2007年11月28日

◆つなぐ力           

ヒット商品応援団日記No222(毎週2回更新)  2007.11.28.

私は「つなぐ」という言葉をよく使う。人と人とをつなぐとか、過去・現在・未来をつなぐとか、あるいはテーマでいうと好きなテーマをつないで進化させていくとか、場でいうと異なる場と場をつないで界隈性・回遊性を創っていくといった具合に。つなぐの反対は分断、バラバラということである。人でいうと、家族ですら個人毎の一人鍋が流行る時代となり、私はそんな家族を「個族」と呼んでみたりした。いずれにせよ、機能と合理という時代の分断物差しを中心とした社会があり、その負の部分を解決するための再編、再創造が求められている。その力を「つなぐ力」と私は呼んでいる。

先日、鳥取へアンテナショップの部会に行った折、多摩大学大学院教授の望月照彦さんと会食する機会があった。鳥取と島根にまたがる中海という自然豊かな場所があり、その地域をコアに置いた地域社会再生への次世代モデルをテーマにした講演の後であった。自ずと地域の再生はどうあるべきかの論議になったのだが、望月さん曰く、「本当に地方は貧しいのだろうか?」と問う。私は「経済において格差はあるが、こころの豊かさ、都市が失ってしまった心性世界は残されている」と答え、ローカルスタンダードという新しい価値、物差しを確立すべきとの考えで共感した。そして、望月さんはそのローカルスタンダードを進めていくために「縁」というキーワードを話されていた。意味深いキーワードでここでは簡単にいうと、従来の二項対立であった、大企業と中小企業、産業と生活、文明と文化、自然と人工、こうしたものを「つないでいく」試みのキーワードとして使われていた。(このテーマは順次私見を書いていくつもりである)

ところで、この「つなぐ力」「つないでいく何か」は私自身も模索しているテーマである。好きでよく沖縄にいくのだが、那覇の国際通りを歩く度に何故こんなにつまらない街なんだろうと思う。金太郎あめのような同じ土産物屋ばかりで何回も歩きたいと思う街ではない。しかし、その国際通りと久茂地川の間に久茂地小学校があり、その周辺を歩くのが私のお気に入りである。ハイビスカスが2階まで伸びた建物も多く、ああ沖縄だなと行く度に思う場所である。その中の一軒に「壽山」というカフェがある。建物一面ハイビスカスに覆われ、くぐり抜けるようにして入って行くオシャレなカフェである。既に、那覇は分断された街そのものとなっている。歩きたい街、回遊性のある街、常に新たな発見のある街、こうした街全体としてのつながりが見られない。これは私見であるが、那覇という観光客が必ず行く街、沖縄を象徴する玄関である街全体をつないでいく一つに、ハイビスカスやがじゅまるの木といった自然が大きな役割を果たしてくれるのではと思っている。まず、国際通りをハイビスカスで飾り、がじゅまるの木陰で休める場所を作ることだ。

先日新聞記者をしている京都の友人からメールが届いた。京都府綾部市と福井県おおい町、小浜市とが進めている「広域観光交流」の視察に参加するという内容であった。鳥取、島根もそうであるが、異なる地域をつなげて独自な魅力を創り、観光を促進させようという最近よくある地域起こしの試みだ。そうした着眼、アイディアは正解であると思う。ただ、つなぐものは何かというと、「日本海の食」であるという。これではつなぐ意味合いは半減し、魅力となり得ないと私は思っている。秋田と新潟、新潟と富山、隣接する地域が県をまたいで行うことだけで、新しい価値創造とはなりえないように思える。また、「つなぐ力」はやはり人だと思っている。望月さんが提唱している「縁」ネットワークの第一は人によるもので、よく街おこしで言われている若者、馬鹿者、よそ者の3者が集まって力となる。私が「人力経営」という本を書いたのもこうした理由からでもあった。そして、つないでいくものは何か、志し、ポリシー、ビジョンであり、新たなローカルスタンダードという価値創造だと思う。(続く)  


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2007年11月25日

◆偽ブランドの源流

ヒット商品応援団日記No221(毎週2回更新)  2007.11.25.

