2007年08月30日

◆劇場化社会の今

ヒット商品応援団日記No197(毎週2回更新)  2007.8.30.

劇場化社会という言葉が使われ一般化したのは「小泉劇場」からであるが、今から10年ほど前、ビジネス、特にマーケティングの世界で始まっていたキーワードである。情報の発信という視座に立つと、TVや新聞、雑誌といった旧来メディアばかりか、人も、街も、出来事も、勿論商品やショップもメディアになる情報化社会におけるキーワードだ。最近では2600万もの日本語ブログも同様である。ある意味、劇場型のブログもかなり多く見られるとうになって来た。
私は「人力経営」のカリスマ経営の章で書いたのだが、1990年代後半渋谷109を中心としたガングロ、ヤマンバといった社会現象が起こったのも、渋谷という街がスタイル表現の舞台、劇場になった最初の劇場化社会であったと考えている。

以降、情報は多様であるばかりか、過剰なまでに溢れている。つまり、情報を発信する多くのメディア同士の競争が激しくなり、舞台創り、シナリオ創り、演出も主人公もより激しくなっていく。こうした過剰情報の時代にあって、他と差別化するには
1、分かりやすく/情報洪水の時代は分かりやすさが一番である。パッと見てパッと分かることがまず重要となる。
2、興味深く/例えば、店頭を見て店内へと入ってみたくなる心理状況を踏まえる。
3、試せるように/興味を更に奥深くするためのお試しという体験、リアリティ。
4、体験できるように/期待したことの実現であり、次回へとより期待値が膨らむようにすることとなる。
これがサプライズ手法と呼んでいる原則である。

以前、このブログでサプライズは終焉したと書いたことがある。それは誰もがサプライズ的手法でこれでもかと勝手に情報を発信していることに、生活者は慣れ、学習し、一旦内に取り入れ、一呼吸置いてから反応するようになったという意味であった。しかし、劇場型の社会にいることに変わりはない。
ちょうど、安倍内閣の人心一新という人事によって支持率が少し上がったと、新聞各社は報じた。政治も劇場化しており、その支持率を上げた大きな理由の一つが舛添要一氏の厚労省大臣への登用であったという。参院選の結果を私なりに読んだ中で、まさに組織選挙による候補のほとんどは落選し、個人の生き方や考え方共感によって当選したと書いたが、今回の人事も舛添要一という個人への期待値によるものだと思っている。多くの人は感じていると思うが、小泉純一郎と舛添要一はどこか共通点があると。政治劇場も上記1〜3までは進行している。残るは4という体験=実感である。それがこれからどんな実感へと向かうか、舛添要一という個人への期待にかかっている。(続く)  


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2007年08月26日

◆顧客への思い 

ヒット商品応援団日記No196(毎週2回更新)  2007.8.26.

初対面の人との話の入り口には「代表的なお客さまは誰ですか」と必ず聞くことにしている。流通であれ、製造メーカーであれ、サービス業であれ、ビジネスの原則は顧客から始まる。ビジネスの在り方も規模も、この顧客が求めることによって決まるという原則をともすると忘れがちになる。ビジネスがうまく回っていくと、顧客はだんだん数字になっていき、どんな顔をしたお客さまか忘れていく。激変の時代とはめまぐるしく顧客が変わる時代のことだが、顧客を見続けることによってしか経営できないという時代だ。来週、鳥取県の農水産物産業活性の外部委員を任じられたので、この話をしようと思っている。

ところで、この「お客さまは誰ですか」という問いに示唆的なビジネスについて書いてみたい。旅の雑誌などで話題になった山梨の「ほったらかし温泉」(http://www.hottarakashi.com/)についてである。過剰なサービスとは正反対のまさにほったらかしの露天風呂である。この露天風呂は2つあって、「こっちの湯」と「あっちの湯」というユニークなネーミング。「ほったらかし温泉」が誇れるのはただ一つ、その眺望で、「星降る露天風呂」と紹介されている。少し前から注目していたのだが、偶然にもこの「ほったらかし温泉」を始めた常岡通さんと私の知人とが昔から交流していた。
その知人への手紙の中で常岡さんは次のように書いている。

「八年前のオープン時、こんなお粗末な施設で、こんな山の上に人を呼び込むことができるだろうかと不安がいっぱい。働くスタッフも3人だけで、掃除とお湯の準備だけで精一杯」
「開場お知らせの催しもできぬ経済的などん底からのスタートを思うと夢のようです」

