2018年08月08日

◆未来塾(33)「消費税10%時代の迎え方」(2)後半 

ヒット商品応援団日記No718(毎週更新) 2018.8.8.



生き残る力・3つの商店街から学ぶ

砂町銀座商店街、興福寺松原商店街、谷中銀座商店街


1、新市場・観光地化における問題と機会

1年2ヶ月ほどで消費税10%を迎えるが、その中で一番大きな市場機会となり得るのが2年ほど前から指摘をしてきた訪日外国人市場である。そして、その市場機会は観光の中心であった都市部から地方へ、寺社仏閣や城といった歴史遺産観光からいわゆる庶民の生活文化観光へと、観光市場の裾野が広がってきた。つまり、新たに生まれる市場機会をどう受け止めるかという課題である。

観光産業は平和産業である。ツーリストの観点に立てば、平和とは「安全」であり「安心」して観光を楽しめることと同義である。周知のように日本はツーリストへの窃盗強盗あるいは傷害など極めて少ない安全な国として知られている。特に若い女性ツーリストの一人旅でも安心できることが旅行先を決める大きな要因となっている。但し、今回の西日本豪雨災害のように、地震地震を含めた自然災害への対応、訪日外国人への対策が国レベルで必要となっている。そして、この夏の異常気象・猛暑は気象庁が言うように自然災害でもある。こうした災害に対して、国は勿論であるが、訪日観光客に対し事前のアナウンスは勿論のこと、その対応・医療を含めた制度が必要になっている。
ところで東京谷根千の旅館澤の屋の「おもてなし」という家族サービスは下町人情サービスであるとともに、実は安心できる宿泊先であることに直接つながっている。トリップアドバイザーや宿泊体験者の口コミでそうした「おもてなし」が伝わって行くのだが、もう一つの理由は宿泊料金の安さにもある。現状世界のホテルなどの宿泊施設は高級ラグジュアリーホテルと格安バジェットホテルの二極化が進んでいるが、旅館澤の屋は後者の安さと先駆的な役割「安心旅館」を家族サービスを通じて果たしている。結果、訪日観光客の高い支持を得てきたといえよう。

文化の「衝突」ではなく、文化を「楽しむ」への転換

この家族サービスはこれまで言われてきたような「文化の違い」、マナーやルールを守るということを伝えるだけでなく、実はそれを通し「違い」を楽しんでもらう、「日本文化」を楽しんでもらうことへと転換することによって強制的なルールから解き放させてくれる。
例えば、谷根千には昔ながらの銭湯もある。我々日本人であれば銭湯や温泉に入る時にはその入り方を教わり知っている。「おもてなし」といった会話によって、江戸時代に庶民の交流娯楽場所でもあった銭湯文化を伝えるといったことまでは難しいと思うが、「入浴作法」を踏まえた「お風呂の楽しみ方」を伝えることはできる。マナーやルール遵守といった訪日観光客との文化衝突を口にする前に、こうした小さな「日本文化の楽しみ方」をこそ伝えることが必要ということだ。つまり、文化を「守る」から「楽しむ」への転換である。

観光地価格という課題

もう一つの課題は観光地化によって起こされる「誰を顧客とするのか」という課題である。端的に言うならば地元住民、観光客どちらを中心として考えて行くのかという課題である。谷根千・谷中ぎんざ商店街の場合は来街調査にも表れているようにウイークデー顧客(地元住民顧客)は減り、土日祝日顧客(観光客)が増え、逆転してしまっている。それは如実に「価格」に表れてくる。つまり観光地価格という地元住民には高い価格設定になってしまうということである。これは観光地となった大阪の黒門市場でも起こっており、次第に谷根千と同じように地元客は減少に向かっていくと推測される。
世界の観光潮流はLCCをはじめエコノミーホテルがスタンダードになりつつある。こうした潮流にあって、日本のデフレについても訪日観光客は熟知している。消費税が免税され更なるお得感が日本観光の楽しさを倍加させている。そして、日本観光客の半分以上を占めるリピーター客は滞在日数を増やし日本の庶民の生活文化、日常生活を自ら体験してみたいと考えている。法外な「観光地価格」は次第に問題になってくることは間違いない。地元住民ばかりか訪日観光客にもそっぽを向かれかねないということである。

