2008年03月30日

◆崩壊の構図

ヒット商品応援団日記No252(毎週2回更新)  2008.3.30.

あまり取り上げたくはないのだが、「今」という時代を透かし絵のように見える典型的な事件が荒川沖駅殺傷事件だ。TVや新聞による報道に依れば、金川容疑者は「誰でも良い、人を殺したかった。最初、態度の悪い妹を殺したかったが、不在で出来なかった。母校である小学校へ行ったが、卒業式で人が多くて果たせなかった。」と語ったと言う。
金川容疑者は24歳、父親は59歳という団塊ジュニア世代である。古くはあの1997年神戸連続児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗(当時14歳)や2000年に起こった西鉄バスジャック事件の「ネオむぎ茶」(当時17歳)と同じ世代による凶悪犯罪で、豊かな時代に生まれ小さな頃から個室をあてがわれた世代として、その共通する「何か」を指摘する専門家もいる。

私は犯罪心理学の専門家でもなく、消費社会を分析し、新しいビジネス機会を見出すことを専門としている。今回の事件は、まさに消費が向き合っている「現実」の構図を残念ではあるが負として映し出している事件だと思っている。
単純な図式化というそしりは免れないかもしれないが、金川容疑者の供述である「最初は態度の悪い妹を殺したかった」とは、妹=家族を捨てることであり、「小学校へ行って・・・」とは、自らの歴史=過去を捨てることであり、更には「殺すのは誰でも良かった」とは、一般の人との関わり=社会を捨て去るといった構図のように思える。

少し前に「時代おくれ」というタイトルで亡くなった阿久悠さんに触れ、昭和という時代は「私」を超える大きな「何か」があった時代。平成という時代は「私」そのものの時代だ、と書いた。消費論的にいうと、今という時代は、「私」をいかに「何か」に同一化させるか、そう強く願う時代である。消費の価値を見失う、つまりアイデンティティを喪失した時代で、それに替わる世界をゲームやネット上といった「仮想現実」に求めたり、KY語社会のように「仲間内」の関係づくりを求めたり、おふくろの味は学校給食に替わり、それらの「思い出消費」として揚げパンや冷凍みかんが注目される。「私」という喪失感を埋めるために、そうした消費が出てきていた。

金川容疑者は、家族を捨て、過去を捨て、社会を捨て、人を殺すことで刑務所という一種の「仮想現実」の世界に入ってしまったように私には思える。このような事件は極端な例ではあるが、程度の差はあれ、「私」の崩壊は広く社会に底流するものだ。
「私」を取り戻すために、今一度食を始めとした「家族単位」による生活が見直されたり、現実に向き合い自ら創っていくために「社会体験」というキーワードが重要になり、キッザニアから山村留学まで注目される時代となっている。このブログでも取り上げてきた東京和田中学における地域本部による改革、そのなかでも父兄参加の「よのなか科」は子供と共に社会を学習し直す良いプログラムになっている。私の持論でもあるが、近代化によって崩壊した「私」を取り戻すことのなかに、新たな消費価値を見出し始めている。(続く)  


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2008年03月26日

◆極時間

ヒット商品応援団日記No251(毎週2回更新)  2008.3.26.

今年も森山直太朗の「さくら」が卒業式で歌われ、桜前線が北へと上がってきた。ところで、お花見には梅見、桜見、桃見の3回あるが、なかでも日本人が一番好きなのは桜見だ。開花から1週間で満開となり、瞬く間にその美しい花を散らす、そんなあでやかではかない桜は日本の精神文化につながっていると思われてきた。確かに多くの人はそのように桜を見てきているが、実は庶民の間で花見が盛んになったのは江戸時代中期からであった。今日の桜である染井吉野は幕末から明治時代にかけて開発された桜で、それまでは大振りで色の濃い山桜であった。江戸時代の人達は梅見、桜見、桃見の3つの花見を愛でることで「春」を満喫していた。