今日のライフスタイルの原型が江戸時代にあることはこのブログでも何回も書いて来た。食事の回数が1日2回から3回になったのも江戸時代であったし、鮨やてんぷらもこの時代の屋台から生まれた。実はブランドもこの時代に生まれ、同時に偽ブランドも流通した。

ところで江戸時代を封建社会と呼んでいるが、この「封(ほう)」とは領内という意味で、領内での自給自足経済を原則とした社会の仕組みのことである。こうした村落共同体をベースとした経済も度重なる飢饉と貨幣経済によって、天保の時代(1800年代)に大きく転換する。その転換を促したのが「問屋株仲間制度」の撤廃であった。今日でいうところの規制緩和で素人も参加できる自由主義経済の推進のようなものである。しかし、幕府は問屋株仲間からの上納金(冥加金)がとれなくなり、10年後に撤廃するのだが、この10年間によって市場経済は大きく変わっていく。

江戸時代の商人は、いわゆる流通としての手数料商売であった。しかし、この天保時代から、商人自ら物を作り、それまでの流通経路とは異なる市場形成が行われるようになる。今日のユニクロや渋谷109のブランドが既成流通という「中抜き」を行ったSPAのようなものである。理屈っぽくいうと、商業資本の産業資本への転換である。
実は、この「封」という閉じられた市場を壊した中心が「京都ブランド」であった。この京都ブランドの先駆けとなったのが「京紅」である。従来の京紅の生産流通ルートは現在の山形県で生産された紅花を日本海の海上交通を経て、工業都市京都で加工・製造され、京都ブランドとして全国に販売されていた。ところが1800年頃、近江商人(柳屋五郎三郎)は山形から紅花の種を仕入れ、現在のさいたま市付近で栽培し、最大の消費地である江戸の日本橋で製造販売するようになる。柳屋はイコール京都ブランドであり、江戸の人達は喜んでこの「下り物」を買った。従来の流通時間や経費は半減し、近江商人が大きな財をなしたことは周知の通りである。

京紅だけでなく、従来上方で製造されていた清酒も同様に全国へと生産地を広げていくこととなる。醤油、絹織物、こうした物も江戸周辺地域で製造されていく。そして、製造地域も東北へと広がっていく。従来海上交通に規制されていた物も陸上交通も使うようになる。こうして「下り物」としてのブランドが広がるにつれて、偽ブランドもこの時代に出てくる。特に、貴重な絹製品、生糸の製造については、卓越した技術による模造品が生まれている。今日のブランド偽造、産地偽装、の源流は江戸時代から始まったということだ。

ただ江戸時代では盲目的なブランド信仰といったものではなく、遊び心と偽造というより卓越した模倣技術を認める目をもっていたということである。例えば、ランキングという格付けは江戸時代の大相撲を始めなんでもかんでもランキングをつけて遊んでいた。偽造、偽装ばかりが事件となっているが、江戸のように自らの体験・評価による格付けが今問われているということだ。ブランドは本当に好きな人たちのものである。好きで好きでたまらないという顧客の創造、このブランドの原則に立ち帰ることだ。(続く)  


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2007年11月21日

◆創業の時代 

ヒット商品応援団日記No220(毎週2回更新)  2007.11.21.

鳥取の産業活性、特に都市市場をどう開拓していくかの委員をしているので2ヶ月に1度位の頻度で鳥取に行っている。先日も鳥取へ出かけたのだが、ちょうど梅田望夫さんの「ウェブ時代をゆく」(ちくま新書)が発売されていたので、飛行機の中で、列車の中で読んでいた。「ウェッブ進化論」の完結編ということからもわかるように良く整理されていた。その整理軸は2つ、「いかに働き、いかに学ぶか」という生き方を据えている。
梅田さんは「あとがき」でこのように書いている。「レールがあると思っていても、実はそのレールがどこまで続いているかなんて誰にもわからない時代である。迷ったとき悩んだときには、時代の大きな流れに乗った新しいことにあえて巻き込まれてみる、・・・・・変化の激しい時期ならではのそんな生き方も、あんがい自由で楽しいものだ」

