2006年12月20日

◆2006年は「命」 

ヒット商品応援団日記No126(毎週2回更新)  2006.12.20.

最近、新たなテーマに取り組んでいるので気がそちらに向いているせいか、なかなかこのブログに集中できていない。書きたいことは山ほどあるのだが、思考が中断してしまう。構えず、楽に書こうというにはチョット重たいテーマだが素直に感じた点を書いてみたい。
先日、日本漢字能力検定協会が募集した2006年の世相を象徴する「今年の漢字」が「命」にきまり、京都清水寺で発表された。漢字一文字ということと根源的な言葉なのでいかようにも読み取れるが、2006年の社会的事件である「いじめ自殺」や「福岡での飲酒運転による幼い子供の死」、更には「幼児虐待死」といった悲惨な事件、一方では悠仁さまの誕生や「崖っぷち犬」といったところによるものが大きかったからと思う。命という言葉を少し考えてみたいと思うが、生命では生物学的になってしまい、命は身と心を踏まえた言葉であり、正確に言うと、一文字にはならないが受け止め方としては「いのち」とした方が良いと私は考えている。

「崖っぷち犬」をマスコミが大々的に取り上げ、全国から引き取りたいという善意の問い合わせが殺到したと聞いている。一方では全国最低の生活、行政サービスとなった夕張市と同じように「崖っぷち犬」を取り扱うマスコミはおかしいという意見も寄せられている。人と犬とを一緒にするなという意見である。ところが、その「崖っぷち犬」のいた場所に次々と捨て犬があるという。これが実態と言えば実態であり、「いのち」に対する価値観、物差しはバラバラになっている。今年の年頭に、「異なる価値観が衝突する混乱の一年になる」と書いたが、最後の最後まで、そのような時代になってしまった。個人化社会とは孤独化社会であり、いじめのような個と個の衝突化社会である。ネガティブに言えばそうなるが、ポジティブに生死の「生」という視点でとらえれば、個は自由の時代であり、個と個がコラボレートすれば新たな創造的世界も生まれる時代だ。

ちょうどこの時期は2007年の予測ばやりであるが、予測は当たらないというのが持論の私であるが、命の年を踏まえていうと、生というポジティブな世界が少し拓けてくるような気がしている。不安、死、切り捨て、無視、偽装、偽計、嘘、こうした言葉が行き交った年であったが、この言葉の反対の世界、希望、生、共、対話、本当、といった明日への芽が出てくると思う。勿論、ビジネスも不安を語るのではなく、希望や夢を語る時代へと少しづつ向かっていく。夕張市についても、映画フアンのNPOも動き始めたと聞いている。東京23区では来年から小学校のコンクリートで覆われた校庭を芝生にすると聞いている。私たち団塊世代の頃の野原であり、いじめ問題も間接的には解決へと向かうと思う。こうしたコンクリートや情報という重ね着した「近代の洋服」を一枚一枚はぎとっていく時代を迎えると思う。(続く)

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Posted by ヒット商品応援団 at 13:46│Comments(0)新市場創造
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