江戸時代に園芸が盛んになったきっかけは三代将軍家光で、植物に傾倒し、吹上御殿を花畑にするほどであったという。庶民が住む長屋でも植木や鉢植の花が飾られ、園芸に関する本も200冊以上発刊され、どれもベストセラーになったと言われている。
植物、とりわけ花を生活に取り入れるという文化度は当時の世界でも群を抜きんでていた。江戸時代の園芸は、椿、ツツジ、菊、楓(かえで)といった植物が中心であった。観賞用として渡来した月見草は夕方の咲き始めは白色であるが、翌朝しぼむ頃は淡いピンク色となる。花を生命美の象徴であると考えられてきたのも、こうした時と共に命があるからだ。幕末の頃からは朝顔がブームになる。朝顔も改良され、昼顔なども生まれ、花の咲くこの「時」、一瞬の美学といったものを楽しむようになっていく。

都市生活者が失ったものの一つが四季・旬である。中国製冷凍餃子事件によって、冷凍という便利さに隠れてしまっていた自然の持つ生命そのものに気づかされた。勿論、冷凍食品が無くなる訳ではない。しかし、五感で感じることの少ない都市の日常にあって、桜は一瞬の美しさを際立たせ生命力を気づかせてくれるものだ。
江戸時代の庶民のように、梅見、桜見、桃見の3つの花見を楽しむ時間の余裕はない。逆に、この時、この一瞬の出会いが予想以上の感動を生む時代になったということだ。

24時間化という言葉が使われ始め20年ほど経つが、最早当たり前の日常となった。24時間化とは、自然の生命リズムとは相反する、ある意味境目がなくなった日常時間のことだ。朝らしい朝、夜らしい夜、といった「らしさ」を取り戻す時代にいる。例えば、最も朝らしい朝は日の出の一瞬であり、最も夜らしい夜は漆黒の闇に広がる満天の星空のような夜だろう。一瞬という、この極時間をどうビジネスに取り込んでいくかが大きなテーマとなっている。

最早旬は旬の持つ生命力を感じない時代となってしまった。そのためには、今まで以上に「限定時」という売り出し方となる。この時、この一瞬を逃したら、桜のようにまた一年待たなければならないという売り出し方である。後の350日はどうするのかという質問が来そうであるが、桃の季節の後には牡丹もあるということだ。また、こんな発想をしても良い。2月に始まる沖縄の桜をスタートに、九州熊本から順次北へと上がり、5月には北海道へと渡る桜前線の極時間を追いかけていく。つまり極時間という超限定時だけを提供するサービスだ。自然が相手だから、極時間を逸することもある。だから、感動が生まれるのだ。時間、特に自然時間をどうマーチャンダイジングしていくかが極めて重要な時代となった。(続く)  


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2008年03月23日

◆割り算の経営

ヒット商品応援団日記No250(毎週2回更新)  2008.3.23.

3月17日の日経MJに興味深い記事が載っていた。今回の中国製冷凍餃子事件による生協選別の記事である。事件以前と以降、新たに加入した組合員数と脱退者数が主要生協間でどのような変化を見せたかという内容だ。周知のように生協も地域単位の連合組織で、扱い商品やPBの比率等異なっている。この記事では添加物などを極力使わないことで定評のパルシステムは事件以降逆に組合員数を大幅に増やしている。一方、日本最大の規模を誇るコープネット事業連合は大幅な脱退者を出していると報じていた。

生協は1970年代組合員の声を聞き、無漂白パンや無添加ハムといった安心商品づくりによって支持され成長してきた流通である。ある意味パルシステムはかたくなにこうしたポリシーを守ってきた生協である。結果、他の生協と比較し、品揃え数は少なく、また価格も少し高いものが多い。一方、コープネット事業連合を始め多くの生協は他のスーパーチェーンとほとんど変わらない品揃え、価格である。この記事にもあるが、規模経営と安心を両立させなければならないとある。また、こうした競争下では、規模拡大を否定するのは非現実的だ、とも書かれている。

私の考えは少し異なっている。それは「規模」に関する考え方である。生協も他の大手スーパーや有機野菜などの宅配企業に囲まれた競争下にある。しかし、利益を生む「規模」にならなければならないという考え方とは少し異なる。従来の規模経営は、売上×店数、客数×客単価、商品単価×数量といった考えを根底に置いたものだ。いわば掛け算の経営であるが、生協の創業以来のコンセプトは「安心コンセプト」である。安心とは細部、小さなことの世界にこそあるものだ。小さな単位へとこれでもかと割り算をしていくことの中に経営はある。神は細部に宿るではないが、安心は細部にこそある。この細部の違いこそが他のスーパーチェーンとの違い=競争力となり、利益を生むのである。