昨年の来場者は40万人、多い日には5000人を超えるお客さまが来る。顧客は何を求めてくるのだろうか。「ほったらかし」という自由さ、価格の安さ、そうしたこともあるとは思うが、常岡さんは「移り気なマスコミが、いつまでも注目していてくれるとは思えませんが、来訪者の歓声は本物と確信します。」と手紙の中で書いている。

感動の創造と言ってしまえばそれで終わりであるが、露天風呂からの絶景という一点で新しい市場、顧客を創ることができる良い事例だ。あれもある、これもある、ではなくて、一点に絞り込んでみる。絞り込んだ一点に「良いな」と思う顧客が代表顧客となり、ビジネス規模にもなる。「ほったらかし温泉」は口コミだけで伝わり、今もなおお客さまは増え続けているという。常岡さんの話によると、周辺の地権者との話し合いがスムーズに運び、3つ目の湯を作る予定とのこと。手紙の中で「お客さまが『それじゃあ、そっちの湯ですねと言われたので、名前はとりあえず<そっちの湯>としておきます』と書かれている。ちなみに、常岡進氏は戦後の混乱の中にあって、支えを必要としている多くの障害者を始めとした弱き人を助ける社会福祉法人中心会をつくり、参議院議員としても貢献され、人生の師と言われた常岡一郎のご子息である。(続く)  


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2007年08月22日

◆未知の創造

ヒット商品応援団日記No195(毎週2回更新)  2007.8.22.

東国原知事就任後の宮崎県庁見学者が10万人を超えたと報道された。南新宿にある宮崎県のパイロットショップは売上を倍増。自らを宮崎のセールスマンと呼び、地鶏からマンゴーといった県特産品を売り歩き、TVメディアは追いかけるように連日東国原知事を通じた宮崎を報道している。ここに情報の時代の特徴が良く表れている。販売しているのは県産品というモノではあるが、都市の生活者にとってみれば、それは「未知」であり、知っているようで知らない「宮崎県」に対する興味そのものである。未知への興味を創ることが、セールスであるということだ。

物語消費という視座からこうした現象を見ていくと、1980年代後半のサブカルチャーをベースにした仮想現実としての第一次物語消費(ビックリマンチョコ〜ディズニーランド)から、第二次物語消費の時代に向かいつつあるように私は感じている。結論からいうと、「未知の物語」消費ということである。これは表通り観光から、横丁・裏路地観光への移行や、隠れ家ブームにも通ずるものである。もっと分かりやすく言うと、今まで話題や脚光を浴びてこなかった、地域、人、文化、テーマ、あるいは商品、出来事、・・・・・こうした新たな未知への興味が始まったということだ。別な視点から言うと、従来の「新しい、面白い、珍しい」消費物語は一巡し、次のフェーズへの移行を促されているということでもある。

「発掘!あるある大辞典」のようなやらせ、情報偽造は勿論のこと論外である。私のブログを読んでいただいている人には分かると思うが、日常のリアルに実感できる「未知」の創造ということである。しかも、顧客自身が発見するように興味という入り口を創れば良いのだ。宮崎県の場合は、入り口を東国原知事が担っているということである。後は、顧客自身が発掘し、実感し、「あるある」と仲間に伝われば、成功ということになる。そもそも県庁観光≒東国原知事に会えるかもしれない、という小さな期待創造がうまくヒットしたという事例である。ここ数年前から、この興味・期待は何処に向いているかを探り、見出すことがビジネスの前提となっていることを今回の「宮崎県現象」は良く表している。

顧客の興味・期待がどこに向いているのか、探ることが重要となっているが、従来の発想を一度捨ててみることも必要である。私に「めうろこ」を迫り、ある意味生き方まで変えた一人に歴史学者網野善彦さんがいるが、網野さん自身も従来の歴史書の嘘から離れるために引用されている一枚の地図がある。Googleの地図にも驚かされたが、こんな発想の地図をヒントにされたらいかがであろうか。環日本海諸国図/富山県作成(http://www.pref.toyama.jp/cms_cat/404030/kj00000275.html)(続く)  


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2007年08月19日

◆素の価値再考

ヒット商品応援団日記No194(毎週2回更新)  2007.8.19.

