2019年07月21日

◆歪んだ「怒り」  

ヒット商品応援団日記No744(毎週更新) 2019.7.21.

歪んだ「怒り」  

また、凄惨な事件が起きてしまった。京都アニメーションへの放火殺人事件であるが、第一報の報道からピンとくるのに少しの時間がかかってしまった。数分後、京アニの代表作が「涼宮ハルヒの憂鬱」であると聞いて、あああのアニメ会社であったのかと理解した。原作の「涼宮ハルヒの憂鬱」は2003年から涼宮ハルヒシリーズとして主に中高生に広く読まれたライトノベルである。売れない出版業界にあって、唯一売れた本で、「ライトノベル」という日本独自の新しいジャンル(イラストや挿絵を多用した小説)の代表的作品である。ちなみに、2017年10月時点の累計発行部数は全世界で2000万部である。
実は2007年に、秋葉原が観光地化するにしたがって、オタク文化のラストシーンを迎えたとブログに書いたことがあった。勿論、1980年代に生まれたオタクのことでその流れを受け止めた真性オタクについてである。その真性の意味であるが1995年から始まっ庵野秀明監督によるアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』までの熱烈なフアンのことを指す。当時次のようにブログに書いていた。

『オタクという言葉も健康オタクから始まり様々なところでオタクがネーミング化され市民権を得ることによって、その「過剰さ」が持つ固有な鮮度を失っていく。市場認識としては、いわゆる「過剰さ」からのスイングバックの真ん中にいる。真性オタクにとっては停滞&解体となる。つまり、「過剰さ」から「バランス」への転換であり、物語消費という視点から言えば、1980年代から始まった仮想現実物語の終焉である。別の言葉で言うと、虚構という劇場型物語から日常リアルな物語への転換となる。』

庵野秀明監督も周知の「シン・ゴジラ」で新しい映画へと向かうのだが、京アニが創った「涼宮ハルヒの憂鬱」は1980年代からのオタクの言わば受け皿のように新たなオタク文化を創った会社ということができる。そんな経緯を『勿論、真性オタクがいなくなったわけではない。例えば「涼宮ハルヒ」オタクは今なおそのオタク世界に生きている。』とも書いた。ジブリ作品とは異なる幅広い分野でコアとなるフアンを創ったということである。そのオタクの世界の象徴が「コスプレ」であり、見事に新しい市場を創造、しかもマスマーチャンダイジングした会社が京アニであった。つまり、身近で、しかも世界へとアニメ世界を広げたクールジャパンの一つの潮流を創った会社ということだ。

ところで本題であるが、放火事件の犯行内容については大分わかってきたが、41歳の放火犯青葉容疑者の動機については入院していることもあってまだまだ分からないことが多い。ただ、犯人が京アニの玄関から入りいきなり「死ね」と言いながら液体状のものを撒き火をつけたこと。更には、犯人確保の際、住民が聞いた犯人が発した言葉に「ぱくりやがって」と恨みの言葉に動機の一部があると思われる。その後の警察の発表ではパクった発言の裏付けとも取れる「小説を盗まれた」との発表があった。
死傷者60数名という平成以降最悪の放火事件であるが、犯行動機の対象が不特定多数、つまり「無差別殺人」であることがこの時代の特徴となっている。少し前に起きた川崎の殺傷事件も無差別であったが、特定の個人や事柄を対象としない。嫌な言葉だが、「テロ」ということが思い浮かぶ。

時代のキーワードという表現を使ったが、「無差別」というキーワードと共に鮮明になったのが「過剰」である。数年前から、いやかなり以前から社会問題となっていたのが、1990年に起こった「桶川ストーカー殺人事件」であろう。被害相談を認めす杜撰な対応をした警察に批判が集中した事件として今なお記憶にあるが、犯人の「思い込み」という執拗で、過剰なストーカーの行動の本質にもあい通じるものがある。
私が以前から指摘してきた個族と呼んだ社会からある意味必然として起こる事件でもある。それまでの共同体、家族を始めあるいは時には企業、地域社会、もっと小さな単位で言えば趣味のクラブやご近所のママ友、更にはネット上の各種コミュニティまで、多様な共同体はあるが、どこにも属さない個族が増えている。少し前の川崎殺傷事件のときの「80 50」問題のように、社会との接点を失った「引きこもり」もそうした共同体から外れた個人がいかに多いか。これ以上書くことはしないが、「居場所」のない個人が見えないところでいかに多く存在しているかである。居場所とはある意味自分だけの居心地の良い場所のことだが、実は時代の変化と共に居場所から「出たり入ったり」している。そうした傾向は消費にも多く見られかなり前になるが日経MJのヒット商品番付を次のように読み解きブログに書いたことがあった。

