2018年12月04日

◆未来塾(35)「賑わい再考」(1)後半 

ヒット商品応援団日記No725(毎週更新) 2018.12.4.

大阪の中心地空掘(からほり)と梅田裏北西方向に15分ほど歩いた中崎町について3回(前半・中盤・後半)にわたるレポートでの後半である。同じ古民家を活用しても違いが出てきている。つまり、課題は古民家を使って「何」をするかである。今回はそうしたことを踏まえた「まとめ」である。




消費税10%時代の迎え方(4)

にぎわい再考 後半

その良き事例から学ぶ(2)

大阪空掘(からほり)・梅田裏中崎町、
小さなにぎわいが新たな街を創る


「にぎわい再考」に学ぶ


4年ほど前消費税8%時代を迎えどんなことが起きるであろうか考えたことがあった。答えは結論から言えば消費増税を一つのきっかけに起こることの一つが「中心化現象」であった。それは仕事の場を求めた一極集中といった都市化と呼ばれる集中現象だけでなく、あらゆる「中心」に対しての現象のことであった。それは都市の中における中心への移動であり、郊外にあっても駅や大型商業施設を中心にした集中移動のことであった。勿論、移動によって生まれるのは「消費」である。それは移動の手段である交通によることが多大であるが、生活者の興味関心事の中心についても同様である。それは生活のテーマの中心であり、その中心化は仕事や遊びに至るまで多くの関心事の中心に向かう変化である。結果、賑わいもまた「中心」に生まれる。

賑わいはテーマと未知への興味によって生まれる

多くの人が集まり賑わう街や地域の事例をスタディした結果、賑わいは「テーマ集積による観光地化」と「未知への希求と体験」によって生まれることがわかった。勿論、テーマという関心事は時代と共にに変化していくものであり、そして「未知」はグローバル化(インターネットの普及)した時代にあって巨大な世界をつくり、しかもSNSによって一挙に拡散増大する。多くのマーケッターは生活者の関心事となっているテーマの発掘と膨大に膨れ上がった「知らない世界」の「何か」に関心が移っているかを見つけることが主要な仕事となった。関心事が中心へと集中するところを私たちは「賑わい」と呼んでいる。テーマパークとはこの関心事の集積した「場所」のことを言う。

「過去」に向かうまなざし

実はリーマンショックの翌年2009年のヒット商品には復刻、リバイバル、レトロ、こうしたキーワードがあてはまる商品が消費の表舞台に続々と登場している。花王の白髪染め「ブローネ」を始めとした「シニア・ビューティ」をテーマとした青春フィードバック商品群。1986年に登場したあのドラクエの「ドラクエ9」は出荷本数は優に400万本を超えた。ブログにも書いたが、若い世代にとって温故知新であるサントリー角の「ハイボール」。私にとって、知らなかったヒット商品の一つであったのが、現代版ベーゴマの「ベイブレード」で、昨夏の発売以来1100万個売り上げたお化け商品。この延長線上に、東京台場に等身大立像で登場した「機動戦士ガンダム」や神戸の「鉄人28号」に話題が集まった。あるいは、オリンパスの一眼レフ「PEN E-P1」もレトロデザインで一種の復刻版カメラだ。売れない音楽業界で売れたのが「ザ・ビートルズ リマスター版CD」であり、同様に売れない出版業界で売れたのが山崎豊子の「不毛地帯」「沈まぬ太陽」で共に100万部を超えた。更に、特徴の一つが「歴史回帰」である。国宝阿修羅像展については以前ブログにも書いたので省くが、歴女ブームの火付け役となったのが「戦国BASARA」で、累計150万本売ったヒット商品であった。
歴史の向こう側に、あるいは昭和の遊びやゲーム、音楽や書籍に何を求めているのか多様さはあるものの、こうしたタイムトンネル型の消費傾向は古民家再生にもつながっているということだ。写真は地下鉄中崎町駅裏の古いアパートを再生した商業施設で、小さなカフェや展示ルームが入居している。若い女性が部屋の中を覗いているのが印象的であったが、女性たちの興味は遠い過去に向かっていると言う事であろう。生命記憶という言葉があるが、例えば鮭が生まれた川に遡りそこで産卵する「里帰り」の本能行為に見られることを指している言葉である。つまり、関心事の先にはこうした「過去」への里帰りにどこかでつながっているということだ。