前回モノマネという着眼について書いてみたが、今流行っているものを私なりに考えを書いてみたい。ここ2〜3ヶ月爆発的に売れているのがあのビリーによるエクササイズDVD「ビリーズブートキャンプ」だ。ビリーによる軍隊式エクササイズのブームに続いて更にハードなダイエットエクササイズが続いている。インターネットを使った調査会社であるヤフーバリューインサイトはビリーのヒット要因を「話題性の高さやプログラムの新しさから楽しく運動ができ、さらに自宅で気楽にできるという自由度をあわせ持った商品でもある。このような特徴が生活者の求めるダイエット方法ともマッチしていたため、ヒット商品になったのだろう」と分析している。(http://www.yahoo-vi.co.jp/research/00410.html)しかし、この分析は結果論としてのコメントであり、ヒットの背景としてダイエットの何に着眼し成功したか、今ひとつ分からない。実は、結論から言うと、健康への生活者意識が変わってきているというのが私の考えである。今年の1月「発掘!あるある大辞典」における「納豆ダイエット」ブームと比較し、誰もが不思議に思っていると思う。それまでは「誰でもできる」「楽して痩せられる」「食べて痩せる」「眠っているだけでやせられる」といったダイエット食や方法が注目され、大きな健康ブームとなっていた。恐らく、「納豆ダイエット」がやらせという情報偽造であったのが発覚したことをターニングポイントに、やはり自ら身体を動かさないと痩せられないという方向へと大きく振れて来たと見るべきである、これが私の分析の要点だ。

このブログでも取り上げて来たメガ・マックや特盛り丼といった「ガツン系」の復活もこうした従来の健康ブームからの揺り戻しであると見なければならない。ちょうどこのブログを書いている最中に三重県伊勢市の職員がジョギング中に倒れ突然急死したとのニュースが報じられた。亡くなった職員は市長の「脱メタボ宣言」に沿って「メタボ侍」として急激に体重を落としたのが原因ではないかとの内容であった。このように健康であることを目指し逆に死に至ってしまうという皮肉な社会となっている。健康ということが本来の意図とは異なる一種のヒステリック状態を作り出してしまうのが情報化社会の特徴である。
つまり、健康ビジネスの在り方も次のフェーズへと移行し始めて来たと考えている。それはある種の「過剰さ」、簡単に痩せられるという過剰さ、一方身体を過剰に痛めて痩せる過剰さを削ぎ落とし、「そこそこ」「ほどほど」といった認識への転換だ。あるいはバランスをとる、といっても良いかもしれない。

揺り戻す先は何か、がビジネスの大テーマとなる。1年以上前に一度書いたが、食という領域では素食になると思っている。「もとしょく」と読んでも、「そしょく」と読んでもかまわない。素「もと」となる食は全て生命あるものだ。その生命力をいただくことが健康のもとになり、最高の贅沢になる。既に、感度のよいオーナーシェフは敢えて雑草が生い茂る畑で栽培した生命力溢れる野菜を使った料理に取り組んでいる。素をシンプルと読んでも良いし、粗食の粗と考えても良いかと思う。素材の持ち味を生かす、調理した食の出し方、デザインもシンプル。このように書くとまるで精進料理や懐石料理のようにイメージされると思うが、前回の「モノマネ」という着眼に準じていうと、モデルとすべきは懐石料理かもしれない。そして、静かなブームとなっている宿坊が健康回復ホテル、あるいはダイエット場所、ダイエットスクールの役割を果たすことになるかもしれない。

ビリーに替わるエクササイズになるが、江戸時代の養生訓ではないが、早寝、早起き、を基本に腹7分目ということになると思う。エクササイズという言い方では、「歩く」という基本、歩き方等素の動きへの回帰となる。既に、路地裏散歩ブームとなっているが、若いサラリーマンも万歩計を腰につけて歩いたり、自転車通勤も更に盛んになる。健康は日々のことであり、継続できる小さなことの中に、次なるビリーがある。そして、こうした身体づくりを入り口に、男女共にフィジカルに特化した身体づくりが流行ることになる。この素への着眼は健康ばかりか、メガ・テーマである美容にも既に適用されている。素顔、素肌、といった素の魅力のための美容法やサービスであるが、このテーマもまた取り上げてみたい。(続く)  


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2007年08月15日

◆モノマネの先                

ヒット商品応援団日記No193(毎週2回更新)  2007.8.15.

