2008年10月30日

◆物見遊山のすすめ

ヒット商品応援団日記No312(毎週2回更新)  2008.10.30.

前回「根拠ある楽観主義」、そうブログを私は書いた。実は、混沌、混迷、混乱、そうした言葉があてはまる時代の真っただ中に入ったという背景からである。2ヶ月半ほど前、私に一つの電話があったが、それは今年に入って最大の債務を背負って破綻した企業の幹部社員からであった。以前在籍した会社でチームを作ってプロジェクトを進めてきた、いわば仲間の一人である。彼は、「もう誰も信じられません」と私に話し、自分が担当した企業へのお詫び行脚を今しています、と自嘲気味に話をしていた。勿論、今回の金融危機、外資投資会社に翻弄された結果からであるが、彼が言っていたのは今までの金融の仕組みそのものへの不信、いやもっと強い憤りであった。
私を含め周辺には株価の下落による蓄えの大幅な目減りしている人は沢山いる。それはそれで影響は山ほど出ているが、根本を変えなければならないところまで来ていると実感している人がいかに多いかである。

ところで同じようなタイミングで、東京において8つの病院を「たらい回し」「受け入れ拒否」によって妊婦の女性が出産後3日後に亡くなった、と報じられた。医療問題については、あの兵庫の柏原病院を発端に、村上龍さんが主宰するJMMには多くの医療関係車が問題点、更には解決のために投稿している。勿論、現場の医師、医療関係の人達であるが、メディアが単純に「たらい回し」「受け入れ拒否」といった表現ではないところに本質はある。村上龍さんは、そんなメディアの表現に対し、『患者や救急搬入の側からすると、病院の「受け入れ拒否」と映るのかも知れませんが、病院側からすると、ベッドが空いていなかったり医師が足りなかったり、「受け入れ不能」という表現が正確ということになるのでしょう。』と指摘し、『もし「受け入れ不能」なら、医療費の問題を含め、根本的な解決策を考えなければならず、為政者にとっては大変に面倒です。だから政府や自治体にとっては、「受け入れ不能」という表現は都合の悪いものでしょう。』と、コトの本質を指摘している。

政治の無策と言ってしまえば、それで終わってしまうが、「何でこんな経済、社会になってしまったんだろう」と実感していると思う。コピーライターの糸井重里さんは、『手でさわれるものの進歩は「究極」ということばの流行とともに、ほとんどおしまいに近いところまできているようです。』と、その実感を書いている。そうした一種の人間が本性として持っている欲望に対する疑念に、「本当のこと」は詩人に聞くといいんだと、詩人谷川俊太郎さんに次のように「谷川俊太郎質問箱」の中で聞いている。

質問 谷川さん、谷川さん、
       どちらへ?      糸井重里

答え 招かれてあちらへ行く予定なんですが、
       日程が決まらないので、
       まだこちらで足止めくってます。    谷川俊太郎

「あちら」は黄泉の国、「こちら」はこの世ということでしょう。仏教で言うと、「こちら」で修行しなさい、苦労しなさい、そうすれば極楽浄土にいけますよ、ということになるであろう。

江戸の人達は「人間一生、物見遊山」と思っていた。この世をあちこち寄り道しながら、一生を終えるということである。江戸では日常的に火事が起きていた。どれだけ物に執着しても一夜の火事でなくしてしまう。だから、「時間」を大切にしようという人生観にたどり着く。
今回の金融危機をそのまま重ねることはできないが、江戸時代中期には買い占めを行った商人や強欲な高利貸しに対し「打ちこわし」という一種の抵抗が起こった。面白いことに、「打ちこわし」は抗議としての意味で、物や金品を盗むといった強盗のようなものではなかった。そこにはルール、倫理観が働いていたということだ。先日報道されていた元FRB議長グリーンスパンが呼ばれ、その責任追及をしていた下院公聴会は、一種の制度化された現代版「打ちこわし」のように私には思えた。

今、金融危機という寄り道をしているが、これも修行という勉強をしているわけだ。谷川俊太郎さんではないが、「まだこちらで足止めくっている」私たちは、時間を大切に使い、物見遊山の人生を歩んだらと思う。(続く)  


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2008年10月26日

◆根拠ある楽観主義

ヒット商品応援団日記No311(毎週2回更新)  2008.10.26.

