2011年08月29日

◆消費移動の中心を探す

ヒット商品応援団日記No517(毎週更新)   2011.8.28.

今夏も昨年同様、お中元の売れ残り商品を特価バラ売りする百貨店に人が押し寄せ混雑している。いわゆる訳あり商品であるが、3年程前から始まったわけありブームも、日常化し、最早話題になることはない。既に10年以上前から、確かTV通販で「たらこの切れこ」を安く販売し人気となっており、当時はわけあり商品と呼んではいなかっただけである。
わけあり商品はデフレ時代を象徴的に表したキーワードであるが、食品から始まりアウトレットは言うに及ばず、ホテルや旅館の部屋に至るまで、多面多様な生活領域に広がる傾向を、私は消費の中心移動が低価格へと向かったと表現してきた。

ところで、それまではどこに向かっていたかと言えば、他人との違い(=分散化)をどれだけ生活のなかに取り入れるかが生活者の最大関心事で、私たちはそうした消費傾向を成熟した時代の中心が個性化に向かっていると表現してきた。その個性化の象徴はと言うと、やはり渋谷109ということになる。1990年代末、特異なファッション、ガングロ、山姥が渋谷の街を歩き、中学の修学旅行先には東京ディズニーランドと共に渋谷109は観光名所となっていた。しかし、数年前から、H&Mやフォーエバー21、あるいは新宿マルイにも売り場化されているが、上から下まで1万円で揃う、いわゆるファストファッションが登場した。そして、ティーン世代を中心にその低価格の波が押し寄せ、渋谷109の各ブランドが苦戦している。これも中心点が移動していることの証左であろう。

さて、3.11以降今起こっていることは、中心化と分散化がどのように錯綜しているかということだ。情報の時代は、情報によって、普通と特別、一般と固有、といった異なる価値観を行ったり来たりする。マーケッターはどこに生活者の興味関心の中心が移動し、どこは分散化が進んでいるかを見極めることが主要な仕事となった。そのためには「見晴らしの良い場所」に立つことが必要となる。そうした意味で、東京という世界中のあらゆるものが一極集中する世界は見晴らしが可能な良い場所と言えよう。3.11以降その見晴し台から出てきた消費傾向の一つが私の言葉で表現すると「関係消費」となる。分かりやすく言えば、従来の「頑張った自分へのご褒美」から、家族や仲間、友人へのコミュニケーション商品、メッセージ商品への変化である。俗にいうところの「絆」商品といってもかまわない。婚約指輪が突如売れ始めたり、母の日需要は旺盛であったことが、その現象だ。「私」から「他者」への移動といっても良い。

数年前「ワンコイン商店街」が、空洞化した中心市街地活性化や街起こしの手法として実施されてきた。その成果は一定程度あったが、ワンコインという価格から次の中心点へと移動が始まっている。つまり、ワンコインという価格から、次の生活者興味に移ったということだ。その一つが首都圏の商店街で行われているのが「テーマ商店街」である。どんなテーマかと言うと、今は「ころっけ」である。食品物販店や飲食店が中心であるが、お惣菜屋は言うの及ばずそば屋も中華店も独自のころっけを作り、互いにそのアイディアを競争し合い提供する試みが始まっている。中心点の移動という言い方をするならば、価格オンリーからテーマに移動したということである。そして、B級グルメブームの延長線上で、多くの商店が参加しやすく、消費者にとっては日常的で買い求めやすい商品で、しかもチョット変わったころっけなら購入してみようかと思うテーマ商品である。これもワンコイン商店街からテーマ商店街へと中心点が移動したということだ。

今までブログに書いてきた消費移動の変化について整理をすると、デフレ傾向を踏まえた次のような変化である。
■衣/専門店ファッションからファストファッションへ
■ブランド/百貨店・路面店からアウトレット・ネット通販へ
■食/外食から中食・内食へ
■健康/サプリメントからウオーキングへ
■住まい/自由が丘から吉祥寺へ
■遊び/外から内へ、個人から家族へ
■休み/遊びから学習へ
■全体として/プロサービスからセルフサービスへ
こうした消費移動の事例についてはブログを読んでいただきたい。大切なことは消費移動が始まっていることと共に、今までの市場が全て無くなった訳ではない。従来のやり方であれば、顧客は減り続ける、その減り続ける売上で経営をしなければならない。つまり、事業規模を縮小しなければならないということである。縮小する本業を傍らでやりながら、新しい「何か」を模索しているのが日本の企業が置かれているポジションであろう。