今日のライフスタイルの原型は江戸時代に生まれたというのが私の持論であるが、誤解していることも多く見られる。よく「江戸前の寿司」という言葉を使い、前にある東京湾で取れた魚介類を使ったから「江戸前」と言う、と言われている。しかし、この「前」という言葉は、男前とか腕前とかに使う「前」と同じ意味で、スタイルあるいは××流といった言葉に近い意味を持っている。当時は、多くのものは上方(京や大阪)から伝わったもので、それらに一工夫、味付けをしたものが江戸スタイルとして人気となった。寿司で言えば、上方が熟成させた押し寿司であったのに対し、目の前で酢飯に小魚をにぎってすぐ食べるのが江戸前寿司であり、この違いを「粋」といって江戸の人達は好んだ。四大江戸前は鰻、天ぷら、寿司、蕎麦であった。

この蕎麦は江戸前の冴えたる代表食で、それまでは蕎麦の実を雑炊のようにして食べていた。また、熱湯を入れて練った蕎麦掻きやそれを焼いたものがお焼きとして今なお残っている。江戸の初期はこうしたものであったらしいが、今日のような麺状の蕎麦、蕎麦切りが生まれ、屋台の成長と共に広く一般化していく。この蕎麦のルーツも上方の麦きり(うどん)を一工夫したモノマネと言われている。米等収穫できない荒れた土地に蕎麦の栽培は適しているが、江戸の蕎麦はお腹を満たす食というより、お酒をちびり飲りながら食べる趣味食、江戸前というスタイル食の代表であった。

今、このブログでも何回か書いたが、地方の時代、今まで地方に埋もれていた多くの食が都市へと集まってくると。いわゆる郷土食、郷土という風土に熟成され今日まで伝承されてきた食であるが、そのままでは難しい。勿論、その土地その土地の文化を食す訳であるが、新しい・面白い・珍しい食として一度は消費されるが、継続は難しいということだ。つまり、蕎麦のように、どう江戸前、都市スタイルに変えていくかである。これが、都市で継続して販売していくポイントとなる。実は、江戸初期の蕎麦はお菓子屋で蕎麦まんじゅう、蕎麦ぼうろ、蕎麦羊羹として売られていた。しかし、蕎麦に蕎麦切りという工夫したことと、屋台という業態がうまく合致したことによって、江戸中に広まったと言われている。その最初に広めたのが「慳貪(けんどん)蕎麦屋」で、以前からあった「慳貪うどん」を真似たものとも言われている。

モノマネは進化の基本であるが、要は「何」を真似するかである。蕎麦はうどんを真似たが、実はそれを流通させた屋台、「慳貪(けんどん)蕎麦屋」のけんどんとは「つっけんどん」のけんどんである。これ一杯のみ、セルフ式、こうしたサービススタイルもヒットの要因だと思う。江戸は今もそうであるが、地方からの寄せ集め都市であった。しかも、単身赴任が多く、外食した方が安上がりという背景もあった。モノマネの先に、こうした簡便さと個人の好みにまかせる「つっけんどん」が江戸前、江戸スタイルを創っていた。ちなみに、「慳貪蕎麦屋」は「二八(にはち)蕎麦」とも呼ばれていた。(続く)  


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2007年08月12日

◆個族の居場所 

ヒット商品応援団日記No192(毎週2回更新)  2007.8.12.

今から22年前の1985年に男女雇用機会均等法が施行され、女子総合職が生まれ、男性と同じように、いや男性以上の働きが可能となった。以降、共働きはごく普通の生活価値観となった。ちょうどこの年にTBSの人気番組であったドリフターズの「8時だよ!全員集合」という家族で見ていたTV番組が終了したが、このことは象徴的であった。結論から言うと、家族という単位が個人単位となり、個族になったということである。このブログでも取り上げた「Always三丁目の夕日」における「家族」からの変容は、1980年代半ばから始まっていたということだ。

おぞましい事件なので取り上げたくないのだが、昨年暮れに起こった東京渋谷歯科医師の長男武藤勇貴被告の裁判が始まっている。周知のように妹を殺害し、バラバラに切断した事件である。公判の中で、武藤被告を弁護する両親の発言に注目が集まった。殺された亜澄さんの性格が「攻撃的で感謝の念にかけていた」「ずっと機嫌が悪かった」など、まるで我が子ではないかのような言葉と共に、弁護側は亜澄さんが風俗嬢であったことも明らかにした。既にここには「家族」はないと多くの人は感じたと思う。記憶にあると思うが、1982年俳優の穂積隆信による「積み木くずし」は非行に走る我が娘との闘いの記録でベストセラーになったが、そこにはまだ通じ合う「何か」が残っていた。今回の妹バラバラ殺人事件には家族の崩壊というより、居場所を失った乾いた個族がいるだけである。

