2018年07月01日

◆過去5年のヒット商品の傾向を読む 

ヒット商品応援団日記No717(毎週更新) 2018.7.1.



今回は過去5年のヒット商品を日経MJを中心に読み解いてみた。こうしてヒット商品を年次別に並べてみると、新しい芽や同じ傾向がいくつか見えてくる。そうした着眼を中心に整理分析してみた。

2013年
東横綱 セブンカフェ、 西横綱 あまちゃん
東大関 進撃の巨人、    西大関 東南アジア観光客
東関脇 マー君、西関脇 パズル&ドラゴンズ
東小結 ロレックス、   西小結 湾岸マンション

2014年
東横綱 インバウンド消費、 西横綱 妖怪ウオッチ
東大関 アナと雪の女王、  西大関 ハリーポッターUSJ
東張出大関 錦織圭、 西張出大関 羽生結弦
東関脇 格安スマホ、 西関脇 i Phone6
東小結 デミオ、  西小結 ハスラー
*2014年4月消費税8%導入

2015年
東横綱 北陸新幹線、 西横綱 ラクビー桜ジャパン
東大関 火花、  西大関 定額配信
東張出大関 ハロウィン・フィーバー、 西張出大関 肉食ブーム
東関脇 成田LCCターミナル、 西関脇 12の神薬
東小結 ガウチョパンツ、  西小結 コンビニドーナツ

2016年
東横綱 ポケモンGO 、 西横綱 君の名は。 
東大関 シン・ゴジラ 、  西大関 AI (人工知能)
張出大関 ピコ太郎  、  張出大関 リオ五輪
関脇 日産せレナ、 関脇 PSVR 
小結 大谷翔平、  小結 広島 

2017年
東横綱 アマゾン・エフェクト 、 西横綱 任天堂ゲーム機 
東大関 安室奈美恵 、  西大関 AIスピーカー
関脇 GINZA SIX  、 関脇 ゾゾタウン
小結 シワ取り化粧品、  小結 睡眠負債商品 

新しく生まれた観光産業の行方

これが過去5年間の日経MJによるヒット商品番付である。このヒット商品の意味を考える前に、全体としてそれまで無かった大きなヒット商品の潮流が見られる。周知のように2013年以前はどうかと言えば、2008年秋に吹き荒れたリーマンショックによる景気の落ち込みによる消費が一変したことを思い出すであろう。「わけあり」というキーワードによってあらゆる消費領域に低価格市場が及んだことである。
上記の5年間のヒット商品において最大の変化が2013年の西大関にランクされた東南アジア観光客であり、翌年の東横綱のインバウンド消費、つまり急増する訪日外国人市場の誕生ということになる。これまで新市場の現象面ばかりが取り上げられることが多いが、中国をはじめ諸外国の経済が豊かになり旅行への消費が大きくなったことと、もう一つ忘れてはならないのが為替(ドル円レート)の変化である。2003年~2004年当時は1ドル80円から98円程度であった。この円高から2014年には一挙に106円ほどとなる。この円安を背景に副産物として訪日外国人旅行客が急増したということだ。
そして、もう一つ注目すべきは2013年の東南アジア観光客である。これは主にタイからの観光客を中心としたものだが訪日目的の一つが本場の「ラーメン」を食べることで、横浜のラーメン博物館が日本の観光コースに組み込まれていることにある。2015年にはやっと成田にLCCターミナルができる。この頃から訪日外国人が急増し、「爆買い」という光景が頻繁に報道されるようになる。
実は1900年代後半以降日本のアニメやコミックの海外フアンが増え、そしてオタク化し秋葉原の街が聖地になったことを思い出すことが必要である。つまり、今このオタク的関心事として、日本の「食」がラーメン博物館人気に見られるように訪日外国人市場の多くを占めていることが分かる。クールジャパンから、クールフードへと進化・拡大してきたということである。
そして、デフレ下の消費市場にあって、訪日外国人客は日常利用している街場の飲食店にも訪れる等になったことは周知の通りである。そして、昨年あたりから旅行先はそれまでの東京ディズニーランドー銀座・浅草ー富士山観光といったゴールデンルートから西(関西)高東(東京)低となり、さらに地方へと向かっている。地方には手付かずの自然や歴史ある城といった遺跡があり、日本人が当たり前のこととして関心を持たなかったもの、つまり宝物が眠っているということである。東北地方で一番訪日敢行客が多い青森県では寒い冬を逆手に取った「雪遊び」が台湾観光客の人気となっているとのこと。周知のように雪に触れることの少ない台湾の人にとっては、冬の雪は新しい、面白い、珍しい体験であったということだ。また、兵庫県では初心者向けの訪日観光客向けのゲレンデが新設されている。北海道のニセコのように世界に誇る良い雪質のスキー場もあれば、青森のような「雪遊び」もあり、持っている資源が宝物となるかどうか、それを決めるのは顧客である訪日観光客である。そして、この宝物へとナビゲートしてくれるのが日本好きの「オタク」ということである。
ところで外国人観光客の口コミサイト「トリップアドバイザー」が2018年の人気観光スポットを発表した。1位は従来通り京都伏見稲荷大社であったが、初登場したのは、京都の「平等院」、「三千院」と東京の「根津美術館」であった。所謂従来の観光名所とは少し異なるマニアックな観光スポットである。日本人より、外国人の方が熱心に宝物探しをした結果ということであろう。そして、その宝物には古来から続く日本の精神文化が横たわっていることを忘れてはならない。

分化するサブカルヒット商品

バブル崩壊後、消費において成熟期に入った日本ということであろう、いわゆるサブカル商品が次々と生まれている。2013年の漫画・アニメの「進撃の巨人」をはじめ、ゲームでは「パズル&ドラゴンズ」「妖怪ウオッチ」「ポケモンGO」、映画では「君の名は。」「シンゴジラ」「アナと雪の女王」あるいは映画「ハリーポッター」をテーマとしたUSJ人気もサブカルヒット商品に含まれるであろう。
1980年代に誕生したサブカルチャーも周知の通り、一部の熱狂的なフアン(オタク)によって支えられていたが、1990年代後半から2000年代には秋葉原はアキバになり一挙に広がることとなる。そのサブカルチャーの街の雑居ビルから誕生したのがAKB48であり、その「アイドルブーム」は欅坂46といった坂道シリーズグループや地下アイドルというキーワードが示すように全国に広がっている。勿論、アキバには訪日外国人オタクも集まり、文字通りサブカルの聖地になっている。
ところでこのサブカルチャーの主体はと言えば、スマホであり若い世代である。1990年代までのサブカルは未だ活字文化の名残を残していたが、今回野球漫画「ドカベン」の掲載を終え46年という歴史の幕を下ろしたが、こうした漫画雑誌も次第に少なくなってきている。その「ドカベン」の中心読者は既にシニア世代となっており、活字文化世代でもある。出版不況と言われてかなりの年数が経っているが、唯一支えているのはシニア世代ということである。2015年「火花」が芥川賞を受賞したが、唯一活字文化が表舞台に上がっているがこれも作家でもある芸人又吉直樹という異質な人物によるので話題的な意味合いが強く、活字文化が復権したとは言えない。
一方、若い世代の情報源はほとんどがスマホによるものであるが、流行語大賞にもなった「インスタ映え」という自己表現欲求、いや自己承認欲求によるものがサブカル的であると言えなくはない。SNSにおいても短文のツイッターが好まれており、Facebookよりツイッター利用が中心になっている。2015年東張出大関にハロウィン・フィーバーが入っているが、バラバラとなった個人化社会にあって「集まる場」が求められた結果であり、今回のサッカーW杯もそうであるが、東京であれば渋谷のスクランブル交差点、大阪であれば道頓堀の戎橋という「場」に若い世代が集まる。ある意味、現代版「村祭り」であり、ひととき楽しむ場所が求められているということだ。少し前の「未来塾」にも紹介したが、大阪駅ビル地下にあるバルチカの「コウハク(紅白)」と「ふじ子」という飲食店はこの集まれる「場」となっており、結果として行列繁盛店となっている。これも若い世代の「雑談的サブカルチャー」、クラブ活動の「部室文化」と言えなくはない。
つまり、このようにサブカルチャーも大きく二分されているということである。ヒット商品番付にも出ているが、
「アナと雪の女王」や「シン・ゴジラ」は今までのサブカルチャー的世界であるのに対し、「君の名は。」は新海監督のプロフィールがそうであったようにゲーム的サブカルチャーである。文化とは人間の知性や精神を表すもので、当然世代によって違いは出てくるものである。そうした意味で、各世代がどんな関心事を持っているかがこの文化、「サブカルチャー」である。このサブカル世界に出てきている各世代の「時代感」を分析することが不可欠なものとなっている。また、漫画やアニメの洗礼を受けている訪日外国人に対する観光メニューやサービスも当然変わってくる。少なくとも「クールジャパン」に興味を持った訪日観光客にとってはスマホのゲーム世界ではなく、それまで海外へと輸出されてきたアニメ映画や漫画によるものである。その良き事例がそうしたサブカルチャーで描かれた「ランドセル」がかっこいい、クールだと関心を持って日本にやってくる。お土産に購入していくのだが、少子化時代にあって低迷するランドセル業界が復活の兆しを見せたのもこのサブカル効果ということになる。つまり、サブカルチャーはメディアでもあるということだ。

市場全体の成長を促すヒット商品エフェクト

急成長する背景を個々の企業として見て行くと、「何が」成長を促しているかが分かる。その良き事例がguのガウチョパンツのヒットであり、そもそもguを消費の表舞台にあげたヒット商品は1000円を切ったジーンズであった。そして、このガウチョパンツによって日本のファストファッション全体を押し上げたということである。現在guは低迷状態にあるが、3番目のヒット商品がいつ誕生するかが経営の大きな課題となっていることが分かる。また、ネット通販として成長している代表としてゾゾタウンが挙げられているが、これも若い世代の人気ブランドであるUA(ユナイテッドアローズ)が加わったことをきっかけに検索が増加しネット通販市場が拡大したことと同じである。勿論、若い世代にとって低価格であることとともに、中古品人気にも応えた通販であることは言うまでもない。このネット通販の勢いを促した最大のものがあのアマゾンである。昨年の横綱にランクされ、エフェクト(効果)とネーミングされたが、既存のスーパーも含めネットでの買い物は一般化し、その普及を促したのがアマゾンということとなる。そして、そのネット通販業態には不可欠な物流が急成長に追いつかない問題もまた生まれたことは周知の通りである。
こうした市場全体を変え、押し上げたのがセブンイレブンであろう。セブンカフェを筆頭にセブンドーナツへと。特にカフェは同じコンビニばかりでなく、カフェ業態はもちろんのことあの日本マクドナルドのカフェも進化させることへと繋がっている。このことはコンビニ業態はファストフードをはじめ周辺のドラッグストアなど多くの小売業に影響を及ぼしていることがわかる。ネット通販におけるアマゾンのポジションは小売業においてはセブンイレブンということになる。
こうしたマーケットのあり方の変化を促すリーダーとして、セブンイレブンは「朝セブン」というセブンカフェとのセットを考えたお得なメニューキャンペーンを続けている。こうしたセブンイレブンのマーケティングは同業者であるローソンは地方の問題解決のためのメニュー、青森であれば塩分控えめメニューなど独自なメニュー開発で応え、ファミリーマートではフィットネスクラブなど他の集客施設とのコラボレーションによって独自な集客マーケティングを展開している。更にいうならば、時間帯マーチャンダイジングとして日本マクドナルドは「夜マック」というお得メニューを発売し、アマゾンエフェクトではないが、セブンエフェクトとでも表現したくなるような市場の再編進化が見られる。つまり、今までの業界内競争から、境目がない広範囲な市場競争時代に入ったということであろう。

求められるスカットジャパン

政治においてはモリカケ問題に見られるように、「忖度」というキーワードが流行語大賞になるように全てが「モヤモヤ」とした社会が日本を覆っている。こうした社会を「モヤモヤジャパン」と私は呼んでいるが、こうしたはっきりしない空気を一変させてくれるのがスポーツの世界である。ルールが確立されているということもあるが、勝敗のいかんを問わずギリギリの戦いに感動する。それがヒット商品番付にも数多くランクされている。「マー君」、「ラクビー桜ジャパン」、「錦織圭」、 「羽生結弦」、「大谷翔平」、「広島(リーグ優勝)」、特にラクビー桜ジャパンの南アフリカ戦での戦い方、コンバージョンキックで同点にするのではなく「勝ちに行った」桜ジャパンに感動する。それまで世界には通用しないと勝手に思っていた多くの人はそれまでの”健闘はするが最後は負けるであろう”としていた勝手な予測は大きく外れ、そこに感動が生まれた。今回のサッカーW杯の場合で言えば、FIFAランキング61位の日本にはあまり期待できないと多くの人は思っていたが、第1戦、第2戦と予想を大きく外れた大健闘であったが、第3戦ポーランドとの戦いでは負けているにも関わらず残り10分の攻撃しない球回しには賛否両論が日本中を駆け巡った。結果は今回から適用されたフェアプレイポイントの差で決勝トーナメントへと進んだが、これでモヤモヤジャパンにまた戻ってしまった。勝てば官軍、負ければ賊軍といった矮小な議論ではなく、「勝ち抜いたこと」によって、何を得たかである。それも日本サッカー界の未来に対してである。恐らくその第一歩が次のベルギー戦で、勝てば文字通り未来に向かってのスカットジャパンになるであろう。
実はスポーツの醍醐味の一つは番狂せ、予想外のことが起きる面白さにある。予期せぬ出来事、思惑とは異なる結末、そんなことに出会えるのがスポーツである。政治ばかでなく、経済、社会においても不透明、不確かなことばかりの時代にあって、スポーツはモヤモヤ感をひととき一掃させてくれるもので、これからも時代要請に応えるものとなる。

これがこの5年間で特筆すべき点である。もう一つ挙げるとすればAI(人工知能)による働き方や生活の再編である。例えば、自動車の自動運転が現実化しつつあるが、無人自動車は既にテストに入っており、次世代の交通インフラが考えられている。こうした進化過程のトピックスについては随時ブログにて取り上げていくこととする。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:39Comments(0)新市場創造

2018年06月24日

◆日常をおもしろがる時代の着眼  

ヒット商品応援団日記No716(毎週更新) 2018.6.24.

少し前のブログに「デフレを楽しむ時代」になったと書いた。実はその楽しむ内容はと言えば、多種多様で一見捉えどころのないものとなっている。この10数年小売業態で急成長したのは周知のダイソーをはじめとした「100円ショップ」で、価格を100円均一とした広範囲な生活雑貨店である。それまでの生活雑貨と言えば趣味領域にテーマを持たせた東急ハンズやデザインに特徴を持たせた西武ロフトが流通していたが、100円ショップによって生活に必要な消耗品的雑貨が確立できることになったという意味である。ある意味、足りないところを埋めて来たと言っても過言ではない。総合スーパー、GMSが低迷しているが、ドラッグストアもそうであるが足りないものを埋める流通が成長し、「総合」ということでは足りないところを埋めることはできない時代になっているということだ。

デフレ時代のもう一つの潮流がホームセンターの成長に表れている。100円ショップは生活の隙間、日常の消耗品的雑貨であるのに対し、ホームセンターは「ホーム」に関する全てで、すでに出来上がった完成商品ではなく、DIYという名の通り作り手の創造性に応えるための素材が用意されていることにある。
ホームセンターという有店舗市場は約4兆円弱で停滞気味であるが、他の産業同様ネット通販にシェアーを侵食されており、DIY市場全体としては着実に伸びていると推測される。
この市場の中心はDIYというクリエーターとしての創造市場であったが、次第に価格面でも価値基準を持つ顧客も加わっていることによって市場全体としては伸びていると言える。特に、ペット関連や家庭菜園など園芸用品はそれに当たる。

こうした傾向の背景にはもちろんのこと「成熟した生活」がある。よく成熟を誤解してしまうことがあるが、それは1980年代までのような成長、次々と新しい何かの刺激しよって生き生きとした生活を送っていたことに対し、バブル崩壊以降は収入は増えないが、デフレ経済の下にあって一定の購買力を保持することができる生活となっていることを成熟と呼んでいる。消費もリスクのある、つまり当たり外れのある買い物ではなく、好きで永いこと使えるか、もしくは外れても悔いのない安いものを試して購入する、そうした消費傾向を見せるようになる。これがデフレ消費の本質であるが、そうした「考え・行動」は徐々に熟成し、極めて賢明な楽しさのある消費へと向かっている。好きなもので日常生活を埋めて行く、これがデフレを楽しむ消費の本質である。一見すると停滞しているように見えるが、そうではないということだ。

ところで、2年ほど前から冷凍食品市場が急成長している。日本冷凍食品協会によれば平成29年度における国内消費については、国民1人当りの年間消費量は、22.5 キログラムとなり、過去最高を記録した。また、金額ベースでは 1 兆 585 億円と 1 年ぶりに 1 兆円を上回ったとのこと。この伸びの一番の理由は従来の子供の弁当惣菜ということからさらに進化した時短調理要請によるものと推測されている。冷凍食品についてはその技術の進歩もあって、今や夕食用の本格冷凍弁当まで販売されており、夫婦共稼ぎ世帯では必須食品となっている。
こうした時間に追われる生活であるが、実は自由時間を創り出すためのものとしてあり、今風に言えば、ワークライフバランスのための必須アイテムとなっているということだ。ここから得られた「時間」をどう使うかであり、その自由時間は日常生活の中心となっているということである。

デフレというと節約という言葉とともに何か暗いイメージで語られることが多いが、生活者は収入が増えないなか、楽しむための様々な工夫をして自由時間を確保しているということである。総務省の調査からも「自分の 趣味にあった暮らし方をする」とした人が一番多く40%前後となっているように、もう少し言うならば暮らし方とは「好きな時間」をどう創るか、どう使うかである。
そこでメーカーも小売業も等しく行って来たのが「小」への再編集であった。量やサイズはもとより価格までを小さくして販売して行く革新であった。こうした革新から生まれた代表的業態が前述の「100円ショップ」であった。しかし、スタート当初のダイソーはその成長の鍵として”100円で「こんなものが買えるのか」という新鮮な感動”を提供するために、次の3つを目標とすることにあったと創業者は語っていた。
1.「買い物の自由」;
すべて100円、価格を気にせず買える。買い物の解放感、普段の不満解消。「ダイソーは主婦のレジャーランド」。2.「新しい発見」;
「これも100円で買えるの?!」という新鮮な驚き。月80品目新製品導入。
3.「選択の自由」;
色違い、型違い、素材違い、どれを取ってもすべて100円。
さて現在のダイソーをはじめとした100円ショップはどうであろうか。アイテム数の格段の増加などあるが、より顧客に近ずくためのアイディア・工夫された商品が数多く店頭に並ぶ。例えば、固いバターをふわっと削ってくれるバターナイフ。10数年前ヒットしたご飯粒のつかないしゃもじと同じ着眼商品であるが、このように小さな「新しい発見」が次から次へと誕生している。困ったときの100円ショップから、生活を楽しく刺激してくれる100円ショップへの進化である。少し褒め過ぎかもしれないが、絶えざる小さな生活革新創造企業であろう。

さて今起こっていることの本質は日常生活の再編集ということになる。ハレとケという言い方をするとすれば、「ケ」をどれだけ豊かに楽しみを持った暮らしとするかが消費の中心となっているということである。例えば、その日常とは表通りではなく路地裏に、埋れていた街場の中華料理店に、日常の賄い飯が裏メニューに、朝市など雑多な商品が集まる市場に、・・・・・・・「雑」をどのように生活に取り入れ楽しむかに関心事が移っており、そのためには多くのものを「小さく」することが必要となっているということである。価格も、量も、そして多様なサイズ・カラーも、そして何よりもどんなアイディア・着想なのかが明確になっていて、それが刺激的であるか否かが消費を促すこととなる。
つまり、アイディア自体も小さくてかまわない。そうしたアイディア集を未来塾で後日公開したいと思っているが、例えば神奈川平塚の地域の人にとっては慣れ親しんだパンに弦斎カレーパンがある。カレーパンはどこにでもあるが、弦斎カレーパンの場合カレーライスのようなカレーパンで福神漬けまで入った文字通りのカレーライスパンである。もう一例挙げるとすれば、横浜六角橋商店街にある洋食の「キッチン友」に「友スペシャル」というメニューがある。一見すると山盛りの玉ねぎ炒めに見えるが、中から豚肉やポテト、人参などが出てきて小さな驚きが生まれる、そんなちょっとしたメニューである。日常とは特別なことではなく、大きな驚き・サプライズは必要ない。「雑」の中にちょっとしたアイディア、ちょっとした気遣い、そんな「ちょっと」が嬉しくてまた使ってしまう通ってしまう、そんな時代である。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:12Comments(0)

2018年06月19日

◆見える化から感じる化へ (後半)

ヒット商品応援団日記No715(毎週更新) 2018.6.19.



