2018年10月12日

◆未来塾(34)「コンセプト再考」(1)後半 

ヒット商品応援団日記No723(毎週更新) 2018.10.12. 「コンセプト再考」の後半です。




消費税10%時代の迎え方(3)

コンセプト再考

その良き事例から学ぶ(1)後半

時代を超えたコンセプト、時代を取り入れたコンセプト
何を残し、何を変えていくのか


新しいコンセプト、小さなテーマショップ:星パン屋

1990年代ショッピングセンターのリニューアルに際し、そのキーワードの一つが食においては「採れたて、焼きたて、炊きたて、作りたて」といった「鮮度」を特徴とすることであった。パン業界もそうした傾向を受けて専門店化が進んだ。その背景にはパン生地の冷凍技術の進化があり、店舗で最終発酵と焼成を行う「ベークオフ」が始まった。2000年代に入ると、隣駅ぐらいであれば買いに行きたい店の一つとしてパン専門店があり、若い女性の間で話題となり、厳しい競争環境へと進んだ。そして、パン専門店の選別が始まり、2000年代後半には店舗数も減少し始める。また輸入小麦粉の価格が高騰し、家計調査におけるパン消費金額も減少し、現在は横ばい状態となっている。

こうした停滞状況から一歩抜きん出てきたのが5年ほど前銀座にオープンした「セントル・ザ・ベーカリー」であろう。ブログにも何回か取り上げたので詳しくは書かないが「食パン」を美味しく食べさせてくれる高級パン専門店で、今なお行列ができている店である。同じような「食パン」を販売する店が「俺のBakery&Cafe」である。同時に、美味しい食パンが焼けるトースターやテクニックも話題になった。こうした傾向の少し前には、美味しいご飯を食べたいということからブランド米と高級炊飯器のブームも起こっていた。
一方、デフレ時代を象徴するように、パン市場もパンの百円ショップや工場直売セールには行列ができる、そんな市場の分化も起きてきた。

こうした日常食の分化・多様化が始まった「パン」市場の中に誕生してきたのが、小さな「手作りパン」の店である。好みの小麦粉を選び、発酵酵母も自家製、温度管理や熟成方法も工夫しながら「私のパン屋さん」が続々と誕生してきている。都市部であれば住宅地のパン屋さんとしてご近所顧客しか知らない、そんな隠れ家的な小さなパン屋である。そうした小さなパン屋の中でもひときわユニークな店が「星パン屋」である。それは店名通りの「宇宙と星をテーマにしたパン専門店」である。








実はこのテーマ世界と同じ世界を感じたのが、一昨年大ヒットした新開誠監督による映画「君の名は。」であった。星パン屋のホームページには「宇宙のような、目に見える大きなものの不思議。酵母のような、目に見えない小さなものの不思議。繋がっていないようで、繋がっている生き物たちの、不思議。」とある。この不思議世界を「パン」にしようと試みたパン屋さんである。その不思議物語は、店長・ずんことイラストレーターkrimgen氏とで作り上げた絵本『星パン職人の少女』から生まれた、とのこと。
右の写真は塩バターパンの「地球」である。他にはベーコンを巻いて焼いた「かに座ベーコン」やこいぬ座をイメージしたミルククリーム全粒粉パンの「こいぬ座」、あるいは惣菜ロールパンである「星雲サンド」やウインナーパンである「火星ソーセイジン」のように星座をモチーフにした多様なパンメニューである。

こうしたテーマ性を持たせた「楽しさ」をも販売するパン専門店、しかもメルヘンチックな想像世界は恐らく初めてであろう。ただ懸念するのは、ともすると「コンセプトだおれ」になりがちである。日常食としての「美味しさ」(香り、食感、食味など)を継続させていけるかどうかということである。宇宙は無限の広がりを見せるものでもある。その「無限」は酵母の無限さと同じであると思うが、それらの不思議さは具体的な「商品」「パン」として具現化されなければならない。ここでパン以外に「商品」と書いたが、いわゆる発酵技術を活用した商品のことである。