2、明快なコンセプトと売り切る力の醸成

谷中ぎんざ商店街が明らかにしているように、商店街消滅への危機は3つあった。1つは地下鉄千代田線千駄木駅開通による通行量の激変というアクセスの変化。2度目は昭和52年の近隣への大型スーパーの進出。3度目は昭和60年代のコンビニエンスストアーの浸透という3つの危機である。
砂町銀座商店街も大型商業施設の開業やコンビニ進出といった商環境は同じである。面白いことに砂町銀座商店街や松原商店街についてはこうした商環境は同じであるが、駅から飛び地のように離れていることによってより独自な商店街の魅力・性格が磨かれてきたという点であろう。結果、それぞれが少しずつ異なるポリシー・コンセプトを持つこととなる。ある意味、地方の商店街への一つの変革への着眼にはなるかと思う。一方、アクセスの良い谷中ぎんざ・谷根千エリアはそのアクセスの良さもあって訪日観光客という新たな市場機会を手にしたということができる。逆に言えば、訪日観光客という新市場を取り込むことをしなかったとすれば、他の商店街と同様衰退の道を歩んでいたかもしれないということでもある。つまり、3商店街に共通して言えることは、変化を恐れず持っている資源をとにかく力にしてきたことによる。

今以上に戦略となる「手作り」

商店街は地域コミュニティが求める共同体の一つである。ただ単に商売人が集まって商店街が作られた訳ではない。商店街は間違いなく周辺住民が求める商品やサービスを提供するという過不足さを満足させる商売から始まるが、高度消費社会にあってはその「高度さ」とは顧客要望の変化そのもののことである。極論ではあるが、例えば常に変化を店頭化し進化し続けるコンビニに勝てる方策はあるのか、生業である事業主だけでその高度な消費を満足させることができるであろうか。
この高度消費社会にあって変化(新製品など)と共に重要なことが「違い」「個性」の創造である。つまり手作り&作りたてによるものがまずます重要なこととなる。つまり、「高度さ」とは他にはない、ここだけ、この店だけの味であり、サービスが求められ提供できることでもある。その「手作り」は相対によって顧客にどれだけの手間と工夫が込められているかがわかる世界である。冒頭の表紙写真(砂町銀座商店街の総菜店)ではないが、煮卵ですら立派な名物商品になり得る時代ということである。この「手作り&作りたて」を今以上に戦略的に活用して行くことである。つまり、文字通り「売り切れ御免」商店街を目指すということである。表現を変えて言うならば、生鮮三品と言う表現があるように、生鮮商店街、鮮度商店街と言うことだ。
また、こうした手作り戦略はチェーンビジネスの側からも取り入れられてくるであろう。何故なら、「違い」を競い合う競争市場下にあっては「安さ」だけでは十分ではないことに気づいているからである。

まとまる「力」

砂町銀座商店街の場合、小売業が行う通常の季節ごとの売り出し、今であれば中元福引の売り出しなどは行っているが、名物となっているのが毎月10日の「ばか値市」である。文字通り「バカみたい」に安い売り出しであるが、それは各店の裁量で行われる。ここで必要なことは前述の「売り切る力」ではないが、安くしても売り切ることによって「継続」が生まれる。
松原商店街の場合も毎日がバーゲンといったわけあり売り出しとなっているが、上野のアメ横同様年末には正月用の食材を買い求める顧客が押し寄せる大売り出しが組まれる。上野のアメ横同様年末の風物詩にもなっており、これも継続できればこその風物詩である。そして、継続によって生まれるものの一つがブランドである。