変わらず続くスピリチュアルブームもこうした個族化した社会が背景となっている。米国におけるメガ・チャーチのようなこころの拠り所は日本にはない。個族の立ち返る居場所は自分だけで常に孤独である。更には2年前の総選挙ではないが岐阜における野田聖子と佐藤ゆかりのように、ビジネス現場において戦う相手が女性vs女性となった。スパに代表される癒しブームの背景も同様で、ホスト遊びや最近ではペットをホストに見立てた新ビジネスも続々と出現している。ヒトリッチというキーワードは最早当たり前で、お一人様用の小さな隠れ旅館や隠れオーベルジュが人気だ。ヨン様から始まった韓流ブームやセカチュウ(世界の中心で愛を叫ぶ)、ハンカチ王子といった白馬の王子ブームも個族の精神的飢餓感から生まれたものだ。純心、純粋、爽やかさ、素朴さ、世俗から離れたものへの希求である。全てこころの根っこのところは同じである。

ちょうど今夏休みの真っ最中で、多くの家族は海外あるいは里帰りへと旅行中だと思う。武藤被告は22歳であると新聞記事にあったが、奇しくも1985年生まれだ。武藤家も他の家庭と同じように、家族旅行はしてきたと思う。いや、個族旅行、ひととき家族旅行であったのではないだろうか。子は必ず親を見て育つ。親子が共有する時間は大切だ。東京杉並の和田中学で藤原さんが行っている父兄参加の公開授業「よのなか科」のように、親子が社会の中に共にある「居場所」が重要になる。いわゆる親子相互学習であり、参加交流がキーワードとなる。こうした居場所創造という視座こそが、あらゆるビジネスに不可欠となった。(続く)  


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2007年08月08日

◆新たな過剰対策      

ヒット商品応援団日記No191(毎週2回更新)  2007.8.8.

1990年代半ば以降、多くの過剰を合併、業務提携、最悪では倒産というかたちで再編されてきた。その先鞭は銀行や証券といった金融業界(拓銀、長銀や山一証券)であったが、更に自動車、建設あらゆる業界へと進んで来た。そして、今なお、大学を始めとした教育ビジネスの再編、白物家電を中心とした家電メーカーの再編、流通においては今回の三越と伊勢丹の合併による再編、生活の隅々まで再編が行われてきた。

こうした再編を促して来たのがグローバリズム、世界を単一市場として見ていくビジネスであるが、その象徴例として米国で面白いプロモーションが始まっている。世界の工場中国製品に対するもので、相次ぐドッグフーズを始めとした問題に対し、「CHINA FREE 」中国産の原材料は使っていませんという新しい差別化プロモーションが盛んである。日本でもこの時期飛ぶように売れる土用のうなぎも中国産が70%を占めていることから売上は半減以下と言われている。日々の生活ですら視野を世界に求めないと安心していられない時代だ。

このブログでも東京ミッドタウンや東京駅新丸ビル、あるいは都心百貨店のコンセプトの傾向を書いて来たが、東京はTOKYOとなり、世界の新しいブランドや飲食が続々と集積している。また同時に日本国内にある埋もれた名店、銘品が発掘されMDされてきている。
先日、地方活性化を担っているいくつかの各県のパイロットショップを見て回ったが、東国原=宮崎ブームにのって宮崎県以外の県産品にも人が集まっている。特に東京がそうであると思うが、多種多彩なモノ、特に食品、飲食の集積スピードが速く、何か次なる「過剰」時代に入った感がしてならない。特に、食は生活者にとって価格的にも取り入れやすいということから、安易とは言わないが県産品のプロモーションが盛んである。「今、地方が面白い」とこのブログで書いた私であるが、ビジネス継続を視野に入れないと、次なる再編の時代を迎えることとなる。単なる「物珍しさ」から、生活の中に組み込まれていくようなものということだ。

