2009年05月03日

◆巣ごもりから冬眠消費へ

ヒット商品応援団日記No363(毎週2回更新)  2009.5.3.

3月31日から東京上野国立博物館で行われている「阿修羅展」には連日1万人を超える入場者があり、4月28日には30万人を超えたと報じられた。奈良・興福寺所蔵の天平文化を代表する仏像が一堂にそろう特別展であるが、入場者はというと、従来であるとシニア世代の愛好家がほとんどであったが、20代、30代の若い女性がかなり多く見受けられた。この「阿修羅展」に先だって東京世田谷美術館で行われた「平泉 みちのくの浄土」も同様に若い世代の入場が多かった。

小柄で小顔の美少年のようだと、阿修羅像に魅入る女性達を「アシュラー」と呼ぶそうだが、どこかマスメディアのやらせのような薄っぺらさを感じる。が、そんなレッテル貼りに関係なく、ここ数年若い世代の仏像、いや日本文化への愛好家は着実に増えている。修羅場の語源となった阿修羅は帝釈天と絶えず戦争をする鬼神であり、後に仏に帰依する。そんな阿修羅像に魅入る女性を「アシュラー」と呼ばれようが、日本の歴史文化の興味の入り口でありさえすれば良い。中尊寺金色堂のきらびやかさも、平泉一帯を浄土の庭とした仏教文化の入り口でありさえすれば良いのだ。1300年前の仏像を通し、日本の精神世界に触れ、内省する良き機会である。

柳澤桂子さんの「生きて死ぬ智慧」や「えんぴつで奥の細道」のベストセラー以降、変わらぬ静かなる禅ブーム、宿坊顧客の増加、精進料理や声明への注目。あるいは阿寒グランドホテル鶴雅におけるアイヌ文化の取り入れに代表されるように、地域の固有な風土、文化への注目。こうした今も残る日本の精神文化を取り入れていく傾向の中に、今回の一連の仏像展への注目もある。こうした傾向は、昨年のサブプライムローン問題を引き金とした金融危機や実体経済の危機といったグローバリズムが、ある意味促進しているとも言える。戦後60数年、「外」へ、「世界」へ、ライフスタイル的に言えば「洋」へと振れ過ぎたことに対する振り子現象の一つである。振り子は「内」へ、「日本」へ、そして「和」のライフスタイルへと揺れ戻しの中にある。

ところで、ここ1年ほどマスメディアが流す情報の中に、実は無くなっているキーワードがある。常に表層をなぞり、情報消費を促すのがマスメディアと言ってしまえばそれで話は終わってしまうが、無くなったキーワードの一つが「スピリチュアル」である。更に言うと「癒し」でもある。つまり、従来あった精神世界、心の世界の商品化が終わろうとしているということだ。終わったのは勿論単なる表層をなぞっただけの「スピリチュアル商品」であり、「癒し商品」である。
もっと分かりやすく言おう。1年半ほど前までは、占いがブームであったり、あるいは「癒しのリゾート」「癒しの宿」「和に癒される」といったテーマがTV番組を始め、雑誌などを賑わしていた。さて、結果は言うまでもなく、そんな時代ではなくなったということだ。

前号で「パンデミックへの免疫抗体」というテーマ、不安心理のパンデミック(感染爆発)について書いた。案の定、その一つである新型インフルエンザの「感染の疑い」という不確かな情報によって、政府・自治体は右往左往大騒ぎした。1日も経たない内に、メキシコの感染者数や死者数が大きく修正されたが、マスメディアは明確な根拠を示すことなくあいまいなままである。しかし、生活者はそんな情報によってパニック状態に陥りはしない。生活者にとって、問題は新型インフルエンザだけでなく、もっと大きな深い「危機」に対して感じているからだ。そんな本質としてのパンデミックが訪れていると指摘した作家辺見庸が、5月9日早稲田大学大隈小講堂で講演を行う。テーマは「暴力の時代 言葉に見はなされるとき」とある。作家として言葉を紡ぐことを生業(なりわい)としている辺見が、最早自身の言葉で語りえない、誰の言葉も及ばない暴力というパンデミックの時にきているとの認識。いや認識というより、脳溢血で倒れ、更に癌でおかされた辺見庸の叫びである。

消費という人間が本質として持っている欲望の変化と推移を見ていくと、その時々の経済や社会、あるいは政治が見事に映し出されていることが分かる。今回の新型インフルエンザは遅かれ早かれ日本にも感染者が出てくると思う。更には、そのウイルスを制圧しえたとしても、冬に向かって更に変異したウイルスが出現するかもしれない。こうした一連の危機と共に政府の過剰な「隔離政策」によって、ヒトもモノもその移動が制限され、経済ばかりか心までもが否応なく「内」へと向かうであろう。消費の傾向は「巣ごもり」から「冬眠」へと向かう。今までの消費キーワードである安近短は、更に安く、更に近場で、更に短く、「あれこれチョットづつ」は「これだけチョット」となり、回数も更に減る。例えば、食のガツン系は冬眠を前にした栄養補給の様相さえ見せるようになる。既に始まっている家庭内充実は家庭内防衛へと進み、こうした自己防衛の傾向は新たな氷河期時代のライフスタイルキーワードとして出てくる。

こうした消費の自己防衛ばかりか、働き方も自己防衛的なものとなる。既に、その兆候は出てきているが、休日や時間外のアルバイト、サイドビジネスが盛んになる。収入の補填もあるが、見えない未来への模索である。この模索は、一つは資格取得という形になって現れてくる。英検や漢検といった就職に有利といった資格ではない。もっと実ビジネスに即した行政書士や中小企業診断士のような安定した仕事に向けた資格だ。つまり、仕事における安定志向を超えて、積極的な防衛策が始まったという事だ。嫌な言葉だが、企業ばかりか個人までもが生き残りをかけた氷河期を迎える。

冬眠消費というと、まるでモノが売れない時代のように考えがちであるが、決してそういうことではない。むしろ逆なのである。勿論、消費全体としてのパイは縮小する。しかし、売れる商品、売れる店、売れるサービスは一カ所に集中する。今回の高速料金割引制度による高速道の大渋滞のように、一斉に一カ所に集中する現象が現れる。しかし、GW期間中にあって、高速道の1000円効果は50km60kmといった大渋滞による学習体験によって、効果は一過性で終わる。しかし、氷河期にあっては、メーカーであれ、流通であれ、競争結果として寡占化が進み、上位数社のみが市場を占有するということになる。つまり、そうした意味のヒット商品が生まれるという事だ。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:59Comments(0)新市場創造