2009年02月25日

◆失われゆく儀礼

ヒット商品応援団日記No344(毎週2回更新)  2009.2.25.

「おくりびと」がアカデミー賞の外国語映画賞を受賞した。暗いニュースが多い中、私もそうであるが多くの人が喜び、ブログにもそうしたコメントが数多く書かれている。主演の本木雅弘さんの映画への思いや耳慣れない納棺師の仕事など様々であるが、象徴的な意味で失いつつある日本の儀礼に多くの人が気づかされたことと思う。誰もが必ず迎える死であるが、あの世への旅へ、化粧をはじめ白装束に手甲・脚絆という出立ちをお世話してくれる方が納棺師と呼ばれることを、実は私は映画を見るまで知らなかった。

「おくりびと」を観終わった後、今から2年ほど前に観た沖縄久高島の記録映画を思い起こした。「久高オデッセイ」という映画であるが、久高島の住人(島人)の生活が神と一体となった生活であることが良く記録されている映画だ。その中に、年老いて亡くなった「おばあ」の葬送の記録に強くこころ動かされたことを思い出した。集落のはずれまで皆で見送り、「ニライカナイの神様、これからおばあがまいります。どうぞよろしくお願いします。そして、またお戻しください」と祈る。人間と自然、俗界と聖なる場所との関係が生活の中に儀礼として今なお残っている島の記録映画であった。

注)久高島は琉球国を創った始祖が降り立った神の島と言われ、東方の海には黄泉の国、竜宮という理想郷ニライカナイがあると伝説となっている島である。ニライカナイ信仰のような海上浄土は日本海にも数多くあり、特に海に沈む夕日信仰として残されている。

こうした葬送の儀礼は日本人の死生観を唯一残しているものと言えよう。ところで、江戸時代を理想的なエコ社会、リサイクル社会というが、実はその根本のところにこの死生観がある。江戸の人達は虫を始め多くの生き物と共生し、決して殺生してはならないと考えていた。死んであの世に行っても、また生まれ変わって戻ってくる、輪廻転生の思想を持っていた。だから、「おくりびと」ではないが、あの世への旅立ちの儀式を行い、また戻っておいでという風習があった。江戸時代、お月見と共に虫聞きという遊びが流行ったが、聞き終わったお盆の頃、放生会(ほうじょうえ)という「命を解き放つ施行により後生を願う」といって野に放つ儀礼を行っていたのである。

既にいくつかの予兆はあるが、「おくりびと」を一つのきっかけに、日本古来から地域に残っている多くの儀式、儀礼が見直されることになると思う。その予兆は5〜6年前から旧暦のカレンダーが静かなブームになっていたり、京都の町家に住みたいと移る若者が顕著になったり、夏の花火大会には浴衣が定番のスタイルになったり、つまり和への興味が深化してきている。戦後60数年、全国至る所に都市化が進み便利さを手に入れたが、一方地域固有の風土から生まれた生活慣習や儀式が廃れてしまった。しかし、なんとか残るお盆や祭り、縁日といった先祖や神仏との関係を表す一種の儀式・文化に注目が集まると思う。特に、若い世代にとってはOLD NEW、古が新しいということだ。

もう一つの傾向はバラバラとなった個族が再び家族へと集まり直すことへとつながっていく。縁の結び直しであるが、家族縁を中心に、血縁、地縁、といった旧来の縁が見直されるであろう。家族という単位、巣ごもりの中で互いが確認し合うライフスタイルが生まれてくる。その代表例が任天堂DSの各種のゲームであろう。あるいは鍋や焼き肉といった一つのものを家族で食べ合うといった食卓スタイル。つまり、個人単位であったものを家族単位に再編するアイディアが必要であるということだ。

儀礼、儀式とは受け継ぐべき一つのスタイルである。時代によって変化していくものではあるが、スタイルは表現であり、その裏側には明快な考え方が存在する。継承すべき文化と呼んでも良いし、日本のアイデンティティと考えてもかまわない。価値観が混乱・錯綜する時代にあって、「おくりびと」はこのことを気づかせてくれた映画である。多くのマーケッターは巣ごもり状態のため消費の輪郭が見えないと言うが、そうではない。戦後の工業化、近代化、都市化によって失ってしまったものを、今やっと取り戻しつつある。この取り戻しが消費の輪郭を決める。(続く)


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Posted by ヒット商品応援団 at 13:51│Comments(1)新市場創造
この記事へのコメント
初めまして。
訳アリグルメを調べていたら
偶然辿りつきました。
また、寄らせて貰います。
Posted by お取り寄せ通販特集 at 2009年08月29日 22:12
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