このブログはマーケティングをテーマとしているので後半では本題に戻るが、こうした心理環境の中で際立ってきたのが「感情」が激しく行動を揺さぶる時代に入ってきている。勿論、誰もが感情を持ち、泣いたり笑ったり、怒ったりといった喜怒哀楽は持っている。この20数年の時代変化、特に個人化社会という帰属社会が会社や家族から個人へと移行した時代にあっては新たな「仲間社会」を産んできた。そして、この仲間から外されることの中に「いじめ」があった。もう一つが「キレる」という行き場のない感情が爆発するといった現象が至る所で見られる社会となった。これらはストレス社会の中のバラバラとなった個人に関わる新たな社会問題の出現である。しかし、こうしたネガティブな問題を解決あるいは緩和する「術(すべ)」もまた生まれてきている。その一つが少し前にブログに書いた「笑い」のある社会である。商品に、店作りに、ちょっと笑える、和ませてくれる、そんなことが求められている時代である。

ところでその本題であるが、こうした「感」が強く出てくる時代のマーケティングでは消費をどう考えるべきかという課題である。まず価格はデフレ時代においては消費を決める最大の鍵であるが、顧客との間で交わされる「共感」が不可欠な要素になってきたと考えている。今までの「訳あり」といった理屈による納得価格・お得な価格という心理価格から、考え方に共感したから、そこまでやるかといった気持ちが分かるから、あの人がやっているから、こうした共感価格とでも表現したくなる価格の受け止め方が生まれてくる。つまり、今までのお得を訳ありという「見える化」から、その比較から言えば「感じる化」ということになる。

前々回の未来塾にも少し書いたが、元気な大阪、その中でも飛び抜けた賑わいを見せる大阪ルクアイーレバルチカで一番の行列店になっている店が鮮魚店が経営する「魚やスタンドふじ子」である。
前回その店頭の写真を掲載したが今一度冒頭の写真として載せておく。普通に考えるのであれば、鮮度感や季節感を表に出したメッセージになる。つまり、旬を売り物にするのだが、それは二番目となっている。一番目は価格感を前面に出した店作りである。店頭の看板には「海鮮が安いだけの店」とある。但し、その安さの表現だけであれば、つまらない表現であるが、一度食べればその鮮度ある美味しさに唸ってしまう。激安あるいは激ウマといった表現が氾濫する中で、嘘とは言わないが、レトリックばかりの表現が充満している時代である。その逆を見透かしたようなリアルな美味しさ、そのギャップにやられてしまうといった感じである。面白いことにその「やられた感」は他者に話してみたくなってしまう。結果、口づてで評判が伝わるという「感」の連鎖が生まれる。これが若い世代を開発する戦略となっている。

この「感じる化」は体験してみないとわからない。そのためには入り口としてのメニューと「価格帯」に工夫が必要であるということである。単なるお試しメニューとその価格帯ということではなく、極めて多様なメニュー、好みに応えられる「小さな単位(りょう)」の「小さな価格」のメニューが用意するということである。あれこれちょっとづつといった「雑」メニューの満載である。価格帯としては300円を中心に200円から400円台となっている。つまり、共感価格という言い方をするならばこうした価格帯となる。この「魚やスタンドふじ子」では勿論昼のランチとして刺身定食のようなメニューもあるが、多くの若い世代はそうした単品を食べている。
つまり、あらためて使用価値・体験価値が求めれてきているということである。その背景にはネット社会というバーチャル世界・仮想世界と現実リアル世界・日常世界とを「行ったり来たり」する必要性がますます求められているということである。これからもAI(人工知能)が生活のいたるところへと進行していくと思うが、この行ったり来たりということがビジネスの仕組みの中に組み込まれる時代がきているということだ。若い世代の場合はこの行ったり来たりを当たり前のことと考えており、ある意味「コスパ世代」としてリスクヘッジをしているとも言える。友人からの情報をスマホで調べ、興味あるものであればちょっと試してみる。良ければ以降も使うが、気に入らなければそれで終わるということだ。そうした意味でシビアであり、お金の使い方がうまいということである。

そして、もう一つ付け加えるとすれば、「魚やスタンドふじ子」は昼飲みの店である。元々大阪では昼飲みと言えば、新世界か京橋と決まっていて、いわば「オヤジの街」の風景であった。しかし、今や大阪の中心であるターミナル駅ビル地下では若い世代の「昼飲み」が至る所で見られ当たり前の風景となっている。アルコール離れと言われていた世代であるが、確かにオヤジのように酔うために飲むのではなく、仲間とワイワイガヤガヤするためのいわば「ツール」としての飲み物であり、CMでオンエアされているがチョーヤの「酔わないウメッシュ」もそうしたツールということができる。つまり、「昼飲み」は若い世代の新しい一つの集いスタイルになったということである。

若い20代世代は消費の舞台にのることの無かった低欲望世代と言われ続けてきたが、実は舞台が無かったということである。この舞台は料理を味わう、会話を楽しむ舞台ではない。同じ世代の仲間同士が放課後の部活の部屋で集まるように、仲間内の話をする場所という意味である。数年前、こうした若いコスパ世代のデートとして、コンビニでドリンクとツマミなどを買い、デート場所は自宅で、興味はもっぱら貯金であると揶揄されてきた。しかし、喋り合うことが目的であり、消費金額から言えば。昼は1000円未満、夜も3000円未満という金額は決して高くはないということである。行列の絶えない「魚やスタンドふじ子」と「コウハク(紅白)」共に中心は女性で、女子会と思われる数名のグループが多く見受けられた。ここ数年、カラオケボックス人気が急速に落ち込み、しかも若い世代それも女性のカラオケ離れが進んでいるという。勿論、一人カラオケといった使い方に見られるようにカラオケ好きは勿論存在している。しかし、広いカラオケルームは数名の顧客利用によって経営は成り立っている。シダックスを始め対策は取りつつあるようだが、このカラオケ離れの一部は間違いなくこうした集まれる場所に来ていると推測される。ちなみにカラオケボックにおける客単価は1100円前後となっていて、同じような消費金額である。つまり、「好きな仲間と集まれる場所」「ワイワイガヤガヤ喋り合える場所」、ある意味日常的な出会いイベント場所が新たにつくられたということであろう。まさに、若い世代の「雑・エンターテイメント」空間の誕生ということである。

今回は「感じ方」として若い世代、特に女性を中心に事例を踏まえてデフレが常態化した時代の着眼を書いてみた。ただこれは若い世代だけでなく、ここ数年の傾向としてあるのが「雑」集積を巡る楽しさの必要性である。整理されてはいない、ごちゃごちゃ感、一種猥雑な感覚のことである。窮屈でない、自由気ままに楽しむ感覚である。市場感覚、様々な売り物、小さな店々、声が飛び交う賑わい、そんな街を店を巡る楽しさである。東京で言えば築地の場外市場や上野のアメ横であり、大阪の場合では黒門市場や難波の道具屋筋ということになる。
あるいは「下町」と言っても構わない。オープン感覚、店の人間と顧客との声が十分届く距離。そんな店づくりが求められているということである。結果、生き生きとした店、顧客を主人公にしてくれるような舞台としての店である。
小さな価格で、雑としたメニュー、小さな満足を提供する店、ある意味「100円ショップ」感覚とでも表現したくなる店づくりへの再編である。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:07Comments(0)新市場創造

2018年06月17日

◆見える化から感じる化へ (前半)

ヒット商品応援団日記No715(毎週更新) 2018.6.17.

前回の未来塾で「共感価格」と言うキーワードを初めて使った。テーマとしては1年数ヶ月後に実施されるであろう「消費税10%時代」をどう超えていくべきか、その消費心理のキーワードとして使った。デフレが常態化した時代における価格意識はそれまでの「訳あり」に代表れたお得という納得価格から共感価格へと向かう、そうした主旨であった。未来塾では今一番元気な地域大阪のいくつかの事例を踏まえてこの共感価格を取り上げた。事例に於いては「何に」着眼・強化するのかに主眼が置かれたが、実は広く「社会」と言う視点に立っても、この「共感」が時代のキーワードになっていることがわかる。

少し前に5歳の船戸結愛(ゆあ)ちゃんが両親による虐待によって亡くなった事件が報道された。亡くなった結愛ちゃんがノートに書き綴った反省文を読んで多くの人はかきむしられる思いがしたであろう。詳しいことは既に新聞を始め報道されていることからこれ以上書くことはやめる。何故、虐待を止められなかったのか東京への移動に伴う児童相談所の連携、あるいは児童相談所の担当者が母親との面会を拒否された時何故警察と連携し保護できなかったのかなど制度上の問題は残されている。そうした問題点の解決はなされていくとは思う。しかし、そうしたこと以上に、いやそれとは全く異なる「思い」が噴出したのは私だけであろうか。新聞に掲載された船戸結愛ちゃんの反省文の一部を転用する。

もうパパとママにいわれなくてもしっかりとじぶんから きょうよりも 
もっともっと あしたはできるようにするから
もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします
ほんとうにもう おなじことはしません ゆるして
きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことを なおします
これまでどれだけあほみたいにあそぶって あほみたいだからやめるので
もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいやくそくします
あしたのあさはぜったいにやるんだとおもって いっしょうけんめいやる やるぞ

これほど純粋に自分と向き合った「反省文」、わずか5歳の女の子が書いた反省文である。行き場のない怒りの感情が次から次へと湧いてくる。その後の報道によれば虐待が発覚して児童相談所や警察に介入されることを恐れ隔離し病院へも連れて行かず放置したと言う。厚労省によれば児童虐待はここ数年増加傾向にあり、平成27年度には103,260件となっている。その増加要因の多くは「心理的虐待」であると。虐待の内容にあって、それまでの「身体的虐待」に代わって「心理的虐待」が47.2%と半数近くにまで増えている。その心理的虐待とは、言葉による脅し、無視、兄弟間での差別的扱い、子どもの目の前で家族に対して暴力をふるうなどを指す。
船戸結愛ちゃんの場合は満足な食事が与えられなかったことを含めた「身体的虐待」もあっての無惨死であったと思うが、父親による執拗な言葉による虐待の中で書かれた「反省」である。結愛ちゃんが書いたメモの中に、「あほみたい」といった表現があるが、5歳の子供が使う言葉ではない。これは父親である船戸容疑者から繰り返し暴力的に「あほ」と言われてきた言葉であることが推測できる。

実は同じ「反省」が1ヶ月ほど前にもあった。周知の日大アメフト悪質タックル事件である。悪質タックルの理由が公になったのは、加害選手が謝罪会見に一人実名で臨んだことから始まる。記者からの質問にも真摯に答えていた当事者である宮川選手の「反省」であった。翌日やらざるを得なくなって記者会見をした日大アメフトの内田監督と井上コーチの「反省」とを比較し、どちらの方が真実か、どちらが嘘をついているのか、多くの人は明確に感じ取った。宮川選手の悪質タックルは精神的に追い詰められての行為であったことが明らかになり、被害を被った関学のアメフト部と被害選手も宮川選手の謝罪を受け入れ、逆に既に社会的制裁を受けたとしてそれ以上のことは望まないと言う立場に至っている。「パワハラ」と言う言葉で簡単に済ませがちであるが、本質的には結愛ちゃんへの心理的虐待と同じである。
「反省」という内なる自身に向き合い、何が問題であったかを自身の言葉で語る中に言葉では表せない「何か」が否応無く出てくる。それを多くの人が強く感じる時代にいるということである。

日大のアメフト事件についても同じように危機管理がなされていないと報道されているが、その多くは記者会見のやり方などイメージ操作のためのテクニックばかりである。ネクタイの色から始まり言葉づかいまでコメントしているが起こってしまったことに当事者が真正面から向き合うこと以外にない。向き合い方は各人が決めれば良い。事実を引き出す記者もいれば、ある意図を持っての意地悪な質問もある。視聴者はそれら全てを感じているのだ。よくもこんな人間が報道現場に身を置いているなと思うことも多い。
危機を超えたかどうかは視聴者が読者が決めることであって、当事者でも、危機コンサルタントでも、記者でもない。そうした意味で、悪質タックルという罪はあるが、危機を超えたのは宮川選手自身の間違っていたことを認め、その内なる原因までをも吐露したことであり、態度であった。記者会見に臨む100%の人間は「真摯」という言葉を使う。そのほとんどが嘘であることを知ってしまった社会にいる。そして、何よりも被害者への詫びる心、その誠実さがあったからである。

思い出すのは10年ほど前に起きた三笠フーズによるあの汚染米事件である。汚染された事故米の流通先は多様で、原材料として使用した酒造メーカーは、農水省が公開をためらっているなか、自ら公開した。いち早く汚染された米使用商品を公開し自主回収に向かった薩摩宝山をはじめとした焼酎・日本酒メーカーの事件である。そして、その後汚染米と知って使って嘘をついた美少年酒造は破綻し、本当に知らずに使っていた西酒造(薩摩宝山)は逆に顧客支持を取り戻し、焼酎の一大ヒット商品となった。この2社の間にあるのは顧客を信じる真摯さ、誠実さだ。そして、消費者は西酒造社長の記者会見という「情報」からそれらを感じ取ったからであった。
日大の宮川選手には「嘘」がないと多くの人は感じ、西山酒造と同様いつか復帰できる道があったらと思っている。

心理市場化と言うキーワードが生まれて20数年ほど経つが、同時に生まれたのが「見える化」であった。見えない世界を見えるように、わかりやすいようにと行われた経緯がある。それは過剰とも思える情報社会にあって間違えないようにするための知恵であった。しかし、それでも全てが見えるわけではない。見えないところで行われる不正の多くは情報の改竄、隠蔽でまさかと思われた不正が官僚・財務省の公文書偽造であり、企業では神戸製鋼所の製品の品質数字の改ざんであろう。数年前ドイツのフォルクスワーゲンによる不正の場合は、経営幹部が意図的にデータ改ざんを行う不正であったが、財務省も神戸製鋼所も組織上の「忖度」あるいは「組織風土」といった見えない世界での不正である。但し、財務省の職員の一人は推測するに改竄したことに苛まれて自殺しているのだが。これを日本的と言えばそうであるが、それだけ「こころ」が強く働く社会が日本という国である。2000年代初頭若い世代の間で「空気読めない」という言葉が流行ったが、これも同じこころを仲間内で共有する言葉であった。

心理とは外からは見えない世界であるが、少しの想像力があればわかる世界でもある。昨年の新語・流行語大賞になった「忖度」も同じである。つまり「感じとること」であり、社会には嘘や欺瞞が充満していることから、「感」が今まで以上研ぎ澄まされてきたと言うことであろう。感情の言葉である「いいね」の場合も、「悪いね」の場合も、そうと感じた人が圧倒的多数を占める時代になったと言うことだ。ある意味言葉の裏側にある「何か」を感じ取る敏感社会になったということである。後半ではこの敏感社会がどのように消費に結びついているかを考えて見た。(後半へ続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 14:03Comments(0)新市場創造

2018年06月07日

◆未来塾(32)「消費税10%時代の迎え方」(1)後半 

ヒット商品応援団日記No714(毎週更新) 2018.6.7.