今日の流通は小さな単位の精度経営を基盤としなければならない。この精度とは単なる数字上の精度だけではなく、ポリシー&コンセプトという顧客と約束をしたことの精度である。百貨店であれ、大型のSCであれ、この原則は同じである。1店舗をフロア毎見ていく、フロアをいくつか割り算をして見ていく、更に売り場単位で、コーナー単位で、最終は商品単位で見ていく。何が顧客支持を得ているのか、いないのか。選ばれる理由は何か、を丁寧に見ていくことの中に精度経営はある。勿論、スペースだけでなく、時間帯における精度もである。冷凍餃子事件が大きな問題となる以前、昨年から異臭がする等と言った小さな声が生協に寄せられていたという。こうした小さな声の中に安心があったのだ。こうした声に敏感に反応するのが現場経営であり、全ての流通・メーカーに求められていることだ。

規模や量を追いかけることを否定しているのではない。規模が拡大すればするほど、掛け算ではなく、割り算の経営をしなければならないということだ。よく安心を確保するための検査等のシステムを必要とするといった意見はあるが、それ以上に小さな顧客の声に応える現場力、人こそが割り算経営に求められている。
昨年、あの「赤福」の偽装が公になり、記者会見の中で拡大を安易に考えてしまったと反省の発言があった。そして、再出発した訳だが、本店と支店の2店のみで販売を再開した。日本の冷凍技術はかなり優れており、赤福の拡大を後押ししていたと思う。しかし、顧客支持は赤福の「鮮度」にあったと経営陣は分かったから、わずか2店舗のみの販売再開となった、そう私は理解している。その「鮮度」が保持できる範囲で拡大をしていけばよいのだ。
コンセプトとは、企業や商品の存在理由そのものである。生協が立ち直れるとするならば、パルシステム、創業当時のコンセプトに立ち帰り、今一度割り算の経営をしてみることだ。(続く)  


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2008年03月19日

◆ワンコイン商店街

ヒット商品応援団日記No249(毎週2回更新)  2008.3.19.

中国製冷凍ギョーザ中毒事件、原材料高による値上げ、更には円高・株安といった先行き不安にあって、当然の如く個人消費は落ち込む。昨年11月に、「価格価値化」(http://remodelnet.cocolog-nifty.com/remodelnet/2007/11/index.html)というテーマで次のように書いたことがあった。
「価値価格化というキーワードを私も使って来たが、これからは価格価値化ということも視野に入れなければならない時代になった。つまり、価格という壁を越えない限り、目指すべき価値に辿り着けないという意味である。どんなにこれはいいと思っても、価格という壁を越えないかぎり市場化できないという消費構造になりつつあるということだ。」
結論から言おう。とうとうそうした価格価値化の時代になった。

この半年間、メーカーも流通も価格を抑えることに知恵やアイディアを駆使してきた。カップ麺のように原材料アップ分をほぼそのまま価格に転嫁したり、ステルス値上げのように量を減らしたり、更にはパッケージ等をリニューアルして価格アップをはかるといった方法であった。価格をどう見せるか、伝え方の工夫が必要となってきた。これは私の持論であるが、まず商品単位を更に小さくし、より買いやすい単位にすることだ。その際、買いやすい価格単位を設定し、そうした小単位商品を集積し、よりインパクトあるものにしていく、その着眼の一つが「ワンコインマーケット」である。

ここで言うワンコインとは100円と500円であるが、その売り方手法の先駆けは周知の100円ショップのダイソーである。実はこうした通貨単位の売り方は既に江戸時代にもあった。江戸中期に四文銭が普及し、価格の多くが四の倍数になってくる。そうすると少しでも安く売ろうと通常二十文のところを一文引いて、十九文という今日の「198」といった値付けの店も出てくる。また、こうした十九文の延長線上に、「なんでも十九文」という今日のダイソーのような「十九文見世」も出てくる。いつの世も同じだと言ってしまえば終わりであるが、こうした発想が成果を得る構造化された時代となった。

ワンコインという発想を単なる通貨単位による売り場づくりに終わらせないアイディアも必要である。例えば、一皿100円、ワンパック100円、というだけでなく、100グラム100円、あるいは異なる商品2つ合わせて100円、最近のヒットである「一袋詰め込み自在100円」といった具合にプロモーション的発想してみることだ。少しエスカレートするが、「この日だけ」という限定で、全品100円といった売り方もある。こうしたワンコイン発想は物販だけでなく、勿論サービス業においても有効だ。1時間ワンコインとか一回ワンコインといった具合に。
従来「ワンコイン」はお試し、サンプリングという意味合いで発想されてきたが、最早ワンコイン商品やワンコイン売り場づくりはレギュラーとなり、ワンコイン商店街の時代を迎える。(続く)  


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2008年03月16日

◆地産他消を楽しむ

ヒット商品応援団日記No248(毎週2回更新)  2008.3.16.

