2018年11月04日

◆使い勝手の悪い巨大冷蔵庫 

ヒット商品応援団日記No725(毎週更新) 2018.11.4.



先日125年の歴史を誇る米小売業シアーズが日本の民事再生法に当たる破産法11条の適用をニューヨーク州の破産裁判所に申請し、実質的に倒産したと報じられた。いわゆるオールドエコノミーの破綻である。その背景については後日書こうと思っているが、今回は東京の豊洲市場が開所して2週間ほど経ったのでその内容について書くこととする。

2年前に「果たして、豊洲ブランドは成立するであろうか? 」とブログに書いたことがあった。ブランドとは携わる人たちとそれを良しとする顧客によって、時間をかけて創られる文化価値で一朝一夕で成し遂げられるものではない。老舗大国である日本にはこの文化価値を育ててきた歴史があり、築地ブランドもその一つであった。2年前のブログにもこの文化価値のシンボル的なものとして宮大工の技を例に挙げてその価値のあり方を次のように書いた。

『実は築地市場にはこの「見えない技」が代々継承されてきた。よく「こだわり」と言うが、宮大工の世界まではいかなくても、「見えない」世界に執着することがこだわりである。その執着を今まで私たちは修行と呼んできた。例えば、料理で言えば、基本の出汁は言うまでもないが、隠し味、隠し包丁、見えない工夫に執着することこそこだわりであろう。ファッションであれば、外面デザインだけでなく、素材や縫製更には裏地やボタン一つということになる。こうした「見えない技」を築地では「目利き」と呼ぶプロの人たちが卸売市場を形成してきた。
こうした食のプロ達が日常食べる店がいわゆる場外市場と呼ばれている場所である。この場外には数年前から多くの人がその食を求めて行列する、そんな観光地にもなってきた。プロの料理人が食べる賄い飯を素人である生活者が求める構図は、隠れ家食堂のようなものである。
もう一つの「見えない努力」は食の安全に対する日々の努力であろう。最近築地には行ってはいないが、若いころ銀座で働いていた頃はよく歩いて場外の寿司店など利用していた。当時から建物は老朽化し、決して綺麗とは言えない場内外であったが、ここ数十年食中毒など一度も聞いたことがなかった。これも衛生という見えない世界に対する伝統であろう。そして、この見えない世界という伝統を育ててきたのも築地から食材を仕入れきた鮮魚店や青果店、あるいは飲食店であり、その向こうには膨大な安全安心を求める消費者がいるということである。』

さて、その豊洲市場を歩いた感想である。また、その帰路築地場外市場で食事がてらに立ち寄った感想を踏まえたレポートである。事前にHPを見てから観察したのだが、想像以上に巨大な施設でここまで必要なのかなという疑念を感じつつ団体の観光客と共にゆりかもめ市場前駅から延々歩いた。大手通販企業のロボットによる自動化された物流センターならいざ知らず、卸・仲卸という人による「市場」にこれほどまでの広さは必要なのであろうかという疑問であった。確かに築地は狭く、取引量の拡大に応えることは難しい。しかし、周知のように中央卸売市場の取引量は減少に向かっており、一船買いや畑買いに表れているように大手小売り店や大手飲食チェーンあるいは回転寿司チェーンなどは卸売市場を通さず直接生産者と取引しており、その潮流は更に広がることが考えられている。

豊洲市場のもう一つの特徴は閉じられた空間ということである。その空間は仲卸棟や卸し棟に入るゲートから始まり、観光客向けの飲食街もである。飲食街の先には卸市場、仲卸市場となる。今回は観光客用の見学通路からの観察であったが、これも巨大空間、いや巨大冷蔵庫であることがわかる。築地が屋根はあるものの外気にさらされた空間であったのに対し豊洲は閉じられており、温度管理、衛生管理などにはよく出来ているかと思う。
場内では産地からの搬入から買い付け業者の搬出が一直線につながっていて、更には搬出入口はシャッターやエアーカーテンで外気が入りにくくしており、温度管理された環境下で一連の作業をできるため、築地より鮮度などを維持しやすくなっている。これが「巨大な冷蔵庫」と感じた理由である。

但し、水産卸売場棟では仲卸売場棟とつながる地下通路があるが、中小零細の小売店や飲食店の場合、例えば仲卸売場で仕入れた魚貝の他に野菜も購入したいとなると広い通りを渡って隣の棟の外れにある青果棟へと延々歩くこととなる。おそらく慣れたとしても10分以上は歩くこととなる。観光客の場合は単なる見学であり、せいぜい飲食施設で食事をするぐらいであるが、中小零細と言えども小売店や飲食店は顧客である。実はこの中小零細業者こそが「目利き」という目に見えない技を信頼し築地ブランドを創ってきた人たちである。この顧客にとって間違いなく「使いにくい」市場になっているであろう。また、自動車で買い付けに来る事業者は良いかと思うが、電車などのアクセスは極めて悪い。そうした意味で使いにくい巨大冷蔵庫市場と言えるであろう。