今大手書店の店頭には、「恐慌前夜」「貧困大国 米国」「ソロスは警告する 超バブル崩壊=悪夢のシナリオ」といったエキセントリックなタイトルの書籍が平積みされている。TV報道では乱高下する株式市場や円高、あるいは買収を含めた金融再編のニュースばかりである。確かに米国発の金融危機は人ごとではなく最大関心事ではあるが、今行われていることは危機を作った犯人探しをしているように見える。インターネットと高性能コンピュータによって、住宅ローンを小口にして編集しなおし、別な商品にして(証券化)全世界の投資家に向けて販売する。しかも、ヘッジファンドと投資銀行にはレバレッジというテコを使って、30倍の資金で取引できるというまさに博打そのもののような手法によって一斉に世界に販売された。しかも、例えばウオルマートの株価情報は誰でも手に入るが、サブプライムローンやCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)といった情報は一部の金融エリートだけがコンピュータ上で処理しており、それら商品はヘッジファンドや投資銀行に買われ、その先にある一般投資家には全く「見えない世界」であった。しかも、汚染された債権は分散され、あたかもリスクは0の如く扱われてきた。このことを一番よく知っていたのが、元FRB議長グリーンスパンであり、彼こそ張本人だ、といった具合である。そして、米国下院公聴会に呼ばれたグリーンスパンは容赦ない質問に自らの過ちを認めた。(http://www.nikkei.co.jp/kaigai/us/20081024D2M2401L24.html)レーガン以降の米国の新自由主義政策、市場は市場の原理に任せれば良い、とする考えそのものが破綻したことを牽引者であるグリーンスパンが認めたということである。

私は金融のプロでもないし、こうした犯人探しに興味は無い。「公益資本主義と金融資本主義」というテーマで少し前のブログでも書いたが、私たちが目指す社会経済はどうあるべきか、このことを痛みを持って学習しなければならないと思う。特に、実体経済、暮らしにどのような影響を及ぼしているか、その変化については大いに注視したい。既に読まれた方もいると思うが、村上龍さんが主宰する金融をテーマにしたJMMのなかで、米国に住む作家冷泉彰彦さんは「文明の裂け目」と題し、次のように米国の「空気」をレポートしている。

『昨日まで自信満々だったアメリカ人の心は、揺れに揺れています。・・・・・・ハッキリした方向性はまるで見えないのが現状です。ひたすらに、じっと耐えている、とにかく方向性が見えるまでガマンする、それが今週のアメリカの「空気」だとしか言いようがありません。』
そして、揺れ動く心理の例として
『例えば、この「暗黒の一週間」に人々が打ちひしがれていた10月10日の金曜日、深夜のトーク番組「チャーリー・ローズ」で、マイケル・マッキーというエコノミストが「我々は人的資源の配分を間違えたのかもしれません。限りある労働力をサービス産業に投入してしまい、製造業を担う人材を育ててこなかった、そうしたことも見直すべきだと思います」という「反省」を口にしていました。この番組では、他にも「クレジットカードの借金残高を増やしながら消費するというライフスタイルを止めるべきだ」という発言も出ており、いわば「良くも悪くもアメリカ流」とこれまで思われていたものを、ゼロから見直そうというかなり画期的な議論が続いていたのです。「反省」の苦手なアメリカ人が、ここまで「過去を悔いている」というのは明らかに異常です。』

そして、冷泉さんは米国の実態を反面教師として、今回の4人の日本人ノーベル賞受賞者に一つの哲学を見出しながら、アメリカとは異なる社会制度から技術革新、金融工学に至るまで、日本人の持つ「哲学の強み」を磨き創ることを提唱している。
また、反ブッシュ論者であるノーベル経済学賞受賞のクルーグマン教授はNewsweekのインタビューに、「今後は規制が広がり、証券化は減り、フロリダ南部の住宅ローンがノルウェーで保有されることもなくなるであろう。」と答え、社会経済の理想モデルを1980年代のスウェーデンに置く持論に対しては、「非常に平等主義的、民主的で、すべての人々の生活水準が高かった」と答えている。
冷泉さんのレポートやクルーグマン教授のコメントや持論を聞くと、バブル崩壊前の日本、昭和という「1億総中流時代」、社会主義国よりもっと社会主義的だと言われた日本が重なって見えてくる。

既に、日本においても中小零細企業の倒産が増加し始めた。実は金融機関の貸し渋りは昨年後半から始まっており、今や貸しどまり状態である。こうした金融に対する行政の指導や融資条件を広げるといった諸対策は必要であろう。そうした対策を早急に行うことと共に、立ち止まって根本から考え直してみることが必要な時だ。冷泉さんは「哲学の強み」という表現をしたが、古来から日本人は「自然に寄り添って暮す」という知恵を育ててきたことを想起すべきと思う。自然の本質は「明日は分からない」、だから今日一日を精一杯暮らすという自然思想である。それでも、江戸時代には大飢饉が起きた。なかでも被害が一番大きかったのが天明の大飢饉(1782〜7年)で、冷害に加え、岩木山や浅間山の噴火が重なり、全国で30万人以上が亡くなったと言われている。そうした経験を踏まえ、救済施設(セーフティネット)を整えたり、冷害や害虫に強い作物、さつま芋や蕎麦などを作っていくなど知恵や工夫を生活の中に取り込んできた。江戸後期には、治水事業を行い安定した作物が収穫できるようにと行政と農民とが一緒になって改革を行った二宮尊徳といったリーダーも現れてくる。そうした歴史という財産を持った民族である。今、その財産・DNAを発揮する時が来た、と覚悟をすれば良い。そして、一人ひとりが「根拠ある楽観主義者」になることだ。その「根拠ある」とは、国家レベルで言えばこれから「何で食べていくのか」というビジョンであり、生活者レベルで言えば「暴走する資本主義」を書いたライシュにならえば本来あるべき民主主義を体現する「市民」ということになる。久しく思想が語られることがなかったが、国も、企業も、個人も語らなければならない時代を迎えている。(続く)  


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2008年10月22日

◆文化は経済を引っ張っていけるか

ヒット商品応援団日記No310(毎週2回更新)  2008.10.21.