私が何故このように国内の消費にこだわるか、もっとマーケットは広い、勿論そうではある。しかし、日本のマスメディアが報じない、いやあまり報じない情報として中小企業、しかも第三次産業がいかに大きいか知らされてはいない。今、注目されている円高についても、輸出産業にとっては痛手ではあるが、その痛みはどれほどなのであろうか。ちなみに、日本の輸出額の対国内総生産(GDP)比率は約11.5%と極めて低い。仮に10%の円高によって単純に円ベースの輸出額が同じ割合で減少したとしても、GDP全体へのマイナス寄与度は1%程度にとどまる。日本のGDPの70%超は第三次産業によるものであり、輸出産業はマスコミ経済記者が報道するほど大きなことではない。逆に、イトーヨーカドーが円高還元セールを行っているが、そうしたことによる消費活性の方がGDPには寄与している。

ところで消費の中心移動のスピードは極めて速い。ワッと売れて、パタっと止む、こうした小さなベストセラー型のヒット商品が多く出るのが情報の時代の特徴である。いわゆる商品のライフサイクルの短さであるが、特にマスメディアが取り上げて話題となるマスプロダクト化商品が短命に終わる。
ここ数年前から住んでみたい街ランキングNO1は吉祥寺であるが、面白いことにこの街には全国から新しい業態や新製品導入エリアとなっている。以前ブログに書いたので省略するが、都心から20分程の駅を中心とした商業とその外縁には緑の多い公園のある住宅街である。駅の四方を囲む商業は、新旧商店街が横丁路地裏を形成する界隈性のある街となっている。この吉祥寺も他の街と同様に百貨店は3店あったが、近鉄百貨店は家電量販のヨドバシに替わり、吉祥寺のランドマークでもあった伊勢丹は昨年3月に撤退し、跡地にはコピス吉祥寺というニューファミリー層をターゲットとしたSCへと生まれ変わった。百貨店業態は東急だけが残っている。このようにある意味大型流通は淘汰された街となっている。そうした街で成功すれば都内へと拡大するとした専門店ビジネスが多い。しかし、こうした新しい大型商業のなかに、旧商店街の一角に今なお毎日々行列ができる店がある。和菓子の小笹とさとうのめんちかつである。ベストセラー&ロングセラーという極めて稀な商店である。しかし、象徴的に言えばこの2店こそが吉祥寺の中心点の一つになっているということである。美味しさはいうまでもないが、ワンコイン的安さと懐かしい手作りの昔ながらの普通のお店である。もう一つの中心点は食でいうと、常に、新しい専門店や売り場をつくっている吉祥寺駅のSCアトレと東急百貨店のFoodShowで特別な食を提供、まさに新旧が混在した街となっている。住みたい街とはこうした混在する魅力のことである。吉祥寺を調べると分かるが、新しさだけでも、古さだけでも駄目であるということだ。中心となる新しさは何か、それはどこへ向かっているかの発見と共に、今なお毎日が行列となっている小笹やさとうのめんちかつのような慣れ親しんだ古さに中心を見出し大切にする、消費移動という変化を見据える複眼が必要な時代だ。(続く)  


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2011年08月21日

◆再び、デフレ時代のプロと素人 

ヒット商品応援団日記No516(毎週更新)   2011.8.21.

随分前に、プロと素人との境目が無くなり、その違いを顧客に見極めてもらうことの難しさについてブログに書いたことがあった。この境目、国境を越えることを可能にしたのは情報であるが、例えばネット上にある膨大な情報の整理とガイド、それに基づく道具とテストトライという経験さえあればプロに近づくことは可能である。誰も指摘はしてはいないが、プロと素人の境いを、製造現場での科学や技術を研究開発することによって、あるクオリティを越えた成長業種が今日のファスト業態である。