「文化型」と「コンビニ型」が交錯する時代であると書いたが、星パン屋の場合は後者のコンビニ型、つまり常に変化を受け止めて商品化するビジネスである。単なる変化に押し流されずに、冒頭のとんかつ専門店「王ろじ」の”昔ながらの あたらしい味”になり得るかどうかである。それが可能になった時、いわゆる「プライベートブランド」として成立する。消費者の側に立てば、「マイブランド・星パン屋」ということである。

神奈川県磯子区根岸の小さなお店を訪れたのは、小雨の降るオープン間もない午前10時半過ぎであった。準備中ではなかったが、出来上がっている商品は少なく、食べてみたかった「地球」と「黒ゴマの食パン」はまだ出来上がっていなかったので写真のような惣菜パンと星座をモチーフとした2種類のパンを購入して食べてみた。惣菜パン(290円 税抜き)はミートローフを挟んだもので、そこそこボリュームもあって美味しかった。
女性二人でやっている小さなパン屋であるが、オープンして4年が経つという。帰路何かが足りないなと感じたのは「楽しさ感」がパンの世界だけでは足りないなというものであった。店内は子供にも座りやすく小さな椅子とテーブル、全て木製で配慮されているが、映画「君のは。」ではないが時代が求める「ワクワク ドキドキ感」が足りないなと気づいた。店舗写真を見てもわかると思うが、店の前に置かれたプランターには何も植えられてはいなかった。季節の花というよりテーマ世界を感じさせるのであれば、「秋桜」コスモス」となる。周知のように「cosmos」は、古いギリシャ語(kosmos)で「宇宙」を意味している。おそらくそこまで手が回らなかったのか、気が回らなかったのかわからないが、テーマを今ひとつ生かしきれていない感が残った。
都市部においてはこうした小さな専門店がこれからも誕生してくるであろう。日常の楽しみ方として、「テーマのある暮らし」と言うことになる。



事例から学ぶ


ところで数々の日本レコード大賞を受賞したヒットメーカーである阿久悠もヒット曲だけを作ったわけではない。実は、石川さゆりが歌う代表曲「津軽海峡・冬景色 」の曲づくりの悪戦苦闘ぶりを「転がる石」に喩えて次のように書いている。

『十八歳の少女に見える透明な声の演歌歌手に似合う歌は何かと、ぼくと三木たかしは、シングル二曲空振り、三曲目「花供養」も確信が持てずに目が回るほどに転がり、一曲を選び出すために十一曲も作ったのである。・・・・・・そして、最後の津軽海峡で転がる石は手応えを感じて止まったのである。・・・・・・今、作家も歌手も自らが作ったイメージに硬直して転がることを捨てている。せめて時代の半分の速度で転がることだ。』(「歌謡曲の時代」 阿久悠 新潮文庫より)

1990年代後半デフレの騎手として「フリース旋風」を起こしたユニクロも、その後イギリス進出の失敗と国内では在庫が大きく膨らみ業績は低迷する。GAPをお手本に成長したユニクロはファッション性を追求して行くのだが、その経営リーダーを若い玉塚氏に任せて行く。しかし、相変わらず停滞状況が続くのだが、創業者である柳井氏が社長に復帰し、同時に「ヒートテック」という新素材による新商品を発売して行く。当時、「フリースのユニクロから新素材開発のユニクロへ」と、自ら変わろうとしていると感じたことを覚えている。今もそうだと思うが、空振りを恐れない「転がる石」そのものである。

顧客が変わったことに気づき、こんなこと、あんなこと、小さな提案をし続ける事の中にしか「次」の革新への芽は見出せない。そのための顧客にもっと近づくこととは転がることを厭わないということである。未来塾で取り上げた多くの企業や団体、あるいはエリアのほとんどが転がることの中からヒントやアイディアが生まれていることがわかる。それが膨大なビッグデータであれ、顧客の一声であれ、まずは転がってみようということである。