今回鳥取に行ったのは「アンテナショップ検討部会」という都市市場開拓の会議の他に、もう一つ小さな目的があった。それはTVでも取り上げられたのだが、鳥取はカレーのルウの消費量が全国一で、ユニークなカレーがあり、是非食べてみたかった。江戸時代からランキングは盛んであったが、地方にはこうした埋もれたニュースがふんだんにある。周知のように札幌の一軒家から口コミで広がったのがスープカレーである。カレーはラーメンと共に、日本固有の文化食になっている。ところでそのカレーを食べさせてくれたのが「みかん亭」(http://syouwayousyoku.blog.hobidas.com/)という店だ。オーナーシェフと名刺に書いてあったが、まだ若い修行中の青年漆原さんがカレーを作ってくれた。真っ黒なカレーで、決してたまねぎだけによるものではない。聞けば、鳥取の名産イカのスミを入れた真っ黒なカレーであった。少しスパイスが効き過ぎて、イカスミ本来のこくが若干少ないと感じたが、美味しいカレーであった。お邪魔したのが日曜日の夜ということもあり、街の目抜き通りはシャッター通りと化し、ほとんど人通りはないという地方都市の典型ともいえるところで店を開けている。本当は鳥取市内ではなく、東京で自分の腕をいかしてみたいとその志しを語ってくれた。

ちょうど梅田さんの「ウェブ時代をゆく」を読んでいたので、2つほどサジェッションした。独自なカレー、特徴を際立たせるためのアイディアで、1つはイカスミを使ったカレー以外に鳥取名産のトマトを使ったカレーを作ってみてはというアイディアである。もう一つが、鳥取でもカレーで街おこしをしようと、カレー好きが集まってカレーの食べ歩きをしている。そうした小さな芽を育てるために、是非メンバーに食べ歩きブログを実施しなさいというサジェッションである。「みかん亭」がTV番組で紹介された後、真っ黒なカレーを食べに東北や千葉、あるいは愛知からお客さんが来ているという。情報の時代のビジネスにはテーマ集積が不可欠ということだ。

あのミシュランガイドの「東京版2008」が発表され、三ツ星レストランに8軒も選ばれたと報道された。パリでは10軒、NYではわずか3軒で、東京の食文化の高さが論じられているが、至極当たり前と思っている。このブログでも何度となく書いて来たが、例えば2005年度のデータであるが全米でジャパニーズレストランは9000軒を超えており、世界中が日本の食文化に注目しブームとなっている。つまり東京市場で勝ち抜くということは、パリでもNYでも地球都市で十分やっていけるということだ。そして、ウェッブの世界だけでなく、梅田さん流にいうならば「こちら側」でも志しをもった若い世代が動き始めている。先日、このブログでも書いた沖縄コザで音楽観光を立ち上げたリーダーの一人、Mr.スティービーもその一人である。時代の大きな変わり目とは、また創業期でもあるということだ。お金もなく、情報も乏しく、しかし志しと溢れるような情熱、それに共感する友がいる。(続く)  


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2007年11月18日

◆空気を読む (KY)         

ヒット商品応援団日記No219(毎週2回更新)  2007.11.18.

先日、2007年度「新語・流行語大賞」にノミネートされたキーワードが発表された。どの言葉が大賞となるかは分からないが、ここ数年の推移を見ていくと一つの「時代」が見えてくる。
2004年度/「チョー気持ちいい」、「気合だー」
2005年度/「小泉劇場」、「想定内(外)」
2006年度/「イナバウアー」、「品格」
2007年度/「KY(空気が読めない)」
2007年度の「KY」は私が勝手に入れてみたのだが、2005年度までの大賞は、あっと驚く感嘆詞、劇場型、サプライズ的な過剰な世界を象徴したキーワードであったのに対し、2006年度からは藤原正彦さんの著書から生まれた「品格」に代表されるような情緒、知性、内から醸し出される雰囲気、といった精神世界へと変化してきているように思える。こうした推移の延長線上で考えていくと「KY(空気が読めない)」が今年度の大賞ではないかと私は思っている。

