日記No212(毎週2回更新)  2007.10.21.

ここで使う「段階」の意味は、商品が成長・衰退するライフサイクルの段階であり、以前イノベーター理論でも書いたが、市場の中のイノベーターという革新的顧客からマス市場化していく段階と見てくれても良い。あるいは都市で始まった潮流が地方へと浸透していく段階、またその逆の段階、と解釈してくれても良い。一言でいうと市場の推移段階を指している。

商品であれ、業態であれ、今どの市場段階にいるのかという認識は極めて重要である。前回「亀田父子物語」というテーマで「誰もが過剰なパフォーマンスなど求めてはいないということだ。亀田父子物語の創作者は時代の風を無視したのか、読み間違えたのか、いずれにせよ極めて大きな代償を払うことになる」と書いた。この段階という目で見るならば、既に「亀田父子」という商品価値は右肩下がりになっており、今回の事件によってまさに煙突のように急激に上がり、急激に落ちるという情報によって創られるブームの良きケーススタディとなっている。

実はブームの頂点は昨年の「ランダエダVS亀田(兄)」の世界戦の前日にあり、その判定を巡って亀田ブランドの人気は下がり続け、今日の急降下状態になったということだ。大手コンビニのローソンを始め、政府広報までもが亀田ブランドを使うというていたらくであるが、ブームという市場認識及び既にブランド力は下がり始めているという市場段階認識の欠如と言えよう。歴史のある日本プロボクシングとJリーグを比較してはと思うが、1993年にスタートしたJリーグも1〜2年目はブームによるグッズ販売によって各クラブは黒字決算となる。しかし、3年目以降軒並み赤字決算となり、周知のように横浜フリューゲルスはマリノスに吸収合併され今日に至る。ブームは去り、Jリーグは百年構想を発表し、より顧客に近い地元に密着した少年サッカースクール等草の根活動を行い、1999年には二部制を導入する。そして、観客動員数も徐々に増加し、今日へと至る。

どのビジネス書やマーケティングの本においても、問題を解決するには問題の中に次なる市場機会があると書かれている。確かにそうではあるが、その前に、どんな市場段階にいるのかという認識が重要だということだ。一般論ではあるが、初期の段階と成熟した段階とでは問題は異なる。亀田ブランドでいうと、初期の家族愛・絆といった物語づくりは成功し、順調に推移してきた。やはり、東京へと移り次なる段階の物語づくりの中心に「巨人の星」のようなストーリーではなく、ヒール(悪役)ストーリー、ヒールパフォーマンスという全く逆のシナリオを書いた。当たり前のことであるが、顧客調査をすれば亀田ブランドを使えない理由は一目瞭然という結果が出て、ローソンを始めスポンサーは降りることになる。現在、報道によればスポンサーは0とのことだ。

さて、亀田ブランドの再生はありえるであろうか。先日の謝罪会見であるが、本来であれば謝罪会見はブランド再生へのスタートとならなければならない。しかし、従来の物語スタイルを変えようとはしていなかった。もし再生があるとすれば、不祥事を起こした企業がそうであるように、経営者を変え、解体し、社会が顧客が受け入れてくれる事業だけを残し、再生プランを提示することだと思う。亀田父子という言い方をするならば、ファミリーブランドを解体し、3兄弟は一人になり、カシアス内藤さんのようなボクシングが好きで好きでたまらないようなジムで素になって修行し直すことだと思う。パフォーマンスという虚構の物語世界から、実力というリアル世界を生きる物語への転換だ。(続  


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2007年10月17日

◆亀田父子物語

ヒット商品応援団日記No211(毎週2回更新)  2007.10.17.