「空、雲、傘 」という市場の認識法

「空、雲、傘 」という表現はコンサルティングやマーケティングに携わる人達が使う基本的な戦略手法である。簡単に言ってしまうと、「空」という市場・顧客を見上げ、「雲」の動きを分析・把握し、「傘」を持って出かけるべきか否かを決断するというものだ。
冒頭の「王ろじ」にとって「空」は新宿の顧客であり、その新宿という街も日々変化して行く。例えば、いつも来られる常連のお客さんが最近来ない、あるいは来店頻度が少なくなったような気がする。これが「空」である。たとえ話で解説すると、少し調べてみると、例えばとんかつではなく近くにある食堂で定食を食べに行ってるようだ。あるいは周りの飲食店も値下げしているようだ。こうした問題点を認識し、例えばそれではリーズナブル価格の新商品で対抗しようという解決の方向=戦略が「雲」である。では次にどうすれば良いのかという行動、例えばトンカツとカレーとを組み合わせた新メニューにしようかというのが「傘」という戦術である。(この例えば「王ろじ」が実際にそうであったという例えではない。私が勝手に図解したに過ぎないので理解いただきたい。)
実はこうした「空、雲、傘 」という考えは大企業のみならず、街場の飲食店でも行っていることである。「王ろじ」のように「昔ながら」という過去の中にヒットを見つけ「あたらしい味」に仕立てることによって「路地裏の名店」を継承させてきているということだ。

3年前からブログにも書いてきたことだが、消費というジャンルで天気を見て行くと、「空」の変化を大きく変えてきたのが訪日観光客であった。景気天気図として言うならば、リーマンショック後の曇り空に陽の光が少し差し込んできたというところであろう。その象徴的地域が一昨年・昨年の関西エリアということになる。すでに何回も書いてきたのでこれ以上書くことはないが、9月の台風21号による関空の麻痺状態は関西経済を真っ青にさせた。一瞬差し込んだ薄日が消え、まさに雨が降り始めるのではと恐れたが、いち早い復旧が可能となった。つまり、景気という天気は自然がそうであるようにいつ変わるかわからないということだ。しかも、情報の時代は悪い噂がたてばSNSによってあっという間に拡散する。勿論、逆に良い噂も同様で、そんな時代の天気である。

曇り一時雨、という天気図

ところで日米の日米物品貿易協定(TAG)が始まる。大枠については合意したと報道されており、懸案の自動車への追加関税25%については即実施しないことを条件とし、その代わりとして農産品の輸入関税引き下げが行われるようだ。詳細(具体的交渉)は年明けから始まると思うが、自動車への追加関税は行わないということではなく、推測するに農産品の関税いかんによっては交渉のテーブルに上がるということもあり得る。日米の貿易差額7兆7000億円の帳尻に合わせてくると考えられる。オバマ時代の経済秩序とは真逆の世界に入ったということである。
また、周知のように米国によるイランへの制裁によるイランからの原油供給不安、更には主要産油国が増産見送りにより、原油が高騰している。結果、レギュラーガソリンはリッター150円台にまで高騰している。消費レベルだけでなく、電力をはじめとした多くの産業のコストアップへとつながることは言うまでもない。更に、付け加えるならば首都圏の建設などオリンピック需要は来年の2019年で終わる。
つまり、消費税10%が導入される2019年の経済天気図は雨模様になるという予測が成り立つということである。但し、日本全体が雨になるのではなく、地域や業種のまだら模様の天気になる。日米物品貿易協定(TAG)の対象となる産業への助成策についてはTPPの時に既に計画されているので対応されていくと思うが、特に農業は高齢化も進み先行きが見えないということから廃業の道を歩むことは当然出てくるであろう。特に、相次ぐ災害に見舞われた農業県である北海道は雨模様になると言うことである。勿論、2020年には首都圏はオリンピックもあり、薄日は差し込んくることは間違いないが。

さて「曇り一時雨」という予測がされる中での消費税10%の導入である。どんな天気であっても、いわゆる全天候型のビジネスは何かと多くのマーケッターは考える。しかし、そんな絶対的なコンセプト&ビジネスなどあり得ない。そして、天気が悪い状況にあっては、消費マインドは更に萎縮する。そうした状況下での生き残り策、いや新たな成長策は何かということになる。