私が住む街の駅高架下に出店した飲食店の一つに「大戸屋」がある。創業は東京池袋の大衆食堂であるが、私の大好きな飲食店の一つである。先日、ベテランと思われるホールスタッフに、以前あったメニュー「豆腐ハンバーグ」が何故なくなったのか聞いたことがあった。その時、そのスタッフは豆腐ハンバーグが無くなった理由は分からないと答えていたが、創業当時からのメニューで今なお残っているのは鳥の唐揚げ定食を含めわずか3メニューであると答えてくれた。そこまでちゃんと答えてくれる「確かさ」を評価するのだが、大衆食堂というプロフェッショナルの仕事の在り方に少しの危うさを感じる。

ファストフードとは、その言葉に表現されているように提供する「スピード」だけではない。その奥にあるプロとしての料理をいかに早く安く提供する(=結果としてのマス販売)経営業態である。私が指摘したいのは、早さの前の「大衆性」である。地方に旅すると分かるが、主要な駅前の食堂には和洋中100種類以上のメニューがある。まずい食堂もあるが、それでもその土地ならではの、メニューに巡り会うこともある。4月から上映されている「津軽百年食堂」ではないが、受け継がれる「何か」に巡り会う。受け継がれていく「何か」、それらを含め私たちは老舗と呼んできたが、食堂であれば大衆性、毎日食べても食べ飽きないプロの技のことである。

実は日本ほど老舗企業が今なお活動している国はない。創業200年以上の老舗企業ではだんとつ日本が1位で約3000社、2位がドイツで約800社、3位はオランドの約200社、米国は4位でわずか14社しかない。何故、日本だけが今なお生き残り活動しえているのであろうか。出口の見えない失われた20年と言われてきたが、グローバリズムの波、激烈な価格競争、そうした市場に生き残るためのヒントがここにある。
以前、世界で最古の会社である金剛組について書いたことがあった。創業1400年以上、聖徳太子の招聘で朝鮮半島の百済から来た3人の工匠の一人が創業したと言われ、日本書紀にも書かれている宮大工の会社である。何故、1400年以上も生き残ってきたのかである。

その金剛組であるが、最大の危機は明治維新で、廃仏毀釈の嵐が全国に吹き荒れ、寺社仏閣からの仕事依頼が激減した時だと言われている。明治政府が行った神仏分離令であるが、その意図を超えて廃仏運動へと全国へと広がり、有名な話では国宝に指定されている興福寺の五重塔が売りに出され薪にされようとしたほどの混乱であった。
更に試練は以降も続き、リーマンショック以降の大不況と同じように米国発の昭和恐慌の頃、仕事はほとんど無く、三十七代目はご先祖様に申し訳ないと割腹自殺を遂げている。何がそこまで駆り立てるのか、守り、継承させていくものは何か、老舗に学ぶ点はそこにある。今風に言えば、ブランド価値とは何か、プロフェッショナルとは何かということにもつながっている。

その金剛組の仕事であるが、宮大工という仕事はその出来上がった外形面からはできの善し悪しは分からない。200年後、300年後に建物を解体した時、初めてその技がわかるというものだ。見えない技、これが伝統と言えるのかも知れないが、見えないものであることを信じられる社会・風土、顧客が日本にあればこそ、世界最古の会社の存続を可能にしたと思う。
しかし、今日の情況はと言えば、「見える化」というキーワードが流行るように、膨大な情報のなかで、これでもかとパフォーマンスを高めることに注力しなければならない時代となっている。物やサービスの評価の前に情報競争に勝たなければ先に進むことが出来ないからだ。

いまどき「見えない力」などビジネスとして通用しない思われるかもしれない。しかし、今回の大震災の被災実態について専門的研究が進んでいる。そのなかに西暦869年の貞観津波との比較研究で、当時の大津波の浸水ラインには多くの神社があり、今回の大震災の津波にもほとんど被災していないという。勿論、今回の震災も神様が救ってくれたとは言わないが、過去・歴史という見えない世界、自然への畏れを先人達がその危うさを神社を通じて伝えようとしたことを自覚しなければならない。つまり、過去、歴史のなかに未来があるということだ。