言葉になかなか表しにくい微妙な世界、見えざる世界、こうした世界を感じ取ることが必要な時代に生きているということである。善と悪、YesとNo、好きと嫌い、美しいと醜い、こうした分かりやすさだけを追い求めた二元論的世界では見えてこない世界を「空気」と呼んだのだと思う。元々中高校生が日常的に「分かっていないヤツ」という意味で使っていた言葉であるが、安倍内閣の国民の意志を感じ取れないさまをマスメディアが援用したことから広く使われるようになった言葉だ。
そもそも漢字、カタカナ、ひらがな、という3つの言語を持っている民族は世界にあって日本だけである。特に、ひらがなは日本固有の言葉であり、人の機微、情感を表現する文化として日本人の精神世界にはなくてはならない言葉だ。

「空気が読めない」とは、想像力の欠如、感じ取る力の喪失、教養力の欠如、といったように表現できるであろう。「空気」を場面や人間関係に置き換えて言えば、ジコチュウや今流行のモンスターペアレント、モンスターペイシェントなんかにもつながっていく。あるいは、もっとネガティブな世界では「いじめ」にもつながっていく。つまり、コミュニケーションの単位が国家や、企業、地域、更には友達やクラブ仲間、家族それぞれの単位の中でのコミュニケーションが機能しなくなり始めているということだ。過剰な情報の時代であるが故に、コミュニケーションできないという現実が「KY(空気が読めない)」という流行語を生み出したと思う。

IT技術の進化により、20年前には会って話すことが出来なかった人達といとも簡単に情報のやりとりが可能となった。しかし、便利な時代にあって、失ったものもある。会話、対話という空気が読めるコミュニケーションだ。昭和回帰、レトロブーム、もっと広げれば和回帰もそうであるが、全てがオープン、互いに見える世界に生活し、仕事もし、生きていた。昭和の時代、狭い部屋の中では子供が今日学校で何があったか、話すまでもなく表情だけで分かる。
マーケティング、ビジネスに視点を移すと、対話、会話は現場にあり、今回の船場吉兆の不祥事はまさに社内外との対話を喪失したことによって起こったことだ。特に、顧客との対話を通じ「空気を読む」ことが極めて重要となっている。カリスマと呼ばれて来た人は皆この「空気を読める」人達である。初代カリスマである渋谷109エゴイストの渡辺加奈さんから、山形新幹線のカリスマ販売員齋藤泉さんまで、全て「空気が読める」人である。つまり、カリスマという人材を含め、人が生き生きと生かされ顧客の気持ちまで感じ取るには、対話という原点に立ち帰ることだ。(続く)  


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2007年11月14日

◆オタクのラストシーン

ヒット商品応援団日記No218(毎週2回更新)  2007.11.14.

10月29日の日経MJにアキバの「メイド最新事情」が特集されていたが、目にした方もいたことと思う。観光地化した秋葉原にカジノゲームやカラオケ、土産物屋などの新タイプのメイド喫茶が増殖しているという内容だ。私はこの情報を目にして、ああアキバのオタク文化の最後の名残であるメイド喫茶もラストシーンを迎えたなと思った。アキバはブーム消費を終え、秋葉原へと戻っていくことになる。真性オタクは既に秋葉原にはいない。いるのはメイド喫茶観光の顧客だけである。当然のこととして、ビジネス継続は難しくなる。微妙に違う美少女アニメの色合いにまで注視する、一種の過剰さを追い求めたオタクは最早いないということだ。

1980年代コミックやアニメに傾倒していたフアンに対する一種の蔑称「お宅」を「おたく」としたのは中森明夫氏であった。その後アニメやSFマニアの間で使われ、1988年に起きた宮崎勤事件を契機にマスメディアは事件の異常さを過剰さに重ね「おたく」と呼び一般化した言葉である。その後、コミックやアニメを既成に対するカウンターカルチャーであるとして、新人類世代の大塚英志氏や宮台真治氏といった論客がオタク文化の本質を語ってくれた。
しかし、オタクという言葉も健康オタクから始まり様々のところでオタクがネーミング化され市民権を得ることによって、その「過剰さ」が持つ固有な鮮度を失っていく。市場認識としては、いわゆる「過剰さ」からのスイングバックの真ん中にいる。真性オタクにとっては停滞&解体となる。つまり、「過剰さ」から「バランス」への転換であり、物語消費という視点から言えば、1980年代から始まった仮想現実物語の終焉である。別の言葉で言うと、虚構という劇場型物語から日常リアルな物語への転換となる。