1、既にあるものを生かすことによって「新しさ」を創る

冒頭の「王ろじ」ではないが、取り込んでいくべき「新しさ」を何にするかである。西洋から取り入れた2つの「新しさ」、とんかつとカレーの組み合わせによって生まれた「新しさ」である。既にあるものを生かし切るということであり、ゼロからの新商品として多大な投資を必要とはしないということである。最近では日本マクドナルドの「夜マック」というダブルのパテを使ったり、「200円バーガー」も既存の食材をサンドしただけである。既存の食材を使う、オペレーションも特別なラインで行う必要はない。現場の負担も少なく、スムーズに行うことができる。回転すしのスシローの場合も、こうした考えのもとで「お得プロモーション」として行ったことがある。その「お得3貫セット」の握りすしも同じ発想である。実はこのスシローの発想は以前からあるもので、それは大阪新世界ジャンジャン横丁の大興寿司である。大興寿司では一皿3貫ずつ、150円からで大阪では以前から人気寿司店となっている。単純なことのように思えるが、このように定番化してしまうとその「お得さ」には新しさが生まれるということである。
逆に既にあるものを「引いて」新たなもの、メニューを作ったのがこれも大阪難波にあるうどん専門店「千とせ」の「肉吸い」である。「肉うどんのうどん抜き」を頼んだ吉本の芸人から生まれたもので、引くことによって新たなメニューを産んだ良い事例である。こうした小さな変化こそが必要な時代になっているということである。
とんかつ専門店も、日本マクドナルドのようなハンバーガーショップも、すし専門店も、あるいはラーメンなどの飲食店も、そこには「四季」という変化は基本的には無い。つまり、どれだけ変化という鮮度を提供できるかが、リピート客を創る上で不可欠なものとなっているということである。既にあるものをどのように生かし切るかがビジネスの基本となっているということだ。

2、新しい発想、新しいコンセプトで顧客を創る

事例を踏まえて言うならば、「お得が求められる時代」にあって、それまでの作業着であった防寒・防水ウエアーを街着にも使えるように、しかも三分の一の価格で提供した「ウオークマンプラス」。デフレ時代ならではの着想で、それを可能にしたのも既にある高機能素材を活用したことと、男女共用によるものであった。こうした高機能商品をベースに、街着などの新たなスタイル開発を行うという、つまりコンセプトをより豊かにした市場開発と言えよう。
ららぽーと立川に1号店をオープンさせて2週間ほど経った時に新業態店舗を観察したのだが、同じタイミングでTBSの撮影クルーが取材で入っていた。店舗のスタッフにも聞いたのだが、今後もこのような新業態店舗を SCなどの商業施設にも出店していく予定であると話していた。
「ウオークマンプラス」の場合、新商品開発というよりも新しいスタイル開発と言った方が的確であろう。比較としてはふさわしくは無いが、シャネルの口癖であったと言われる「モードではなく、私はスタイルを創ったのだ。そして、スタイルは次の時代にも残っていく。」という言葉を思い出す。そして、シャネルの場合はスポーツウエアーを街着のスタイルへと変えて見せたのだが、こうした他への「転用・活用」という発想はアパレル以外にも考えられるものである。全てを固定的に考えてはダメだという良き事例となっている。
そして、「ウオークマンプラス」がどこまで新たな「スタイル」として創っていけるか、期待してみたい。

「星パン屋」の場合であるが、テーマ性を持たせた発想は重要であると考える。焼きたてといった「鮮度競争」はパン市場の進化の過程では重要なことであった。確かに焼きたては美味しい。千葉県に「ピーターパン」というパン専門店がある。今はメロンパンという名物の人気店となっているが、それらの基礎を作ってきたのはやはり「焼きたて」である。そうした焼きたての鮮度として、「いつ」焼きあがるかを明示するパン専門店も多くなった。そうしたことを踏まえた「次」を考えると、その一つにはテーマを持った専門店となる。
テーマとは、消費者にとっては美味しさと共にもう一つの「楽しさ」や「健康」のことである。このテーマの重要さについては何回となく書いてきたのであまり繰り返さないが、テーマの魅力は一貫した「集積度」にある。いわゆるテーマパークである。星パン屋の場合は、星座の不思議とパン好きという2人のオタクによって生まれた小さなパン屋である。
こうした女性たちによるパン屋だけでなく、蕎麦好きが昂じて手打ちそば店をやりたい、あるいは農家料理の店をやってみたい、そうした小さな起業として参考になるであろう。そして、こうした「手作り」によるテーマ専門店はこれから流行ることと思う。但し、前述したように「コンセプトだおれ」になってはならないということだ。継続していくには、自惚れずにまず顧客の信頼を得ることだ。