昨年多発した食品偽装事件は、「ブランドとは何か」という問題を提供企業とそれを消費する側双方につきつけた。今年に入り、中国の冷凍餃子毒物混入事件は、「便利さ」と「安さ」について同様に問われた。そして、昨年秋からの輸入原油を始めとした原材料高による製品値上げが本格的に始まった。結果、勤労者の約1/3が非正規雇用という不安定さを背景に、消費は自己防衛へ、内側へと向かっている。1月の家計調査を始め各メディアの調査でも不況時における圧縮対象は「食」と「衣料」となっているが、今回も同様の傾向を見せている。TVを始めとしたメディアは、節約買物術や着回し術など、暮らしの生活術といった内容へと一斉に向かい始めた。

1992年のバブル崩壊時では、翌1993年から明確に消費へと反映した。新聞には「父帰る」という見出しで、外食が控えられ米や味噌・醤油が売れ、併せて料理道具も売れたといった記事を思い出す。しかし、データを見れば分かるが、以降1997年までは世帯収入は伸び続けるのである。途中では「インポートブランドブーム」等も起こっていた。当時消費のキーワードとして、「個性」「私らしさ」「こだわり」といった「違い」をどれだけ創るかが、提供企業の競争テーマであった。また、顧客満足という心理面での満足、「うれしい」といった感動を創ることが、競争軸となっていた。そして、モノの豊かさから心の豊かさへ、といったテーマがマーケティングの中心であった。

さて、これからどんな内へと向かう消費傾向を見せるであろうか。既に、厳選から減選へという大きな傾向については、以前にもコメントした。また、食でいうと、外食→中食→内食という推移についてもコメントしてきた。今年に入り、100品目以上が実質的な値上げとなっており、流通も生活者もストックし値上げを回避してきたが、既にストックは底をついてきている。また、客単価のアップは望めないということから、マクドナルドのように100円商品を増やし、客単価を上げようとしているが、期待されるほどの結果には至っていない。

サブプライムローンの発信地である米国では客数と客単価が激減し、50%offといった思い切ったセールの連続であると日経MJは報じている。減税小切手が生活者に届くのは5月と言われているので、それまでは消費は落ち込んだままであろう。日本の場合はこうした減税はなく、消費は更に低迷し続けると思う。
ところで、1970年代以降の消費を促してきた価値観の変化を見ていくと、大量生産大量販売による「お得」を第一義としてきた時代から、時間や手間等を省いてくれる「便利さ」へ、そして私だけのためにといった気持ちの「うれしさ」価値へと変化してきた。しかし、「うれしい」といった心理的価値、ブランド価値の多くを占めていた心理的価値は毀損し、手間の入らない冷凍食品が象徴するような「便利さ」への信頼は崩れ、安全を担保できない「お得」であることへも疑念が生じている。これが消費心理の「今」であろう。

こうした傾向はある意味都市的生活固有の価値観推移である。最近、沖縄・鳥取へと出かけたが、こうした変化推移はごく一部である。都市と地方、あるいはグローバリズムとローカリズムの議論の多くは経済ばかりで、しかも格差論議となっている。しかし、都市生活者が求めるスローライフも、地方にとってそもそもがスローライフであり、なんでもない日常という豊かさを持っている。例えば、冷凍食品一つ考えてみても、地産地消という豊かさを享受できないのが都市生活である。その理由の第一は、安定した膨大な供給量を都市生活は求めており、地産地消という小さな単位でのみ成立する現在の仕組みは都市においては通用しない。

つまり、今までの価値観が壊れ、次の新たな価値観が求められてきたということでもある。例えば、1年365日一定の品質・価格という標準化された「旬」を食べる「便利さ」から、「この時だけ」「この土地だけ」「このメニューだけ」といった「不便さ」を楽しむ時代に都市生活も向かっていくように思えてならない。時には「不便」であるからこそ「うれしい」という本来の限定価値に戻る傾向が現れてくると予感している。地産他消を都市生活者が楽しむとするならば、その限定価値を享受するということになる。都市と地方相互が持つ豊かさを交換し合う時代、次なる生活価値創造の入り口に来たということだ。(続く)  


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2008年03月13日

◆時代おくれ

ヒット商品応援団日記No247(毎週2回更新)  2008.3.13.