アキバ系といわれるオタク文化が本格的に外側・表へと出てきたのは一昨年であった。周知の萌え系、メイド喫茶などがそうであったが、2チャンネルのスレッドでスタートした「電車男」も書籍化・映画化という形で表へ外へと出てきた。つまり「オタク」のマスプロダクツ化である。その象徴が観光地アキバであり、メイド喫茶であった。マスプロダクツ化が進み、あるフェーズに至ると臨界点を超え、急激に終末を迎える。
今、注目されている一冊の本がある。一時期、オタク推進派の旗手をつとめ、その太めの身体で人気でもあったあの岡田斗司夫氏が書いた本で、その巨体をダイエットした「いつまでもデブと思うなよ」は、オタクの終焉を見事に映し出しているように思える。

今、小説と呼べるのか分からないが、いわゆる携帯小説がブームとなっている。あるいはブログもそうであるが、書籍化されたり、映画化され、以前のコミックやアニメとは異なるサブカルチャーが始まっている。携帯小説の多くは「私小説的」ではあるが、始めからマスプロダクツの可能性を持つものとしてある。個がそのまま不特定多数とつながる、まさにインターネットの申し子そのものである。勿論、真性オタクがいなくなったわけではない。例えば「涼宮ハルヒ」オタクは今なおそのオタク世界に生きている。ちょうど、オタク文化が衰退、消えていく結節点が「電車男」であり、新しい個人文化のスタートが携帯小説であると考えている。つまり、インターネットが生活の中に浸透し、使われ、自己表現としてネット舞台に上がって来たということだ。これは推測の域をでないが、動画ブログやYouTube辺りにも次なる個人文化の芽が出始めていると思っている。こうした文化は勿論世代が異なっており、全くオタクとは異なるものである。早晩新しい呼称も第二の中森明夫氏によって一般化されていくであろう。(続く)  


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2007年11月11日

◆価格価値化へ       

ヒット商品応援団日記No217(毎週2回更新)  2007.11.11.

ここ数年、情報によって振り子のように揺れて来た消費はその振り幅が小さくなってきた。それまで情報によって振り回されて来た学習体験を踏まえ、自分にはこれが一番、といった物差しをもったことによる。別な言葉を使うと、生活者の消費行動は「厳選」がキーワードとなった。厳選される理由が、品質、デザイン、価格、独自性、便利さ、・・・・そうした選ばれる理由を競争し合う厳しい市場となっている。メーカーも流通も、他にはない独自な選ばれる理由を求める競争であった。私が地方の時代と呼ぶのも、こうした他にはない独自な商品が都市市場という舞台に上がり注目され始めたことによる。

ここ数ヶ月前からマヨネーズ(前年同月比11.7%アップ)を先頭に身近な商品の値上げが続き、投機資金が石油に集まったことに起因する原油高・ガソリンの高騰は150円近くまで上がっている。一方、薄型テレビを始めとしたデジタル家電は20%前後値下がりしているが、購入頻度は低く、今後タクシー料金やビールを始め値上が予定されており、日常の消費実感は「値上げ感」が強くなって来ている。特に、今までは大手流通がアップした価格を吸収してきたが、それも最早限界となり、店頭での価格上昇は避けられない。偽装問題による産地表示や賞味期限、更には保存料の使用有無といった表示を子細に見てから購入するだけでなく、今まで以上に価格にシビアな顧客反応が出てくる。

また、先日の経済諮問会議のレポートからは、増税というテーマも出て来ている。与党と野党との大連立がご破算になった今すぐにとはならないが、早晩増税がやってくると多くの生活者は実感している。収入は増えないが、物価は上がり、増税が押し寄せてくるといった情況にあり、景気は予想以上に悪くなっていく。
厳選消費は減選消費へと向かっていく。例えば、意味的に表現すると、週1回家族で外食していた回数が、2週間に1回外食することとなる。1992年バブルが崩壊し、「父帰る」というキーワードと共に味噌や醤油が売れ、外食から内食へと変化したことを思いだす。

