2018年06月19日

◆見える化から感じる化へ (後半)

ヒット商品応援団日記No715(毎週更新) 2018.6.19.



このブログはマーケティングをテーマとしているので後半では本題に戻るが、こうした心理環境の中で際立ってきたのが「感情」が激しく行動を揺さぶる時代に入ってきている。勿論、誰もが感情を持ち、泣いたり笑ったり、怒ったりといった喜怒哀楽は持っている。この20数年の時代変化、特に個人化社会という帰属社会が会社や家族から個人へと移行した時代にあっては新たな「仲間社会」を産んできた。そして、この仲間から外されることの中に「いじめ」があった。もう一つが「キレる」という行き場のない感情が爆発するといった現象が至る所で見られる社会となった。これらはストレス社会の中のバラバラとなった個人に関わる新たな社会問題の出現である。しかし、こうしたネガティブな問題を解決あるいは緩和する「術(すべ)」もまた生まれてきている。その一つが少し前にブログに書いた「笑い」のある社会である。商品に、店作りに、ちょっと笑える、和ませてくれる、そんなことが求められている時代である。

ところでその本題であるが、こうした「感」が強く出てくる時代のマーケティングでは消費をどう考えるべきかという課題である。まず価格はデフレ時代においては消費を決める最大の鍵であるが、顧客との間で交わされる「共感」が不可欠な要素になってきたと考えている。今までの「訳あり」といった理屈による納得価格・お得な価格という心理価格から、考え方に共感したから、そこまでやるかといった気持ちが分かるから、あの人がやっているから、こうした共感価格とでも表現したくなる価格の受け止め方が生まれてくる。つまり、今までのお得を訳ありという「見える化」から、その比較から言えば「感じる化」ということになる。

前々回の未来塾にも少し書いたが、元気な大阪、その中でも飛び抜けた賑わいを見せる大阪ルクアイーレバルチカで一番の行列店になっている店が鮮魚店が経営する「魚やスタンドふじ子」である。
前回その店頭の写真を掲載したが今一度冒頭の写真として載せておく。普通に考えるのであれば、鮮度感や季節感を表に出したメッセージになる。つまり、旬を売り物にするのだが、それは二番目となっている。一番目は価格感を前面に出した店作りである。店頭の看板には「海鮮が安いだけの店」とある。但し、その安さの表現だけであれば、つまらない表現であるが、一度食べればその鮮度ある美味しさに唸ってしまう。激安あるいは激ウマといった表現が氾濫する中で、嘘とは言わないが、レトリックばかりの表現が充満している時代である。その逆を見透かしたようなリアルな美味しさ、そのギャップにやられてしまうといった感じである。面白いことにその「やられた感」は他者に話してみたくなってしまう。結果、口づてで評判が伝わるという「感」の連鎖が生まれる。これが若い世代を開発する戦略となっている。

この「感じる化」は体験してみないとわからない。そのためには入り口としてのメニューと「価格帯」に工夫が必要であるということである。単なるお試しメニューとその価格帯ということではなく、極めて多様なメニュー、好みに応えられる「小さな単位(りょう)」の「小さな価格」のメニューが用意するということである。あれこれちょっとづつといった「雑」メニューの満載である。価格帯としては300円を中心に200円から400円台となっている。つまり、共感価格という言い方をするならばこうした価格帯となる。この「魚やスタンドふじ子」では勿論昼のランチとして刺身定食のようなメニューもあるが、多くの若い世代はそうした単品を食べている。
つまり、あらためて使用価値・体験価値が求めれてきているということである。その背景にはネット社会というバーチャル世界・仮想世界と現実リアル世界・日常世界とを「行ったり来たり」する必要性がますます求められているということである。これからもAI(人工知能)が生活のいたるところへと進行していくと思うが、この行ったり来たりということがビジネスの仕組みの中に組み込まれる時代がきているということだ。若い世代の場合はこの行ったり来たりを当たり前のことと考えており、ある意味「コスパ世代」としてリスクヘッジをしているとも言える。友人からの情報をスマホで調べ、興味あるものであればちょっと試してみる。良ければ以降も使うが、気に入らなければそれで終わるということだ。そうした意味でシビアであり、お金の使い方がうまいということである。

そして、もう一つ付け加えるとすれば、「魚やスタンドふじ子」は昼飲みの店である。元々大阪では昼飲みと言えば、新世界か京橋と決まっていて、いわば「オヤジの街」の風景であった。しかし、今や大阪の中心であるターミナル駅ビル地下では若い世代の「昼飲み」が至る所で見られ当たり前の風景となっている。アルコール離れと言われていた世代であるが、確かにオヤジのように酔うために飲むのではなく、仲間とワイワイガヤガヤするためのいわば「ツール」としての飲み物であり、CMでオンエアされているがチョーヤの「酔わないウメッシュ」もそうしたツールということができる。つまり、「昼飲み」は若い世代の新しい一つの集いスタイルになったということである。

若い20代世代は消費の舞台にのることの無かった低欲望世代と言われ続けてきたが、実は舞台が無かったということである。この舞台は料理を味わう、会話を楽しむ舞台ではない。同じ世代の仲間同士が放課後の部活の部屋で集まるように、仲間内の話をする場所という意味である。数年前、こうした若いコスパ世代のデートとして、コンビニでドリンクとツマミなどを買い、デート場所は自宅で、興味はもっぱら貯金であると揶揄されてきた。しかし、喋り合うことが目的であり、消費金額から言えば。昼は1000円未満、夜も3000円未満という金額は決して高くはないということである。行列の絶えない「魚やスタンドふじ子」と「コウハク(紅白)」共に中心は女性で、女子会と思われる数名のグループが多く見受けられた。ここ数年、カラオケボックス人気が急速に落ち込み、しかも若い世代それも女性のカラオケ離れが進んでいるという。勿論、一人カラオケといった使い方に見られるようにカラオケ好きは勿論存在している。しかし、広いカラオケルームは数名の顧客利用によって経営は成り立っている。シダックスを始め対策は取りつつあるようだが、このカラオケ離れの一部は間違いなくこうした集まれる場所に来ていると推測される。ちなみにカラオケボックにおける客単価は1100円前後となっていて、同じような消費金額である。つまり、「好きな仲間と集まれる場所」「ワイワイガヤガヤ喋り合える場所」、ある意味日常的な出会いイベント場所が新たにつくられたということであろう。まさに、若い世代の「雑・エンターテイメント」空間の誕生ということである。

今回は「感じ方」として若い世代、特に女性を中心に事例を踏まえてデフレが常態化した時代の着眼を書いてみた。ただこれは若い世代だけでなく、ここ数年の傾向としてあるのが「雑」集積を巡る楽しさの必要性である。整理されてはいない、ごちゃごちゃ感、一種猥雑な感覚のことである。窮屈でない、自由気ままに楽しむ感覚である。市場感覚、様々な売り物、小さな店々、声が飛び交う賑わい、そんな街を店を巡る楽しさである。東京で言えば築地の場外市場や上野のアメ横であり、大阪の場合では黒門市場や難波の道具屋筋ということになる。
あるいは「下町」と言っても構わない。オープン感覚、店の人間と顧客との声が十分届く距離。そんな店づくりが求められているということである。結果、生き生きとした店、顧客を主人公にしてくれるような舞台としての店である。
小さな価格で、雑としたメニュー、小さな満足を提供する店、ある意味「100円ショップ」感覚とでも表現したくなる店づくりへの再編である。(続く)


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Posted by ヒット商品応援団 at 13:07│Comments(0)新市場創造
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