消費税10%時代の迎え方(1)


かなり以前からデフレが常態化していると指摘をしてきたので、繰り返す必要はないであろう。一言で言えば、少し前まで物価上昇への期待と共に「消費」活性化への期待も生まれてはいたが、何故頓挫してしまったのか、答えは明白である。収入が増えない中では、最近また原油価格が上昇したり、人手不足による賃金上昇によって、一定の物価が上昇しても収入が増えない以上、消費心理は節約をはじめとした様々なお金の使い方など工夫をする、そんな消費の方向に進むのは至極当たり前のことである。理屈っぽくいうならば、賃金上昇が限られている場合、物価が上昇すれば、それだけ実質購買力が低下し、消費は落ちるということだ。

今回大阪という地域を選び、しかも主に「食」というテーマを選んだのも日常消費の中心である「食」、デフレ下の「食」に極めて「元気」な変化を見ることができたからである。
地域には地域固有の商い文化があり、消費文化もある。多くのものが標準化してしまった時代にあって、この「固有」が残されている地域の一つが大阪である。この固有文化、庶民の食が、どのように生まれ変化しているかその原型の世界を「うどん」に見ることとした。食い倒れの街としての歴史は古く、日本の食の誕生と原型がここ大阪にはあるということである。消費税10%という時代をどう迎えるのか、生活者が持つであろうその「増税感」を超える「満足」は何かという課題である。

「誕生物語」を今一度考えて見る

どんな企業も、その業種や規模の違いはあっても必ず「誕生物語」はある。そこには「何が」顧客を魅了したのか、そのビジネスの「原型」があるということである。うさみ亭マツバヤの場合、元祖きつねうどんは顧客から教えてもらったことから生まれている。肉吸いの千とせも顧客であった吉本の芸人花紀京が「肉うどん、うどん抜きで」と注文したことから生まれている。かすうどんはどうかと言えば、大阪人の焼肉特にホルモン好きから生まれたうどんである。まだその歴史は浅いが大阪ではかすうどん専門店が出現するほど、その市場の裾野は広がっている。さらに、シチュウうどんまであることを書いたが、これは「大阪的」と表現した方が適切ではあるが、市場の広がりを示した事例で、こんな食べ方、あんな食べ方、そんなアイディア・工夫のある「文化」、これが大阪の「食い倒れ」という消費文化である。食い倒れとは、大阪人の飲食にぜいたくをして、財産をつぶしてしまうさまを言い当てた言葉と言われているが、「そこまでやるか」というオタクのような一種の商いへの執着のことを指している。その根底にあるのは絶えざる工夫、常に顧客を見続ける商売ということになる。誕生物語に立ち返るとはこの原点に立ち返って今一度考えて見るということである。
そして、うさみ亭マツバヤの場合、その「おじやうどん」というもう一つの名物が生まれている。これは元祖きつねうどんは多くの飲食店でもメニューとして取り入れられ、一般化してしまったことによる。「違い」「新たな魅力」を創るという課題への一つの答えであろう。そして、うどんだけでなく、おじやも、そして具沢山のトッピングという新しいメニューが生まれ、次の名物になった。
千とせの場合は、この5月に吉本のグランド花月の1階に千とせ別館を出している。あくまでも吉本の芸人によって生まれた名物をより強めていく考え方である。そして、名物の肉吸いの「売り切れごめん」というのはその証左であろう。ある意味、肉吸いの誕生物語を薄めさせていくことなく、更に強めていく考えによるものである。何故なら、大阪では讃岐うどん系のうどん店も多く、うどん市場は激しい競争下にあり、更に言うならばお好み焼きもラーメンもあり、・・・・・・過剰なほどの選択肢の中での競争である。「千とせ」の観光地化という戦略はその誕生物語が面白い伝聞になるものであり、生き残るために不可欠なものとなっている。

野外すら劇場店舗とする発想

ここ数年賃料に見合う売り上げを上げられねい飲食店が続出している。常態化したデフレ時代にあって、旧来の「業態」の変革が求められていると言うことであろう。空き店舗となった銀座の店舗を居抜きで借りて、本格フレンチなど提供する「立ち食い」業態を聖刻させたのはあの「俺の」である。こうした既にあるものを生かす発想は古くは「紅虎餃子房」で知られている際コーポレーションもそうであった。六本木の破綻した中華料理店を借り受け「紅虎餃子房」をスタートさせたのが1号店で、以降店舗改装部署を社内に置いて多様な飲食業種に対応している。
あるいは「立ち食い」と言うスタイルも江戸時代の屋台をルーツとしているが、冒頭の居酒屋とよはそうした過去の業態にはない破天荒な居酒屋であった。テーブルと言えばホームセンターで売っているような家庭用のものであったり、ビールケースの上にステンレス製の板状のものを置いてあるだけとか、とにかく店舗(?)にお金はまるでかけていない居酒屋である。写真を見ていただければ分かるように屋根はあるものの雨であれば濡れるのは必至。アルバイトの女性に聞けば、雨の日はさすがに行列はないが、それでもお客さんが来ると言う。顧客層も「オヤジの街」と勝手に決めつけていたが、若い女性も多く、同じテーブルに相席したのは若いカップルであった。勿論、お目当てはインドマグロではあるのだが、この立ち食いスタイル、都市の中にポツンと空いた空間で、しかもほとんど路上との境目のない野外という、ある意味異空間のような店である。TV番組「マツコの知らない世界」ではないが、こんな場所に、こんな居酒屋があるとは知らなかった。
こうした面白さ、野外居酒屋を満喫したのだが、名物オヤジのもう一つのパフォーマンスを見ることができなかった。それはマグロの頬肉を網の上で焼くのだが、上からはバーナーで焼く、そんなパフォーマンスが見られなかった。ちょうど宮崎の名物である地鶏の網焼きに似ているが、しかもバーナーでも焼くと言うことでこれも名物になっているとのこと。実際のパフォーマンス写真ではないが、食べログの写真を載せておくこととする。
全てが標準化という均質世界にあって、今までとはまるで違う「異質」な世界に多くの顧客は魅せられているということだ。この野外劇場の主役はこの名物オヤジであり、名物のインドマグロということになる。

そして、ここから学ぶとすれば店舗が果たす役割は「人」によるライブ感、リアリティのある「劇場」にしなければならないということになる。ネット通販が中心となっている便利で安く手に入るこの時代に、有店舗の意味があるとすれば、この「実感劇場」ということになる。この実感劇場とは、店のスタッフと顧客とが「交感」する舞台のことである。いま風に言うならば、「いいね」を超えた信者・オタクにつながる舞台になるということである。ちなみに、新しくなったバルチカの焼き小籠包の店頭ののれんには「肉汁注意」というシズル感を投げかけるメッセージがあった。こうした店頭の工夫も劇場化の一つである。

「食」という新たなキラーコンテンツ

時代時代によってキラーコンテンツ、生活者が虜になってしまう商品はある。例えば、1950年代後半には電化製品でいうと白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫の家電3品目が『三種の神器』と言われ、高度成長期には、カラーテレビ (Color television)・クーラー (Cooler)・自動車 (Car) の3種類の耐久消費財が新・三種の神器といわれ、今日のキラーコンテンツはどうかと言えば商品として言えばスマホということになる。つまり、内実はインターネットの世界であり、ITとでも表現するしかない。
今という時代にあって生活者を惹きつけるものがあるとすれば、それは「食」ということになる。家計調査を読み解けばわかるようにこの10数年で一番消費額が増えたのは「情報」への消費で、そのほとんどがスマホである。そして、その「食」であるが、デフレ下にあって切り詰めるのが「食」であり、生活者にとって最大の関心事は食で、しかも日常食である。節約、切り詰めるといっても戦後の物不足の貧しい時代の節約ではない。一見節約の対象である食がキラーコンテンツになることに疑問視する人も多いかと思う。しかし、その「食」に小さな楽しみを見出すデフレマインドにあっては、食は人を惹きつける新たなキラーコンテンツになっているというのが、私の仮説である。

正確なデータにはなってはいないが、消費を促す情報という視点に立てば、TVの情報番組や「孤独のグルメ」のようなグルメをテーマとした番組、あるいは旅番組などもその多くは「食」を取り上げたものばかりである。過去1980年代はTV番組の構成に多くのファッションブランドが番組制作上のコラボレーションとして使われていた。つまり、現在はファッションに代わって「食」がその役割を果たしているということである。今やご近所だけでなく、温泉などを組み合わせた食べ歩きが盛んであり、日帰りバスツアーのメインはほとんどが「食」となっている。しかも、周知のように「クックパッド」という投稿サイトは食への関心をさらに高めることに繋がっている。
こうしたことを背景に大阪に2つのキラーコンテンツが新たに生まれた。大阪ルクア地下の新バルチカとフードホール、もう一つが阪急三番街のウメダフードホールである。大阪の人にとって驚くことではないが、前者はJR線の駅ビル地下で、後者は阪急電車のホーム下という、つまり梅田という関西における一大ターミナルにおける食の集積商業施設である。更に言えば、この2つの商業施設の間には日本一の集客を誇る阪急百貨店の食品売り場がある。一見過剰とも思える梅田エリアへの集積であるが、各々顧客層が異なっていてある意味満遍なく顧客を魅了している点にある。
そして、ルクア地下のバルチカとフードホールは伊勢丹撤退跡の売り場であり、阪急三番街のウメダフードホールは中心からハズレにある北館という沈滞したエリアへの活性化策として実施され、現時点においては共に良い結果を残しているようだ。前者の顧客層は若い世代の男女が中心となっており、後者は近隣のビジネスマン・OLと共に阪急沿線住民・ファミリー層となっている。前者は1500坪、後者は700坪という大きな商業施設に顧客が押し寄せているという結果を踏まえれば、デフレ時代のキラーコンテンツとしての役割を果たしていると言えよう。そして、なんば・道頓堀を訪れていた訪日外国人は次第にこの2つのフードテーマパークにやってくるであろう。

鮮明になった「価格帯市場」という納得価格

そのデフレが常態化した時代の「食」というキラーコンテンツには鮮明な「価格帯市場」とでも呼ぶに相応しい現象が現れている。まず新バルチカとフードホールについてであるが、バルチカ成功の先導役を果たしてきたのが入り口にある洋風おでんとワインの店「コウハク(紅白)」である。何回かブログにも取り上げているので価格だけを紹介すると、グラスワイン380円、名物の洋風おでん180円と極めて手軽な価格帯となっている。
この新バルチカでもう一店行列の絶えない店がある。前述の鮮魚店が経営する「魚やスタンドふじ子」も同様の安い価格帯となっている。店頭のサイン看板には「海鮮が安いだけの店」とある。
京橋では当たり前となっている「昼飲み」がここ梅田の駅ビル地下で推奨されているのだ。日本酒はコウハクと同じ価格の380円。
肴も380円を中心に200円台から高くても500円台。種類も豊富で店は若い男女で満席である。写真には写していないが、写真右側には行列ができており、キラーコンテンツの「食」にあって、更にキラーコンテンツとなっているのが、「洋」の紅白、「和」のふじ子である。ちなみにボリューム満点の刺身定食は995円と、これもお得価格。
ショッピングセンターの常であるが、幅広い顧客層に応えることが求められている。あまり良い比較例ではないが、焼肉の店が2店出店しており、肉にこだわった高級店「焼肉トラジ」と一人焼肉ができる「やきにく萬野」である。
「焼肉トラジ」と「やきにく蕃野」で、前者は老舗の本格高級焼き肉チェーン店であり、後者は卸売問屋が経営する今流行りの「一人焼肉」のスタイルの焼肉店である。何故この2店を比較事例として取り上げたのかは、やはりその価格帯の違いである。前者は夜のコースだと5000円以上で昼のランチは1500円、後者は昼のランチは1000円程度となっており、マーケットの違いとは言え、前者はガラガラであったが、後者はそれなりの顧客で埋まっていた点にある。

余談になるが大阪ルクアには伊勢丹撤退跡にはユニクロとguが入っている。共に500坪以上の大きなスペースであるが、誕生祭というセール期間中であったが、ユニクロは一定の集客もあって売れている様子であったが、guは今一つといった状況に見えた。快進撃を進めてきたguであったが、それはジーンズ、ガウチョパンツといったヒット商品によるものであったが、その後のヒット商品は出てきてはいない。つまり、単なる低価格帯だけでは維持できないということも明らかになっている。それは同じように低価格メニューで快進撃を続けてきたラーメンの幸楽苑の低迷と同じである。周知のように290円まで下げたラーメンでは経営できず元の価格390円に戻す(新・極上中華そば)という路線転換を図ったように単なる低価格だけでは顧客は次第に離れていくということである。

今回取り上げたうさみ亭マツバヤのおじやうどんは780円、千とせの肉吸いも小玉とのセットで860円、居酒屋とよについてもあのボリュームの刺身などの三点セットで2850円。
今回は食べることができなかったが、大阪の友人に言わせると安くてうまいのは当たり前、うどんなら「なんばうどん」が良いと言う。ちなみにうどん そば170円。寿司を食べるなら新世界ジャンジャン横丁の大興寿司。回転すしではなく、カウンターで職人が握ってくれる寿司店である。一皿二貫ではなく三貫150円からという寿司である。そこには「これでもか!」といった超低価格か、更にそこにアイディアが込められたものしか生き残れないということである。
結果として、「納得価格」という考え方が生まれる。消費税8%の時は「まあこれでも良いか」といった心理であったものが、これからは今まで以上に明確な「納得価格」が求められるということである。そして、勿論納得価格は顧客が決めるということである。死語となった感のする顧客満足であるが、別の言葉で表現するならば徹底した「満足価格」ということになる。

共感価格の時代へ

今から10年ほど前、「付加価値という幻想」というタイトルでブログを書いたことがあった。付加価値の多くは「こだわり」という「訳あり」によって創られてきた。しかし、そうした情報はすぐ競争相手に伝わり、「類似したこだわり」が生まれる。結果、「こだわり」の再生産がなされ、市場に充満していくこととなる。「こだわり」は文化という固有性にまで時間をかけて昇華されないかぎり常に一般化してしまうということだ。いつの時代も顧客価値が価格を決める。消費税10%時代とは次の新しい価値時代を迎えるということである。居酒屋とよに見られたように劇場としてのライブ感のある「店舗」のあり方。単なる安さではない価格帯市場としての「満足価格」のあり方。そして、何よりも店の生き死にを決める「人」の活かし方。更には、デフレが日常化した時代における新たなキラーコンテンツ、「食」のあり方。そんなことを十分分かった「共感価格」へと向かう。つまり、納得から共感へ、これが消費税10%を超える消費であり、そしてブランド化へと向かうということだ。
誕生物語への共感、そして変化し続けることへの共感、そこに新たな価値消費が生まれる。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:10Comments(0)新市場創造

2018年06月05日

◆未来塾(32)「消費税10%時代の迎え方」(1)前半 

ヒット商品応援団日記No714(毎週更新) 2018.6.5.




「消費税10%時代の迎え方」(1)

ロングセラー誕生物語と
その成長

来年10月には先送りを重ねてきた消費税10%が間違いなく導入されるであろう。8%と10%の差はわずか2%であるが、高くなったという消費心理は勿論のこと、10%への心理としては「わかりやすく」なったということである。例えば、税抜き前1000円であれば今までは1080円であった商品が1100円になり、その差20円高くなったという受け止めではなく、消費税が100円になったという心理が働くことは間違いない。つまり、「わかりやすく」とはそれだけ強いインパクトを持って受け止められるということである。これから1年4ヶ月ほど未来塾の主要なテーマとして、この「消費税10%時代」を軸に考えていくこととする。

どんなビジネスであれ、安定した売り上げ、しかも継続してわずかでも成長するビジネスを目指す。いわゆる求められるのはロングセラー商品であるが、これは言い得て極めて難しい課題である。消費税10%時代、いや国の借金を考えればそれ以上の消費税率が財政健全化上必要な時代を迎えており超えなければならない大きな課題である。

ところでロングセラーとは言葉を変えれば、老舗のことであり、ブランドにも繋がるキーワードである。もともと日本は周知の通り世界でダントツNo.1の老舗大国である。何故何百年も続くのかというテーマについてはブログにも何回か書いてきたのでここでは再録はしないこととする。ただ世界最古の建築会社である金剛組が幾多の戦乱に出合い、明治維新による廃仏毀釈によって仕事が失われ、それでも今日まで存続している理由を思い起こすことが必要である。。
ここでは愛され続ける訳、永く使われる訳、その「訳」に着目し、人を惹きつけ続ける魅力がどのように生まれ、それが人から人へと伝わり広がっていくのか、そうした「消費物語」に焦点を当て「消費税10%時代」の生き残りの術を見出していくこととする。

野外劇場という「パフォーマンス」

劇場化というキーワードが広く一般化したのは小泉政権の誕生によってであった。周知の元総理小泉氏による多くのパフォーマンスの意味は、人目を引くための演出・演技のことであり、あらゆるものがメディア化してしまった時代には、その人目をひくために周到な「舞台」がつくられることが必要であった。小泉劇場はそのわかりやすいパフォーマンスの第一歩であった。
ところで冒頭の写真は大阪の人にはよく知られた京橋の路上にある立ち飲み居酒屋「とよ」である。京橋はJR環状線と京阪電車とが交差する街で飲食店も多く「オヤジの街」、立ち飲み居酒屋も多く「昼飲みの街」とも表現されている街である。
実は京橋は初めてであったので大阪の友人に街歩きをしながら案内してもらった。全国的にはマイナーな小さな路上劇場ではあるが、劇場のなんたるかは小さくてもわかりやすくあった。

名物はインドマグロをはじめとした海鮮と気さくなオヤジで行列が絶えない店として知られている。面白いことにJR環状線京橋駅北口から歩いてわずか数分、裏手が市民墓地というなんともユニークな立地である。普通であれば縁起が悪いと避けがちな立地だが、そこを逆手にとって笑い飛ばすのが大阪商人らしいところだ。実はその名物オヤジに話を聞きたかったのだが、その日は体調が悪く店にいなかったので、一番古くからアルバイトをしている女性に聞くことにした。彼女曰く20年ほどアルバイトをしているので、その数年前にこの居酒屋とよが生まれたので創業は24年ほど前であると。そして、当時から行列が絶えず、数年前には横の土地に屋根を作り店を広くしてきたと。そして、名物メニューであるマグロのセットメニューも変わらないとも。勿論、保健所の認可を受け、水洗トイレもある。名物のマグロ・魚介のための冷蔵庫は5つほどあると言う。

基本は全てセルフサービス、立ち食い、しかし出されるメニューは本格・・・・・・・5年ほど前に銀座で話題となった「俺のフレンチ・イタリアン」と考え方は同じで、何を売り物にするか明確になっている。「俺の」の場合は1日の客回転が6回転を超えていたと記憶しているが、この居酒屋とよも同じで営業は火・水・金・土の4日間で時間も1日6時間ほど、行列ができてももその回転が早いので待ちくたびれることはない。通常飲食店の場合は厨房などの投資が大きいが、「とよ」の場合も見ての通り極めて小さく、空き店舗を居抜きで改装して出店する「俺の」と比較しても更に効率良い経営となっていることがわかる。そこにはあるものを徹底して使い切るという発想である。そして、聞くところによると居酒屋とよの年商は1億を超えていると。

こうした経営を可能としている第一は、やはり顧客を魅了するそのメニューのダイナミックさにある。中心はインドマクロとのことだが、その部位ごとのメニュー化も図られていてロスもなく、顧客を喜ばせるだけに終わらない。久しぶりにインドマグロの刺身を食べたがこれも旨かった。数年前から「インスタ映え」が時代のキーワードになっているが、単なる「映え」であれば一過性で終わる。居酒屋とよは物の見事に一つの「劇場」になっている、顧客はその鮮度をはじめとしたライブ感に魅了されるということである。
写真は名物となっているマグロの刺身である。値段は3種類のセットで2850円。2〜3人前というボリュームであるが居酒屋チェーンと比較し価格だけを見れば極端に安いとは言えない。しかし、食べてみると誰もが美味いの一言で納得・満足。大阪のパフォーマンスは「実質」そのものであり、居酒屋とよは「ザ・大阪」という丸ごと大阪を楽しめる劇場であった。
そして、写真を見てもわかるように顧客には「オヤジ」もいるが若い男女も多く、アルコール離れが進む世代と勝手に決めつけてはならないと感じた。

「うどん物語」の誕生とその広がり

”食い倒れの街”として親しまれている大阪の食文化の中でも「粉もん文化」と言えばたこ焼きやお好み焼きとなるが、もう一つあるのが関西の出汁と共に食べさせてくれるうどんである。うどんと言うと讃岐となるが、広く庶民の食べ物として定着したのが大阪うどんである。それだけ競争も激しく「違い」を求めたうどん市場となるが、大阪うどんの老舗店にはその誕生と広く行き渡ってきた物語がある。つまり、競争によって生まれた誕生物語とその変化である。