前回キャンディーズのコンサートについて触れたが、テーマとしては「思い出消費」と呼ばれる広がりがあるだろうかという狙いであった。そこで団塊世代とポスト団塊世代とを比較しながら、時代の気分や雰囲気といったことの共有感の違いについて書いた。
記憶というのは鮮明に覚えているようだが、実は曖昧で不確かなものである。つまり、思い出は何かの「きっかけ」で思い出すことによって「思い出」となる。キャンディーズの30周年記念ライブというきっかけによって「思い出」となる。ただ、その思い出はポスト団塊世代にとっては「私」に収斂し、広がりは見せないであろうというのが主旨であった。

「笑い」もそうであるが、「歌」は時代を映し出す良き鏡となっている。「歌は世につれ、世は歌につれ」ということは古くから延々と現実世界で続いてきたものだ。この十年ほど、歌も他の生活傾向と同様に、多様化が進んでいて、100万枚を超えるメガヒット曲は年々少なくなっている。インディーズは言うに及ばず、YouTubeにも「勝手に歌い」「勝手に広告」といった一種の個人レーベルが出てきている。低迷する雑誌と同じような現象が見られる。

昨年、演歌を含め戦後の歌謡界をリードしてきた阿久悠さんが亡くなった。従来の艶歌、怨歌といった、別れや涙、陰、といった情念の世界を歌った演歌とは少し異なる歌謡曲を数多くヒットさせた作詞家だ。八代亜紀が歌う「舟歌」(お酒はぬるめの燗がいい。肴はあぶったイカでいい・・・・)は美空ひばりに歌わせたかったと亡くなる前に新聞のコラム欄に書いていた。戦後の混乱期に現れた美空ひばり、ともすると荒廃するこころの応援歌を歌う美空ひばりに、今自分が感じた詞を歌わせたかったのだと思う。

多様な好みの時代にあって、演歌の世界で元気な歌手がいる。2004年にデビューした氷川きよしである。デビュー当時、茶髪にピアスといったスタイルで、これが演歌歌手かといぶかしがる音楽関係者もいたが、圧倒的な顧客支持を得て今日に至っている。フアンの7〜8割が女性で、その内ほとんどが中高年の女性達だという。素直さ、気さく、裏表の無い、世俗にまみれていない、こうした人物像を氷川きよしに見ている。一昨年夏の高校野球の「ハンカチ王子」とどこか似ている。以降、ゴルフ界では「はにかみ王子」が出てくるように、「王子ブーム」とどこかでつながっていると思う。
音楽以外の芸能世界を見ていくと更に一つの時代傾向が見えてくる。大衆演劇の世界で熱狂的なフアンを集めているのが、若干16歳の早乙女太一だ。天才女形と言われ、その妖艶な演技にマスコミは「流し目王子」と呼んでいる。

ところで阿久悠さんは亡くなる前のインタビューに答えて、昭和と平成の時代の違いについて次のように話している。「昭和という時代は私を超えた何かがあった時代です。平成は私そのものの時代です」と。「私を超えた何か」を志しと言っても間違いではないと思うが、時代が求めた大いなる何か、と考えることができる。。一方、「私そのもの」とは個人価値、私がそう思うことを第一義の価値とする時代のことであろう。阿久悠さんが作詞した中に「時代おくれ」という曲がある。1986年に河島英五が歌った曲だ。「・・・はしゃがぬように、似合わぬことは無理をせず、人の心を見つめ続ける時代おくれの男になりたい」というフレーズは、40代以上の人だと、あの歌かと思い起こすことだろう。昭和という時代を走ってきて、今立ち止まって振り返り、何か大切なことを無くしてしまったのではないかと、自問し探しに出るような内容の曲である。1986年という年は、バブルへと向かっていく時に当たる。バブル期もそうであるが、以降の極端な「私」優先の時代を予知・予告してくれていたように思える。