この継続、そして成長については以前未来塾で良き事例として取り上げたことがあった。九州阿蘇の温泉街黒川温泉の再生で、ゴーストタウン化した温泉街の再生には目指すコンセプトの第一段階としてテーマ設定がなされ、「自然の雰囲気」となる。そのテーマを生かすにはと考えたのが露天風呂で、全旅館がその露天風呂を造ることとなる。そして、「すべての旅館の露天風呂を開放してしまったらどうか」という提案があり、昭和61年、すべての旅館の露天風呂に自由に入ることのできる「入湯手形」を1枚1000円で発行し、1983年から入湯手形による各旅館の露天風呂巡りが実施される。さらに、町全体に自然の雰囲気を出すため、全員で協力して雑木林をイメージして木を植え替え、町中に立てられていたすべての看板約200本を撤去する。その結果、温泉街全体が自然に包まれたような風景が生まれ、宿には昭和の鄙びた湯の町情緒が蘇ったという事例である。そして、黒川温泉が一つのテーマパークとなった合言葉が「街全体が一つの宿 通りは廊下 旅館は客室」であることは、温泉旅館という業界を超えて広く知られるまでになっている。

この黒川温泉が一つのコンセプトのもとで、より強いものとしていくために「入湯手形」による露天風呂巡りが可能となったように、谷中ぎんざ商店街も「売り出し」ではなく、谷根千というエリア全体の「散策」を楽しめるようにしており、古い住宅をリノベーションしたレトロなカフェが次々とオープンしている。また、早くから訪日外国人観光客向けにツーリストインフォメーションセンターがつくられ、茶道や書道など日本の文化体験ができる場もつくられている。勿論、谷根千以外の日本観光のガイドが実施されていることはいうまでもない。
砂町銀座商店街、松原商店街に置き換えても同じで、テーマは「安値」であり、その進化は「どこよりも安く」である。黒川温泉の「入湯手形」に当てはまるのが、「ばか値市」であり、「年末の大売り出し」ということになる。「入湯体験」ではないが、この2つの商店街の「安さ」を含めた賑わい体験を経験してみると、こんな商店街が近くにあったらと思うはずである。こうした「このテーマ」で「この時」にまとまる「力」が商店街を成立させていると言うことだ。この力を喪失する時、商店街のシャッター通り化が始まる。

今、地方で「このテーマ」で「この時」にまとまって売り出しを行なっているのが「市場」である。それは漁港や道の駅から始まり、街の横丁商店街まで、朝市・夜市などイベント的なものから本格的な軽トラ市場まで多様な市場である。こうした試みは大切で、回数を重ねて行くことによって顧客要望が見えてくる。結果、市場のテーマがより明確になってくる。同時に顧客の側もそのテーマの魅力を求めて裾野が広がって行くと言うことだ。
今から5年ほど前、地方の商店街が100円均一市」を行なったことがあった。当時は話題になったが、100円商品には魅力はあってもそれが単発・イベントに終わることが多かった。今、ダイソー始め100円ショップ自身の競争軸は新たなアイディア機能やデザインの良さの競争となっており、既に価格だけに軸足は置いてはいない。市場には100円商品が置いてあっても、近隣の生産者が作った朝取れ野菜であったり、朝水揚げされた魚が市場に並んでいることが一番の魅力である。

3、考えるべきは新たな「顧客関係」づくり

さて本題の消費税10%への消費心理の変化である。10%という「わかりやすさ」とは、買うか、買わないかが瞬時に決まることである。つまり、価格=満足度がわかってしまうということである。安い、高い、といった比較心理は勿論のこと、財布の中身を考えながらの判断である。
ところで過去多くの企業はデフレ経済下における価格政策で間違いを冒してきた。その代表例であるが、日本マクドナルドにおいては100円バーガーの取り扱いの迷走、数年前にも中華の幸楽苑のラーメン価格の迷走。飲食ばかりか数年前にもユニクロの値上げの失敗。全てデフレ心理の読み間違い、価格への判断ミスであった。

そうした中、売れない右肩下がりの出版業界にあって景品付き雑誌に人気が集まり、書店の店頭には雑誌ではなく景品の陳列場所となった。その景品付き雑誌の最近の売り上げはといえば、日本abc協会によれば女性ファッション雑誌1位は「スウィート(sweet)」で月間平均販売部数25万7554部どなっている。それを売れていると見るかどうかであるが、私の見方は景品付きでも25万部程度かという考えである。つまり、売り手である出版社も買い手である若い女性も、「景品」の意味を互いに良くわかっている市場ということになる。少し短絡的な言い方になるが、景品を付けずに、価格も安くした雑誌として販売すればどうなるか。ちなみに5月号は春コスメセット&ポーチ付きで880円。おそらくその販売価格設定にもよるが、25万部どころかその半分以下になること間違いないと推測される。つまり、雑誌情報が求められいるということではないということである。