少し前に、東京の地価は昨年から下がり、都心のマンションも下がり始め、近郊のマンションではアウトレット化が始まったと書いた。いわゆる現金で安く買って、安く提供する再販業者ビジネスのことであるが、バブル崩壊後に生まれたビジネスが再度注目され始めた。当時と較べ家電製品や家具付きといったおまけ付きの販売も出てきている。住宅販売戸数は激減していることは言うまでもないが、これが人生で一番高い買い物である都市部住宅販売の現状である。
2年ほど前までは、文化が今後のビジネスを引っ張っていく新たな価値になるであろうと、多くのマーケッターは予測もし、実際ブランド価値の中心に文化価値を置いてビジネスを行ってきた。前回書いた「わけあり」に創業者の生きざまや志しといった人生価値、あるいは匠の技、伝承の手技といった無形の固有価値を「わけあり」として、価格の在り方を見出していた。私もそうした価値論者の一人であった。

こうした価値は、ある意味憧れとしての特権階級の文化的価値であり、何よりも他者との違いを見出せる差別価値としてファッションを中心に広がっていた。その代表的呼称が「ヒルズ族」であったと思う。富裕層は別であるが、そうした価値を量的に担っていた中流層にとって、その象徴がルイ・ヴィトンであり、年一回位のリゾートはバリ島のアマンリゾートに行ってみたいといった世界であった。既に何回かこのブログでも書いてきたので結論だけいうと、中流層の解体により一定規模あった文化マーケットはパラレルな形で縮小した。今、顕在化しているマーケットは趣味やマニアといったコレクションマーケットだけとなった。金融危機により、保有する資産価値が減少するなか、本当に好きで他に変え難いとするマーケットだけである。これが本来のマーケットであり、規模ということだ。それすらもアウトレットで買う時代となった。

ところで、西欧における文化価値はオペラやバレーに代表されるように特権階級である貴族を喜ばせるものとして生まれた。私たちのライフスタイルのルーツ・原型は江戸にある、というのが私の持論であるが、江戸文化は庶民文化である。庶民の楽しみとして生まれ育った歌舞伎は次第に奥女中や武士がお忍びで見に行くようになる。西欧文化が上から下へと伝播していったのとは反対に、江戸文化は下から上へと広がっていったのである。相撲、花火、花見、寄席、俳句、船遊び、浮世絵、これら全て庶民、生活者から生まれたものである。江戸中期以降になるとお伊勢参りという一大旅行ブームが起こるが、江戸を中心とした五街道が整備され、心配なく旅を楽しめた。この五街道は商人が通いつくったものであるが、西欧の道路は全て軍事道路としてあったのとは好対照である。

今、静かな江戸ブームが起こり、日本橋界隈を歩く人達が増えていると聞く。今なお残る黒板塀の老舗を散策しながら、室町砂場で蕎麦を食べたり、あるいは洋食の泰明軒でオムライスを食べるといった具合である。江戸文化と比較されるのが貴族文化の残る京都であるが、町家を散策しながら、先斗町(ぽんとちょう)ではお茶屋さんではなく、路地裏のおばんざい料理を楽しむといった具合である。東京も京都も同じように、今なお残る庶民文化、生活文化を楽しむことのなかに、文化価値を見出しているということだ。

文化とは分かりやすく言えば、道楽、暇つぶしであるが、時間的経済的余裕がないと楽しめない、と言われてきた。しかし、単純比較はできないが、江戸時代には大きな飢饉がいくつも起こり、あるいは火事盗賊も横行していた。「宵越しの金は持たない」と江戸っ子を表現するせりふがあるが、実際は貧しくて宵越しの金は持ちえなかったのである。江戸には福祉やボランティアといった言葉はなく、「お金のある人はお金を出し、力のある人は力を貸す」ということが当たり前の社会であった。今、江戸ブーム、京ブームが起きているが、そのブームの先に庶民生活に残る先人達の知恵や工夫、それらを豊かさとして楽しめる社会を見出していくと思う。

文化は時間が育て、時間をかけて伝播していくものである。知恵や工夫はすぐには文化価値にはなりえないということだ。従来のビジネス感覚、スピード感覚とは全く異なる次元のものである。熟成という言葉があるが、文化の本質を表していると思う。文化は経済を引っ張っていくとは思うが、急がば回れ、である。(続く)  


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2008年10月19日

◆「わけあり」競争

ヒット商品応援団日記No309(毎週2回更新)  2008.10.19.