今、「王子ブーム」と呼ばれる世界が希求されているが、阿久悠さんが立ち止まり、無くしかけていた「何か」につながっているように私には思える。その「何か」とは、素の世界、ありのままの世界、既に死語になってしまっている「純粋さ」のように思えてならない。
阿久悠さんの「時代おくれ」ではないが、過去の「何か」を探しにいく回帰市場も大きな潮流としてある。同時に、世俗やテクニックを削ぎ落とし、最後に残るもの。そうしたピュアコンセプト、素の魅力が求められている時代だ。(続く)  


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2008年03月09日

◆新たな回帰市場? 

ヒット商品応援団日記No246(毎週2回更新)  2008.3.9.

伝説の解散コンサートから30年を経て、あのキャンディーズが同じ後楽園で5万人ライブを4月4日に行うと発表された。30年前の解散理由である「普通の女の子に戻りたい」というメッセージは、今なお多くの人の記憶に残っている。1年半ほど前には吉田拓郎とかぐや姫による「嬬恋ライブ」が主に団塊世代の同窓会であったのに対し、キャンディーズの場合は次の世代、ポスト団塊世代のアイドルであった。
パスと団塊世代にとっても、同時代感、同じような時代の出来事に出会ったという共有感が求められているということであろうか。期せずして、同じ30周年を記念して、ゲーム機メーカーのタイトーから「スペースインベーダー」を発売すると発表された。そう言えば、100円玉を握りしめて盤面に向かったことを思い浮かべる人も多いかと思う。

さて、ポスト団塊世代の記憶の先には何があるのであろうか。1958〜1967年生まれの世代をポスト団塊世代としているが、後に新人類と呼ばれた世代である。団塊世代の心象風景には「Always三丁目の夕日」に描かれたような集団就職、路面電車、ミゼット、フラフープ、横丁路地裏、他にも月光仮面、力道山、テレビ、メンコやビー玉それら全てを含めた生活風景であった。ポスト団塊世代の幼少期の心象風景はというと、自動車保有が1000万台を超え、家族でドライブを楽しむといった豊かさへと向かう時代であった。進学率が上昇する一方、「落ちこぼれ」「家庭内暴力」といった今日と同じような社会事象が現れる。また、暴走族という名前の初代世代でもあった。

この世代の最大特徴は社会人となる1980年代に新しい文化を創ったことにある。その代表が漫画やアニメといったサブカルチャーで、中尊寺ゆっこさんが描いた「オヤジギャル」そのものの世代である。あるいは、「スペースインベーダー」を含め、以降のゲームブームの担い手でもあった。
団塊世代が「モノの欠乏感」を心象風景に描くのに対し、ポスト団塊世代は「モノが満たされつつある」時代を生きてきたと思う。ある意味、物語消費の主人公であった。欠乏感があるとすれば、精神的な飢餓感、喪失感であろう。1980年代半ば以降、結婚し子供を育てるが、この頃から急速に離婚が増加する。社会現象となった「成田離婚」はこの世代である。また、ブランド服を親子で着たり、愛玩育児とも呼ばれた世代だ。

今、ポスト団塊世代も中年期に入ってきた。団塊世代と交代するように、企業の中心に座り、低迷するビジネスに直面している。恐らく、バブル崩壊の問題を、仕事でも生活でも一番受け止めざるを得なかった世代だ。めまぐるしく動く日常の中で、「この時」「この場」という回帰する記念日をまさに必要とする、思い至る年齢になってきたということだ。まさに塊としてある団塊世代の陰に隠れ、「しらけ世代」と言われてきたが、別な表現をすれば「やわらかな個人主義者」と言えよう。おそらく団塊世代のような昭和回帰、ふるさと回帰、といった強い消費の潮流は見せないと思う。このポスト団塊世代を象徴する世界は何かと考えてみると、280万部というベストセラーとなった俵万智さんの「サラダ記念日」であると思っている。<「この味がいいね」と君が言ったから7月6日はサラダ記念日>という短歌の世界である。個人がそう思った「この時」が記念日となる。もし、回帰市場という言い方をするならば、同時代感、世代共有感ではなく、「個人回帰」となる。そして、どんな市場かと言うならば、個人記念日市場であろう。(続く)  


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2008年03月05日

◆「KY語」社会の意味

ヒット商品応援団日記No245(毎週2回更新)  2008.3.5.