ところで今ラーメン業界で一番注目されているのが庄野智治氏の「麺や庄の」であろう。庄野智治氏もラーメン好きが嵩じて独学で始めたラーメン店である。ある取材に答えて、そのスタートは順調であったが、1ヶ月で客足は止まったと語っている。その原因はなんであるかを探ったところ、提供したラーメンには「変化」がないという結論であったと言う。そこから自らラーメンクリエーターとし、創作ラーメンを始めたのが「麺や庄の」である。その創作ラーメンを作り続ける理由を、「客を飽きさせないため」と言い切っている。その目指す世界は旧来のラーメンを見事なくらい裏切る料理である。いわゆる「今」を映し出すコンビニ型の典型であろう。これも転がる石の一過程である。ちなみにミシュランガイドに掲載され、広く知られることとなった。顧客が求める「変化」を追い求めた結果ラーメンとは異なる料理にたどり着くのか、それとも変わらぬ大勝軒の「つけ麺」を提供するのか、どちらも正解であると思う。さて、星パン屋はどちらの可能性をたどるのか見守って行きたい。

コンセプトを変えることによって再生した事例はやはり旭山動物園の事例がわかりやすく示してくれているかと思う。事例の中でも触れたように、動物園で「何」を観てもらうのかと言うコンセプトの見直しにある。
それはある意味で、動物が本来持っている野生・本能、つまり本当の意味で「生きていること」を実感してもらうことへの発想転換であったと言うことである。それは観る側にとっては未知のことであり、驚きとなって観察する。知らない世界がこれほどあったのかと言うことである。表の顔の動物から、裏の顔をも観てもらうことでもある。表通り観光から、路地裏観光への転換という構図によく似ている。発想を変える、見方を変えることによって、それまで見えなかったことが見えてくる、そんなコンセプトの見直しであったと言うことである。勿論、見直しが誤りで失敗することもある。それも一つの転がる石である。

3、「日本文化」というコンテンツ

大きな市場となってきた訪日観光客市場についてやっと日本人自身も認識し始めた。そして、日本観光も回数化が進み、これも自然な結果で「日本好き」が深まっていると理解すべきである。日本観光の2大関心事は「食」と「寺社仏閣・城」であるが、その背景にはそれらを生み出した日本文化があると理解しなければならない。例えば、食であれば、寿司はやはり築地で食べてみたい、ラーメンは本場・本物の店で食べてみたい、新しくなった日光東照宮を観てみたい、桜もいいが秋の京都を訪れてみたい、・・・・・・・・日本文化、その生活文化の本物・本質へと興味関心が深まっているということである。こうした進化は勿論地方にも向かっている。
そして、多くの訪日観光客は既に事前に日本観光はすませているということである。ネット上の多くのガイドサイト、あるいは口コミサイトで事前観光はすませているということである。箸の使い方も練習し、温泉の入り方もマナー程度は理解して訪日する。。結果、体験・実感できるプログラムへと向かっているということである。その中には、日本人とのふれあいがあることは言うまでもない。
寿司もラーメンも自分で作って食べる。城、侍への興味であれば日本武道・剣道体験をする。そんな体験プログラムである。そうした体験の先には何があるかである。観光を終え自国に戻り、日本文化の伝道者になってみたい、そんなことから日本食レストランを始めたり、道場を開いたり、そうした訪日外国人が増えている。ちなみに、東京浅草の隣の合羽橋道具街は、料理道具を買い求める訪日外国人でいっぱいである。特に人気なのが日本料理の包丁類や器であるという。お土産にはミニチュアの食品サンプルといった具合である。