元祖きつねうどん;うさみ亭マツバヤ

南船場にある明治26年創業の元祖きつねうどんの店である。大阪には日常的に頻度多く来ていたが、うさみ亭マツバヤはほぼ30年ぶりの訪問であった。御堂筋線心斎橋駅を降りて店に向かったが周りは多くのビルに囲まれ当時の雰囲気はまるでなかったが、店先は昔のままで当時を思い出した。実はきつねうどん発祥の店として大阪の人にはよく知られている店である。30年前に案内してもらった人に言わせると、甘辛く炊いた揚げをサービスとして別の皿に出したところ多くの客がうどんの上に乗せて食べていたことからきつねうどんが生まれたとのこと。
そして、もう一つの名物が「おじやうどん」である。その名の通り、四角い鉄鍋に半分がうどん、半分がおじやとなった煮込みのメニューである。その欲張りメニューにはトッピングとして、かしわ
かまぼこ、穴子、しいたけ、ネギ、しょうが、半熟卵、・・・・・・・今回は更に海老の天ぷらを追加してもらった。いわゆる具沢山でシンプルな出汁で食べさせるうどんとは異なる。そして、大阪うどんにあっては少し濃い口の色と味の出汁で作られており、さらに「違い」を際立たせている。
このおじやうどんは780円で海老の天ぷら200円をプラスして980円であった。








肉吸いの千とせ

うどんと言うと道頓堀 今井が挙げられ、私も大阪にビジネスに来た時最初に案内してもらった店の一つである。そして、大阪の出汁と言う存在を知った店でもある。大阪観光の初心者向けには良い店である。もう一つの「うどん」の観光名所となっているのが、なんばグランド花月裏、いや道具屋筋の裏路地にあるうどん店「千とせ」である。吉本の芸人花紀京が「肉うどん、うどん抜きで」と注文したことから、肉吸いが生まれる。これだけであれば単なる誕生物語で終わるのだが、後に明石家さんまをはじめとした吉本の芸人が「うどん屋なのになんでうどんが入っていないのか」とギャグのネタにしたことから一気に広まることとなる。ちょうど新世界ジャンジャン横丁の串カツだるまがタレントで元プロボクサーの赤井英和が「ソースの二度漬けは禁止やで!」というフレーズと共に「だるま」を広めたことと同じである。そして、周知のようにだるまは銀座のど真ん中のGINZA SIXにまで進出することとなる。
つまり、名物商品の誕生物語を広く伝える「人物」が必要であると言うことである。「千とせ」には勿論きつねうどんもあれなカレーうどん、親子丼まであるが、名物の肉吸い目当ての顧客がほとんどのようで、この肉吸いが無くなり次第閉店となる。ちなみに定番メニューは肉吸い650円に小玉(小ご飯に生卵)210円。
市場というのはこうした新しいうどんの誕生と共に、更なる違いを求めたMDによって裾野は広が
っていく。大阪人にとっては至極普通のことであるが、アイディア満載の「うどん」も誕生している。心斎橋に讃岐うどんの流れを汲む川福という美味しい店もあるが、大阪うどんの裾野にはどんなうどんがあるのか見ていくと、その競争世界が見えてくる。









低価格で、しかもアイディア満載うどん

このタイトルそのままのうどんが大阪にはある。その代表的メニューが「かすうどん」であろう。飲んだ後のシメには東京だとラーメンになるが、大阪の場合はかすうどんとなる。このかすうどんの歴史は浅く1990年代と言われているが、次第にうどんメニューの一つとして定着し、かすうどんの専門店まで出現している。その「かす」とは牛の小腸・ホルモンを十分油抜きしたもので、東京でいうところの天かすをのせたたぬき蕎麦のようなものである。こうした表現をすると大阪の人に怒られてしまうが、関西の出汁に凝縮された旨味のかすが入ったアイディアフルなうどんである。
このかすうどんのように表舞台に出てくるかどうかはわからないが、大阪らしいアイディアのあるうどんがある。それは「シチュウうどん」で「あづま食堂」の名物メニューになっている。通天閣のある新世界の食堂のメニューであるが、写真を見ていただければわかると思うが、牛肉に玉ねぎ、それにじゃがいも、塩味のシチュウにうどんが入ったものである。
ハウス食品からご飯にかける専用のクリームシチューのもとが新発売されたが、かなり前から大阪では塩味のシチュウにうどんを入れて食べている。ちなみにあづまのシチュウうどんは500円。









変化を続ける顧客満足世界

少し前のブログにインバウンドビジネスが「西高東低」へと変化したと書いた。インバウンドビジネスもそうであるが、西=大阪は「元気」である。その元気とは失敗しても怯まない商売にある。元気の先頭を走っているのは周知のUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)である。オープンした当時は西部劇のアトラクションもあって、こんなアトラクションを誰が面白いと思って来園するのか、疑問に思い興味も無く訪れることはなかった。しかし、その後ハリーポッターの導入を機に業績は反転した。実はその頃から新しい試みが随所に見られるようになった。その象徴が人気のアトラクション待ちとして実施されたUSJスタッフと主にファミリーの子供達との水鉄砲合戦というお金もかからない試みで、その後人気が出て本格的なアトラクションメニューの一つになった。それは顧客に投げかけ良いと思えば果敢にトライするという大阪らしい「やってみなはれ精神」であった。
そして、何回か未来塾にも取り上げたが、もう一つが寂れ果てた新世界の再生であった。街の再生に「飲食」、具体的には串カツ「だるま」が大きく貢献したことは周知の通りである。

2つの巨大フードホールの誕生

商業集積、特にSC(ショッピングセンター)のテナント構成を見ていくとその地域の生活者のライフスタイル変化が良くわかる。時代の変化、顧客変化によるスクラップ&ビルド、つまり何を変え、何を誕生させるかに、顧客満足を読み取ることができるということである。このスクラップ&ビルドによって、今大阪の「消費」が劇的に変化し始めていることがわかる。大阪の友人そのほとんどが顧客の流れが変わり、しかも新たな顧客も誕生し、まさに元気な大阪が生まれていると指摘する。

更に活況を見せる「ルクア イーレ」の地下飲食街バルチカ

大阪駅ビル「ルクア」に出店した伊勢丹が業績不振で撤退した跡に生まれたバルチカについては何度かブログにも触れているので繰り返さないが、バルチカのコンセプトに準じた飲食街の拡大と共に、隣り合わせに阪急オアシス(食品スーパー)が併設され、その「食」の集積度は極めて高く、文字通り「フードホール」が出来上がっている。
まず、新バルチカの方であるが、オープン当初から行列が絶えなかった洋風おでんとワインのコウハク(紅白)は相変わらず若い世代で溢れていた。他にも銀座で話題となった鶏白湯のラーメン篝(かがり)にも行列ができていた。まあ既に知っているラーメン店なので私にとってそれほど興味を引く店ではなかった。一番興味を惹いたのが「魚屋スタンドふじ子」という老舗鮮魚店が経営する「ザク飲み」の店である。席数も70席ほどと思われるが、2日にわたり3度ほど訪れたが常に行列状態であった。人気なのは鮮魚店としての鮮度ある魚介ということだが、ドリンクを含めどのメニューもほとんどが1品300円台という安さである。しかも行列をつくるその多くが若い世代で前述の昼飲みの街京橋ではないが、昼間から一杯という顧客が多いことに驚いた。アルコール離れ世代と言われてきた若い世代であるが、コウハク(紅白)同様やり方次第では新しい顧客を創ることができるということである。

このバルチカの奥まったところに阪急オアシスの新業態「キッチン&マーケット」という食品マーケットが連なっている。大阪の人には知られたスーパーであるが、東京でいうところのクイーンズ伊勢丹的スーパーである。飲食街に連なるマーケットとしてそのエンターティメント性、目からも楽しめる売り場づくりとなっている。このルクアイーレの2階には国内外の生活雑貨からアクセサリー雑貨までを集積したマルシェのフロアがあるが、そんな「雑」を集積した食品フロアとなっている。それまでのバルチカ飲食街とこの阪急オアシスによるフードホールというネーミングの通り約860坪という大きな食の雑エンターティメント世界が出現したということである。ある意味、これでもかというぐらいの食の楽しさが提供されており、大阪の新名所となっている。
このフードホールと新バルチカを合わせたB2階の面積は約1500坪に及び巨大な「食」のエンターティメント世界が誕生したということである。

もう一つのフードホール、阪急三番街北館

阪急梅田駅の商業施設「阪急三番街」北館地下2階に3月28日、飲食エリア「ウメダ フードホール」が開業した。この阪急三番街というSCは簡単にいうと阪急電車の梅田駅ホーム下・改札下にある巨大な商業施設。オープン以降、このフードホールにも連日多くの顧客が押し寄せている。ソファ席、ボックス席、カウンター席、立ち食い席など飲食スタイルに応じた多種多様な約1000席を全て共用で配置した総面積約700坪弱というフロアである。このゾーンは北の外れにあり、立地的にも厳しい場でともすると古書の街(現在は移転)に繋がる通路的なものとして魅力のない場所であった。今から25年ほど前のリニューアルでは当時のキラーコンテンツであったキャラクター世界を集積した「キディランド」など特定顧客には強い吸引力を持った専門店が上の階に編集されていたが、下の階にはなかなか顧客を呼び込むことが難しいそんな場所である。

このウメダ フードホールに出店した飲食店舗を見ていくと新バルチカと比較し、若者というより大人・ファミリー向きの店舗構成となっており、価格帯も少し上になっている。ちょっとした違いを売り物にした飲食店が多く、「鳥焼き・蕎麦(そば)・おでん 一重」「天丼・天串・串カツ いしのや」「大阪梅田 花火寿司(すし)」あるいは「宮武讃岐うどん」といったところで、実は懐かしさもあって名古屋の「矢場とん」のみそかつ丼を食べた。
昼時には少しの行列もできていたが、オペレーションもスムーズで座る席を確保する方が大変である、そんな賑わいであった。大阪の友人の一人は混雑がひどく食べるのを諦めたと話し、もう一人は阪急三番街では古くからある南館の「インディアンカレー」に行列ができており、人の流れが変わってきたと話す。
2つの「フードホール」、私の言葉に変えれば2つの「フードテーマパーク」の誕生ということになる。実は一見この過剰とも思える「食」の持つ意味を考えていくことが必要である。デフレが常態化した時代にあって顧客を惹きつけるものとしての食。そのことはまさに1年数か月後に実施される消費税10%を迎えるための戦略、ロングセラーという生き残るための施策。小さな単位で言うならば街の商店街から商業施設、更に俯瞰的な視座に立てば街の再編集・再生への鍵となる「テーマ」ということになる。





(後半へ続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:17Comments(0)新市場創造

2018年05月13日

◆ここにしかない観光地 

ヒット商品応援団日記No713(毎週更新) 2018.5.13.

前回「日本観光進化」への視座 」としてその観光コンテンツの変化について ブログに書いた。それは「西高東低」と言う観光地の変化・広がりを踏まえてだが、今後目標とすべき一つが「回数化」の促進であると。更にはその回数化と言う魅力については地方への広がりと日本固有の文化を提供する旅になると。こうした着眼を「テーマ観光」として物語化して行くことが必要であると指摘をした。何故、こうした日本観光の進化への着眼をしたかと言うと、それは「地方」の特性を生かした観光政策を実施ている国、イタリアに一つのモデルを見出したからである。

そのイタリアであるが、日本と同じ時期に近代国家となったが、それまではいわゆる地方ごとの都市国家で、日本における江戸時代の「藩」と同じような経緯をとってきた国である。つまり、過去の歴史・文化を受け継いだ「地方」が色濃く残っていて、それが産業として確立し、輸出産業にまで発展している国である。風土としても国土は日本の5分の4ほどで、北はアルプス山脈に遮られ、地中海に囲まれたシチリア島やサルデーニャ島など約90の島々から成りたった国である。そして、国内は20の州(regione)、100以上の県(provincia)、さらには市町村にあたる約8,000のコムーネ(comune)に区分されている。日本の場合、明治になり廃藩置県となったが、それでも今なお「藩」の名残を残す日本とよく似ている。これ以上説明する必要はないと思うので省いていくが、イタリアの観光も都市国家の歴史・文化を踏まえた産業となっていることにある。ちなみにフランスがテロなどから観光客数が減少する中、イタリアは伸びており5237万人ほどとなっており、日本における目標4000万人にとって一つのお手本となる国である。話を戻すが、イタリアのコムーネには都市国家の歴史を受け継いだ地域が多く、都市ごとに見ていくと、それぞれが独自に特徴的な伝統産業を発展させてきていることがよくわかる。例えば、

・トリノ:1899年創業の自動車メーカー「フィアット」(FIAT)が、国内最大の企業グループへと急成長を遂げたことにより飛躍的に発展した都市である。周知のフィアットはフェラーリ、アルファ・ロメオなど国内自動車メーカーを次々と傘下に収め、1990年代には海外にも市場を拡大。日本でいうならば、愛知におけるトヨタ自動車のような地域である。
・ジェノバ:海洋都市国家として繁栄し、ベネチア、ピサ、アマルフィとともに四大海洋都市として地中海の覇権を争ってきた。イタリア最大の貿易港でミラノやトリノの工業製品を輸出。日本でいうと、千葉、名古屋、横浜ということになるが、貿易額では成田空港ということになる。
・ミラノ:北部イタリア最大の工業都市であるミラノはブランド創造都市である。アパレル業界が価格競争になり、ミラノもその渦に巻き込まれ低迷してはいるが、そのデザイン世界は今なおブランドとして世界に発信している。
・フィレンツェ:伝統手工芸として上質な革製品の製造都市であり、周知の「グッチ」(GUCCI)や「フェラガモ」(Salvatore Ferragamo)などが創業の地でもある。
他にもベネチアのガラス産業、観光都市ローマ、「食」の中心ナポリ、このように歴史・文化を受け継いた産業がイタリアを成長させてきている。

以上のように簡単にイタリアとの相似点を指摘して見たが、本来であれば政府観光庁が観光日本のグランドデザインを行うべきであるが、そうした構想の前に訪日外国人客が押し寄せてしまったというのが実情である。また、数年前から地方自治体にあっては外国人客を誘致するために観光部門に外国人を採用したり、誘致したい国のブロガーなどを招いて集客を行っており、それなりの成果は上がってきているかと思う。ただ、前回の結論として少し触れたが、後手後手に回ってしまった日本観光に対し、回数化を測るためには先行した観光客、日本オタクの観光客が何に興味を持ち、オタク化していくかを見極めて観光政策として全体化していくことが必要になっている。そうしたオタク客の裾野を広げるためには、観光コンテンツにおけるテーマ化、その物語化が重要になっているということである。この物語化とは観光の産業化であり、エリア全体として取り組む必要があるということである。

産業化の構図としては、以前から地域おこしによく使われるキーワードとして「6次産業化」がある。周知のように、1次産業(生産)、2次産業(加工製造)、3次産業(流通)を全体として行うことを6次産業化というが、観光産業に置き換えるならば、1次産業は観光地などの資源整備や保全であり、2次産業はそれら資源のテーマ物語化・プログラム化・メニュー化であり、3次産業はそれらをどうサービスしていくかということになる。これら全体を一つのものとして実行していくのが観光の産業化ということになる。
つまり、どこにでもある田舎・地方をどこにもない田舎・地方にする試みのことである。例えば、京都府の京丹後伊根町に小さな漁村がある。舟屋のある町として知る人ぞ知る観光地であるが、その舟屋は海辺ぎりぎりに建ち並び、1階が舟の格納庫の他に、漁具などの物置場として使われており、2階は住居となった機能的な建物である。実は旅行ガイド本「ミシュラン・グリーンガイド」日本編に、京都府から天橋立(宮津市)と伊根の舟屋(伊根町)の景観が、いずれも「二つ星」の評価で新たに掲載され、訪日外国人観光客が押し寄せてきたということである。重要伝統的建造物群保存地区に指定された街並みも素敵だが、遊覧船による海上から見る『伊根湾めぐり』も用意されていて、伊根の舟屋物語を満喫できるようになっている。最近では空き家であった舟屋をリノベーションした宿泊施設やおしゃれなカフェも出来てきているようだ。テーマという表現をするとすれば、これは伊根町観光協会のコピーにも出ているフレーズであるが、「海の京都 和の源流をめぐる旅」とある。ある意味、京都市という観光表通りから京丹後地方という路地裏のミニミニ観光地ということになる。アクセスするには少々不便ではあるが、であればこそ「ここにしかない漁村」が今尚残っており、小さな観光名所になるということである。こうした試みは飽和状態にある京都観光の分散化・広域化につながっていることは言うまでもない。

ただイタリアも京都もそうであるが、観光客が押し寄せることによる問題も生まれている。それは観光ビジネスにおける利害対立というより、地元住民と観光客との間で起こる多様な軋轢である。交通利用におけるマナーやルールから始まり、違法民泊による住民とのトラブル、更には街中の混雑・騒音・・・・・・・。実は町歩きの第一歩が上野裏の谷根千(ヤネセン)であったが、7年前既に谷根千は観光地化しており、地元商店街・住民との間で問題が指摘されていた。以前、谷根千の旅館「澤野屋」はどこよりも早く訪日外国人を受け入れ地域全体で「もてなしてきた」とブログに書いたことがあった。全体としてはこうした受け入れをしている地域であるが、例えば谷中ぎんざ商店街の中には地域住民の生活に必要なもの売る小売店もあれば、観光客相手の店もある。その象徴であるが、地元住民相手の総菜店には200円の格安弁当が売られ、観光客相手には200円の食べ歩き用のメンチカツが売られる、という状況が生まれている。誰を顧客とするのかという問題であるが、こうした状況は大阪の黒門市場にも起きている。黒門市場は寺社の境内に魚の行商が集まり鮮度もよく安いということから生まれた住民顧客向けの市場であるが、数年前から訪日外国人が押し寄せるという一大観光地へと変貌した。結果どういうことが起きているか。訪日外国人による混雑と、小売価格の上昇、こうしたことから地域住民は黒門市場から離れて行きつつある。

日本におけるインバウンドビジネス拡大の主要な背景・要因が明確になってきた。従来から言われてきたように、円安に加えて世界的なLCCやクルーズ船の旅の急拡大、つまり以前と比べて格段に行きやすくなったことによる。そして、その増加の裾野の消費傾向は日本人の生活と同じようなことをしてみたいという体験の旅となる。日本は長引くデフレ下にあり、訪日外国人にとって安く済むパラダイスのような旅を満喫できるということである。繰り返しブログにも書いてきたように、日本人の日常的なライフスタイル、ごくごく普通の生活を同じように体験してみたいということである。トリップアドバイザーのお気に入り日本レストランのランキングにも出てきているが、その多くはご近所住民が日常利用しでいる普通の飲食店である。勿論、訪日外国人向けの特別価格などではない。そんな特別なことばかりしていくと、地域住民だけでなく、その事実を知った訪日外国人はすぐさまSNSに投稿するであろう。

「ここにしかない地域」を観光地とするのであれば、ありのままの「生活文化」を提供するということだ。海に囲まれた日本には約2800ほどの漁港、後背集落は約6300、共に減少傾向にある。勿論、沿岸漁業の不振、高齢化、結果過疎化の象徴でもあるが、京丹後伊根町のような特色ある「生き方」もある。ちなみに、伊根町は922世帯、人口2135人という小さな漁村である。観光協会のHPには「ディープな伊根を旅してみよう」とある。過疎化の進む地方であるが、逆に考えれば豊かな自然が残り、歴史文化があちらこちらに残っている。伊根町の近くには浦嶋太郎伝説が残る「常世の浜」がある。舟屋だけでなく、浦島伝説という物語体験もまた面白い。(続く)
追記 冒頭の写真は伊根町観光協会の写真を掲載したことをお断りしておく。  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:27Comments(0)新市場創造

2018年05月06日

◆日本観光「進化」への視座 

ヒット商品応援団日記No712(毎週更新) 2018.5.6.