この10年位、こうした傾向に対し、1つの業態・ブランドで100億という規模ビジネスモデルから、10の業態・ブランドで100億というビジネスモデルへと変えて来た。しかし、こうした過剰さに対し、更にこの単位を小さくしていくことが求められていると思う。
つまり、日本国内という市場に限定した話であるが、新たな過剰に対し、より小さな単位で成立するビジネスモデルが求められてくる。今までのビジネス、店舗で言えば10坪を5坪に、運営スタッフを4人から2人へ、勿論商品アイテム数も半分に、売上が半分であっても投資を半分以下にすれば資本利益率、キャッシュフローは良くなる。この回転の速度と精度が現場経営のポイントとなる。新たな過剰に対し、更なるスモールビジネス化が必要となってくる。(続く)  


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2007年08月05日

◆行ったり来たり時代

ヒット商品応援団日記No190(毎週2回更新)  2007.8.5.

このブログを書き始めて2年になるが、経済事象だけでなく、いわゆる社会的事件と呼ばれるようなものまで幅広く取り上げて来た。取り上げた事象の裏側に何を読み取るべきか、私自身の気づきを書いて来た訳である。例えば、福岡の「こどもびいる」の発想アイディアや東京湾岸豊洲などに出現した新しい都市リゾートといったライフスタイル、都心百貨店のリニューアルなど、多岐多様に渡っている。ライフスタイル研究と言えば、それで終わってしまうが、理屈っぽく言うと、「今」という時代の民俗学の一端を担いたいと思っている。

今、一番気になり、どんな変化が起きているのか注視しているのが、インターネットの世界である。10年ほど前、ネット(仮想)と現実(リアル)は対立するものであったが、今や仮想とリアルを行ったり来たりが「生活」となった。こうした感覚は10年前にはなかった感覚である。10年前、ポータルサイトというキーワードがネット上で重要なものとして語られていた。周知のように今や死語となっているが、死語へと葬り去ったのがGoogleである。2000年前後のITバブル崩壊の時代に黙々と検索用PCをネット上に置き続け、今や60〜70万台のPCが置かれていると言われている。今や、時間的、空間的にバラバラであったものを瞬時に整理し、必要とされるところに必要な情報を提示してくれる。例えば、世界中にある約7億以上のブログ、日本語圏だと約2600万ものブログから瞬時に欲しい情報が手に入る。脳科学者の茂木健一郎さんは、人類の脳を大きく変化させたものの一つは言語であったと言う。そして、このネットの世界も言語発生以来大きく脳の使い方を変えていくものであると予測している。そこまでの専門研究は分からないが、少し前にマイブームならぬ、マイ・メディア社会が到来しているとこのブログでも書いたが、考え方・表現の在り方が大きく変化していく初期段階にあるのかもしれない。

すでにライフスタイルの大きな潮流の一つが「消費から生産へ」である。モノ充足から、次の質的生活へと変化してきた訳であるが、消費する欲望から何物かを創る欲望へとお金の使い方が変化してきている。ブームとなっている家庭菜園も経済合理性だけを考えたらスーパーマーケットで買った方が安い。しかし、自ら育て収穫するという安心安全という理由もあるが、育て収穫する喜びが背景にある。食ばかりか、生活の多くのモノが自己表現になっていく。つまり、多くの生活者はクリエーターへと目覚めていく。完成品となった商品ではなく、素材や道具が買われていく時代となる。趣味の領域では道具と方法、さらには作業スペースをレンタルするビジネスが始まっている。そして、こうした創る「方法論」それ自体が売られ、自ら創った「作品」を発表する舞台が必要となる。家庭菜園という食で言うと、リアル舞台は家族や友人仲間とのホームパーティが舞台となる。ネットという仮想舞台ではレシピの公開といったものとなる。
従来はプロの手で行われていたものが、ごく普通の生活者によって行われていくこととなる。ネット(仮想)と現実(リアル)とを行ったり来たりすることの中から、ここに新しい市場が生まれてくる。と同時に、小売業は店頭に来る顧客はプロであるとの認識を今以上に持って接客しなければならないということでもある。(続く)  


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2007年08月01日

◆参院選の結果を読む

ヒット商品応援団日記No189(毎週2回更新)  2007.8.1.

丁度2年ほど前に郵政民営化をテーマにした総選挙があった。いわゆる小泉劇場・サプライズ選挙で、私がこのブログを始めたばかりで、そのコミュニケーション戦略を分析したことがあった。前回ブログの「視座という目」ではないが、実はこの2年間で大きく変わったことがいくつかある。今回の自民大敗という現象につながる新しい変化であり、読み解いてみたいと思う。ところで、2年前当時「小泉ブランド」のコミュニケーション戦略を次の3つに整理していた。(番外日記・小泉総理の「ブランド戦略」分析 2005.8.13.)