先日のWBC世界フライ級タイトルマッチ「内藤VS亀田」戦を見て、プロレスまがいの反則に誰もがおかしいと思い、こんなことがボクシングという下手をすると命に関わるスポーツで起こって良いのかと思ったことと思う。その試合を含め、多くの問題についてはスポーツ紙やTVの報道で繰り返し指摘されているのでここでは取り上げるつもりはない。私が指摘したいのは亀田父子物語を創造し、ビジネスにしてきた戦略の誤りについてである。

私が亀田父子を知ったのは一昨年のマスメディアによる報道であった。大阪に三兄弟をボクシングのチャンピオンにしたいと独自なトレーニングをしているファミリーがいるとの内容であった。当時は子殺し、親殺しといった社会事件が象徴するように、家族崩壊のニュースが続出した時期であった。親子の絆、父権復活が叫ばれ、マスコミも亀田父子の絆を舞台に上げ、一つのケースとして取り上げた。その頃感じたことは、スポ根漫画「巨人の星」の一徹と飛雄馬父子であった。今回の反則行為を含めた日本ボクシングコミッションの処分発表に際し、以前在籍した大阪のジム関係者は、大阪にいた頃はまじめで礼儀正しい子供でした、と語っていた。また、東京へ行ってからまるで変わってしまったとも。

これは私の推測であるが、所属ジムを協栄ジムに変え、東京へと移り住むようになってから大きく変わったのだと思う。この変化を促した、というよりビジネス化したのがTBSと協栄ジムであったと思う。当時、ボクシング業界は右肩下がりの時代にあって、ユニークなパフォーマンス、ヒール(悪)役を演じるシナリオ、亀田父子物語の創作が始まった。確かに、ボクシングとはまるで縁のなかった若い女性がパフォーマンス見たさに、試合会場へと足を運んだ。新しい市場が生まれたと錯覚をしたことが、今につながってくる。

確かに新しい市場は生まれたと思う。しかし、同時に失った顧客もまた存在する。今回の「内藤VS亀田」戦の会場はまばらであったと聞く。勿論、TV放映の視聴率は大阪地区では約40%を稼ぎ、ビジネスとして成立したのだとは思う。しかし、ビジネスは継続である。ブームとトレンドとは全く異なる。前者は一過性のものを指し、後者は以降も続くもののことを指す。私が繰り返し指摘してきたように、トレンド(傾向・潮流)はサプライズから本質・本道へ、非日常の過剰刺激からリアルで日常的な穏やかさへ。誰もが過剰なパフォーマンスなど求めてはいないということだ。亀田父子物語の創作者は時代の風を無視したのか、読み間違えたのか、いずれにせよ極めて大きな代償を払うことになる。

私は熱烈なボクシングファンではないが、今回の事件に触れ、沢木耕太郎さんが書かれた「一瞬の夏」という本を思い出した。恵まれた才能を持ち、世界チャンピオンに挑戦するが果たせなかったカシアス内藤をモチーフに書いたノンフィクションである。そのカシアス内藤が癌と戦いながら横浜にジムを開き、若いボクサーを育てている。ボクシング界に求められているのは、今なお戦っている「カシアス内藤物語」(http://doraku.asahi.com/hito/interview/html/061127.html)であると思っている。(続く)  


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2007年10月14日

◆小の発想法

ヒット商品応援団日記No210(毎週2回更新)  2007.10.14.

「小」の時代であるとは私の持論で、このブログでも「小の経済単位」について数多く書いて来た。小さなモノ、小さな時間、小さな価格、小さなテーマ、こうした経済単位の変化の背景には、社会の単位が家族から個人へと変化してきたことにある。マイルーム(個室)から始まり、個性、個食、プチブーム、隠れ家という一人時間、お一人様歓迎のヒトリッチ、小単位での株の売買取引まで、ヒットしたキーワードの多くは「小」であった。そして、この行き過ぎた反動、揺り戻しも始まっている。「大」への揺り戻しで、小食からガツン系といった食もそうであるし、個人から家族単位への揺り戻しも出て来ている。