やっと日本のインバウンドビジネスの方向がビジネスは勿論のこと社会的にも認識されてきた。これはまさに訪日外国人客の消費という「需要実績」によって、それまでのパラダイム(価値観)が変わってきたということである。
昨年秋に書いたブログにそれまでのゴールデンルート(成田ー東京ー富士山ー京都)といった日本観光初心者定番の観光から、これもかなり前から書いてきたことだが「個人旅行」あるいは「リピート観光」が半数を超え、それまでの観光内容がガラッと変わってきたと。その象徴的キーワードが「西高東低」と表現されてきている。「東」とはゴールデンルートから、「西」は大阪を中心とした西日本への需要拡大という観光先が変わり広がってきたということである。私の言葉でいえば、それまでの浅草寺・富士山観光、寿司・すき焼き体験から、日本人の日常的な生活文化観光への進化である。その象徴が一昨年からの「桜観光」人気であった。ある意味東京ディズニーランド&京都といった「表通り」から、大阪を中心とした地方という「横丁路地裏」への進化でもある。

観光も回数を経てくるとより目的が深まっていく。あるいはその観光体験の中から新たな関心事も生まれる。スタート当初の団体・パック旅行から、その目的に合わせた個人単位、仲間単位、家族単位の「個人旅行」へと変化してくる。日本への滞在時間も長くなり、費用もかかることから宿泊費を抑える傾向も生まれる。面白いことに、日本旅館・露天風呂の体験が主目的の場合、相応の費用になるが、それ以外の宿泊は安価なゲストハウスで済ますといった具合である。交通についてもそれまでのタクシー利用から鉄道やバス利用へと変化してくる。食事についても宿泊ホテルや旅館の食事から、体験してみたい街場の飲食店を探し出して食べに行くこととなる。こうした観光行動を可能にしているのがスマホであり、トリップアドバイザーや各国の日本ガイドサイトを検索しながらということになる。3年ほど前の訪日外国人の要望の第一がWiFiの設置であり、スマホ片手の旅スタイルは世界標準になったということだ。こうして不思議の国日本巡りの旅に向かうということである。

さてこうしたインバウンド市場の経過を見て行くと、その目標は更なる「回数化」「リピーター化」ということになる。このことは日本人顧客のリピーター化とそれほど大きな違いはない。ただ顧客の興味関心事は常に変化して行く環境下にあることを忘れてはならない。それも世界規模においてである。こうしたインバウンドビジネスの一つの先行事例となっているのが北海道ニセコのスキー場である。今からかなり昔になるが南半球オーストラリアのスキーオタクが季節的には真反対の日本、しかも世界でも珍しい雪質、パウダースノーというスキー場を目指して通ってきたという経緯がある。当時はまだまだ一部の熱烈なフアン・オタクで、地元も含めインバウンドビジネスとしての可能性について言及されることはなかった。。ちょうど20数年前の秋葉原、アキバにアニメオタクの訪日外国人が来日していた構図と同じである。それがどう変化してきたか、2016年には標準地の地価公示値上がり率が19.7%で全国1位(国土交通省調べ)になり、その後も上昇が続いている。スキー客の増加を見込んでのホテルや別荘の開発が進んだ結果ということだ。ニセコ倶知安町役場の統計資料によると外国人が住み始めたのは2003年ごろからで、当時49世帯60人が住民登録をしている。リーマンショックで少し落ちたものの、その後回復。2017年2月時点では1400世帯が住民登録をしている。町全体の世帯数が8973世帯であることから約15%が外国人世帯という割合だ。ある意味スキーオタクがアキバと同じようにように世界中から集まったということだ。

このようにオタクが先行した「需要」が地方創生にもつながった事例である。勿論、オタクが全てこのような結果に繋がるとは限らない。そもそもオタクが誕生するのは、アキバにアニメやコミック関連の専門店が集積し、「好き」を母体に誕生したように、他に変えがたい極めて強い「特殊世界人」として振舞うことからであった。単なる「好き」を超えて、単なるマニアを超えて、そのこだわり度に違いを見つけようとした特殊性に身を置いた人のことをオタクと呼んだのである。つまり、”自分は単なるマニアじゃないよ”と差別化する必要が生まれる土壌があってオタクは誕生する。誇らしげに”ニセコの雪質と出会ったら他では滑れない”という仲間が次第に増え、結果地方創生にも繋がったということである。アキバの雑居ビルから生まれたAKB48の場合はこのオタク心理、例えば「自分は指原フアン」といった特殊性をシステム化したのがいわゆる「総選挙」である。つまり、オタク同士を競争させて「違い」「こだわり度」を創る仕組みを内在化させたということである。こうしたオタクの言説がSNSをはじめとしたメディアに載ることによって「いいね」が拡散し、更にオタク予備軍も生まれる。しかし、後に同じようなアイドルグループが生まれ、AKBは乃木坂46にその人気度が超えられたとも言われている。いつかその背景について書くこととするが、こうした「オタクマーケティング」は時代と共にまた変化して行くということだ。
20数年前までは「キラーコンテンツ」というキーワードがマーケティングの中心を占めていたことがあった。他に変えがたい固有性、オリジナリティこそが市場を創って行くという主旨であるが、今日のマーケティングはこの「キラーコンテンツ」という魅力がどこにあるかを探すこと、その隠れた小さな「芽」こそがオタクというわけである。

この2年ほどで「桜観光」はキラーコンテンツ足り得ることがわかった。その花見は美しさを愛でることと同時に、桜の下での家族や仲間との宴も楽しみの一つであることもわかってきた。そして、それまでの日本の名所との組み合わせ、例えば富士山と桜、さらにプラスαといったインスタ映えを狙った観光客も出てきた。問題なのは、桜の開花時期は限られていることから、ある時期だけ観光客が殺到することとなる。花見ならぬ、人見で終わる事態が出てきており、京都ではそのことを嫌って日本人観光客が減る傾向にあると。京都では分散化を考えているようだが、それほど簡単なことではない。
観光の回数化を前提としたその広域化、分散化という課題であるが、少し前のブログにも書いたが、青森などの試みは面白い。それまでの発想であると県内だけで観光を終えてしまいがちであるが、新幹線を利用して函館をも旅先にした試みである。県をまたぐもの、それは移動の楽しみをも組み込んだ「テーマ」ということになる。雪に触れることの少ない台湾観光客には冬の青森の雪は新しい体験であり、事前の理解と共に旅のプログラムさえきちんとすれば、これも日本ならではのキラーコンテンツ「体験旅行」になるということだ。この旅には居酒屋での民謡を楽しむことも含まれているようだが、津軽三味線も郷土芸能として他にはないものとなる。テーマは「冬の津軽の旅」ということになる。冬の津軽を満喫した観光客には、「5月には春の桜、弘前へどうぞお越しください」となる。これが回数化である。

つまり、このように間違いなくテーマ観光へと向かうことになる。先日のTV報道によれば、一昨年から大阪西成のドヤ街の再開発が盛んになり、多くのゲストハウスが出来てきた。一泊5000円未満(素泊まり)の施設が多く、支出の多くは交通費と飲食代に当てるという。そして、できる限り長期に滞在するつもりで、その日は京都に花見に行くという。スタイルとしてはバックパッカー風であるが、取材されたその訪日外国人は日本オタク予備軍とでも表現できる人物であった。そして、この西成にはトリップアドバイザーにおける人気No1レストランとしてお好み焼きちとせがあることも象徴的である。
これからこうした日本観光の進化の経過をレポートして行くが、観光資源という言い方をすれば以下の3つに整理することができる。
・日本固有の自然 例えば 冬の白川郷から庭園や盆栽まで
・日本固有の歴史・文化 例えば城から酒蔵巡りまで
・日本固有の人物 例えば武道・芸道から伝統工芸の職人まで
・更にはアニメ映画やファッションなどの聖地巡礼観光へ
勿論、恐らく世界の日本食ブームも更に進化し、寿司やすき焼きといった「食」ではなく、日本人が日常食べている「食」へと分化し、テーマ化して行くであろう。例えば、「あの博多の〇〇ラーメンを食べに」、更に進化して行くとすれば、日本人にもその傾向が見えてきている「博多の屋台食べ歩き」といったテーマなんかは面白い。言わば博多夜市ということである。また、桜観光はキラーコンテンツ足り得ることが明らかになったが、温泉、銭湯といった温浴観光もその可能性は高い。但し、SNSの問題点でもあるのだが、インスタ映え観光地、インスタ映え飲食店、インスタ映え体験といった「ひととき観光」で終わるのか、更なる進化を遂げ回数化が測れるものなのか見極めることが重要となる。そして、その時重要になるのが、やはりテーマの進化物語づくりということになる。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:37Comments(0)新市場創造

2018年04月29日

◆名脇役が物語を創る 

ット商品応援団日記No711(毎週更新) 2018.4.29.

衣笠祥雄さんが亡くなった。昭和の時代、プロ野球が国民的スポーツとして観戦した時代のヒーローの一人であった。多くのスポーツ紙を始めTVメディアもこぞって衣笠祥雄さんの「感劇」した一つ一つの場面を思い起こさせてくれた。再来年のオリンピック競技種目を見てもわかるように、この時代のスポーツは多様なスポーツの時代ではなく、ある意味プロ野球は国民的なスポーツであり、それはちょうど TVメディアが絶頂期であった時代でもあった。誰もが野球中継のTV画面に釘ずけになった時代で高視聴率を上げた時代でもあった。

ドラマ、それは少々陳腐な表現になるが、何が起こるかわからない、筋書きのない物語のことである。それが目の前で繰り広げられる光景に、心動かされる物語のことである。それは前以て作られる未来ではなく、プレーをする当事者ですらわからない未知の世界のことである。そして、この時代、1970年代から1980年代にかけた時代は、高度経済成長期のいざなぎ景気を終えても日本経済は成長し続けていた時代で、オイルショックはあっやものの人も、街も活気があふれていた時代であった。歌謡曲が時代を映し出していたように、野球もまた時代という大衆の心もようを映し出していた。そうした意味において、大きな物語の時代であり、「国民的」という表現の意味通り時代が求める共通関心事が大きかった時代でもあった。

衣笠祥雄さんの野球人生、「鉄人」と呼ばれたように連続試合出場の世界記録を果たしたり、デットボールを食らっても痛みの表情すら見せずに一塁に向かう、野球界には珍しい優しい人間性を持った人物であった。こうした逸話はすでにスポーツ紙が訃報と共に書いているのでことさら書き加えることはない。あるとすれば1979年11月の日本シリーズ、弱小球団同士の広島カープと近鉄バッファローズの試合を興奮してTVを見ていたことを思い出す。そう、あの山際淳司が翌年1980年に書いたドキュメント「江夏の21球」(文藝春秋、「ナンバー」)である。「近鉄対広島」第7戦の9回裏の江夏豊が投げた21球だけをドキュメントしたもので、従来のスポーツエッセイにはまるでないものであった。そのときのバッターや監督や江夏自身に取材しながら構成したものである。
 江夏はスクイズをフォークに見えるような下に落ちるカーブではずして、3塁走者を殺し2アウトをとり、さらに最後の打者石渡を三振に切って落として広島を優勝に導いた。後にNHKスペシャルにおいても取り上げられスポーツの楽しみ方、「感劇」の仕方を教えてくれたものである。

私の場合、実は山際淳司が書いた「江夏の21球」とは異なる一フアンとしての見方をしていた。一フアンとは広島ではなく、近鉄、いや監督である西本幸雄のフアンであった。西本幸雄は広島と同様プロ野球のお荷物球団と言われた弱小球団であった阪急及び近鉄を優勝できるチームに育て上げた名監督である。その指導力は後の広岡監督や野村監督などプロ野球界で広く認められるものであった。その野球への情熱は時に選手への鉄拳制裁に見られるように批判を招くものであったが、それは愛情溢れるもので選手も良く分かっていた、そんなリーダーであった。1979年の日本シリーズの前年のオフにはそうした批判を含め監督辞任を表明したが、「俺たちを見捨てないでくれ!」と選手に引き止められて辞任を撤回し、翌年日本シリーズに向かうのである。「今の時代」であればパワハラ扱いされるかもしれないが、それは理にかなったハードな指導で、西本のように殴りこそしないものの、日本のラグビーを世界レベルに引き上げたエディヘッドコーチや日本女子シンクロの井村雅代コーチも実は同じ指導法である。選手への愛情があればこそのハードな練習であり、指導であるということである。
2011年悲運の名将西本幸雄の葬儀で当時日ハム監督の梨田昌孝はその弔辞で『近鉄に入団して3年目の74年に、西本監督が阪急から移ってきた。「お前らがいたから近鉄に来たんや」と声をかけられ「3年で1000万円プレーヤーにする」と約束された。厳しい指導のもと、それは現実となった。』と。更に『開幕前日の4月11日のこと。電話口で叱咤されたとも。斎藤佑樹、あいつの投げ方はあかん。電話を切ろうとすると「待て、中田翔のバッティングや」と続いた。90歳のアドバイスは、30分に及んだという』。そんな人物が西本幸雄という人間である。

ところで、私の1979年の日本シリーズ物語は、舞台はこの一戦で優勝が決まる大阪球場、出演者は主演は江夏豊と西本幸雄、そして助演は衣笠祥雄さん。筋書きのない物語、何が起きるかわからない、どんどん引きずり込まれる劇であった。西本フアンとしては「打ち勝つ野球」で優勝して欲しかったのだけれど、満塁の場面で「江夏の21球」にもあるように江夏の投げた17球目のスクイズが空振りになり3塁走者が挟殺され、物語は終わったなと感じたのを今でも思い出す。そして、西本監督に勝たせてあげたかったと思ったことも。以降、あのスクイズ失敗について多くの議論が巻き起こった。
この満塁劇にあって、多くのドラマが生まれていた。このドラマについてはウイキペディアに詳細があるので引用することとする。

『「同点にされたらもう負ける」と考えた古葉は、1点もやらないという狙いのもと、吹石の盗塁を覚悟の上で前進守備を選択した。ネット裏の野村克也の目には、この前進守備は危険な選択として映った。
これと同時に、古葉監督はブルペンに北別府学を派遣。この時ブルペンでは既に池谷公二郎も投球練習をしていた。ブルペンが動くとは思っていなかった江夏は、これを見て「オレはまだ完全に信頼されてるわけじゃないのか」と内心で憤り、「ここで代えられるくらいならユニフォームを脱いでもいい」とまで思った。』

この時衣笠は一塁からマウンドで苛立つ江夏に駆け寄り言葉をかける。「お前がやめるならオレもやめてやる」。そう声をかけられた江夏は「生え抜きのサチが…」と感激。これで落ち着きを取り戻し、カーブの握りのままスクイズを外す投球を見せ、名場面を生んだ。「あの苦しい場面で自分の気持ちを理解してくれるやつが1人いたんだということがうれしかった。あいつがいてくれたおかげで難を逃れた」と、後ににそう話している。

衣笠さんは江夏豊、西本幸雄という主役に対し名脇役ということになる。いや日本プロ野球の偉大な脇役であったということである。名脇役が物語を創る。脇役が生きる時代は素敵である。主役だけでは物語足り得ない。それは何故か、名脇役がいることによって物語は更なる「意味ある世界」へと広がり、それを私たちは人間ドラマと呼ぶが、多くの共感に結びつくからである。衣笠さんの訃報に接し、江夏は「しょうがない。順番だから…。一つ言えるのはいいやつを友人に持ったなということ。本当に俺の宝物だった。こんなに早く逝くとはね…」と。続けて「どっちみちワシもすぐ追いかける。向こうの世界で野球談議でもするよ」と寂しそうに話したとスポーツ紙は報じている。物語は伝説となって続いていくということだ。(続く)

追記 写真は元新聞記者の友人が5年前の元気であった衣笠さんの写真を送ってくれた。とにかく謙虚な方であったという言葉を添えて。  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:37Comments(0)新市場創造

2018年04月22日

◆「意味」を理解できないAI (人工知能)

ヒット商品応援団日記No710(毎週更新) 2018.4.22.