横丁路地裏の意味

こうした「時間感覚」という視座で市場を見ていくと、例えばスピードへの「反・アンチ」としてスローフードやスローライフとなって現れてくる。特に、2000年代に入りインターネットの普及によって凄まじいスピードが駆け巡る社会となる。スピードによってもたらされる情報量も膨大なものとなり、確か総務省の発表では2000年代初頭と10年後の情報量を比較すると500倍以上になり、今日の過剰情報時代となった。
「過剰」はある意味で「未知」であると言うことだ。一時期東京中央区月島のもんじゃストリートで食べログの点数を上げるために「やらせ」という情報操作が行われたことがあった。「やらせ」の背景には、過剰情報という何を選択して良いのかわからない心理、つまりランキング上位を選ぶという時代になったことからランキングを上げるためのやらせが行われたということであった。
こうした時代にあって、「未知」への興味は表通りから横丁へ路地裏へと向かわせることとなる。一般情報ではなく口コミといった情報によって促進される。マス消費から地域や特定希少な「裏消費」への転換だ。言葉を変えれば、見えているようで、実は見えていなかったとの気づきが始まった、あるいは見ないようにしてきたことへの反省と考えるべきである。誰も知らないところで細々と愚直にやってきたことが、表へと出てくるということだ。サプライズという一過性体験の学習を経て、外側では見えなかったことを見えるように見えるようにと想像力を働かせるように気づき始めたということである。こうした心理の動きは「昭和回帰」「ふるさと回帰」といった回帰現象にもつながっている。「見るため」に過去を遡り、今を考えようとしているのだ。あるいは特に地方という未知への興味も根っこのところでは一緒である。いかに知らないことが多かったかという自覚であり、自省でもある。
裏はいづれ表となる情報の時代である。梅田裏中崎町は物の見事にカフェパークとして表舞台に躍り出たということである。

空掘、中崎町共に古民家を使ったテーマパークの違い

大阪の2つのエリアに若い世代が訪れる小さな賑わいを見せていた。今回観察したのだが、古民家をリノベーションすることは同じであるが、実はそこで「何を」行うかに違いがある。更に言うならば、エリアの歴史・文化を当然担うことになるが、古くは江戸時代から、少なくとも戦後の大阪の都市化を踏まえての場所・古民家である。
「横丁路地裏」というキーワードで2つのエリアをくくったが、空掘はある意味大阪の中心。「へそ」にあたる一種「空白地帯」で、中崎町は見事なほど「梅田裏」である。東京に置き換えると空掘は上野裏の谷根千に近く、中崎町は該当する街に近いのは中央区銀座裏の月島のもんじゃストリートであろう。
ところで空掘のテーマはと言えば、カフェもあれば雑貨店、古着もあるが、集積したテーマはない。また、「練」のような大型の再生古民家商業施設はあるものの「町並み」としてのレトロ感はない。「観光地」という視点から見ていくと、谷根千と比較するとわかりやすいが、谷根千の場合町並みそれ自体が昭和レトロパークとなっていて、しかも谷中霊園の桜、根津神社のツツジといった季節の観光スポットも多く、小さな美術館や史跡もあり、散策に疲れたらHAGISOのような古民家再生カフェも数カ所ある。これといった名物土産はないが、蕎麦や寿司など古くからの名店も多い。中心となっている谷中ぎんざ商店街は昭和の商店街の雰囲気を今尚残している。(詳しくは「未来の消滅都市論」電子書籍を参照してください)
空掘の場合、古民家の再生が始まったのが2002年の「惣」からであり、谷根千は1990年代初頭であることを考えれば、これからということであろう。観光地化の要素としては谷根千を一つのモデルとしたら良いかと思う。

一方、中崎町はどうかと言えば、その集積度からいうと、東京にもない「カフェパーク」となっている。東京中央区月島にも「もんじゃストリート」というテーマパークがあるが、カフェパークは恐らく梅田裏の中崎町が全国では初めてであろう。次回の未来塾では「賑わい再考」の第2弾として「せんべろ酒場」から今流行りの「バル」までそれぞれの賑わいをレポートするが、これだけのカフェを集積した地域はここ中崎町だけである。梅田という都市の裏側にあるサブカルチャーのような意味合いを持っていると考えるのが自然であろう。規模も異なるがサブカルの街アキバまではいかないとは思うが、訪日外国人がかなり観光で訪れていることを踏まえると、中崎町が「ナカザキ」となる日が来るかもしれない。