『個族から家族へ
5~6年前、個人化社会の象徴として若い世代に「マイブーム」が起きた。ある意味、「自分確認」=「自分探し」として、マイ○○という商品に自分を置き換えたブームであった。実はこうした私生活主義が少しづつ変わり始めている。書籍卸しのトーハンによる2008年のベストセラーランキングでは「ハリー・ポッター/最終巻」が第1位(185万部)であったが、今年ブームとなった「B型自分の説明書」(3位)をはじめ、O型、A型、AB型全てがベスト10入りし、シリーズ累計では500万部を売り上げた。10年ほど前から始まった個族の自分探しという占い依存型から自己確認型へと変化してきている。自分の居場所を失い都市漂流する若い世代に社会的な注目が集まり、バラバラになった個を家族という単位へとつなぎなおす動きが始まっている。消費面でいうと、上記の家庭内充実型商品、家事であれ、遊びであれ、家族一緒という単位変化が出てきている。象徴的な例であるが、5~6年前の隠れたヒット商品であった「一人鍋」は、カレー鍋のように家族一緒の鍋へと変化してきた。つまり、上記傾向を踏まえると、家族割り、夫婦割りといったプロモーションは、携帯電話や映画鑑賞、旅行(交通・ホテルなど)、ゴルフのみならず多くの業種・業態へと広がるであろう。』
(2008年12月に発表された2008年ヒット商品番付を読み解くより抜粋再掲)

2008年は周知のリーマンショックがあった年である。消費は全て内向きに向かい、低価格を始め今日のデフレ基調の傾向が強く出た年である。結果、それまでの個族から家族へと揺れ戻しが強く出た年であった。以降、低価格を軸に多くの業界でリストラ&再編が行われた。例えば、ファミリーレストランは大手三社の店舗数は500店舗が閉鎖しファミレス市場は縮小する。ファッション業界で言えば、ファストファッションが主流となり、世界のスーパーブランドが集積する銀座にも、多くのファストファッションが進出する。こうした激しい再編にあって、それまで属していた家族などの居場所から外れてしまう人も出てくる。上記にも書いたが、血液型による自分確認の本が売れた時代は実は今なお続いていると考えた方が良いと思う。

この「自分確認」「自分探し」を目的に外へと向かうことは意味あることであるが、内に向かう場合その視野はどんどん狭くなり、つまり「思い込み」がこころの全てを占めるようになる。思い込みは深い洞察を得ることにもつながるが、時として独りよがり、排他的な「考え」へと向かう。よく言われることだが、アーチストの多くは思い込みの激しい人物であるが、思いの対象が社会にとって意味あるものとして評価される場合もあるが、そうしたアーチストたり得る人物は極めて少ない。多くの場合、社会という表舞台に上がることは少なく、結果として内に「思い」が淀むこととなる。例えば、その淀みとは初めは鬱屈した「妬み」であったが、次第に「恨み」へと。それがあるきっかけによって外へと暴発する。人間の心理はそのように図式化できるものではないが、多くの人が感じられるのが「キレる」光景である。ある意味、日常化してしまっている光景だが、「キレる」とはこころの「淀み」が表へと出てきた現象である。

「キレる」という言葉がマスメディアに登場したのは2000年代からであったと思うが、最初は子供(幼稚園児)が新たな幼稚園という新しい社会に馴染めず情緒不安定になり暴れる様子を「キレる」という言葉で表現したと記憶している。(確か品川区の幼稚園であったと)それまでの家庭という小さな社会から幼稚園という新たな社会に馴染めない子供の心理を明らかにした言葉である。変化の激しい時代とは、常に新しい社会に向かい合わなければならないということである。それをストレス社会と私も認識してきてはいたが、耐えられない人間もまたいるということである。そして、時代という視点に立てば、思い込みが過剰となり、外へ向かって無差別に鬱屈した「思い」が怒りとなって暴発する、そんな認識が必要ということだ。
青葉容疑者の回復を待って動機は解明されていくと思う。ネット上では京アニが公募している小説に盗まれたとの
「怒り」が放火の動機であると指摘している。勿論、推測の域を出ないことばかりであるが、報じられているように近隣住民とのトラブル、つまりキレる状態が常態化していたようだ。脳科学者である中野信子氏は〝キレる人〟や〝キレる自分〟に振り回されず、〝キレ上手〟になることだと指摘してくれているが、それを可能とするのも「外」との交流によってである。何がきっかけとなったかという指摘もあるが、問題なのは鬱屈した怒り、歪んだ怒りがあったことは事実であろう。刑法犯が年々減少へと向かう治安の良い日本ではあるが、その裾野には「キレる」社会が存在していることもまた事実である。

最後になるが、私は冒頭書いたように「涼宮ハルヒの憂鬱」という一つの転換点となる作品を通してしか京アニを知らない人間であるが、その後のアニメ世界の一つの潮流を創った会社であり、それに携わった若い人たちの会社である。60数名の死傷者に対し、海外からも寄付や支援メッセージが数多く届いているという。多くの専門家が指摘をしているが、日本のアニメ界に貢献してきた、つまり新しいクールジャパン市場を創ってきた会社であり、人々である。亡くなられた34名を悼むと共に、負傷している34名の方々のご回復を心からお祈りいたします。合掌。(続く)



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Posted by ヒット商品応援団 at 13:35│Comments(0)新市場創造
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