戦略−1:本業、得意領域戦略/郵政民営化は勿論小泉さんにとってライフワークであり、得意としている領域での競争である。勝負をするならこのテーマでということになる。
戦略−2:一点突破戦略/構造改革は「分かりにくい」テーマである。この分かりにくさを郵政民営化を入り口→構造改革へとした図式のように一点=郵政民営化という特化戦略を採っている。
戦略−3:劇場舞台戦略/特に際立っているのがこの戦略である。総理経験者でこれほどメディアに取り上げられた人はいない。歴代の総理も多くの舞台に上がってはいるが小泉さんはテクニックではなく生来の「役者」としてである。パフォーマンスとして揶揄される場合もあるが、回数化していくに従い、いつしか、それも「小泉さんらしさ」を形成していく。

今読んでみると、まあ70%は当たっているなと思う。この総選挙は小選挙区制という仕組みにより、自民党が圧倒的な勝利をおさめる訳である。しかし、その後の経済・社会情況の様々な変化(ライブドア事件や格差社会の出現等)により、丁度1年前に「潮目が変わる」というテーマで次のように私は書いた。

小泉総理の訪米、プレスリーの聖地訪問におけるパフォーマンスも強いインパクトのある劇場演出とはならなかった。ましてや日本への帰国当日、元首相である橋本龍太郎さんの突然の逝去によって、小泉さんのパフォーマンスが対比され、ひと頃の驚きは単なる軽さへと変わってしまった。昨年の衆議院解散について、唯一正確に指摘していたのは天野祐吉さんであった。TVキャスターの質問に答え”あれは猫だましでしょ”と相撲の一手をもって喝破したのだが、この一年で私達の「感じ方」が180度変わったと思う。

そして、更に次のようにも書いた。
おそらくこの9月の次なる総理候補者への「バトンタッチ劇場」が最後になると思う。どんなラストシーン、劇場のエンディングとなるかはわからないが、「潮目」が変わってきている。その潮目とは、劇場型コミュニケーションから、日常型コミュニケーションへの転換である。別の言葉でいうと、メディア(情報発信)コミュニケーションから、リアル(対話)コミュニケーションとなる。人工的エンターテイメントから自然のエンターテイメントへ、仮想現実から体験現実へ、極端からバランスへ、刺激から穏やかさへ、軽さから奥行へ、・・・・・・キーワード的にはこうした劇場型から日常型への変化が加速していく。

今、こうして読み返してみると、このような潮目が変わったことを踏まえた戦略を小沢民主党が取って来たことが分かる。自民党の「美しい国づくり」コンセプトは抽象的イメージ的で、現実・日常感覚からかけ離れたものだ。一方、民主党の「生活維新」というキャッチフレーズを選挙直前に「生活が、第一」に変えたことはより日常言葉にした点で正解であり、その延長線上に年金問題や地方の活性、農業等への支援策があった。地方の1人区で民主党が圧勝したのだが、小沢党首が地方に出向き、小さな対話集会を重ねたのに対し、公示日からTVメディアに出演した安倍総理とは対照的である。一方的な「美しい国づくり」というマスメディアによる情報発信ではなく、少数であるが目の前の生活者との対話に支持が集まったということだ。
そして、特に特徴的であったことは、このブログでも再三再四書いて来た「個人」についてである。結論を言えば、選挙主体・方法が組織から個人へと明確に変わったという点だ。組織票を頼りにする政党はことごとく負け、個人に向かって選挙をした候補、特に都市部においては予想以上の票を獲得した。東京地方区で、誰もが5人目の当落線上にいると思われていた新人大河原雅子氏はトップ当選を果たし、個人のボランティアに支えられた川田龍平氏が当選したことに明確に表れている。あるいは大阪地方区で128万票というダントツのトップ当選を果たした無名の新人梅村聡氏もそうした一人だと思う。そして、マスメディアの選挙予測はことごとくハズレたが、個人メディアであるブログを始めとしたネット上の予測はかなり精度が高かった。実は、無党派は第一党であり、その無党派という多様な個人が動いたということだ。政治は一番遅れた世界であるが、新たな変化が始まる。(続く)  


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