この小という発想は、あれもあるこれもあるではなく、削ぎ落とし、なお削ぎ落とし、残るもの、本質に迫る発想である。それは選択と集中、あるいは本業回帰、といった表現にもつながるが、あらゆるビジネス発想をするときの原点だと思っている。
この小という発想から、振り子消費における中心点は何か、和ブームの中心は、あるいは素の価値を再考すべきではといった発想も出てくる。今、市場の中心点はどこかと言えば、それは東京市場である。東京の中の中心点はどこかと言えば、東京駅周辺から有楽町・銀座というエリアである。それはモノの集積ということだけでなく、世界の情報とサービスが手に入るエリアという意味だ。勿論、エリアにも個性が生まれ、東京駅周辺は金融の中心点を目指し、六本木周辺はアート&デザインという個性の中心点を目指している。そして、今なお渋谷は若いティーンの子達にとって遊びの中心点となっている。日常生活圏という視点に立つと、中心点は駅となる。こうした背景から、JR東日本の駅中やエキュートが生まれて来ている。つまり、各々のエリアは一つの極点を目指して競争しているということだ。
また、流通の中心点はどこかというテーマでここ数年間百貨店を筆頭に統合再編が進行し、個別に見ていけば本店となる。勿論、どんな顧客を特定するかによるが、流通は狙いとする顧客市場とテーマの中心点を目指し競争中ということだ。郊外型と言われて来た家電量販のヤマダ電器が池袋に出店してきたのも、文字通りNO1となるためだ。

この中心点は何かを見極めるために、揺れ動く心理市場について書いて来た。マーケティングとしていうと、どんな代表商品をもって、どんな代表顧客に対し、どんな代表テーマあるいは代表メッセージをもって市場創造していくかである。この数年、過剰な情報の世界にあって、メッセージをいかに届かせるかが課題となり、バイラルマーケティングを始めサプライズ手法が盛んであった。しかし、その学習体験と思うが揺り戻しが始まっており、最早誰も驚かなくなってきた。むしろ、無音、間、そこはかとなさ、雰囲気、品位、らしさ、印象、こうした小さな何かが逆に伝わる時代へと向かっているように思える。店頭は分かりやすさとばかりに価格は大きく強く、これでもかとメッセージ化されている。価格は重要なメッセージであるが、たった一人の顧客に向かう送り手が見えるメッセージ、本気の一言が伝わる時代だ。つまり、理屈っぽくなるが、顧客関係の中心点に何を置くかということである。(続く)  


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2007年10月10日

◆振り子と中心点 

ヒット商品応援団日記No209(毎週2回更新)  2007.10.10.

少し前に振り子消費について書いた。情報によって振り子のように揺れ動く心理による消費傾向から脱却し始めているという指摘であった。勿論、トレンドという情報刺激による商品は続いていくが、以前のように右往左往しないということである。ただ消費面だけでなく、多くのところでこの振り子現象が見られ、それらを踏まえ考えてみたい。
ここ10年ほどの振り子の動きが大きかったのは、やはり洋から和への動きであった。特に、昭和を始めとした和回帰、あるいは囲炉裡のある温泉宿や古民家やそこで使われていたインテリア&雑貨への注目。多くの現象の中でも、和食への関心が大きかったことは周知の通りである。こうした和の世界の中心点を言い当てることが、次の商品開発、業態開発のテーマとなっている。

しかし、振り子は中心点を目指すが、同時に外へと振れるものである。5年前、10年前の外(洋)の振れ方とは異なる。例えば、5年ほど前にブームとなった中国茶はどうなっているであろうか。ウーロン茶程度しか認識のなかった中国茶であったが、その奥行きやスタイルへの興味を入り口にブームは一巡し、消費は好きな人達だけに収束した。ところで、次なる外への振り子の振れ方であるが、中国茶とお菓子という新たなカフェ&ケーキ業態が出て来ている。東京の白金にある広東シノワーズの「白金亭」の1Fにある「SHIROKANETEI」である。(http://www.shirokanetei.com/cafe/
ここでは紹興酒や鉄観音など中華素材を使った洋菓子ティールームで、漢方フレーバーティーもある一種の進化系の芽ではないかと思っている。いわゆる中国素材を使った洋風ケーキといった、中国と洋とのフュージョンスタイルである。和の素材を使った洋ケーキと同じ発想である。