この半年ほどブログに書いてきた流通、特に「価格」を軸にした再編について、まとめのような記事が今週の週刊ダイヤモンドに掲載されている。「流通大激変!選ばれる店の秘密」というタイトルの特集記事である。エブリデーロープライスというキーワードのOKストアを始め、銀座に旗艦店をオープンさせたH&Mやユニクロ、あるいは無印良品。JR東日本の「エキナカ」やコンビニ、更にはアウトレットに至までほとんど私がこの半年間ブログで取り上げてきたテーマである。そして、その裏側にある百貨店の衰退についてもである。

流通は生活者のライフスタイルを映し出しており、メーカーも流通も等しく顧客の生活価値観が「今」どこにあり、「今後」どう変わっていくのかを考え、行動に移る。米国のサブプライムローン問題に端を発した金融危機、結果としての世界中の株価の急落、そして乱高下。市場は金融だけでなく、生活者も等しく心理化されており、不安が消費を縮小させている。心理を左右させるもののほとんどは情報によるものである。それは疑心暗鬼の金融担当者も、生活者も同じである。

今、消費市場において繰り広げられている競争は「価格」を軸に、その理由、どんな訳(わけ)なのか、そのリアリティ競争となっている。数年前までは、例えば安いにぎり寿司を出せる理由は大量仕入れによるコストダウンによる「わけあり」であった。以降、親会社が鮮魚仲卸だからといった「わけあり」が出てくる。更には実際に漁に出る水産会社が親会社といった「わけあり」へと進化してきた。あるいは昼に出すランチのすき焼きには夜に出すA5ランクの肉の切り落とし部分を使っているから安い、といった「わけあり」まで、多種多様な「わけあり」競争となっている。

既に食品スーパーのOKストアやザ・プライスでも書いたが、従来のJAや業界による基準外・規格外という「わけあり」商品は、他の業態においても競争の中心となっている。通販における「たらこの切れ子」や「ホタテ缶」などはその良き例であろう。食品スーパーでもそうであるが、H&Mやユニクロがそうであるように、ある意味問屋などを通さない「中抜き」ビジネスが主流になってきたということだ。顧客に対し、より「好み」に応え、「わけあって」より安く、提供するということだ。そのためにも、今以上にダイレクトに顧客に向き合わなければならない。

今、「わけあり」競争の中で最大課題となっているのが、「不安解決」のための「わけあり」である。勿論、不安の根底には、年金や医療、福祉といったことへの「不確かさ」や働く場や収入更には株式市場の急落と先行き混沌といった「不確かさ」がある。これらは根本としては政治の問題であるが、地域医療などでは小児科の存続に端を発した兵庫の柏原病院のように、医師、住民、地元メディアが相互にコミュニケーションをはかり、医師不足といった不安解決に向かっているところもある。「何故医師不足なのか」という「わけ」を医師と住民が相互に認識し合うことによって、根本解決は難しくとも、改善あるいは維持ぐらいはやりえるという良き事例であろう。

情報の時代の特徴であるが、「不確かさ」に耐えることができないのが現代人であり、「何故なのか」を繰り返すこととなる。つまり、「不確かさ」は不安となって「うわさ」へと向かう場合もあるが、繰り返される「問い」によって「わけあり」も当然進化していくということである。多くの経営者やビジネスマンとの対話で、私は「何故」を3回繰り返してみては、と問題点発見の方法について話をしている。多くの場合、3回繰り返せば、コトの本質にたどり着くということだ。
消費の今は、生活者が「何故」を問い始めているということだ。何故価格が高いのか、生半可な「付加価値」など一瞬にして見破られてしまう時代である。同じように何故安いのか、大量仕入れ程度では「わけあり」にはならないという時代だ。衰退する百貨店に代表される旧来業態や旧来の手法を採り続けるブランドは、次の「確かなわけ」を創ることが求められている。そして、一番重要なことは、「何故」と問うことによって、顧客自身が変わるということである。(続く)  


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2008年10月16日

◆反語の時代

ヒット商品応援団日記No308(毎週2回更新)  2008.10.16.

日本人4人のノーベル賞受賞に続き、ノーベル経済学賞に米国のポール・クルーグマン教授が選ばれたと報じられた。レーガン政権で経済諮問委員を務め、現在は反ブッシュの代表的な論客であるという。ブッシュが進める新自由主義路線の延長線上に今回の金融危機があり、なんとも皮肉な受賞である。クルーグマンは、米共和党政権が高所得者への減税を拡大する一方で福祉を削減し、格差を広げたと指摘。米国が経常赤字を膨らませながら、世界中のお金を吸い上げて繁栄する構図について、現在の金融危機が深刻化する以前から「世界恐慌前夜に似ている」と警告していた。新自由主義、市場原理という市場のダイナミズムにまかせるという考えは、今回の公的資金の導入によって自ら破綻を宣言したようなものであるが、今回のノーベル経済学賞は更に駄目押しをしたようなものだ。