過剰な情報が行き交う時代にあって、少しでも注目・話題を集めるために一時期バイラルマーケティングやサウンドバイトといった手法が専門家の間で流行った。一種のサプライズ手法でどれだけ伝達刺激を強くしていくか、政治は言うに及ばず広告や小売店頭にまで使ってきた。私は既に1年半ほど前から、こうした手法は終焉したと書いてきたが、以降のコミュニケーションの「今」について再度考えてみたい。

昨年の流行語大賞の時にも少し触れたが、とうとうローマ字式略語約400語を収めたミニ辞典「KY式日本語」が発売された。昨年の流行語大賞の一つに選ばれたKY(空気が読めない)も数年前から高校生の仲間言葉として使われていたが、昨年出版元に寄せられた新語募集ではこのローマ字式略語が上位を占め、発売に踏み切ったとのこと。ちなみに1位はKY、上位にはJK(女子高生)やHK(話変わるけど)といった言葉遊びが中心となっている。面白い言葉では、ATM、銀行の自動支払機ではなく(アホな父ちゃんもういらへん)の略語やCB、コールバックや転換社債ではなく(超微妙)の略語で若者が多用する言葉らしさに溢れている。

KY語の発生はコミュニケーションスピードを上げるために圧縮・簡略化してきたと考えられている。既に死語となったドッグイヤーを更に上回るスピードであらゆるものが動く時代に即したコミュニケーションスタイルである。特に、ケータイのメールなどで使われており、絵文字などもこうした使われ方と同様であろう。こうしたコミュニケーションは理解を促し、理解を得ることにあるのではない。「返信」を相互に繰り返すだけであると指摘する専門家もいる。
もう一つの背景が家庭崩壊、学校崩壊、コミュニティ崩壊といった社会の単位の崩壊である。つまり、バラバラになって関係性を失った「個」同士が「聞き手」を欲求する。つながっているという「感覚」、「仲間幻想」を保持したいということからであろう。裏返せば、仲間幻想を成立させるためにも「外側」に異なる世界の人間を必要とし、その延長線上には「いじめ」がある。これは中高生ばかりか、大人のビジネス社会でも同様に起こっている。誰がをいじめることによって、「仲間幻想」を維持するということだ。

KY語は現代における記号であると認識した方が分かりやすい。記号はある社会集団が一つの制度として取り決めた「しるしと意味の組み合わせ」のことだ。この「しるし」と「意味」との間には自然的関係、内在的関係はない。例えば、CB(超微妙)というKY語を見れば歴然である。仲間内でそのように取り決めただけである。つまり、記号の本質は「あいまい」というより、一種の「でたらめさ」と言った方が分かりやすい。

私もそうであるが、言葉を使うとは常に「過剰」と「過少」との間で揺れ動くものだ。「外」へと向けた過剰情報、サプライズの時代を経て、KY語が広く流布している「今」という時代は、過少、「内」に籠った言語感覚の時代なのかもしれない。以前、「Always三丁目の夕日」のヒットを含め、若い世代においても同じで、学校給食の揚げパンを例に挙げ「思い出消費」について書いたことがあった。思い出を聞いてくれる「商品」、思い出を丁寧に聞いてくれる「聞き手」を欲求している時代ということであろう。「かっわいい〜ぃ現象」も「私ってかわいいでしょ」という「聞き手」を求め、認めて欲しい記号として読み解くべきだ。

以前、作家五木寛之の「鬱の時代」に触れたことがあった。不安という不確かなことばかりの社会にあって、心が病む鬱病が増加している。その精神科医の仕事は治すことではなく、「聞き手」になり、患者と共に物語りを共有することであると言われている。今日の精神科医の基礎を作ったジャック・ラカンは患者の「理解してもらい、認めてもらいたい」という希望を「丁寧に聞くこと」が仕事だと言っている。病という情況に至らなくても、多くの人にもあてはまることだ。KY語世代を日本語を理解していない、何も分かっていないと嘆くのではなく、ビジネス現場でも社会生活を送る上でも、まず「聞き手」に徹することだ。「KY式日本語」という文脈(言葉の土俵)に沿って対話していくことも、「大人」には必要な時代だと思う。(続く)  


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2008年03月02日

◆次を睨むインキュベーション

ヒット商品応援団日記No244(毎週2回更新)  2008.3.2.