ところで、その見える化、つまり今まで分かりやすくするために、何を見てきたのであろうかと疑念が湧いてくる。ここ数年見える化の中心はビジュアル化であった。しかし、3.11以降今までの「見える化」の底の浅さを誰もが実感する。
被災地に出かけた友人と会った折、岩手三陸海岸の被災地陸前高田を訪れた感想を聞いたが、複数の友人は一様に「ひどすぎる」とひとこと言ったまま、後は沈黙のみであった。言葉にならない、報道などの映像で分かったつもりでいた自分に戻り、本来あるべき感じ取る本能・五感を取り戻すことへと向かったということであろう。その衝撃の大きさ故、言葉にならないのだ。

よく「こだわり」と言うが、宮大工の世界まではいかなくても、「見えない」世界に執着することだ。その執着を私たちは修行と呼んできた。例えば、料理で言えば、基本の出汁は言うまでもないが、隠し味、隠し包丁、見えない工夫に執着することこそこだわりであろう。ファッションであれば、外面デザインだけでなく、素材や縫製更には裏地やボタン一つということになる。
今、プロは価格の波に洗われ苦境に立たされている。その理由は人の手をかけることによるコストアップであるが、価格は顧客が決めるのが原則であろう。過去そうであったからという理由で価格を決めてはならない。見えない世界を五感で見る顧客を今一度探し発見することだ。そして、私の好きな大戸屋で言えば、ファストフード業態にあって、創業時の「大衆食堂」の本質である「お腹いっぱい、しかも安く」は伝承されてはいるが、今は見えなくなってしまった「何か」、多様なメニュー揃えもその一つであるが、見えない損を承知で行うことを今一度取り戻すことだ。実は、日本人は忘れているが、世界が注目するクールジャパンの魅力はこの見えない世界にある。(続く)  


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2011年08月15日

◆コストパフォーマンスという物差し       

ヒット商品応援団日記No515(毎週更新)   2011.8.15.

超円高という追い風を受けて、夏休みを急遽海外で過ごす人が多かったようだ。それでも昨年の海外旅行客の10%減と報道されているが、もし円高がなければここまでの需要が膨らむことはない。首都圏の海水浴客は激減し、茨城の海水浴場は昨年の10%程度だという。一方、都内のプールや水族館は満員状態となっている。
安近長というサマータイム夏期休暇も、「長」という時間を過ごすには安価であることが前提となる。そうした条件を満たして大人気なのが、食品工場の見学である。涼しい工場内を興味深く見学し、商品を食べ、しかもお土産まで付いてくる。今夏一番のコストパフォーマンスである。

こうしたコストパフォーマンスという物差しを持つようになったのは、恐らくその本格スタートはリーマンショックの前年の4年前からである。1997年をピークに右肩下がりの収入が家計を圧迫し、それを意識し具体的消費行動へと移すようになった時期、2007年である。その2007年はデフレが加速し、価格が注目された年度であった。日経MJのヒット商品番付には「デカ盛りフード(ガツン系)」、ソフトバンクの「ホワイトプラン」、マクドナルドを始めとした「地域価格」、GMSを始めとした「価格据え置きセール」といった商品が並んだ年度である。ちなみに2007年新語・流行語大賞に選ばれたのが「どげんかせんといかん」であった。時代の閉塞感は更に深刻化し、今日へと至る。

ライフスタイルの変化は、日常から、小さなことから、特に食から始まるというのが私の持論である。外食→中食→内食への傾向、別な表現を借りればセルフ化への進行である。勿論、食ばかりでなく、生活全体に対する傾向としてある。商品やサービスの厳選傾向は回数を減らす減選へと進み、そしてセルフに至る。そして、最近の消費キーワードとして言うならば、コストパフォーマンスはどうか、価格に見合う価値を持っているか、どこにでもある商品やサービスであれば、そのなかで一番安いものを購入する。生半可な違いや個性は価格に吸収されてしまう、そんな時代である。

この時期のマーケティングはパフォーマンスとしての価値を見極めることから始まる。例えば、廃刊が続くファッション女性誌にあってほとんど一人勝ち状態のスイート(宝島社)の今月号の付録は、若い女性に人気のANNA SUIのレザートートとなっている。ANNA SUIのレザートートに雑誌価格680円のコストパフォーマンスを女性達は見ているということである。付録に新しい価値を見出しているということである。
ブランド、あるいはファッション商品が売れていない訳ではない。以前のように新作が出る度に購入するといった消費ではなく、少し時期は遅れるがアウトレットで十分という顧客は多い。誰よりも早くという時間差に価値を見出していた時代から、30〜50%offに価値を見出しているということだ。ショップはショールームで、買うならネットかアウトレットというのがショッピングスタイルとなっている。コストパフォーマンスが物差しとなっているヒット商品はLED電球やHVカーを始め、今や主流となっているということだ。