今話題となっている『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(新井紀子著、東洋経済新報社刊)を読んだ。加熱するAI(人工知能)ブームにあって、AIのできること、できないことを、数学者であり、周知の「東ロボ」推進のリーダーで実験してきた人物でもあって興味深く読んだ。結論としては、AIは計算機であり、数式(論理、確率、統計)、つまり数学の言葉に置き換えることのできないことは計算できない。AIが自らの力で人間の知能を超える能力を持つシンギュラリティ(技術的特異点)が来るという言説は、すべて誤りであると。極めて常識的な結論であるが、分かりやすい言葉でそのできない理由が説明されている。そもそもAIは「意味」を理解できないという事実を持ってAIのできること、できないことを機械翻訳、自動作曲、画像認識などの例を挙げて整理説明してくれている。
例えば、今流行りの音声認識応答システムSiri(シリ)の実例を挙げて、「この近くのおいしいイタリア料理の店は」と問いかけ、次に「この近くのまずいイタリア料理の店は」と問いかけても同じ店が推薦される。つまり、「おいしい」と「まずい」の違いがSiriにはわからないということである。当たり前のことだが、言葉には記号の羅列以上の「意味」があり、AIには観測できないということである。勿論、それを持ってAIはダメであるといった論議になることではない。Siriも進化し、店内の雰囲気やメニュー写真を並べ、「好み」に合う店であるかどうかを提示してくれる。これで一応使える音声認識応答システムにはなるのだが、本質論としてはシンギュラリティ(技術的特異点)が来るということはないと指摘している。
そして、この「意味」が理解できなき中高生がいかに多いかという学校教育の問題を指摘している。具体的に全国読解力調査の事例をもとにいかにこれまでの詰め込み教育がダメであったかを指摘している。それは読解力にとどまらず常識、当たり前と思っていることがいかに理解できないかをも指摘し、読解力と偏差値教育の弊害というテーマで締めくくっている。

ところでAIの限界としてこうした「意味」の理解と共に人が持っている「感情」は更に理解不能になるということである。具体的ビジネスに置き換えて考えていくとわかるが、サービス業という顧客の気持ちを大切に考える場合はどうかというと、数年前にHISによるハウステンボスに「変なホテル」が誕生し接客にロボットが登場し話題になったことがあった。確かに安く泊まれるという生産性の高いホテルではあるが、これはロボットを娯楽の一要素として、いわばエンターテイメントホテルとして作られたものなので、AIのシンギュラリティ(とは異なるものである。ホテル業務の約7割をロボットが行う省力化の一つとして実施されており、人に替わるAIとは異なるものとしてこうした試みは進化していくであろう。ちなみにHISは2019年3月にかけて、東京・築地や大阪・心斎橋など10カ所で開業すると発表している。その概要として、100~200室規模で、観光客やビジネス客の取り込みを狙うとし、料金は2人1室で1人1万円以下を見込んでいるという。
こうしたホテル業にロボットを導入した事例はHISが初めてであるが、これからは多くの業種の随所にこうした技術による生産性向上は進んでいくこととなる。数年前に問題となった深夜の「ワンオペ」という人に過重労働を強いることによる生産性向上ではなく、調理など裏方への自動化・省力化はかなり進んでいる。例えば、けんちん汁など具材が沢山使われているものなどはセンサーによってひと椀に均等に具材が入るように自動化されている調理器具などはかなり前から既に開発されている。人の手によるものより数段上手に盛り付けられるということである。

こうした「人手」を無くしていくことのなかにAIを置きがちであるが 、実は真逆の方向に向かって進みがちである。10数年前から日本のサービス業の生産性が低すぎるとの指摘ががあり、「おもてなし」は過剰サービスであるとの考えがある。それはサービスの本質理解がなされていないことで、ちょうど「意味」が理解できないAIによるサービス、顧客の気持ちがわからない、読解力のないサービスに向かうということとなる。顧客の気持ちに応える本来のサービスとは言えないということである。勿論、前述の「変なホテル」のようにロボットサービスを一つのエンターテイメントとして活用することを排除するものではない。逆に、こうしたアイディア・工夫によって生産性を上げ、安く宿泊できるサービスも一つのサービスの在り方である。今までのホテル・旅館業における生産性の上げ方と言えば、例えばチェックイン・チェックアウトといった時間帯にはフロントサービスを行い、その他の時間帯では部屋や温泉などの清掃といった他の仕事に従事するといった一人で二役三役といった方法、いわば店舗経営におけるアイドルタイムの有効活用・二毛作三毛作と同じである。但し、これらを可能とするのも「人」であり、数年前からのブラック企業・ホワイト企業論議に行き着く。以前、競争時代の違い作りに触れ最も大きな「差」づくりは「人」であるとし、生活雑貨専門店のロフトにおける事例として次のようにブログに書いたことがあった。

『確か7~8年前になるかと思うが、生活雑貨専門店のロフトは全パート社員を正社員とする思い切った制度の導入を図っている。その背景には、毎年1700名ほどのパート従業員を募集しても退職者も1700人。しかも、1年未満の退職者は75%にも及んでいた。ロフトの場合は「同一労働同一賃金」より更に進めた勤務時間を選択できる制度で、週20時間以上(職務によっては32時間以上)の勤務が可能となり、子育てなどの両立が可能となり、いわゆるワークライフバランスが取れた人事制度となっている。しかも、時給についてもベースアップが実施されている。こうした人手不足対応という側面もさることながら、ロフトの場合商品数が30万点を超えており、商品に精通することが必要で、ノウハウや売場作りなどのアイディアが現場に求められ、人材の定着が売り上げに直接的に結びつく。つまり、キャリアを積むということは「考える人材」に成長するということであり、この成長に比例するように売り上げもまた伸びるということである。』

人口減少時代にあっては至極当然の経営である。「省力化・自動化」も、「人の成長」も、同じ生産性の向上という課題に向かう不可欠な方法である。以前、人手不足から深夜営業の廃止が続くなか、ホワイト企業の代表事例として「富士そば」を取り上げたことがあった。東京に生活していれば知らない人はいない24時間営業の立ち食いそば店である。富士そばではその経営方針として「従業員の生活が第一」としている。勿論、アルバイトも多く実働現場の主体となっている。そして、従業員であるアルバイトにもボーナスや退職金が出る、そんな仕組みが取り入れられている会社である。ブラック企業が横行するなか、従業員こそ財産であり、内部留保は「人」であると。そして、1990年代後半債務超過で傾いたあの「はとバス」の再生を手がけた宮端氏と同様、富士そばの創業者丹道夫氏も『商いのコツは「儲」という字に隠れている』と指摘する。ご自身が「人を信じる者」(信 者)、従業員、顧客を信じるという信者であるという。こうした経営理念・企業風土からは、どうしたら顧客に喜んでもらえるか現場から生まれたアイディアメニューが商品化されている。例えば、かき揚げそばとカレーライスといったセットメニューはどこでもやっているが、欲張りメニューとしてカレーライスとカツ丼を一つにした「カレーカツ丼」があるが、これも現場から生まれたアイディアと言われている。

製造現場であれ、サービス業であれ、これまで以上に単純化した労働はどんどん少なくなる。新井氏が言うように数学の言葉に置き換えることのできるような仕事は全て無くなっていくということである。課題は企業も人も「意味」を理解し何事かをつくっていく仕事、創造的な仕事に向かうということになる。ここに取り上げたロフトや富士そば以外にも多くの企業は、大きくは時代の変化、顧客市場の変化という「意味」を考えた経営である。
『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』を読んで思い出したのが、異なる視点からこの読解力の無さを心配したある作家の書籍であった。その本は「日本語が亡びるとき」(水村美苗著:筑摩書房刊)で、英語が地球の共通語になった時代にあって、豊かな近代文学を育ててきた日本語が亡びつつあるという、言葉に生きる作家らしい本格的な警鐘の評論である。著者は創作の傍ら米国のプリンストン大学で日本の近代文学を教えているいわばバイリンガルの人物である。であればこそ、母国語・日本語への思いは深い。繰り返し繰り返し国語教育の必要を説いている。読解力のない子ども達を育ててしまった学校教育の問題を指摘した新井氏と同じ思いである。
企業も人も、「意味」を問わなくなった時、それはAIにとって替わるということである。(続く)
  
タグ :AISiri、


Posted by ヒット商品応援団 at 13:22Comments(0)新市場創造

2018年04月08日

◆創られるものとしての「伝統」   

ヒット商品応援団日記No709(毎週更新) 2018.4.8.



大相撲の舞鶴巡業で挨拶中に倒れた市長を救命した女性に対し、「土俵から降りろ」とアナウンスがあったことが報道されている。
相撲は「女人禁制」が伝統と信じ込んでいる観客が騒いだことから、若い行司が慌ててアナウンスしたという経緯とのこと。人命と伝統どちらが大切かといった図式で論じられることが多いが、人命が何よりも最優先されるべきは当たり前のことであるが、そのことよりも相撲は「女人禁制」であることが伝統であると解説する相撲解説者が多いことに驚く。

私は今日のライフスタイルの原型の多くが江戸時代に創られていることからこの相撲という娯楽も考えてきた。少し前の暴行事件に際し、相撲は神事・武道、興行・娯楽、スポーツ・競技という3つの要素を併せ持った日本固有の伝統文化であるとブログも書いた。この3つの要素のなかで江戸庶民を惹きつけたのが興行・娯楽としての相撲であった。
相撲は江戸時代の中期になると歌舞伎や寄席、浮世絵といった人気娯楽の一つになるが、実は女人禁制と言われるが「女相撲」もこの頃広く娯楽として浸透している。勿論、まわしをつけての半裸状態での相撲である。元禄文化と言われるように爛熟した時代で、多くの見世物小屋が出来て、全国300箇所に及んだと言われている。この娯楽のコンテンツは新しい、面白い、珍しいもので極論ではあるが好奇心を満たせればなんでもコンテンツ・出し物としていた。サーカス、動物園、美術館、お化け屋敷、更には大道芸をごった煮にしたような感じで、蛇女などグロテスクなキワモノもあった。入場料(木戸銭)は32文(約640円)ほどで、歌舞伎のチケットが一番安くても100文(約2,000円)くらいだったことを考えても見世物は気軽に楽しめる娯楽であった。よく知られた見世物としては動物園があって、珍獣であった象やラクダなどが大人気あった。江戸に象が来たのは、好奇心旺盛な八代将軍吉宗の時で一年をかけて江戸に着いたと言われている。以降、文久3年(1863)にも両国西側で象の興行が行われている。
江戸の見世物の中心は浅草寺の裏手にある浅草奥山と、回向院の近くにある両国広小路であった。浅草には今も見世物小屋の名残を残した日本最古の遊園地「花やしき」がある。そして、この花やしきには今尚「お化け屋敷」が併設されている。

こうした見世物としての娯楽は明治になり、文明開化の名の下に、風紀上公序良俗に反するものとして軽犯罪法が施行される。いわゆるキワモノとしての女相撲の禁止、蛇遣いなど醜態を見世物にすることの禁止、夜12時以降の歌舞音曲禁止、路上における高声の歌の禁止などであった。こうした女人禁制に関する明治維新の事情については漫画家小林よしのり氏がブログに書いている通りである。
これを機会に日本の娯楽と共に相撲も大きく変わって行くこととなる。こうした娯楽・歓楽街の変化の歴史については「未来塾」(浅草と新世界)にも書いているのでご参照ください。しかし、「女相撲」についても昭和の時代にもまだまだ人気があって、興行として成立していた。そして、昭和30年代ごろまでは見世物小屋も寺社の縁日や酉の市などでは見られていたが、次第に廃れて行くこととなる。ネットで調べたところ新宿花園神社の酉の市の見世物小屋で知られる「大寅興行社」のみが今尚興行しているようである。相撲もいくつかの興行が統合され、「相撲会所」から今日の相撲協会へと近代化が進んで行く。

ところで相撲研究者ではないのでその近代化の歴史を踏まえての考えではないが、日馬富士の暴行事件についてブログでコメントもしたが、「大相撲」のコンセプトの明確化が今問われていると感じる。かなり前になるが横綱審議委員会の委員も務めた作家の内館牧子氏はこの相撲における女人禁制に関し、「伝統」の変革に触れ、歌舞伎の女形や宝塚歌劇の男役のあり方と同じで、男女平等という考え方を当てはめたら、それは歌舞伎でも宝塚でもなくなってしまう。つまり土俵に女性を上げたら大相撲ではなくなってしまうと発言したことがあったと記憶している。そして、コンセプトに関わることだが、内館氏は横綱こそ品格が問われるとした発言を朝青龍問題を踏まえ繰り返し発言していたことがあった。内館氏は著書『女はなぜ土俵にあがれないのか』で大相撲の土俵を物理的には簡単に乗り越えられる〈無防備な結界〉の一つであるとし,それを理解するのは知性や品性だと指摘している。ある意味、今日の大相撲のコンセプトを創ってきた一人である。見世物としての相撲に「品性」という概念を持ち込んだということである。確かに歌舞伎もそのルーツを辿れば出雲阿国は女性であったが、次第に遊女歌舞伎が広まり、風俗営業が伴っていて風紀を乱すことから禁止となり、今日のような男性が女役を演じることとなって行く。伝統は常に時代と共に変わって行くものであることは間違いない。

物語消費というマーケティングの視座からこの「伝統」を見て行くと、「相撲物語」を創造し、一つの伝承文化にまで高めようとの試みのように見える。しかし、「無防備な結界」という、私の理解では聖なる場所と俗なる場所とを分ける境目を越えることはできないという限定の考え方については極めて難解で、わずかの人間しか理解できない概念のように思える。結界はあの世とこの世の境目のことで、身近なものでは住まいに置き換えれば、暖簾やふすま、扉、あるいは縁側なども境界という意味では結界の一種である。こうした考えは神道信仰によるものと思われ、相撲コンセプトのコアとなっていると推測される。しかし、内館氏のように多くの人が知性と品性によって理解共感することは極めて難しいことだ。「伝統」というのであればその根拠がわかりやすいことが前提となる。相撲における女人禁制は因習・しきたりであり、時代によって変えることはそれほど難しいことではない。よく伝統文化と言うが、文化であればその「物語」が明確でなければならないと言うことである。内館氏の言うような難しさが女人禁制を男女差別ではないかといった指摘もまた生まれることとなる。

そもそも「伝統」は既にあったものなのか、あるいは創られてきたものなのか、どちらかであることが明確にされることが必要である。歌舞伎の場合は出雲阿国から始まるかぶき踊りは遊女屋で取り入れられ(遊女歌舞伎)全国に広がるが、後に江戸幕府によって禁止され、女人禁制・女形が生まれることとなる。このように歌舞伎の場合は創られ変化してきたものとなる。結果、今日のように時代の変化に合わせた多様な楽しませ方が取り入れられて行くこととなる。
一方、相撲はどうかと言えば、神道における神事の儀礼的なことが土俵を中心に行われているが、そうした根拠は江戸中期から始まるが本格的には明治時代からである。古代の相撲は古事記にも出てくるように武芸・武術で命をも奪うものであった。奈良時代には宮中行事の一つとして行われ、中世には武家相撲へと変化して行く。このように常に変わっていったのが相撲であり、その歴史経緯から見れば今日の「大相撲」は伝統ではなく、因習・しきたりとしての女人禁制となる。

このブログの中心テーマの一つであるインバウンドビジネスにおいてもこうした「物語」づくりにおいても同様である。例えば、相撲は訪日外国人にとって興味ある日本文化の一つだが、内館氏の言う知性と品性を求めることは極めて難しい。更に言うならば、「大相撲物語」の根拠となる神事の理解も極めてわかりにくい。ただ、地方巡業などでは観客とは身近で小さな赤ん坊を力士に抱っこしてもらうフアンサービスがあるように、赤ん坊は元気に育つといった「因習」が広く残っている。勿論、こうした縁起の良いとされる因習を誰もが心底信じているわけではないが、これも大相撲における神事につながるわかりやすい小さな物語である。つまり、物語は理解と共に共感されることが必要で、過去そうであったからという理由で繰り返すことに身を委ねて行くことの中に伝統はない。伝統は多くの顧客の理解共感者によって育てられ、文化という物語が創られ継承して行くものである。そのためにはわかりやすい物語であると共に、時代の共感者、相撲であれば次の時代の顧客となる女性と訪日外国人の理解と共感によって変えて行くことが必要ということだ。相撲に限らず、企業活動において同様であることは言うまでもない。
今回の女性看護士さんによる土俵に上がっての人命救助を伝統と対比させるのではなく、大相撲は時代の要請にしたがって日々創られ変化していくという原点に立ち返るべきであろう。つまり、求められて変わる大相撲ということである。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:37Comments(0)新市場創造

2018年04月01日

◆「四季の国」というコンテンツ 

ヒット商品応援団日記No708(毎週更新) 2018.4.1.



東京では今年の花見はほぼ終え、桜前線は東北へと移った。例年であれば、花見弁当など季節の旬やアイディアが話題となるのだが、今年の話題の中心は花見を目的とした訪日観光客の多さであった。特に、上野公園に集まった花見観光客の半数が訪日観光客ではないかと言われるほどの混雑ぶりであった。勿論のこと、そのほとんどがリピーターで、桜観光が目的で来日し天気も良く日本美を満足されたことと思う。
少し前に観光の概念が変わってきたとブログに書いた。その主要な変化として、山陰地方と青森を例にあげて、日本の裏側・路地裏観光、つまり地方観光が本格的に始まり、地方創生の新しい芽が出始めたという主旨であった。実は表と裏という表現を使うとすれば、もはや表も裏もない狭い日本の至るところが「観光地」になり始めたということである。今までの日本観光のゴールデンルートのコアとなっていた「富士山」や「京都伏見稲荷・清水寺」から「桜」へと変化し、その変化の先には「四季の国」という観光コンテンツが見え始めたということである。その桜の花見は日本固有のものであり、「日本さくら名所100遷」がある様に、全国いたるところで花見が楽しめる国である。

ところで一番重要なのがその「観光コンテンツ」についてである。桜の花見が象徴している様に、日本は世界で唯一の四季のある国である。四季の変化についてはニュージーランドも近いと言われているが、これほどまでにはっきりとした四季の変化がある国は日本だけである。よく言われているように「春は桜、夏は海、秋は紅葉、冬は雪」、しかも小さな島国日本にはすぐ近くに海があり、山もある。国土の7割が森林で、北と南に細長い国だ。
日本には「五風十雨(ごふう じゅうう)」という言葉がある。五日ごとに風が吹き、十日ごとに雨が降る意味で湿潤で豊かな風土を表した言葉である。こうしたことから、気候が温暖で、世の中が穏やかに治まっていることの意味もある。こうした言葉に象徴されるのが自然が持つ「旬」という概念である。日本人の精神世界にはこうした豊かな自然に対し八百万信仰があるように、万物には聖霊が宿り、自然との共生が基本となっている。例えば、桜は開花から10日余りで満開となり散り始める。その艶やかさとと共に儚さをも感じるのが日本人である。そんな桜は愛でるものであって、そこから花見を始まっているということだ。ここに日本文化の土壌がある。

四季というコンセプトによる観光地化は今始まったばかりである。この四季の日本にあって、冬の日本においても既に数年前からインバウンドビジネスが始まっている。先日地価の公示価格において北海道のニセコが全国一上昇していると発表されたが、パウダースノーという雪質の良いニセコは以前から世界中のスキーオタクにとって人気のスキー場となっていて、訪日スキーヤー向けのホテルや別荘需要がらの地価上昇であった。こうした地域は長野の白馬でも起きており、また兵庫の新設スキー場「峰山高原リゾート」がオープンし、新潟では閉鎖した施設が「ロッテアライリゾート」となり、11年ぶりに同日再開業している。これらスキー場も雪に馴染みのないタイ、ベトナム、中国などアジアからの旅行客が訪れているという。

夏は海のレジャーとして既に多くの訪日観光客が沖縄を訪れている。5年ほど前から本島のみならず石垣島を始め離島にもリゾートホテルの建設ラッシュがあった。それまでは日本人観光客の夏のレジャー、あるいは中学生の修学旅行先としてある意味低迷していたが、訪日観光客という新しい需要によって沖縄も一つの転換点を迎えている。
そして、夏の観光コンテンツと言えば、やはり全国各地に残っている祭であろう。人口減少、過疎に悩む地方において、祭も衰退の瀬戸際に立たされていることは事実である。しかし、祭は今後は訪日観光客の観光コンテンツの一つになることは間違いない。そして、恐らくその入り口となるのが夏祭の一つとなっている花火であろう。訪日観光客を驚かせているものに、浅草雷門の巨大提灯や大阪道頓堀の巨大ネオン看板があるように、花火もそうした驚きの一つになり得るイベントである。しかも、これも花見と同じ夏の風物詩で、日本人観光客向けには花火観劇ツアーが組まれているが、少しづつ地方の花火大会にも訪日観光客が増えて行くであろう。