ところで2009年度のノーベル賞ならぬイグノーベル経済学賞にはリーマンブラザーズ社の会長、いや米国現政権の財務長官ポールソン(元ゴールドマン・サックス社会長)が選ばれるかもしれない。ちなみに、私がヘッジファンドという言葉に接した最初の経済記事が、あのエネルギー商社エンロンの破綻(2001年12月)であった。その翌年のイグノーベル経済学賞を受賞したのがエンロンとその役員達である。

反語といえば今最も反語的存在なのが、ロックミュージシャン、タレントのDAIGO君であろう。あの元首相竹下登氏の孫である。世襲政治家の問題が指摘されるなか、自力でミュージシャンになり、TVに登場するや元首相をじっちゃん呼ばわりし、その存在感を見せた。時代を過激なまでにおちょくったのが、ツービート(タケシ)であったのに対し、存在そのものがおちょくりとなっているのがDAIGO君だ。「元首相の孫」なんてこの程度といってくれている訳である。

反語を批評・批判といっても、皮肉・おちょくりといってもかまわない。本来ジャーナリズムの存在理由の一つであったが、最早その機能を果たしえない存在になっている。そうした中で、DAIGO君の他にも、昨年木村伊兵衛賞を受賞した写真家うめかよ(梅佳代)さんなんかも、時代を痛切に批評していると見えなくもない。おじいちゃんが大好きで、「年をとるってかっこいい」と、「写真をとっていればおじいちゃんは死なない」といって写真を撮るうめかよは、ユーモラスな写真のなかに、今日の高齢社会の問題をするどく切り取っていると思う。

「見えないものを見る」、そこに時代の本質を見出すという反語的世界に生きるのがアーチストだと思うが、一方でそうした表現力を持ちえない人間はどうするかである。言葉にならない言葉、表現できない表現、それは沈黙となるしかない。沈黙を解き放してくれる一つが歌謡曲であったが、前回書いたように歌謡曲は痩せていく。言葉の原初的形態は音であった。悲しくて歌は生まれ、うれしくて歌は生まれ、何かを伝えたくて歌は生まれた。私の場合、そんな野生が残る場所の一つが沖縄であった。反語的とは、過剰情報のなかに沈殿している沈黙、都市が産み出した見えないものから生まれる一つの表現かもしれない。(続く)  


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2008年10月12日

◆歌が痩せていく

ヒット商品応援団日記No307(毎週2回更新)  2008.10.12.

「歌が痩せていく」と語ったのは、昭和と平成の境目を生きた作詞家故阿久悠さんであった。平成の始まりとと共に、歌謡曲という言葉が消えたという俗説を半分認めながらも、阿久悠さんは「歌謡曲というのはそんなひ弱なものではなく、時代を呑み込みながら巨大化していく妖怪のようなもので、めったなことでは滅びたりはしない」と語っていた。
昭和にあって平成にないものを周知のように阿久悠さんは小林旭に歌わせた。代表作である「熱き心に」の8年後に、「あれから」(1993年)を作詞し同じように小林旭に歌わせている。
 心が純で 真直ぐで
 キラキラ光る 瞳をしてた
 はにかみながら語る 夢 大きい・・・・
純も、キラキラも、はにかみも、夢も、日本人が失ったものであったと阿久悠さんはいうのだが、これらのキーワードは歌にではなく、違ったところで生きている。阿久悠さんがいみじくも語っていたが、日本人が失ったものを探し出すには2つの方法がある。1つが昭和の秋の最後を語ること、もうひとつが平成の春を語ることであると。

これらの詞にまずピンと来るのが、夏の甲子園で活躍した早実の齋藤投手ハンカチ王子であろう。以降、ハニカミ王子石川遼君までの王子ブームとなって生きてきている。王子ブームという社会現象は後者の流れにある。勿論、歌として唯一継承している氷川きよしも後者に入る。「はにかみ」はないが、純で好奇心に真直ぐなキラキラ光る写真家梅佳代(うめかよ)なんかも平成の春を語ってくれている一人だ。

ところで、暗いニュースのなかで、4人のノーベル賞を受賞した科学者に、今なお失ってはいない何かを感じた人が多かったと思う。特に、益川教授は自らおしゃべりだと話し、表敬訪問した文部科学相に対し、受験問題に触れ「選択式の試験問題は考えない人間を育てている。今の教育は汚染教育だ」と。ひときわ異彩を放つ益川教授に、私は「心が純で真直ぐで・・・・・」と作詞した阿久悠さんの顔が重なって見えた。比較するのも失礼だが、4人の科学者は昭和を語る前者の方で、何か「ザ・日本人」とでも呼べるような清々しさを感じた。

晩年、阿久悠さんは「昭和とともに終わったのは歌謡曲ではなく、実は、人間の心ではないかと気がついた」と語り、「心が無いとわかってしまうと、とても恐くて、新しいモラルや生き方を歌い上げることはできない」と歌づくりを断念する。歌が痩せていくとは、心が痩せていくということである。
果たして、平成の歌謡曲は生まれてくるのであろうか。作家五木寛之は「変わる時代に変わらないものは何か」と問い、それは「人間の関係」、目の前にいるその人との関係を大事にすることだ、と語っている。バラバラになった関係が取り戻される時、そこに新しい歌謡曲が生まれるかもしれない。(続く)  


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2008年10月08日

◆情報遮断から見えてくること

ヒット商品応援団日記No306(毎週2回更新)  2008.10.8.