古民家再生の意味

3年ほど前に「衰退する街 未来の消滅都市論」というタイトルの書籍(電子版)を出版した。人口減少時代を迎え、「消滅都市」が時代のキーワードになった時であった。衰退する街もあれば、成長すらする街もある。街を歩き、変化の波を写真と共に読み解いた書籍である。周知のようにいまなお人口減少は止まらず、空き家率も増え2013年には13.5%となっている。野村総研の予測では2018年には16.9%に広がり2023年には21%になると。残念ながらこの傾向はこれから先も続くことになるであろう。そこに見られる日本社会の現象は、減少、縮小、空き、無人。この反対世界を言うならば、増加、成長、充足、賑わいとなる。まさに成長する街と衰退する街とに分かれる時代にいると言うことである。今回の2つの町は残された住居や長屋をうまく使っての賑わいが生まれた町と言える。

2000年代に入りふるさと回帰などの潮流と共に、静かな古民家ブームが起きたことがあった。しかし、今日の古民家再生の潮流は当時のものとは異なる。その違いの第一は2000年代初頭のそれは再生もあるが基本は移築で費用も大きなものが主流であった。例えば、移築し炉端で食事を提供するレストラン業といったものであった。今日のそれは古民家の表情などを踏まえ事業主の思い描く古民家のデザイン・スタイルを創造するといったリノベーションで、極端なことを言えば新しい「何か」を創造する建築といった方がわかりやすい。
数少ない写真からも中崎町のカフェの店頭表情を見ればわかるようにすべて異なるデザインとなっている。空掘は未だ途中段階であるが、中崎町は新しい町が生まれたと理解すべきである。テーマパークとして参考事例に挙げた月島のもんじゃストリートも通りの中程の数軒のもんじゃの店舗場所にタワーマンションが建つ計画となっている。勿論、工事期間中仮店舗で営業をした店もまた通りに面したタワーマンションの1階に戻ってくると言う。これも年におけるテーマパークの進化系の一つになるであろう。ところで、テーマパークを成立させる要件は簡単に言えば次の3つである。
1.「買い物や見て回れる自由」 2.「新しい発見」 3.「選択の自由」
テーマパークの楽しさは東京ディズニーランドやUSJを見てもわかるように、ワクワク感と感動によるものだ。再生古民家の町を舞台に主人公になって歩き、お気に入りのカフェもあるが時に新しいカフェにも寄ってあれこれ雑貨を見て回る。そんな新しい何かを発見できる楽しさということだろう。大きな驚きはないが、小さくても固有の時間を持つことができる、そんな舞台ということだ。そして、重要なことは空掘も中崎町もそのコンテンツは「文化」である。サブカルチャーというと秋葉原・アキバにおけるアニメやコミックとなるが、2つの地域もサブカルチャーパークとして位置付けられるであろう。目指すはアキバがそうであるように「聖地」である。

サブカルチャーパークの明日

中崎町においても訪日外国人観光客の増加に伴い、地元住民は困惑しているという。特に突然カメラを向けられることで、理屈っぽく言えば個人情報を守れないということからである。観光地となったところでは撮影禁止・お断りが増えている。東京ではかなり前から原宿竹下通りから始まり、谷根千の谷中ぎんざ商店街も同様である。京都では祇園は勿論のこと、京都の台所「錦市場」では訪日外国人の食べ歩きのマナーの悪さから午後4時ごろから店を半分閉めておなじみさんしか売らないとする鮮魚店まで出始めている。
最近の訪日観光、特に京都観光においては日本人観光客が減少し始めているが、あまりの観光客の多さからで特に欧米観光客からも「京都らしさ」が感じられない、あるいはすでに無くなっているという声も挙がっている。結果、「観光公害」といった言葉が生まれたりする状況となっている。公害に対しては「規制」が必要である、そんな議論が必要な時代となっている。