さて秋は紅葉ということになるが、春が桜の花見というハレの日の生活行事であるとすれば、秋の紅葉はケの日の落ち着いた生活行事になる。例えば、奈良をはじめとした古い寺社巡りなどが観光コンテンツとなるであろう。そして、食において四季それぞれの旬があるが、中でも一番豊かな食と出会えるのが秋である。特に、全国各地特色のある郷土食が味わえるのが秋であり、温泉などとセットにしたメニューなども人気となる。

つまり、このように少し考えてもわかるように、日本人自身が忘れていた「日本」を思い起こさせるものばかりである。都市生活にどっぷりと浸かりきった現代人にとって、四季という季節のメリハリを感じることは少ない。夏は夏らしく、暑ければ避暑の工夫をする。冬になれば寒さをしのぐ工夫・・・無くしてしまったのは日本人が本来もっていた「五感」であり、そこで育まれた生活文化である。京都を始め全国各地には季節を楽しむ暮らしが、日々の食から衣、住まい、ライフイベントまでまだまだ残っている。私が路地裏、足元、日常、普通、と呼んでいる生活に、実は訪日観光客が興味を持ち体験してみたいと望んでいるということである。

そして、この「四季の国」というコンセプトはマーケティングの基本であるロングセラーの条件を満たしたものであるということだ。少し整理すると以下のようになる。
1、固有・唯一無二/他国には無いコンテンツである
2、幅広い顧客層が対象/多面的(性別・国・年齢など)に楽しめる
3、求めやすい価格/円安、デフレ、
これからはリピーターをその対象としたマークケティング&マーチャンダイジングが求められて行くこととなる。その構図としては以下のように整理することができる。

四季(春夏秋冬)✖️地域(主要都市及び連携)✖️目的(多様な関心事)=観光コンテンツのメニュー

数年前から日本食が世界でブームになっているが、その入り口の一つが寿司で最初はカリフォルニアロールという「なんちゃって寿司」であったが、次第に本物・本格寿司へと進化してきている。そして、上記の「整理」に即していうならば、地方固有の寿司(鯖寿司、温寿司、バラ寿司など)という奥行きのある寿司へと向かうであろう。ラーメンは寿司まで進化してはいないが、新横浜ラーメン博物館には今なお東南アジアの観光客を含め多くの人が押し寄せている。東南アジアにも多くのラーメン店が出店し始めているが、いわば「食」の聖地巡礼のようなものである。そして、更に都市にも出店している地方で人気のラーメン店へと向かうであろう。また、日本の歳時にあって、各地域の文化の違いを楽しめるものに正月がある。こんな歳時が観光コンテンツになる頃は恐らく訪日観光客は4000万人〜5000万人に至るであろう。いずれにせよ、「爆買い」に象徴された訪日観光をフェーズ1とするならば、現在は「花見」に象徴されるフェーズ2へと進化してきているということである。そして、次はと言えば日本オタクへの進化となる。(続く)

追記;なお空路による訪日観光客、中でもLCCによる観光客数を中心に変化を見てきたが、直行便やチャーター便による訪日観光客も多くなりはじめている。またクルーズ船による観光推進も盛んで。2017 年(1月~12 月)の訪日クルーズ旅客数は前年比 27.2%増の 253.3 万人、クルーズ船の寄港回数は前年比 37.1%増の 2,765 回となり、いずれも過去最高を記録している。ちなみに国交省では「 2020 年に 500 万人」を目標としている。この様に日本観光への多様なアクセスも整備されつつあるということである。
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:37Comments(0)新市場創造

2018年03月25日

◆「差」が見えた今年の春 

ヒット商品応援団日記No707(毎週更新) 2018.3.25.

新しい年度が始まるこの時期には新しい市場が生まれる時期でもある。新入社員、新入学生、あるいは転勤など新しい生活が始まり、各社、この時期に新商品を含め新しい試みが実施される。その中心は「新生活応援」というフレーズと共に、家電量販や室内インテリア、ビジネススーツ、あるいは新しい口座獲得のための金融機関など需要開発の真っ最中である。デフレが常態化し、しかも人手不足にあってどんな需要開発を目指しているか、主要な企業の戦略を見て行くこととした。

まず牛丼大手はどんな戦略・戦術で臨んでいるかというと、吉野家の場合毎週金曜日にソフトバンクとのコラボ企画「SUPER FRIDAY」を展開しており、業績に大きく貢献したプロモーションとなっている。その企画とはソフトバンクのスマートフォン所有者には牛丼並盛を1杯、所有者で25歳以下ならば2杯無料にするというお得プロモーションである。25歳以下という赤手に見られるように若い世代の需要開発を目指している典型的なプロモーションである。結果がどう出たたかというと、客単価はマイナス11.5%と大幅に減ったものの、客数はプラス54.0%と飛び抜けた形となり、売上もプラス36.3%と跳ね上がる結果となった。つまり集客をテーマとしたプロモーションが成功した典型的な事例となっている。
すき家の場合は新メニューのプロモーションを行っている。旬のあさり汁と牛丼とのセットメニューで「牛丼あさり汁たまごセット(通常価格(並盛):580円)」「牛丼あさり汁おしんこセット(通常価格(並盛):600円)」をお得な560円で販売している。ある意味王道的なプロモーションである。一方松屋の場合は逆に4年ぶりの値上げで、通常の牛丼にあたる「牛めし」の並盛りを290円から320円に引き上げた。米国産牛肉とコメの価格の上昇やアルバイト店員の人件費の高騰で採算が悪化しており、価格に転嫁したという。常態化したデフレ環境にあって、新たな需要の開発というよりも、経営の立て直し策の一つとなった結果である。

ところで大幅な非採算店舗の閉鎖によって経営を立て直したマクドナルドであるが、新商品の導入以外に面白い「夜もマクドナルドで!」キャンペーンを行っている。毎日17時から閉店までの時間帯にレギュラーメニューの定番バーガーを対象に、100円をプラスすると“パティが倍になる”倍バーガーを「夜マック」としたお得なプロモーションである。一時期「朝食」競争が激しかったが、「夜マック」という夜という時間帯需要の掘り起こしの試みでその結果が待たれるところである。このプロモーションを推進するために、「パティが倍」が無料になるデジタルクーポンが当たるルーレットキャンペーンを実施している。「100円ハンバーガー」の撤退、復活、あるいは高級バーガーと言った迷走、更には期限切れのチキンナゲット問題によって顧客離れを起こしたが、やっと需要開発という本来の経営に戻ったということであろう。

こうしたファストフードの最大の競争相手がコンビニであるが、中でもセブンイレブンは好評だった「朝セブン」を復活させ、パンとコーヒーがお得に買えるキャンペーンを実施している。周知のコーヒーとパンのセットが200円というキャンペーンである。実質としては最大40円引きになるキャンペーンで、リニューアルしたコーヒーの促進も兼ねたものとなっている。そして、更にコーヒーとサンドイッチのセットを300円で販売するという連続キャンペーンを実施。
一方、ファミリーマートの場合は、セブンイレブンをどう追いかけるかという根本課題に取り組んでいる。その一つがサークルKサンクスとの統合であり、顧客集客のためのフィットネスジム併設。対消費者につては「ファミキチ」という商品を擬人化した人物による商品プロモーションを行っているだけで、特別な需要開発の戦略はない。次にローソンであるが、一番力を入れているのがスマホ対応で、独自なローソンアプリを開発し、「Ponta」という共通カードサービスによるポイント取得やコンテンツ利用などスマホ世代にマーケティングのウエイトを高めている。また、ローソンの基本戦略は地方に根ざした丁寧な商品MDを展開、例えば健康寿命の短い青森県では減塩おむすびを販売するといった地域戦略を採っている。

ところで業種は異なるが東京ディズニーリゾートが新しいパスポートの発売に踏み切った。この「首都圏ウィークデーパスポート」は4月6日(木)~7月14日(金)の平日に入園できるパスポートで、通常大人 7,400円、中人 6,400円、小人 4,800円のところ、大人 6,400円、中人 5,500円、小人 4,100円で購入できるとのこと。いわゆる平日というアイドルタイムを活用するもので、行楽シーズンの混雑を緩和することでもある低迷が続く東京ディズニーリゾートであるが、2020年春にオープンする予定である「美女と野獣エリア(仮称)」などの新アトラクションまでのいわゆるつなぎ策である。

今まで活性化してなかったアイドルタイムの活用については業種が異なるため比較にはならないが、午後のアイドルタイムに「食べ放題」を実施した回転すしの「かっぱ寿司」がある。16年10月から緑色の「カッパ」でおなじみのロゴをやめ、皿を数枚重ねたロゴに変更。「脱カッパ」でイメージを刷新した。17年には「食べ放題」や「1皿50円」といったキャンペーンを実施してきた。「食べ放題」の時には流石の私も失敗すると指摘をしたが、既存店客数が前年同月比で18年2月まで28カ月連続で減少している。回転寿司市場は全体としては5%近く伸びており、スシロー、くら寿司、はま寿司各社独自性を追求し順調に伸ばしている中での経営である。

こうした各企業の取り組みを見て行くと各社固有の課題も見えてくる。勿論、競争市場下での課題解決である。以前、この競争をどう勝ち抜いて行くか、その「差」をどう創って行くかについて考えたことがあった。インテリア業界に一つの革命をもたらしたニトリのコンセプト「お値段以上のニトリ」とは何か、その「何か」について整理したことがあった。それは従来の価格差だけのデフレにおける「何か」ではなく、新しい「差」の創り方、デフレが常態化した今日の「差」の創り方として次の5つの整理をした。

●業態としての「差」;ex「俺のフレンチ」
●メニューとしての「差」;ex「よもだそば」、「くら寿司」
●価格における「差」;ex「味奈登庵(みなとあん)」、「いわゆる激安店」
●話題性などコミュニケーションの「差」;ex「迷い店」、「狭小店」、「遠い店」、「まさか店」
●人による「差」;ex「看板娘」、「名物オヤジ」

詳しくは未来塾「差分が生み出す第3の世界」を今一度見ていただきたいが、「差分」という概念を持ち出したのは、「差」によって生まれる、顧客の脳が創りあげる「お値段以上の何か」「新しい何か」「第三の世界」をめぐる競争のことである。こうした視点から今回の各社の需要創造の動きを見て行くとより鮮明なものになる。
例えば、吉野家の場合は上記の整理から見て行くと、話題性などコミュニケーションの「差」による集客効果が極めて大きかったということとなる。復活したマクドナルドの場合は、メニュー(夕食)としての「差」づくりであり、すき家も同様の戦略となる。セブンイレブンもこのカテゴリーの中に入るが、「朝セブン」のセットをパンからサンドイッチへと連続浸透させて行く試みで、朝需要の開発としてはマーケットリーダー、つまり王道の進め方と言えよう。こうした整理の根底には勿論のこと「お得」があるのだが、価格における「差」づくりだけでは顧客の選択肢には入らないということはかっぱ寿司の失敗例を見れば明確であろう。なお、快進撃を続けるUSJと比較し集客面で低迷が続く東京ディズニーリゾートであるが、アイドルタイムという経営ロスの改善を行うということで2020年の新アトラクション待ちということであろう。また、経営内容の改善という大きなくくりで見れば、値上げをした松屋も同様となる。
顧客に対する「差」づくりは、100社100様という異なる取り組み方が生まれ、これも常態化したデフレ時代の特徴の一つとなっている。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:25Comments(0)新市場創造

2018年03月18日

◆観光の概念が変わる

ヒット商品応援団日記No706(毎週更新) 2018.3.18.



昨年から消費の舞台に横丁路地裏をはじめとした「裏側」というキーワードを多く使うようになってきた。10年前に「わけあり」というキーワードを使ってきたが、それと同じような頻度で使うようになってきている。「わけあり」が主にデフレ時代の低価格化についてでありリーマンショックがその浸透を加速させてきた。「横丁路地裏」の場合は成熟時代の消費行動についてで、デフレが常態化した時代のキーワードである。実はこの横丁路地裏についても15年ほど前にも別な表現で使われていたことがあった。「隠れ家」あるいは「裏メニュー」「表通りから裏通りへ」、見えているようで、実は見えていなかったとの気づきが始まった結果のキーワードであった。あるいは見ないようにしてきたことへの反省でもあった。例えば誰も知らないところで細々と愚直にやってきたことが、表舞台へと出てくるということだ。サプライズという学習を経て、外側では見えなかったことを見えるように見えるようにと想像力を働かせるように気づき始めたということである。

こうした「裏側」への気づきは「昭和回帰」「ふるさと回帰」といった回帰現象にもつながっている。見るために過去を遡り、今を考えようとしているのだ。あるいは特に地方という未知への興味も根っこのところでは同じである。いかに知らないことが多かったかという自覚であり、自省でもある。横丁路地裏も然りということである。そして、裏はいづれ表となる情報の時代である。この裏が表に出ることを加速させているのが周知のインターネットということである。その象徴としてあるのがこれも周知の訪日外国人市場である。

年が明けても1月の訪日外国人は予測通り増加の傾向を示している。その増加の内容はリピーターであり、地方観光へと向かっていることによる。楽天トラベルによれば島根・鳥取という山陰地方が人気になっており、2017年度のランキングは以下とのこと。
2017年 訪日観光客 人気上昇都道府県ランキング(※前年同期比伸び率順)
1位 島根県 +135.0%
2位 三重県 +132.6%
3位 鳥取県 +130.9%
4位 宮城県 +123.1%
5位 鹿児島県 +119.1%
(母数が小さいので伸び率だけを注視してください)
その理由であるが、出雲大社や松江城、そして玉造温泉という訪日外国人の興味を満たす「観光コンテンツ」があるということと、最大の理由は何と言ってもアクセスが拡充したということに尽きる。そのアクセスであるが、2016年の香港航空による米子-香港線就航など、国際線の拡充が増加の主要因となっている。
また、大きく増加しているのが東北地方で中でも青森県の伸びが極めて大きい。ちなみに、2017年1~10月の東北6県でトップは青森は19万6千人で、宮城(18万5千人)、岩手(14万9千人)と続く。その理由であるが、青森県は北海道新幹線開業をにらみ、空路と新幹線、フェリーの青森―函館航路を最大限活用して交流人口を増やす「立体観光」戦略を推進。中国、台湾、香港、韓国の4カ国・地域を海外誘客重点エリアに位置づけている。空路では、青森空港初の中国定期便となる中国・奥凱航空の青森―天津線が5月に就航。大韓航空は高い搭乗率を受け、週3往復だった青森―ソウル線を10月から週5往復に増便するなど、海外とのアクセスの利便性が一段と高まった。客船誘致も早くから力を入れ、17年に青森港に寄港した大型クルーズ客船は22隻と東北トップ。19年には英国の豪華客船「クイーン・エリザベス」が青森港に初寄港する予定とのこと。そして、青森市の居酒屋「ねぶたの国たか久」は津軽三味線ライブなど青森の伝統文化を体験できるのが売りで、台湾人で連日賑わっているという。
このようにアクセスの拡充が行われた結果が地方に観光客を大きく誘致できた理由となっている。このように山陰地方も東北・青森も従来のゴールデンルート的発想からは生まれない観光地であった。私の言葉でいうならば、日本の「裏側」観光ということで、そのコンテンツは地方には無尽蔵にあると言うことだ。

ところで冒頭の写真についてであるが、大阪梅田の新梅田食道街にある笑卵(わらう)というカウンターだけのうどん・そばと卵を使った親子丼などを食べさせてくれる梅田のビジネスマンにはよく知られた店である。いくつかあるメニューの中でも人気なのが、うどん(そば)+卵かけ定食でワンコイン500円。なぜこんな写真を使ったかというと、訪日外国人の興味関心事は日本の「裏側」へ、「日常生活」へと向かっており、次に向かうのは都市の裏側が予測されるからである。写真の新梅田食道街はJR大阪駅と阪急梅田駅のはざま、しかもJR線の高架下にある食堂街で、大阪人にとってはよく知られた場所であるが、こうした場所にも訪日外国人は現れてくるということである。更に言うならば、店の名物メニューである「卵かけご飯」という日本人には慣れ親しんだ食ではあるが、訪日外国人にとっては20年前の刺身がそうであったように初めての「食」となる。つまり、こうしたサラリーマンの日常にも押し寄せてくるであろうということである。
この食堂街には立ち食い串カツの松葉本店や奴(やっこ)といった居酒屋などその多くは立ったままのスタイルの店が多い。ある意味、梅田のサラリーマンにとって聖地であり、東京であれば新橋の西側に広がる飲食街と同じである。こうした訪日外国人が東京新橋の路地裏にある例えば大露路という居酒屋に現れるかと言えば、すぐそこにまで来ていると言うことである。
こうした表から裏へ、既知から未知へ、あるいは現代から過去へ、といった傾向は観光だけでなく、食で言えば賄い飯のような裏メニューから始まりサラリーマンのワンコインランチにまで、勿論食べ放題も体験する、そんな訪日外国人が増えてきている。情報の時代がこうした興味を入り口とした小さな知的冒険の旅と化してきたということだ。



こうした興味関心事の「表」から「裏側」への変化は勿論訪日外国人市場だけではない。隠れ家や裏メニューといった「裏側」への興味は実は足元にも広がっていることに気づき始めた時代に生活している。足元とは地域で言えば国内であり、もっと狭い地元となり、楽しみ方としては「非日常」「特別」ではなく「日常」「普通」の中にある。つまり、視点を変えればそこは「新しい、面白い、珍しい」世界が広がっていることに気づかされ始めたたということである。こうした背景には所得が伸び悩んでいることが一番の理由であり、余暇市場としては縮小傾向にあり、今なおその傾向にある。余暇市場も成熟時代にあっていわゆる「身の丈消費」となっている。日本生産性本部による調査データが新聞記事にまとめられていたので掲載しておく。ちなみにこのデータは全体値であり、1年365日自由時間となったシニア世代がその余暇市場の多くを占めていることは言うまでもない。そして、このシニア市場のシンボル的旅行が周知の日帰りバス旅行である。温泉や旬のグルメ、食べ放題といったメニューのバスツアーであるが、この市場にも訪日外国人が少しづつ増え始めている。

昨年ブログにも書いたが、京都などの名所観光には訪日外国人も多く、日本人観光客はその多さにひいてしまい敬遠する傾向にあるという。このように2つの市場がクロスし、雑踏状態になった観光地も出てきている。そして、6月にはいわゆる民泊が実施されることになり、観光地のみならず生活者の住居地域にも多くの訪日外国人とのクロス状態が生まれることとなる。当然、街場の定食などの食堂にも食べに来るであろうし、銭湯を楽しむ人も出てくる。つまり、日常生活の中にどんどん入り込んでくるということである。
今年度の訪日外国人は3200万人と予測されているが間違いなく実現されるであろう。日本はマレーシアや香港、ギリシアの観光客数を超えて、オーストラリアやタイと同じような観光客が訪れるということである。つまり、世界で有数の観光地になったということである。この日本という狭い国土に、人口1億2700万人の街に、生活の中に、観光客が訪れるということである。

日本の「表」となる観光地は、新梅田食道街ではないが「裏側」にも興味関心事は向かって行く。東京であれば裏浅草や銀座であれば路地裏観光が進んで行く。実は日本は驚くほどの観光資源を持っている国である。それは日本人が知らないだけで、世界からは「未知」という魅力に満ちた国であると見られているのだ。クールジャパンと言われていた20年前と比べ、それまでのアニメやコミック、あるいはサムライ、忍者、禅、寿司、といった「日本イメージ」から大きく広がりを持った日本へと向かっている。ちょうど、家電製品の爆買いを終え、コンビニやドラッグストアでの買い物へと変化したように、日本の生活文化、日常へと進んできたということである。昨年秋に「もう一つのクールジャパン」というタイトルでブログを書いたが、もう一つどころではなく、路地裏にまで進出してきたということである。
これから桜の季節である。今年も多くの訪日観光客が花見に訪れるであろう。花見の名所は日本全国至る所にあり、日本が世界に誇れるものの一つが「四季」にある。四季から生まれた日本固有のライフスタイル、祭事や行事、食は勿論のこと暮らしの道具まで楽しむことができるコンテンツ王国であるということだ。今までブログを読んでいただいた読者は理解していただけると思うが、日本の産業構造が脱工業化へと変われるチャンスが生まれつつあるということだ。地方創生の新しい芽もまた生まれつつあるということでもある。但し、観光産業は平和産業である。そして、日本文化の成熟度がこれから試されるということでもある。より具体的に言うならば、「おもてなし」の心や宗教的寛容さ、さらには清潔で安全という日本ならではの魅力を観光商品の新しい価値として確立させて行くことが課題となる。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:20Comments(0)新市場創造

2018年03月11日

◆都心からわずか10数分の秘境駅 

ヒット商品応援団日記No705(毎週更新) 2018.3.11.