ところで、2007年と1992年当時とは生活経済の環境は全く異なる。1992年はまさにバブルという泡がはじけたという消費実感であったが、今日のそれは構造的なものとなっている。高度成長期以降、一億総中流時代を経て久しく聞いていなかった「貧困」というキーワードが「格差」というキーワードに替わるように社会に出て来た。勿論、戦後の何も無かった時代の貧しさではない。今年9月に国税庁から発表された昨年度の「民間給与実態統計調査」では、4500万人弱の給与所得者の内、年間所得300万以下が1741万人(38.8%)を占め、勿論年々増加傾向にあり、300万〜1000万という従来の一億総中流と見られていた所得者は2519万人(56.3%)で減少傾向にある。1000万円を超える所得者は224万人(5%)となっている。ところで、100万以下の所得者が361万人(8%)に及んでいるというのが実態である。

誰を顧客とするのか、という課題設定と同時に「価格」は極めて重要なテーマとなってきた。価値価格化というキーワードを私も使って来たが、これからは価格価値化ということも視野に入れなければならない時代になった。つまり、価格という壁を越えない限り、目指すべき価値に辿り着けないという意味である。どんなにこれはいいと思っても、価格という壁を越えないかぎり市場化できないという消費構造になりつつあるということだ。ソフトバンクが仕掛けた携帯料金を始め、ガツン系、特盛り、タイムサービス、夫婦割り、超割、・・・全て価格価値化の世界である。あのdancyu12月号の特集テーマは「ガブ飲みワイン」で1本1000円台のワインを紹介している。値上げ、増税という時代にあって、1990年代半ばIT技術の駆使による第一次価格革命に続き、価格価値化の第二次価格革命が起きる時代にいる。(続く)  


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2007年11月07日

◆コトを起こす人達 

ヒット商品応援団日記No217(毎週2回更新)  2007.11.7.

先々週、好きな沖縄に行き素敵な人と出会い、体験したことを書きたかったのだが、バタバタしてしまいとうとう今日になってしまった。今回、沖縄に出かけるには小さな目的があった。それはこのブログを通じて、会いたいなと思った一人のミュージシャン、一人のコト起こし人物と直接会いたかったからである。

私が沖縄を好きになったのは、日常の中に経験したことのない生活文化が今なお残っていたことに驚かされたことによる。今から10年近く前、それまで20回以上、仕事やリゾートで訪れてはいたが、そのほとんどがリゾートホテルと観光施設を結ぶだけであった。一人旅で沖縄を歩いた時、那覇の市場本通りの奥に、段ボール箱に沖縄産のパイナップルや野菜を並べて売っているおばあとお客との会話に驚かされた。何を話しているのかまるで分からない。米国であれば少しは分かるが、そうした世界とは全く異なる次元の世界に来ているような感を受けた。その時から、青い海や誰でもが一度は行く観光コースから離れて、横丁、路地裏へと足を向けるようになった。

会いに行ったミュージシャンはMr,スティービー(http://stevie.ti-da.net/)こと喜納高宏さんだ。週末南城市佐敷にある小さなライブハウスに出ているので是非聞きに来て欲しいとのことであった。手を伸ばせば触れられるような数坪のライブハウスである。沖縄にはこうした小さなライブハウスが無数にあり、音楽は日常生活のなかにしっかり根付いている。構えたものでなく、普段着で聞きにくる、そんなライブである。会いたいとメールを出したきっかけは、KOZA(沖縄市)にミュージックタウンを創り、新しく音楽観光を広げていこうということに興味をもったからであった。その中心メンバーの一人がMr,スティービーであった。京都の友人である新聞記者は、京都も今や寺社仏閣の観光から、路地裏の生活文化観光へと変わって来たと言う。沖縄もリゾートホテルときれいな海といった観光から、生活の臭いがする音楽観光へと広がるであろうとの期待から会いにいったのである。