今、経済誌ばかりかTVのワイドショーにいたるほとんどのメディアは急落する株価を取り上げ、世界恐慌前夜の如き報道がなされている。サブプライムローン問題は昨年秋頃から日本においても報道されるようになったが、既に一昨年の暮れにはヘッジファンドが破綻しており、民主党の大統領候補オバマはかなり前から指摘していたことだ。過剰情報の時代とは、情報過敏症の時代でもある。周辺の、あるいは瑣末とも思える情報に振り回される。「うわさの法則」でも書いたが、人間は情報の「あいまいさ」に耐えることができない存在であるが、「未来は分からない」と立ち止まってみることも必要だ。

できるかどうか分からないが、一度情報を遮断してみることだ。思考を停止する訳ではない。つもりにつもった情報という煤(すす)をはらってみるということである。煤をはらって見えてくるもの、それだけの情報で十分である。基本回帰、原点回帰といってもかまわないと思う。私の場合、必要とする情報は新聞を読む程度である。そして、金融経済という問題であれば、日本において物と物との交換経済から貨幣経済へと移行していった時に何が起きていたのか、あるいは室町時代以降、市場の広がりに応じた貨幣経済はどのように発展していったのか、それらをいわゆる生活者はどのように受け止めていたかを考えることにしている。グローバル経済の源流を1970年代の鋼鉄製コンテナにあると指摘したライシュではないが、貨幣、お金がどのように受け止められていたかという原点に立ち帰ることにしている。

以前、「日本資本主義の源流」というテーマで次のように書いたことがある。

『貨幣経済の元となっている物と物との交換や金融について調べてみるといくつか示唆的なことがある。物と物との交換、交易の場を市庭(いちば)、あるいは市と呼ばれていたが、この市庭は生活する俗界から離れた聖なる神仏との境界につくられていた。見知らぬ他人が交換するためには、物を一旦神仏に差し出し、そして物を受け取るといった手続きが必要であった。あるいは金融についても同様な手続きがなされていた。例えば、物を貸して利息を得るといった行為の原初的形態が「出挙(すいこ)」である。出挙とは神仏の倉庫にある種もみを農民に貸し出し、収穫の秋には神への感謝として若干の利息を付けて返すといった手続きである。これは私の推測であるが、この利息とは自然災害などによって収穫できないことへのリスク回避、経済循環のためであったのではないかと思っている。』

貨幣は人間の欲望の化身であり、神仏という聖なる場所や手続きを必要としていたということである。利息という金融も良き経済循環には必要な仕組みであった。今日、その神仏はなく、欲望だけが自由に世界を駆け巡っているということだ。ライシュ流にいうならば、「市民」という力、歯止めが及ばなくなっているということである。

ところで江戸時代を封建社会と呼んでいるが、この「封(ほう)」とは領内という意味で、領内での自給自足経済を原則とした社会の仕組みのことである。日本を農業社会であったと思い込まされてきたが、実は「百姓=農民」の嘘が明らかにされている。百姓という言葉には、商人や金融業者、更には職工といった職人など多くの人を百姓と呼称されてきた。ところで、こうした村落共同体をベースとした経済も度重なる飢饉と貨幣経済によって、天保の時代(1800年代)に大きく転換する。その転換を促したのが「問屋株仲間制度」の撤廃であった。今日でいうところの規制緩和で素人も参加できる自由主義経済の推進のようなものである。しかし、幕府は問屋株仲間からの上納金(冥加金)がとれなくなり、10年後に撤廃するのだが、この10年間によって市場経済は大きく変わっていく。

江戸時代の商人は、いわゆる流通としての手数料商売であった。しかし、この天保時代から、商人自ら物を作り、それまでの流通経路とは異なる市場形成が行われるようになる。今日のユニクロや渋谷109のブランドが既成流通という「中抜き」を行ったSPAのようなものである。理屈っぽくいうと、商業資本の産業資本への転換である。
実は、この「封」という閉じられた市場を壊した中心が「京都ブランド」であった。この京都ブランドの先駆けとなったのが「京紅」である。従来の京紅の生産流通ルートは現在の山形県で生産された紅花を日本海の海上交通を経て、工業都市京都で加工・製造され、京都ブランドとして全国に販売されていた。ところが1800年頃、近江商人(柳屋五郎三郎)は山形から紅花の種を仕入れ、現在のさいたま市付近で栽培し、最大の消費地である江戸の日本橋で製造販売するようになる。柳屋はイコール京都ブランドであり、江戸の人達は喜んでこの「下り物」を買った。従来の流通時間や経費は半減し、近江商人が大きな財をなしたことは周知の通りである。