今回シャネルと宮大工を事例に取り上げてみたが、広い意味では見えない力、つまり「文化の力」ということになる。周知のように文化は多くの時を重ね熟成されたもので、勿論阿久悠さんが指摘してくれたように転がる石そのものである。シャネルも、宮大工も多くの挫折を経験してきたことは周知の通りである。
そして、今日のようにすぐに実績や成果が問われる時代にあっては文化への理解は難しいものとなっている。しかし、時を重ねた文化力の偉大さは江戸時代の浮世絵のように常に「外」から認められてきたものだ。日本人よりも訪日観光客の方が正確に認識していると言うことである。
ところで建築については戦後の荒廃した日本の再建には木材を使った旧来工法では時間もコストもかかることから、建築法の改正が行われ鉄筋コンクリートと安価な輸入木材や合板などを使った建物が広く普及する。その代表がいわゆる兎小屋と言われた団地群であった。明治維新後の廃仏毀釈に次ぐ第二の受難が大工に襲いかかる。そして、後継者も育たない事から「大工」という職業は廃れていく。しかし、ここ10数年前から洋のライフスタイルからの反転、揺れ戻しによる、いわゆる和ブームの時代になっていく。
昭和レトロをテーマとした古い木造建築のリノベーションが行われ、移築された古民家はおしゃれなレストランやカフェへと変貌する。国産木材を使った大型商業施設も見られるようになった。
数年前から新築住宅を中古住宅の販売戸数が上回るようになった。一般住宅のみならず、商業施設もシャッター通り商店もリノベーションが普通のこととなった。つまり、「過去」の何を残し何を変えるかが建築主や商店街・街の主要なテーマとなった。(このテーマについては事例として取り上げるつもりである。)

クールカルチャー・ジャパン

つまり、やっと日本の過去・歴史、そこに横たわる文化に向き合うことになったということだ。ヨーロッパを石の文化であるとするならば、日本は木の文化、紙の文化の国である。特に、地方には都市文化の波に洗われてなお残る固有な生活がある。その一つが飛騨高山の古い町並み、合掌造りの白川郷、懐かしい山村の風景、この飛騨高山は京都と並んで行って見たい人気の観光地となっているのも、この日本の原風景がいたるところに残されているからである。京都が雅な貴族文化であるのに対し、飛騨高山は日本の持つ自然文化生活の代表的な場所ということになる。観光協会は特別なことはほとんど何も変えていないとコメントしている。あるがままの町であり集落であり、変わらず朝市も行われる。昔ながらの山村が残り、歴史あるものという残すべきものが残され、その魅力に多くの観光客が訪れるということである。そして、白川郷の合掌造りの家もその藁葺きの吹き替えには経験・技術が必要となる。こうした合掌造りの家が残されていればこそ、吹き替えの職人も残りその技も継承されていく。
このように特別なことは何もしない、「あるがまま」「昔ながら」という魅力こそが「自然文化生活」の本質である。結果、アクセスもあまり良くない、小さな飛騨高山に人口の5倍となる年間50万人超の外国人観光客が訪れる。

こうした町並みが残されているのも、実は地元住民や商業者によるものである。あの観光地となった東京谷根千もそうであり、再開発の予定地であった吉祥寺駅前のハモニカ横丁も昭和レトロな雰囲気が人気となり、そのまま残ることとなった。
残すもの、変えるもの、それは地域であれば住民やそこで商売をする事業者、更に何よりもその地を訪れる顧客の評価によって決まる。そして、その「評価」の基準は何かと言えば、見えない何か、堆積する固有の文化を魅力と思えるかどうかである。冒頭のとんかつの店「王ろじ」に即して言うならば、「昔ながらの あたらしい味」に、その新しさに魅力を感じるかどうかである。「昔」を新しい、未知のものと感じるかどうかということである。都市化によって失くしてしまった「未知」、大仰に言うならば失くなりつつある日本の文化と言っても過言ではない。


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Posted by ヒット商品応援団 at 13:42│Comments(0)新市場創造
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