ところで東京に住む人間には知られていることであるが、ここ数年住んでみたい街ランキングのNO1となっているのが吉祥寺である。JR中央線の吉祥寺駅を中心とした街であるが、自由が丘でもなく、最近開発された二子玉川でもない。住んでみたい理由であるが、「徒歩圏で何でも揃う」、「都心への通勤が便利で、自然も豊かである」ということであるが、吉祥寺の街を歩くと分かるが、古くからの商店と新しい大型商業施設が混在し、極めて賑わいのある街である。前者の代表が戦前からのハーモニカ横丁であり、商店でいうと行列が途切れることのないメンチカツのサトーと羊羹の小笹である。後者はと言えば東急百貨店や家電量販のヨドバシ、パルコ、一年程前にできたコピスというSCもある・・・・周辺には洒落た雑貨店やカフェのある街となっている。生活しやすさとは、日常はつつましく、でも時に華やかでありたい、そんな選択肢が多種多様にあるのが吉祥寺である。つまり、こうした多様さに価値を見出す時代になったということである。そうした意味で、吉祥寺はコストパフォーマンスの高い街と言えよう。

価格に見合う価値は何か、一見低価格競争のように見える競争もこうした価値競争のことである。そして、その価値の厳密さが問われている。今までは使い切りサイズのように無駄のない在り方をコストパフォーマンスが高いとしてきたが、表現は悪いが「価値ある無駄」を時に取り入れるようなことも少しは消費の舞台に出てくる。その代表的商品は代々受け継がれてきた技、伝承される美意識、勿論他には無い固有の文化型商品である。ただ、そうした美意識のもとでの技が伝統工芸品や美術品として創られる場合、往々にして高額になり期待するパフォーマンスに見合わない価格となる。例えば、日常使用されるような、身近で使いやすい商品にそうした技をもって商品化する。マス生産は難しいとは思うが、コストを抑えることは可能である。これもまた、価格に見合う新しい価値の創造である。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 17:25Comments(0)新市場創造

2011年08月09日

◆多極多様がせめぎあう世界

ヒット商品応援団日記No514(毎週更新)   2011.8.9.

今なお被災地では日常を取り戻せてはいないが、首都圏の都市生活者はその消費を見ても分かるように日常へと戻って来た。3.11から5ヶ月近くになろうとしているが、日常に戻るのと併行し周りを見渡すと世界はその変貌の度合いを更に強めていることが実感される。
米国債のデフォルト(債務不履行)をテーマに米国内の政局が注目され、結果は周知の通り民主・共和と政府との間で妥協がなされこれで一段落かと思ったが、やはり米国経済は予想通り悪いということが米国債の格下げにも見られるようにはっきりした。結果、ドル安・円高基調は変わず、しかも世界株安となった。ギリシャを筆頭に欧州もそうであるが、3年近く前のリーマンショックはまだまだ続いている。東日本大震災の情報に埋もれてしまっていたが、北アフリカから始まった旧体制への変革の波は今なお続いており、シリアでは反体制派と政府との間の衝突で多くの死者が出ている。世界の政治も、経済も、多極化という不安定さは変わらない。

少し前に震災復興担当大臣が暴言を吐いたとして辞任したが、その辞任は当然ではあるが、村井宮城県知事に対し宮城県の漁業再生のための特区構想について漁業関係者間の異なる意見調整をするようにとの会話が報道されていた。暴言ばかりが報道されていたが、実はこれからの漁業をどうすべきか、大きな問題提起をしていた。一言で言えば、競争力のある漁業とするために大手資本の進出を認め、産業として漁業を育成するのが特区構想の狙いである。つまり、津波によって船を失った漁業者は会社組織のサラリーマン漁師になるということである。一方、零細ではあるが、代々続けてきた沿岸漁業をいち早く始めることを復興の狙いとする漁業者もいる。漁業は生活の糧ではあるが、それは単なる収入だけの問題ではなく、生活そのもの、更には生きざまとして考えている。全てを奪い去った海に対し、憎いが海にまた出るとコメントした漁師がいたが、まさに生き方そのものである。