一方、和志向・中心点における消費行動は、3年前の柳澤桂子さんの「生きて死ぬ智慧」や「えんぴつで奥の細道」のベストセラーに代表されるように、以降日本の精神文化へと中心点が向かっているように思える。変わらぬ静かなる禅ブーム、宿坊顧客の増加、精進料理への注目。あるいは阿寒グランドホテル鶴雅におけるアイヌ文化の取り入れに代表されるように、地域の固有な風土、文化への着目。こうした和の精神文化を取り入れていく傾向が強く表れて来ている。こうした傾向は、グローバリズムという大きな嵐、外へと振れ過ぎたことに対する振り子現象の一つであろう。
また、このグローバル市場という視点で見ていくと、欧米を中心にアジア諸国の日本食レストランブームに象徴されるように日本文化という外へと振り子が振れていると見なければならない。一時期、中国に製造工場を移転し、より生産コストの低いベトナムなどの地域に移動といったことが行われてきた。今や、欧米を中心にアジア諸国へと日本文化を輸出する時代となった。その時一番大切なことは、輸出する企業が本当に日本の精神文化を理解しているかである。(続く)  


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2007年10月07日

◆トレンドの発見と継続 

ヒット商品応援団日記No208(毎週2回更新)  2007.10.7.

トレンドの発見とその成長継続、ほとんどのビジネスマンが抱え、しかも答えの出せないテーマである。トレンドとは流行、潮流、傾向といったライフスタイル上のことを指した言葉であるが、新しいトレンドの芽を発見することと共に、そのトレンドをいかに発展継続させるかがビジネスの最大課題となっている。ここ10年前まで、私自身もそうであったが、マーケッターの多くはイノベーター理論という物差しで市場の変化推移を見て来た。(ウイキペディアの流行/イノベーター理論を参照してください)その時のマーケティングの中心は、トレンドという新しい芽(イノベーターやオピニオンリーダー)はどこに隠れているか、それは一つの潮流として広がるであろうか、ということが中心であった。しかし、最近ではこうした物差しがあてはまらないケースが続々と出て来た。特に、アパレルファッションを始めとした情報商品がそうでエゴイストの鬼頭さんを取材した折、ほとんどがこの難しさについてであった。トレンドはほとんどがブーム、一過性のものとなり、商品のライフサイクルは時を追う毎に短くなって来た。エゴイストは売るのを押さえ、新しいブランドの創造へと向かったことにより、ブームという問題を解決した。

情報商品の多くは1980年代に生まれている。1970年代ではあるがサンリオのハローキティをスタートにビックリマンチョコもそうであるし、ブランドという言葉が広く一般化したのもこの頃である。生きるに必要な必需消費から、個々の欲望に沿って生活をイキイキとさせたり、ゲームといった遊びに価値を求めたりする選択消費が始まった。その延長線上に個性化、多様化、選択主体が大きく顧客に移り、その消費の最初は団塊ジュニアであった。モノ不足を終え、自分の好みというものを自ら探し歩き見つける行動に出た最初の世代だ。その消費行動は後にセレクトショップというキーワードと共に、社会の舞台にあがった。代官山や裏原宿の小さなマンションメーカーの商品やヨーロッパで仕入れた商品を好みに従ってセレクトした訳である。