京紅だけでなく、従来上方で製造されていた清酒も同様に全国へと生産地を広げていくこととなる。醤油、絹織物、こうした物も江戸周辺地域で製造されていく。そして、製造地域も東北へと広がっていく。従来海上交通に規制されていた物も陸上交通も使うようになる。こうして「下り物」としてのブランドが広がるにつれて、偽ブランドもこの時代に出てくる。特に、貴重な絹製品、生糸の製造については、卓越した技術による模造品が生まれている。今日のブランド偽造、産地偽装、の源流は江戸時代から始まったということだ。

こうした中世日本以降の経済の歴史を見ていくと、今必要となっている金融危機の問題も、グローバル化された市場における諸問題も、ある意味透かし絵のように見えてくる。江戸時代の「問屋株仲間制度」の撤廃という規制緩和では、恐らく悪徳役人や商人が出てきたと思う。しかし、商人道として今日まで継承されてきたのが近江商人の心得「三方よし」である。ビジネスには「儲ける」と「役に立つ」、この2つの側面をもつ。「役に立つ」ために「儲ける」ことは必要であるが、「儲ける」ことだけであれば、それはビジネスではない。(続く)  


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2008年10月05日

◆市場(いちば)の再生へ

ヒット商品応援団日記No305(毎週2回更新)  2008.10.5.

先日、久しぶりに商業施設のデベロッパーの人達と数時間話をする機会があった。流通は生活者の消費動向を見る上で、いち早くしかも数字で現れてくる。いわば、消費を映し出す鏡である。勿論、売上は低迷というより、明確に落ち込み続けていることはいうまでもない。話題は、そうした消費の低下に対し、出店テナント、専門店はどう考え行動しようとしているか、更にデベロッパーはどう次のテナント編集を考えていくべきか、というテーマであった。

2000年を過ぎ、多くの商業施設のデベロッパーは時代の変化スピードに対応するために、従来のテナントから多額の保証金を取って建築資金としたビジネスモデルから、定期借地権という短い期間の契約に基づいたビジネスモデルへと転換し始めた。これは顧客の変化にすぐさま対応するためで、デベロッパーも出店テナントも、リスク負担を相互に持ち合い、顧客変化にすぐさま応える良き方法であった。テナントにとっては、出店しても予想外に売上が伸びず退店したとしても投資は少なくて済むという利点がある。デベロッパーにとっては、初期の投資は大きくなるが、契約期間を短くすることにより、契約期間を終えれば次の新しいテナントを導入できるという利点があった。難しいテーマであるが、結論からいうと、定期借地権という方法はデベロッパー・テナント相互にリスクやリターンを持ち合う方法であったが、急激な右肩下がりの売上に次なる方法が必要となっている、というのがその時の共通認識であった。

こうした根本の課題と共に話題となったのが、風上ではインフレ、風下ではデフレの論議であった。従来は風上をメーカー、風下を小売り・専門店としていたが、ショッピングセンターの場合は風上=デベロッパー、風下=テナント・専門店となる。周知のように鋼材などの値上げにより、建築コストは急激に上がり、建設を中断・断念するデベロッパーが出てきている。つまり、建築コストに見合う賃料収入を得ようとすると、入居できるテナントはごく限られたものとなる。既に、東京郊外の中規模SCにおいては、リニューアル後にも関わらず空きスペースが随所に見られるようになっている。
また、既存SCにおいては、従来は賃料交渉は個別であったが、全テナントがまとまってデベロッパーと交渉するところも出てきた。SCも例外なく「ねじれ」が生まれている。

言わずもがなであるが、企業倒産も金融危機やエネルギー価格高騰といった直接かかわってきた不動産・建設・運輸といった業種から、更に他の業種へと広がっていく。しかも、残念ながら中小・零細企業が圧倒的に多くなっていく。マスメディアに載らないようなリストラが行われ、失業率も高くなっていく。当然、殺伐とした言葉にならないような社会不安が押し寄せる。潤沢な預貯金を持ち、救世主と考えられていたシニアマーケットも、株はもとより投資信託まで元本割れしており、消費へとは向かっていないし、これからも向かわないであろう。
地方の商店街をシャッター通りと呼んでいたが、そうした歯抜けのような空きスペースは郊外の中小規模のSCにも目立ってくる。都心部、あるいは人の移動の要となっている駅ビルの商業施設では、大きなスペースを占有していた核テナントも坪効率を落とし、スペース縮小へと向かっていく。小売業にとって商品欠品は致命的な問題であるが、中小スーパーの棚が欠品によって埋まらない事態も出てくる。つまり、安定供給できないメーカーも出てくるということだ。

こうした「空き」に対し、圧縮は様々なところで行われていく。それはデベロッパーでも、小売り・専門店でも同じ考えによる圧縮計画だ。更に悪くなるであろう将来を考えた場合、2/3に圧縮することが一つの目安となる。デベロッパーにとってはソーン編集、小売り・専門店にとっては売り場・棚割り編集、こうした再編集が最重要課題となっていく。空いたスペースにどんなテナントを入れるか、空いた売り場・棚にどんな商品を陳列するか、こうした再編集コンセプトが今問われているということだ。