ところでサブカルチャーパークとは言葉を変えれば、生活文化パークのことである。その生活をしている住人に、断りもなしにカメラを向けることは「失礼」 であるとの認識が必要であるということだ。富士山や大阪城を撮影することとは本質的に異なる。ある意味、自宅にいきなり入り込まれたと感じるということである。そうした日本の文化理解が得られない時、「お断り」が始まる。いわゆる文化の衝突である。
かなり前から「生活文化観光」の時代がやってくるとブログにも書いてきた。日本人の生活を知るには「市場」を観光するのが一番である。それは私たちが海外に出かけて興味を惹かれるのと同じである。先日築地の場外市場を歩いたが、訪日外国人が押し寄せており、海外でブームとなっている「寿司」の聖地となっていることが分かる。寿司を入り口に、ラーメン、天ぷら、すき焼き、蕎麦、焼肉、しゃぶしゃぶ、・・・・・・・・・・「和食」が日本の重要な産業になっていくことが予測される。海外での出店だけでなく、食の素材を含め調理器具も輸出産業になっていくであろう。築地の場外市場がそうであるように、日本各地に和食の「聖地」が生まれサブカルチャーパークが創造されていく。既に横浜の「ラーメン博物館」もそうしたテーマパークの一つとなっている。

目指すは「町ごとテーマパーク」

テーマパーク化によって集客効果を上げるだけでなく、実は訪れる観光客との無理解のままの「衝突」をある程度回避することができる。生活文化のテーマパーク化には住民の応援と理解が欠かせない。それは訪日外国人観光客だけでなく、日本人においても同様である。そのためにも地域単位の「町構想」の立案が必要となる。当然、行政の支援も必要となり、テーマパークを軸にした新たなコミュニティづくりということである。100の町があれば100通りのテーマパーク、100のコミュニティがあるということである。
そして、地方自治体によっては古民家再生やリフォームへの補助金がある場合もあり、そうした助成を含めて行政との連携が必要となっている。
そして、何よりも重要なことは訪れる観光客に「守ってもらうこと」を明確にすることだ。今まで、日本政府観光局は世界に向かって「来てください」としか言っててこなかった。そうしたPRは今後とも必要ではあるが、マナーやルールを始めとしたまず「実情」を明確に伝えることである。法律による規制ではなく、繰り返し伝えることが必要ということだ。そして、例えば交通の混雑情報などスマホなど通じてタイムリーに伝えることが必要で、その際寺社によっては入場制限があるとの情報もである。台風21号によって関空が麻痺状態になった時、空港に取り残された多くの訪日観光客に対し、的確な「情報」提供がほとんどなされなかった。あったのは英語による提供で、まるで用をなしていなかった。都市部においてはやっと拠点におけるWIFIによるネット接続が可能になった。遅きに失してはいるが、まずは実情を含めた情報の提供ということだ。

新しいリノベーションの仕組み化も

残念ながら人口減少を止めることは難しい。以前廃屋となった学校の再利用として生ハム製造工場が話題となったことがあったが、都市においても利用されないまま朽ち果てていく空き家は多い。今回は古民家の再生をテーマとしたが、実は小さな「地方創生」の意味を持った試みであると理解すべきである。今回中崎町のカフェパークを案内してくれた友人は、使われなくなった空き店舗を簡易宿泊所にリノベーションし、急増する訪日観光客向けのホテルビジネスを東大阪布施でもオープンさせていると話してくれた。使われなくなった建物をリノベーションしていくために、ファンドにも参加してもらい土地を購入し、その土地・建物に目的にあったリノベーションを行い管理運営していく、そんなビジネスの仕組みもまた必要となっている。つまり、ファンドの参加とは未来に向けた投資先としての意味である。


今回、大阪の2つの地域の古民家再生プロジェクトを観察した。既にあるものの生かし方は古来日本固有の知恵であった。それは自然に寄り添うことから生まれた知恵であったが、生活の知恵として今尚継承されている。自然に寄り添って生きる「自然」とは、今や山里や田舎のそれだけではなく、再開発から外れたものの中にもある。空掘も中崎町も都市における「自然」である。そして、リノベーションは寄り添うための一つの方法としてある。2つの地域を観察してつくづく感じたことは、テーマの重要性で、古民家という舞台で何をするかに尽きる。つまり、未来に向けた「コンテンツ」の戦略性、「顧客市場」を見据えた構想力ということになる。地方創生とは都市の中にもある。そして、どんな「生かされ方」が必要なのか問われているということだ。(続く)

*なお拙著「衰退する街-未来の消滅都市論」は下記にて。
https://www.amazon.co.jp/衰退する街-未来の消滅都市論-PARADE-BOOKS-飯塚敞士-ebook/dp/B015GSPAJG


タグ :古民家

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Posted by ヒット商品応援団 at 13:17│Comments(0)新市場創造
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