「ダ・カーポ」の廃刊に続き、あの「主婦の友」が休刊となった。年間200以上の雑誌が生まれ、そして廃刊・休刊の雑誌も出てくる。約3000種類発行されていると言われている雑誌全体でも対前年20%の売上減少とのこと。また、サブカルチャーの両雄と言われてきた少年マガジンと少年サンデーが過去のコンテンツを提供し合って一つの雑誌を創刊するという。いわば、過去の名作をコラボレーションによって再創造していく試みだ。この背景にも、最盛時15億冊あった販売部数も今や10億冊にまで減少している事情がある。多様な個に即したメディアの多様化に対応し切れていないと言えばそれで終わってしまうが、日本映画の再生という良きモデルがあるのに何故学ばないのか不思議である。

顧客が変われば、当然経営の在り方も変わる。少量生産少量販売、中抜きSPA、商品の回転スピードup、・・・・バブル崩壊以降多くの企業がこうした試みをビジネスモデルに取り入れてきた。対象とする市場が小さければ、小さくても経営できる方法を模索するのが経営である。日本映画の再生がそうであったように、大作ではなく小作映画をモデルに、小さな資金でしかも小さな単位のファンドで調達する。上映は小さな客席数のシネコン、夫婦割りや各種の割引特典を用意し、顧客を再び呼び戻した。そうした、小さな単位ビジネスに呼応するかのように、キラリと光る周防監督のような人材が出てヒット商品が生まれる。繰り返してしまうが、まずは小単位へと分解し再編しなければならないということだ。

最小単位、それは個人であり、この個人をメディアへと一気に加速させたのはgoogleとYouTubeである。漫画雑誌経営は販売収入であるが、一般雑誌や新聞・TVあるいはラジオメディアは広告収入を柱としたビジネスモデルである。こうした既存メディアの広告収入ビジネスを根底から崩したのが、ネットメディアだ。既存メディアの扱いに依存してきた広告代理店の再編が行われたのはこうした背景からだ。今、このネットメディアで注目すべきが「勝手広告」である。政治での「勝手に意見広告」から始まり、「勝手にブランド広告」までアイディア溢れるユニークなものも出始めている。ネットの掲示板の書き込みから生まれた「電車男」から始まり、ケータイ小説がベストセラーになる時代である。既存アナログメディア世界と全く同じことがネット世界でも起きている。最早、利用者にとってアナログとデジタル、既存メディアとネットメディアの境界はない。区別・区分によって行われてきたビジネスモデルは終焉したということだ。

ところで少年マガジンや少年サンデーの初期には顧客反応を採るはがきを分析し、更には「新人漫画家」の舞台が用意されており、一種のインキュベーション(孵化)装置が仕組みとして組み込まれていた。主要な商業施設は全てこうした孵化装置としてのスペースが用意され、「次」が何であるかの発見を行っている。例えば、渋谷東急フードショーでは売り場の中心に4コマ程度の売り場があり、常に新しい専門店が出店しており、顧客変化のアンテナ役を果たしている。また、今なお成長し続けている渋谷109では新規出店ブランドを公募し、常に顧客変化を受信する。こうしたインキュベーション装置があればこそ、変化に対応できるのだ。

孵化装置という言葉の如く、卵を産み育てる装置・仕組みであり、未来投資としてある。どんな卵が「次」をつくっていけるのか未来は分からない。だから小さく卵を産むことだ。そして、この装置は流通の場合は一定の売り場・スペースを用意することになるが、他の業種にあっても同様である。今、日本語圏のWebサイトは約1億5585万と飽和・横ばい情況であるが、個人が創った特定テーマにおける比較検索サイト等は既に数百万から数千万といった金額で売買されている。こうしたWebサイトを流通させる仲介業者も既に存在している。一方、個人事業であった農業についても変化の兆しが出てきた。確か埼玉で行われていると記憶しているが、跡継ぎのいないいくつかの農地を借り、更に知恵を借り、競争力のある大規模農業を会社経営として実践しているところもある。資本主義経済とは、あらゆるものを商品化しようとする経済活動のことだ。時代が変わり、顧客が変われば、そこに新たな市場機会が生まれる。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:41Comments(0)新市場創造