話に夢中になりライブのスタートを遅らせてしまったが、それはMr,スティービーの「投げ銭ライブをやるんですよ」という一言に強く惹かれたからであった。「福沢諭吉なんかに出会うともう最高です」と、スティービーワンダーのようにドーランで黒くぬった顔はとても明るかった。コト起こしの原点は「投げ銭ライブ」にあるということだ。翌日、本当は夜のKOZAを歩きたかったのだが、既に予定が入っており昼のKOZAを20年ぶりに歩いてみた。コザミュージックタウンは嘉手納基地から伸びたゲート通りのゴヤ十字路の角にあった。3階では中学生達が練習をしており、しっかり根付き始めているなと思った。しかし、3層の建物にはどこにでもある音楽とはまるで関係のない飲食店などが入っており、テーマ集積が難しかったのだろうなと感じた。ゲート通りを挟んだ反対側には、今の沖縄、地方を象徴しているかのように、まるで死んでいるかのような一番街という大きな商店街がある。しかし、こうした中から、音楽好きが集まり、コトを起こし始めたということだ。(続く)  


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2007年11月04日

◆「見せる」を「魅せる」へ

ヒット商品応援団日記No216(毎週2回更新)  2007.11.4.

偽装、偽造ばかりの時代になってしまったが、顧客に全てを見せることが極めて重要な時代となった。生産者の顔を見せる、製造工場はガラス張りにしていつでも見れるようにする、調理は顧客の前でする、出来上がったものはその場で食べてもらう、使用素材の履歴はいつでもどこでも明らかにできるようにする。ここ数ヶ月の偽装事件のほとんどが農水省への内部告発によるもので毎月300件を超している。つまり、内も外もないというのが情報の時代である。

本格的にオープンキッチン、オープンダイニングが始まったのは1990年代であるが、よく考えれば寿司屋は江戸時代から目の前でにぎってくれていたし、街の食堂は常に対面でオープンに料理してくれるものであった。赤福の前会長がいみじくも記者会見で述べていたように、「その日食べるものをその日に提供することから、拡大してしまったことが起因する」と。今日の冷凍&解凍技術は鮮度維持を可能にする極めて高いものである。一匹700〜1000円で都心のデパ地下で売られ人気となっている釧路沖でとられる青刃さんまも窒素による瞬間冷凍ものである。私が良く行く鳥取で秀逸な技術によって旨味を引き出す氷温技術もそうした冷凍&解凍技術の一つである。問題はそうした技術をオープン、いや逆に売り物にする情報公開・プレゼンテーションだと思う。

冷凍&解凍、あるいはフェイク商品等、情報は公開され、顧客が食べたり、着たり、使ってみて、実感納得するということが原則である。今や「見せる」ことを魅力に変えるプレゼンテーションが盛んである。先日オープンしたエキュート立川にも出店している行列ができる店の一つである「かにチャーハンの店」はまさに「見せる店」である。オープンキッチンで調理される鍋ふりでは1m近くもチャーハンを上げ、お米がパラパラになるパフォーマンスを見せてくれる。値段の安さもあって、常に行列となっている店である。一方、私も知っている調理器具メーカーの三栄コーポレーションではロボット調理器具でプロの技にせまる鍋ふりを行っている。勿論、熟練した達人の技には届かないが、その技に迫る技術で見ていても面白いものである。共に、「見せる」を「魅せる」あり方へと進めた良き事例だ。

繰り返し書いて来たが、その見せ方に過剰な演出があってはならない。過剰さから、増々素の力へと魅せる世界が変わって来ている。賞味期限や消費期限という情報のみの判断で生活しているが、日本人が培って来た知恵や工夫、冷凍&解凍といった技術や保存料に頼らない古来からの発酵&乾燥技術もそうした素の力の一つである。戦乱の世を経て、商業が全国レベルへと流通し始めた江戸時代にはこうした技術によって生まれた食品が地方には今も残されている。よく行く鳥取でも鯖の糠漬けである「へしこ」などは一種の保存食で地元ではよく食べられている食品である。
また、受け手である生活者も情報だけに頼らない本来持っている五感による判断、素の力を磨く必要がある。2年ほど前から「食育」論議が盛んになったが、親子で料理し食べるといった程度のもので、日本人が経験し育てて来た食文化には至っていない。おにぎりの定番である梅や塩むすびは何故そのようになったのか誰も伝えようとはしない。塩はミネラル豊富な沖縄宮古島産が一番といった表層の「見せ方」ばかりである。素の魅力とは、梅や塩がもつ力のことである。いずれにせよ、食の提供者はこうした素の力をどう魅せていくかが今後の課題であり、結果豊かな日本食文化へとつながっていく。(続く)  


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