豊洲まで来たので久しぶりに帰路築地の場外市場を訪れた。数年前にも来たことがあるが、その時以上の賑わい、いや混雑であった。丁度、年末のアメ横のような状態で撮った写真は人混みが途絶えた瞬間のものであり、更に変わったなというのが場外市場の印象であった。シニア世代の日本人観光客もいたが、60~70%が訪日外国人観光客であった。その観光客はといえば、推測するに豊洲市場が中国人の団体旅行客であったのに対し、築地場外市場は欧米人もいれば中近東やアジアなど世界中から集まっていることがわかる。つまり、世界の「市場ブランド」、京都と共に日本観光の中心であることがよくわかる。若い頃東銀座にオフィスがあったこともあって築地の場外市場にはよくランチを食べに来た。そんなサラリーマン客はほとんど見ることもなく、完全に観光地としての築地場外市場であった。大阪の黒門市場が一大観光地になったと一昨年未来塾にも書いたが、ここ築地は黒門市場の明日ということであろう。黒門市場の時も感じたことだが、築地場外市場も「観光地価格」になっており、少々高いなと感じた。

本格的分析については後日未来塾にて公開する予定であるが、豊洲市場と築地場外市場の賑わいの「質」の差は歴然であった。豊洲市場は老朽化し衛生管理にも問題があった築地中央卸売市場の一側面については解決し得たと思う。しかし、失くしたものがこの「賑わい」である。つまり市場感覚、自由に見て回れる、本来食べたり、買い物したりするそうした楽しさが満喫できる街が求められているが、豊洲にはまるで楽しさのない閉鎖構造の空間が造られているということである。千客万来という温浴施設を核とした複合エンターティメント施設が予定されているが、閉鎖的でしかもその広大さから「回遊性」を創ることは極めて難しい。この楽しさ創造のポイントとなるのが未来塾にも数多く取り上げてきた「雑」集積による賑わいづくりである。この「雑」をどのように取り入れていくのかが重要な課題であったはずである。水産仲卸棟の4階には物販フロアもあるが、市場で働く人たちのための道具類などのショップであり、12時前には半数以上の店は終了になりシャッター通りとなっている。
豊洲市場を観察している最中、二組ほどのシニア世代から「どこに行けばマグロが買えるのですか」と質問され、更に「飲食店の数も少なく行列ばかりでどこで食べたら良いのですか」とも。私の答えは、ここではマグロなど買うことはできません。豊洲駅から地下鉄で二駅ほどで新富町という駅があり、7~8分は歩くがそこには築地場外市場があって、「食べたり、買い物したり」できますよとサジェッションした。豊洲市場にきた観光客、主に中国からの団体客は別として、日本の個人客の多くはこうした期待、市場巡りの楽しさを求めて来ていた。勿論、誤解に基づいた観光であるのだが、延々歩かされて、そこに見たのが楽しさがまるでない巨大な冷蔵庫であったということだ。

この「楽しさ」を提供すべく豊洲市場の隣には千客万来という施設が考えられているが、その施設自体の事業採算性は別として、地元江東区の活性化につながるのではといった期待が聞こえてくる。2012年に誕生した東京スカイツリーの建設に際しても地元の押上商店街は集客した観光客の一部は商店街にも来てくれるのではないかと期待していた。私はそんな期待はやめて成功している多くの商店街から学んだ方が良いと指摘して来たが、予測どおり、東京スカイツリーの観光客の一部すらも地元商店街などには回遊することはなかった。逆に、地元住民はスカイツリーにあるデパ地下のような専門店街へと足を運んだ。押上はシャッター通りではなく、住宅地とオフィスになって街は一変した。これが結果であって、間違ってはならない。それよりも豊洲のある湾岸地帯には今なおタワーマンションが建てられている。都心への利便性もあって需要があるからだ。ただ、無いものがあり、「新しい街」であるが故の「界隈性」であり、そこに生まれる賑わいである。このテーマについては後日未来塾で「賑わい再考」として公開するつもりである。

ところで、築地ブランドを創った人材は閉じられた豊洲の巨大な冷蔵庫でどう生かされていくのであろうか、というのが私の疑問である。勿論、目利きという見えない技の生かし方である。飲食業界の生命線は何と言っても先ずは「仕入れ」である。流通業界の仕入れ担当者がその経験を生かして飲食業界に転職していることは過去から見聞きしていた。今回もそうしたリクルートがあることも聞いている。それはそれで意味あることだと思うが、問題は築地で培われた目利きという財産である。豊洲という巨大冷蔵庫という閉じられた中で仲卸と小売り顧客との間でその技は継承されることと思うが、ブランドはその背後にある技を消費する開かれた生活者によって創られる。

もう一つの課題は、築地の跡地をどうするのかということである。現在は築地ブランドとしてのポジションは訪日観光客によって健在ではある。しかし、その裏付けの一つである「マグロのせり」といった日本固有の商いの現場は豊洲へと移ってしまっている。つまり、これからは市場の成り立ち。そのリアリティを失っていくということである。観光地としてどこまでその魅力を持続できるか、跡地利用にかかっているということである。銀座に近接した立地の良さからは多くの可能性が考えられる。しかし、築地場外市場とは無縁の施設が実施されれば、当たり前のことだが、築地場外市場は観光地としてのポジションを徐々に失くしていくことは間違いない。問われているのは、築地・豊洲といった湾岸エリアをどうするのかという全体構想力である。(続く)


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Posted by ヒット商品応援団 at 13:31│Comments(0)新市場創造
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