ところで、雑誌という同じカテゴリーにあって手堅いフアン(オタク)が読む鉄道雑誌がある。以前にも取り上げたことがあるが、交友社の「鉄道フアン」は公称ではあるが22万五千部である。歴史のある雑誌で価格も1,100円 - 1,200円と結構高く設定されており、勿論景品などない。デフレが常態化した時代にあっても、売り手も買い手もコンテンツの意味合い(情報価値)が良くわかっているから部数の凸凹はない。
つまり、こうした現象が起きているのも雑誌市場そのものが変わってきているということだ。これは旧来の雑誌業界の市場が変わってきていることで、その変化を促しているのは勿論消費者、顧客によってである。景品付きファッション雑誌がこれ以上販売できるかどうか、それは1985年当時おまけ付きのビックリマンチョコのような、ゲームとしてのおまけ(シール)収集の仕組みが可能であれば販売部数は増えるかと思う。それが可能となった時、シールを集めるためだけで購入しチョコを捨てると同じように、本体の雑誌の多くが捨てられることになる。そんな無駄が今日の社会に許されるか、雑誌社は批判に晒されることは間違いない。

お値段以上の「何か」を交換する関係

要約すれば、消費税10%時代とは、原則に立ち返り顧客関係の再構築として考えなければならないということである。その関係の総称を「オタク化」と私は呼んでいる。好きで好きで何を置いてもこれだけは、と「共感」してもらえる関係である。その中身・コンテンツが「人」であれば看板娘や名物オヤジになる。砂町銀座商店街にも松原商店街にもそんな「人」はいる。「商品」であれば訳あり価格であったり、その手作り内容であったり、「この時」ということであれば砂町銀座商店街であれば毎月10日の「ばか値市」であり、松原商店街であれば年末の数日間ということになる。谷中ぎんざ商店街はどうかと言えば、やはり谷根千一帯であり、そこには歴史にある寺社もあり、季節ごとの自然が楽しめ、古くからの名店での食事もあって、疲れたらおしゃれなカフェもある「下町の情緒」を満喫できる固有な「場の散策」ということになる。新しいブランド創りにも通じる顧客関係づくりと言うことだ。
つまり、ニトリのキャッチフレーズではないが、お値段以上の「何か」を交換し合える顧客関係を「何」によって構築するかと言うことである。

4、インバウンドビジネスが教えてくれたこと

デフレという消費経済は訪日観光客も熟知しており、消費税10%の免税はより消費を活性化させていくことが予測される。今までは家電製品の爆買いに始まり、ドラッグストアにあるような日常消費商品が売れ、日本人が利用する街場の飲食店へとその消費は向かってきた。更に観光地も地方へと広がってきた。10年前、東京JR山手線の一車両にはせいぜい数名の外国人を見かけていたが、今や東京都内は鉄道車両ばかりかいたるところ訪日外国人で溢れている。つまり、そうした風景はすでに日常になったということである。
さて来年秋以降はどんな消費を見せるであろうか。ある意味、訪日前に調べた観光ルートや消費体験は一巡したと考えた方が良い。2020東京オリンピック・パラリンピックというスポーツイベントには日本観光が初めてという観光客も訪れると想定される。そして、数年前の日本観光のゴールデンルートが踏襲されると思うが、消費のコア・オピニオンとなるのは何回か日本を訪れた経験のある「リピーター=日本オタク予備軍」になると考える。いや「オタク化」を進めないと単なる表面的な寺社仏閣・城跡あるいは富士山などの日本観光で終わってしまい、リピーターにはならないということである。小売業をやっている人間であれば、リピーターによってしかビジネスの裾野は広がらないことは熟知していると思う。つまり、観光産業も回数化によってのみ初期投資が回収されるということだ。