つまり、メディアの発展=伝わる情報スピードと併行するように、情報に価値を置いた商品は急速に拡大し、そして瞬時に消滅するということだ。既に死語となったが、ドッグイヤーのように6倍速で成長&死滅するということである。そして、次から次へと新商品という変化と鮮度を導入しなければならないのが今である。
また、個性化、多様化という言葉が表しているように、多くのトレンドマーケットの規模は小さくなった。一言でいうと、小さく早くである。コンビニの棚を見続けていけば分かると思う。約1年半ほど前に、思い出消費というキーワードでこのブログに書いたことがあった。団塊世代だけでなく、中高生においてもそうした消費はあり、給食で出された揚げパンを取り上げたことがあった。当時はコンビニの棚にあったが、既に他の商品に変わっている。

こうした事例で今後どうなっていくか注目したい商品がある。和の中に洋を取り入れ急速に多店舗展開し、コムサイズムともコラボレーションしているMOCHI CREAMなんかはこのパターンに酷似している。まさに6倍速以上のスピードで都市部を開拓しているのだが、その特徴は小さな店舗、小さな商品、小さな価格、少ないスタッフで運営している専門店業態である。今後のMD開発を見てみないと分からないが、現状の商品構成であと数年成長できるかと言うと疑問に思える。場合によっては6倍速で落ち込むということだ。(続く)  


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2007年10月03日

◆情報鎖国 

ヒット商品応援団日記No207(毎週2回更新)  2007.10.3.

今、情報鎖国と言われている軍事政権下のミャンマーからインターネットを通じ、多くの情報が伝えられてきた。ジャーナリストの長井さんが射殺された映像は、私たちに衝撃を与えたが、これも独立系TVによるインターネットを通じて公開されたものだ。軍事政権は早速インターネットカフェを閉鎖しているようだが、隣国タイにいるミャンマー人のHPへの書き込みを通じ、情報は整理され世界へと発信されていると聞く。

国という単位であれ、地域単位、企業単位であれ、情報は鎖を解き放ち、求める人のところへと伝わるものだ。江戸時代、幕府は鎖国政策をとって来たが、私たちが想像する以上に自由にモノや情報が行き来していた。江戸中期には象が渡来し、運ぶ方法がないため長崎から歩いて江戸までやってきた。そうした様子は浮世絵にも残されている。動物ばかりか、チュウリップを始めとした植物からワインまで輸入され、長崎出島にはビールの醸造所まであった。今なお残っているビスケット、天ぷら、金平糖、等はポルトガル語を語源としているし、タバコはスペイン語である。

情報伝達は情報を運ぶメディアの発達と共に、そのスピードと質&量が進化してきただけで、いつの時代にあっても情報鎖国はありえないことだ。ただ情報の本質は、伝えられた情報をどう使うかにかかっている。新聞情報も使えなければただの紙となり、TVであれば時間の無駄となる。そして、問題なのは圧倒的なスピード×情報量によって、情報は常に上書きされていき意識の底に沈んでいくということにある。そのためTV報道等は常にその内容を想起させるために同じ映像を繰り返し流し、一種の刷り込みを行うのである。

こうした過剰情報の世界にあって、一方では情報鎖国の世界もある。どちらの世界にあっても、情報によって動く世界に生きている。今から7年ほど前、ITバブルが崩壊した頃、個人がメディアを持つ時代がくる、個人放送局の時代が来ると考えていた。実際、ブログというメディアが日本語圏で2600万も生まれている。しかし、このブログも自動生成プログラムが開発され、スパムとはいわないが、私のブログにも無数のブログがトラックバックされている。個人メディアと広告メディアとが混在している情況下にある。

江戸時代にも無数の瓦版(今で言う新聞と雑誌のようなメディア)が毎日発行されていた。中には大ボラとすぐ分かる瓦版もあり、逆にそうした情報を楽しむといった見極める目を江戸時代の人はもっていた。今、過剰な情報の時代を生きているが、情報の真偽を見極めるまではいかないにせよ、政治から消費に至まで複眼を持たなければならない時代だ。そして、射殺されたジャーナリスト長井さんの生きざまではないが、情報は常に現場にある。(続く)  


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