このことは漁業だけではない。農業も全く同様の問題を抱えている。結論から言えば、産業としての大規模農業を志向するのか、それとも特にお米の自給率を保持する為に他国と同様に一定の農家支援策のもとで農業を続けていくのか。しかし、漁業と同様に農業もまた後継者不足で耕作放棄地の問題は周知の通りである。この膨大な耕作放棄地をソーラーパネルで覆い尽くし、太陽光という再生エネルギー発電事業を立ち上げようとしているのが、あの孫正義氏である。
そのエネルギー政策であるが、このブログでも取り上げたが、自然エネルギーを巧みに取り入れた地方自治体もある。大分県では地熱エネルギーを主として25.24%を占め、小水力発電を主とした富山県では16.76%を自然エネルギーが占めている。ちなみに、東京はと言えば、わずか0.21%である。
福島原発事故によって、放射能汚染は直接・間接全国へと広がり、今なお被曝は続いている。そうした実態を見るにつけ、感情的には脱原発に向かうのが自然であるが、例えば先の漁業を産業として育成していくのか、それとも良き生活文化としてもその固有性を生かしていくのか、経済の効率、合理性といった同様の判断が求められている。いや、原発の問題はそれ以前に、善かれ悪しかれ地域経済に組み込まれている電源三法をどうするのか議論しなければならない。既に、あの南相馬市の桜井市長は、電源三法交付金を辞退すると発表した。受け取る市町村と辞退する市町村が出てきたということだ。どんな生き方をするのか、地域もまた多様である。

ところで、私は経済の専門家ではないが、日本の製造業はトヨタ方式と呼ばれる在庫を持たないサプライチェーンというシステムによって、更に安価なエネルギーのもとで、唯一国内生産・輸出産業を成立させてきた。ちょうど、日立製作所がTVの自社生産を止め、台湾企業に委託すると発表があったが、マザーファクトリーと呼ばれるように研究開発や人材開発といった先進技術を産み出す母なる工場は国内に持ったとしても、ライン生産の工場は海外へと移転される。つまり、否応無く更なる空洞化が進むということである。バブル崩壊後1990年代半ば、中小企業もこぞって中国や東南アジアに生産拠点を移したが、これを第一次産業転換と呼ぶならば、3.11を一つの契機とした空洞化・海外移転は第二次グローバル市場に向き合う本格的な産業の転換点となる。

話は変わるが、7年程前好きな沖縄に行き、地元の人達と話をしたことがあった。沖縄本島の南端糸満は漁師海人の町であると聞いていた。沖縄に行けば必ず食べる沖縄そばには必ずかまぼこが入っている。このかまぼこのほとんどの製造が糸満で行われている。かまぼこの材料となる魚はぐるくんという県を代表する小さな魚である。ところが、原材料となる魚のすりみはベトナムからの輸入であると聞いた。海人の後継者がいないうえに、漁のコストに見合う価格で取引できないという。その時感じたのは、日本全国隅々グローバリズムの波が押し寄せていると。

パラダイムチェンジ、価値観の転換が始まると書いてきたが、失われた20年と言われ続けて来た日本の構造、経済、社会、勿論政治もであるが、それら構造の転換が3.11によって進んでいく。トヨタやソニーといったグローバル企業はそのグローバルさを更に進化させていくであろうし、一方岩手三陸の漁師のように再び小船に乗りわかめ採りに出かける漁業がある。
私の考えはこうだ。両方あって良い、両方あるからこそクールジャパンと呼ばれるのだ。来年5月にオープンするスカイツリーが注目されているが、浅草雷門に立てば、スカイツリーを借景とした浅草寺もなかなかいいものである。戦後の復興がそうであったように、既成というがれきの山に立ち、第一歩を踏み出そうとしている。衝突・混乱は必至であるが、避けて通ることはできない。恐らく際限のない不安定さ、不確実さ、瀬戸内寂聴さんの言う無常、常ならずという時間は当分の間続く。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 11:29Comments(0)新市場創造