和食から郷土食への転換

そして、日本の場合観光資源としてはまだまだ豊かなものが存在している。特に地方には季節ごとの祭りや行事、そして何よりもその土地ならではの「食」、郷土食がある。一昨年から観光先の西高東低が進み、例えば大阪は京都観光の入り口でもあることから昨年平成29年には大阪府を訪れた訪日外国人客数が1100万人、消費額も1兆1731億円になったと報道されている。そしてその消費内容であるが口コミサイト・トリップアドバイザーの人気レストランを見てもわかるようにお好み焼きやたこ焼きである。よくよく考えればこれらは大阪の粉もん郷土食である。つまり、大阪の生活文化を色濃く映し出した庶民の食である。


ところで戦後の「食」を見ていくとわかるのだが、その歴史は給食の歴史でもあった。カロリー、栄養をどう給食によって補っていくかが「食育」という当初の目的であり、経済的豊かさと共に次第に時代が求める児童の好みを満たすなど和食なども取り入れられてくる。その食育には「健康」はあっても、残念ながら「文化」はなかった。せいぜい、地場で採れた魚介や農産物を給食メニューの素材に取り入れる程度である。
戦後直後の物資のない窮乏時代 のカロリー摂取量はわずか1903Calであった。その後経済成長と共に所得も増え生活の豊かさが進み摂取Calも増えたが、1980年代に入り急激に摂取量は減少へと向かう。そして、グラフのように既に摂取Calはその戦後直後を大きく下回るレベルへと進んできている。(詳しくは未来塾「パラダイム転換から学ぶ-4を再読いただきたい)

美容、痩身、あるいは成人病予防といったことからカロリーオフが多くの食品に求められてきていることは周知の通りである。しかし、よくよく考えてみれば、戦後のモノ不足の窮乏時代の食こそ日本人の「健康」を考えたものであり、そこには生活文化、美味しく食べる知恵や工夫があった。それは簡略に事例として言えば、京都のおばんざいであり、大阪のお好み焼きであった。つまり、日本人にとってもそうした郷土食は健康食として再認識しなければならないテーマということだ。

実は根本から考え直すことが求められているということである。食育のコンセプトは必要とされるカロリーと栄養その確保だけではなく、その土地ならではの郷土食、文化食をこそ目指すことが求められているということである。東京築地が観光地になって久しい。訪日外国人にとって日本食、市場で働く食のプロが食べにくる場外市場の飲食店はまさに日本食のテーマパークになっている。日本人にとってみれば築地は江戸、東京のローカルフーズであり、江戸前の寿司も郷土食で、築地に集まる食材のその先にある地方には独自文化から生まれたもう一つの食があることを知っている。インバウンド市場のこれからは、地方へと移りその戦略観光メニューは「郷土食」となるであろう。
つまり谷根千というエリアの散策メニューにもこの郷土食が必要になってくるということである。既に「谷中メンチ」や「根津のたいやき」など食べ歩きやおしゃれなカフェはあるが、実は隠れた名店が多くあることはあまり知られてはいない。穴子寿司で有名な「すし 乃池」や俳優の根津甚八が無名時代に通い詰め、この店の名をもらってから売れたというエピソードがある昭和レトロな居酒屋「根津の甚八」。あるいは有形文化財にもなっている串揚げの「はん亭」や根津の「鷹匠」はじめ蕎麦の名店も多い。小さいエリアだが東京の「下町郷土食パーク」と名付けたいほどである。

アニメや漫画がそうであったようにクールジャパンは「外部」、一部の熱烈なフアン・オタクによって創られてきた。日本が本格的に観光産業に取り組むのであれば、谷根千がそうであるように自ら「変化」を創らなければならないということである。意味的に言うならば、富士山観光でもなければ、京都伏見稲荷でもない日本、そんな「日本」を小さくても谷根千においても創っていかなければならないということである。そして、その一歩として「下町レトロパーク」づくりが始まったということである。
こうした試みはインバウンドビジネスを超えて、日本の生活文化、食育など根本から見直す機会にもなるということである。勿論、その先には消費税10%時代を生き抜く着眼・術があることは言うまでもない。(続く)

追記 人口減少時代の都市論については下記の拙著電子書籍をご一読ください。
「衰退する街 未来の消滅都市論」 Kindle版 ¥291




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Posted by ヒット商品応援団 at 13:25│Comments(0)新市場創造
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