商圏、市場に合った再編集コンセプトとなるが、その着眼となるのが「小」である。全てを小単位に置き直して考えてみようということだ。小売り・専門店でいうと、「小」価格、「小」サイズ、「小」時間(この時だけ)、あるいは「小」テーマで売り場・棚を編集してみることだ。ワンコイン・マーケットなんかもこうした「小」テーマである。デベロッパーでは、「小」ゾーンを創ってみる。小さな個性商品を集めた小さな坪数の店を集めてみようということである。そうした小さな店が集まれば、大通りではなく、横丁が生まれる。人が行き交う界隈性も生まれ、ヒューマンな雰囲気、下町的な売り場が生まれる。「小」は単なる経済効率、リスクヘッジだけのことではない。ともすれば人工的になりがちな商業空間、売り場に、本来の「商売」「商人」、もっと言うならば原点である「市場」(いちば)を取り戻すということだ。市場では売り手も買い手も、言葉をかわし互いの「気配」で取引が成立する。KY語ではないが、求められているのは顧客の気配を感じ取ることができる市場(いちば)感覚、そんな視座をもった再生計画ということだ。(続く)  


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2008年10月01日

◆ねじれ現象

ヒット商品応援団日記No304(毎週2回更新)  2008.10.1.

米国の経済安定化法案が下院議会で否決された。共和党から造反議員が出たことによるもので、選挙を意識しての造反であると報じられた。どの国も同じようなねじれ現象が起きているなと誰もが思ったことだろう。この「ねじれ」によって、金融安定化は長引くと判断され、株価は大きく下げた。多くの金融専門家が指摘しているように、今回の金融危機、倒産や合併による救済、公的資金の投入といった危機対策の結論から見えてくることは、証券会社(投資銀行)を消滅させるか、銀行へと再編させるか、この2つの方法で収束させるということだ。

米国共和党の反対票を投じた議員には、ウオール街の破綻は市場原理に基づいた結果であり、自己責任において倒産すればよいとの有権者からの強い要請があったという。今回否決された法案には当事者である金融各社の経営者の責任追及が盛り込まれず、有権者はより強く反発したと報じられた。1990年代半ば以降、強いアメリカ=強いドルを目指し、IT技術を駆使した新しい金融商品を次々と開発し、お金を米国へと集めた。しかし、米国において更に極端な格差社会を産み出していた。そんな市場原理主義者に対し、自己責任を全うさせるべきだとの声が、共和党議員に安定化法案の反対票を投じさせた。上院で修正され可決されるのではとの推測があるが、これもまた一つの「ねじれ」であろう。

日本の政治もそうであるが、この「ねじれ」によって従来「見えなかったもの」が見えてくる。サブプライムローン問題に端を発した金融システム、格付けを含め信用力が落ちると資金調達コストが上がり、最悪は資金繰りに困り破綻するという、投資銀行というビジネスモデルの弱点・問題点が明らかになった訳だ。更に、レバレッジという手法はマイナス・負においても同様のテコとなり、急速に悪化・破綻させるということも明確になった。まさにハイリスク・ローリターン、いやノーリターンである。日本においても不動産投資は昨年の夏をピークに下がり続け、今年に入り明確にその答えが出てきた。その代表例が8月に倒産したアーバンコーポレーションであり、ゼファーであろう。

今、米国発の金融危機によって原油価格が下落している。行き場を失い浮遊する投資資金がいつ商品市場へと戻ってくるか分からないが、石油エネルギーを始めとした資源価格の高騰によって「見えないグローバル経済」が見えてきた。投資マネーが「資源」に集中することによって、従来の富の認識を根本から変えた。勿論、中国をはじめとした「成長」が資源価格を後押ししているのだが、資源大国というキーワードのように、富の概念を変えた。この延長線上の日本では、風上である製造業においてはインフレ、風下の流通においてはデフレという情況、ねじれが現実問題となっている。

今週の週刊ダイヤモンドの特集は「倒産危険度ランキング」である。週刊東洋経済もエコノミストもほぼ同様の特集テーマである。そういえば、1990年代後半、山一証券に端を発した日本の金融危機でも同じような特集テーマであったことを思い出した。日本の経済誌も売らんがためのテーマ設定であるとはわかっているが、今回の金融危機は単なる金融という狭い世界の話しではない、と私は思っている。もっと根本のところで、「何か」が変わろうとしていると感じる。
つまり、「ねじれ」が起きるのは、旧来の価値観(パラダイム)が変わり始めたということだ。「ねじれ」は、一見混乱、混沌の様相を見せるが、そうではない。混乱の中に、次への新しい芽が至る所に出始めているということだ。カオスの中に産まれる芽、それは玉石混淆、木になり得るか、花を咲かせるか、誰もわからない。しかし、「ねじれ」こそ、次代を創っていくはじまりだと思う。(続く)  


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