新しい消費物語始まる」と元旦のブログに書いた。「その新しさ」とは”モノ充足から離れた成熟時代の「いいね文化」「共感物語」”という新しさで、SNS、特に Facebookやインスタグラムによるもので、その新しい物語の拡散スピードは極めて早く、しかも広く到達する。こうした傾向は情報の時代の特徴でもあるのだが、1990年代後半に多発した「ブーム」とは異なるものとなっている。その理由は周知のインターネットによるものである。

ところでその拡散世界は「商品」は言うに及ばず、大きく言えば「人物」から「自然」「歴史・文化」更には「出来事」、つまりインターネットに載るものであれば全てが拡散の対象となる。渋谷のスクランブル交差点からピコ太郎まであらゆるものが拡散する時代である。勿論、そこにはユーチューバーや炎上商法という「逆手」にとったものまで現れている。米国の調査では「フェイクニュース」ほど拡散スピードは早く、しかも広がる対象も広いことがわかっている。その根底には、いまだかって出会ったことのない世界への興味関心であって、一言で言えば「未知」ということになる。フェイクニュースも今までの常識とは異なる未知の情報ということだ。私の言葉でいうならば、新しい、面白い、珍しい世界となる。そして、これも持論ではあるが、未知は大通りではなく横丁路地裏にあると。

さて冒頭の写真を見てどう感じられたであろうか。JR鶴見線の国道駅の写真で、都心からわずか10数分で体感できる秘境駅である。廃線が相次ぐローカル線の秘境駅が鉄道フアンのみならず、TV放映され人気の観光スポットになっている。これも「未知」を面白がる世界の一つである。鶴見線は鉄道オタクには知られた鉄道路線である。その理由であるが、鶴見線は首都圏にあって秘境駅と呼ばれるように歴史遺構レトロラインとして現存している。この鶴見線が走るエリアは京浜工業地帯誕生の地であり、日本の工業化の痕跡が今なお残っている。現在は路線沿線の工場群に働く人達の通勤路線となっているが、昼間の利用客は極めて少なく、秘境駅と呼ばれる駅がほとんどとなっている。こうした歴史を体感できる良きレトロラインでもある。

鶴見駅から一つ目の国道駅はいわゆる無人駅となっている。駅高架下の通りは昭和初期の風情が漂う空間ではある。ちなみに古いデータであるが2008年度の1日平均乗車人員は1,539人である。こうした空間から、黒澤明作品『野良犬』をはじめ、2007年の木村拓哉主演テレビドラマ『華麗なる一族』最終話など、しばしば映画・ドラマのロケ地として使用されている。
高架下空間が異様なムードを醸し出す駅として、紹介されることもある。高架下通路は約50メートルで、居酒屋が一軒営業しているが、他は無人の住居と店舗跡となっている。

実は全てではないが、こうした未知はどこにあるのかを探るには、1980年代までは「オピニオンリーダー」という存在からの情報であったが、今やその役割は「オタク」に代わった。勿論、オタクとは特定分野に人一倍思い入れがあり、こだわる人物を指すのだが、その分野はそれまでコミック・アニメから極めて広い世界へと広がっている。20数年前までは奇人変人と言われてきたが、現在は「その道の専門家」としてSNSなどでは有名人扱いとなっている。最近は落ち着いてきたが、ブログの浸透とともに、例えば「ラーメン食べ歩き」から始まり「ラーメン二郎の食べ歩き」になり、地方の「ご当地ラーメン食べ歩き」へとどんどん進化している。今までは美しい景観写真はプロカメラマン専用の世界であったが、例えばインスタグラムの浸透によって、夕日を背景に友人たちがモデルを務めた写真を撮る、一種の「自撮り」が至る所で見られるようになった。これも「自撮り」という自分表現の進化であろう。つまり、以前は横丁路地裏の存在がいきなり表通りになったようなものである。結果、「いきなり観光地」になる時代である。そして、このオタクの一人が訪日外国人であるということも指摘しておきたい。
この「いきなり」の後に観光地だけでなく、飲食店やメニュー、あるいは裏通りであったり、趣味から始めた手作りショップであったり、小さな村の昔ながらの祭りや行事ですら、興味関心事であれば世界中からいきなり人が集まる、そんな時代になったということだ。

ところでこのブログを書いている最中に、朝鮮半島の非核化という課題に対し米中対話が実現するかどうかという大きなニュースが飛び込んできた。報道によれば案の定米朝対話が水面下で行われてきていたとのことで、「いきなり」発表もそうした背景からであることがわかった。国際関係の専門家ではないのでコメントする立場にはないが、起こった現象には必ずその「理由」「原因」があるということだ。更には社会から注目されていた佐川国税庁長官が辞任し、森友学園への国有地売却に関する決裁文書に書き換えがあったと認める方針がわかってきた。これも文書の書き換えの裏側、その理由も次第にわかってくるであろう。
敢えてこんな「いきなり」を例に挙げたのも、そこに至る小さな変化は必ず起きているということである。古くはガルブレイスが「不確実性の時代」を書いたのは第一次世界大戦」「恐慌」を転換点に大きく変わって行く時代を不確実な時代と呼んだのだが、私は小さな単位ではあるが、戦後の社会経済の転換点はバブル崩壊であると指摘をしてきた。ガルブレイスの言葉を借りれば、不確実ではあるがそれは「確実」なこともあったということでもある。皮肉でもなんでもなく、立ち止まり、少し引いた目で見ることによって、起こった事象の理由を読み解いて決断することはできる。私の場合、10年近く街歩きをしているが、少なくとも「街」に変化が現れるということは、「確実」に近づくとことであった。例えば、話題となった行列店も訪れるコとはあるが、1ヶ月後、3ヶ月後、そして1年後もまた観察することにしている。つまり、「いきなり」の理由は何かを明らかにすることであった。1ヶ月後とはコンセプト・話題力はどの程度なのか、3ヶ月後とは手直しした結果はどう出ているか、そして、1年後はビジネスとしてこれからどうすべきか、というビジネスの確実性を追求していく方法である。

さて、冒頭の写真、国道駅・JR鶴見線という戦前から京浜工業地帯が今尚歴史遺構として現存している面白さである。ある意味、時代の裏側を体感する面白さである。鶴見線で使われる列車は年代物で鉄道オタクだけのものにしておくのではなく、工場群の通勤列車のためほとんどの駅は無人駅である。また、海芝浦駅に向かう支線のほとんどが、東芝京浜事業所の敷地内を走る。ホームは京浜運河に面しており、海に一番近い駅と言われている。対岸には東京ガス扇島LNG基地、首都高速湾岸線の鶴見つばさ橋などがある。こんな「裏側」も観光地になる可能性があるということだ。秘境駅を走ることから1日に数本という支線もあるので事前に十分列車ダイヤを調べて行くことをお勧めする。こうした眼を持って時代の変化を見ていくことによって、「いきなり」もまた異なる見え方ができるということである。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:23Comments(0)新市場創造

2018年03月06日

◆未来塾(32)昭和から平成へ、そして新元号の時代へ (後半)  

ヒット商品応援団日記No704(毎週更新) 2018.3.6.

新しい時代の迎え方を学ぶ


雑踏する大阪黒門市場
戦後の闇市が商店街になり、再開発から取り残されたエリアや商店街を「昭和レトロ」というコンセプトの下で再生させてきた事例を見てきた。そして、平成の時代になり、昭和回帰という潮流が社会に消費にと表の舞台に出てきたが、新元号となる数年後には、果たして「昭和」は残るであろうか、また「平成レトロ」回帰が昭和と同じように舞台へと上がるであろうか。今後昭和を生きてきた世代が少なくなっていくが当分の間は超高齢者市場として残っていく。そして、新たな時代を創っていくであろう平成世代はどうであろうか。
新時代の幕開けとなる2020年の東京オリンピックを境に、訪日外国人は4000万人を優に超えて行くであろう。観光産業を軸にしたグローバル化の波は都市部だけでなく、地方にも及ぶ。こうした産業構造の大転換を含め、これまでのテーマ型市場はどう変わって行くのか、変わらずにいくのか、昭和と平成という時代が創った市場のこれからを学んで行くこととする。

昭和と平成の構図、その心象風景

数十年という単位で時代を見て行くと、昭和が太平洋戦争による焼け跡からの復興であるのに対し、平成はバブル崩壊後の阪神淡路大震災、東日本大震災という未曾有の自然災害からの復興であった。昭和は戦争からの、平成は自然災害からという違いはあるが、共に焼け野原からからの復興である。
生活という視点に立つと、昭和の時代の「焼け野原」には闇市、露店、屋台、物々交換、平成の時代の「バブル崩壊」にあっては、大企業神話の崩壊と倒産・リストラ、災害からのボランティア・炊き出し支援、仮設商店街、・・・・内容は異なるものの共通しているのは「復興」のイメージである。その復興の象徴として路地裏商店街、小さな簡易店舗、更に屋台やフリーマーケット、あるいは歌謡曲、こうしたものが「昭和レトロ」への興味喚起剤としてつくられている。

東京中央区月島のもんじゃストリートも晴海通りの裏路地の商店街にあり、モダンで綺麗な造りにはなっているが、昭和の駄菓子屋の雰囲気を残した店内となっている。阿蘇の黒川温泉も川沿いに建ち並ぶ旅館街であるが、これも昭和の鄙びた山間の温泉街の風景が造られている。東京谷根千の谷中銀座酒店街も下町らしく会話が弾む距離間の店づくりとなっており、吉祥寺のハモニカ横丁も六角橋商店街も前述のように狭い路地に密集した小さな店が並ぶ、闇市の露店・屋台の雰囲気を醸し出すつくりとなっている。つまり、各々が担ってきた歴史に基づく固有の地域文化を絵解きしたようなそんな昭和の原イメージがつくられている。
「昭和レトロ」は一つの概念・コンセプトではあるが、このように個々異なるイメージの風景となっていることが分かる。

豊かにはなったけれど・・・・・夢がない

冒頭の昭和30年代という時代の空気感を「豊かではなかったけれど・・・・・夢があった」と書いたが、バブル崩壊後の平成という時代を表現するならば、「豊かにはなったけれど・・・・・・夢がない」ということになる。バブル崩壊後生まれた「夢」はどんなものなのか、社会に共有されないまま今日に至っているのではないか。言葉を変えていうならば、成熟時代の「夢」は何かということになる。
映画「Always三丁目の夕日」に描かれた昭和30年代の向こうには昭和39年の「東京オリンピック」というわかりやすい夢があった。”もはや戦後ではない”という言葉は、1956年度(昭和31年)の『経済白書』の序文に書かれた一節である。一般庶民における「戦後」は、やはり東京オリンピックを目指し、新幹線や高速道路に象徴されるような日本の国土が一変することを通して実感されるものであった。皮肉なことに、当時造られた高速道路をはじめとした社会インフラはその耐久期間を超えて大規模なメンテナンス時期を迎えている。人口ばかりでなく、あらゆるインフラが高齢化していると実感されているのだ。

ところでバブル崩壊後の平成の社会変化をキーワード化していくと、昭和という右肩上がりの成長時代との比較では真逆のような変化が続いていく。例えば、
1990年代/リストラ ・大企業神話の崩壊 ・産業の空洞化 ・阪神淡路大震災 ・オウムサリン事件 ・山一證券や拓銀破綻 
2000年代/ITバブル と崩壊・リーマンショック・・・・・・・・・・・そして、3.11東日本大震災。
この東日本大震災が起きた2011年の新語・流行語大賞にノミネートされた言葉が以下のようなものであった。
・想定外 ・安全神話 ・復興 ・瓦礫 ・帰宅難民 ・計画停電 ・メルトダウン ・絆
この年の大賞は「なでしこジャパン」となったが、「絆」と「帰宅難民」がトップ10に入っている。震災の当日、大津波が押し寄せ次々とあらゆるものを飲み込んでいく光景がライブ中継され、多くの人が声を上げることが出来ないほどであった。そして、戦争体験のあるシニアのほとんどがまるで戦災を受けた焼け野原のようだと。そして、日本は2回にわたって戦争体験をしたとも。その象徴とも言える言葉が「想定外」であった。以降、「想定外」という言葉は禁句となり、いつでも起こり得る日本列島の宿命であるとして強く記憶されることとなる。
東日本大震災3.11の4日後のブログに私は「商品が消えた日」というタイトルで次のように書いていた。

『さて消費についてであるが、大震災の翌日からスーパーの陳列棚から商品が消えた。こうした情況は土曜日より日曜日の方がひどくなり、翌月曜日の14日には生鮮三品を始め牛乳や卵、パン、豆腐といった日配品は全く商品が無く、空の棚だけが並んでいる状態となった。こうした葉もの野菜や鮮魚に代表される鮮度商品の欠品は当然であると思ったが、今回の消費特徴はお米とか缶詰、カップラーメンなどが同様に一切の商品が無いという点であった。ドラッグストアはどうかというと、トイレットペーパーといった紙製品がこれまた欠品となっており、卓上コンロ用のガスボンベや懐中電灯用の電池なども全て欠品となっている。つまり、自己防衛の巣ごもりへ冬眠生活へと、まるで買いだめのような消費へと向かったということだ。』

そして、2週間後のブログには「光と音を失った都市」というタイトルで次にようにも書いた。

『東京の今はどう変容しているか、電車やバスを利用し、都心を歩いたら実感出来る。全ての人が感じるであろう、とにかく暗い。計画停電によるところが大で、夜は勿論であるが、昼間でも極めて暗い。それは特定の店とか通りとか、電車のなかだけとか、あるいは駅だけとか、そうした特定の「場所や何か」が照明を落としている暗さではない。全てが暗いのである。更に、人通りが極めて少なくなった感がする。電車の運行本数が減ったにもかかわらず電車内においてもである。つまり、人が「移動」していないということだ。勿論、百貨店や専門店といった商業施設も営業時間を短く制限しているところが多く見受けられる。話題となるイベントや催事といった集客もほとんどが休止となった。今なお、日を追うごとに亡くなられた方が増え、更に行方不明の方までもが増え続けていることを考えれば無理のないことではある。』

そして、「戦争体験」とは無縁であった若い世代の心には漠とした社会「不安」だけが鬱積していくこととなる。勿論、正規非正規といった雇用面や収入が増えないといったこともあるが、「夢」は遠くのものと感じている。つまり、バブル崩壊後の度重なる大災害、一種の「戦争体験」を消化できないまま今日に至っている。「想定外」という言葉を飲み込むには、まだまだ時間を必要とするということである。
この若い世代を欲望喪失世代として「草食男子」あるいは若干旺盛な「肉食女子」などと揶揄しがちであるが、災害などのボランティアの中心世代として活動していることを見ても分かるように「優しい」世代である。ボランティア元年と言われたのがあの阪神淡路大震災であったことはある意味象徴的である。東日本大震災はもとより、御嶽山の噴火、熊本地震、北九州豪雨災害、こうした自然災害には多くのボランティアが活動しているのは周知の通りである。

バブル崩壊からの復興キーワードは「デフレからの脱却」?

2020年には2回目の東京オリンピックが開催されるが、バブル崩壊後の「復興」のシンボルにはなり得ない。その最大理由は今なおバブル崩壊の「清算」が、国、企業、個人においてなされていないからである。もう一つの理由は後述するがその清算の主人公が団塊世代から平成世代へと移ったということである。

まず国においてはどうかと言えば、これは推測ではあるが、戦後復興のキーワードであった”もはや戦後ではない”という言葉に当てはまる平成の言葉は”デフレの時代を終えた”という宣言であろう。バブル崩壊からの復興・立て直しにおける経済のキーワードが「デフレからの脱却」であった。つまり、デフレ経済の清算が未だ終えていないという状況にある。何故、デフレから脱却できないかといえば、これは私論であるが、結論から言えばグローバル化によって、従来のデフレ概念の物差しとは異なる時代を迎えていることによる。そのグローバル化の象徴が訪日外国人という観光産業であり、コミックやアニメといったクールジャパンビジネス。この世界を拡大解釈するとすれば世界でブームとなっている日本食関連の輸出拡大といった言わば「クールジャパン産業」の勃興・・・・つまり、従来の製造業・輸出中心の産業構造が大きく変わってきており、デフレの概念もまた変わってきているということである。

企業においてはどうかと言えば「パラダイム転換から学ぶ」において整理したように、バブル崩壊以降物の見事に日本の産業構造が変わってしまった。その象徴の一つがバブル期まではダントツ1位、世界の造船竣工の約半分を誇っていた造船王国は今どうなっているかを調べればその激変ぶりが分かるであろう。当時の製造業で今なお世界に誇っているのは自動車産業ぐらいとなっている。こうした変化を象徴するかのように、「モノづくり日本」という言葉がメディアに登場することが少なくなった。世界に誇った日本の「技能」がどんどん低下し続けている。昨年行われた技能オリンピックでは獲得金メダル数は1位中国が15個、2位のスイス(11個)、3位の韓国(8個)、日本はわずか3個で9位に終わっている。モノづくりをはじめとした「職人」の世界はこんな現状となっていること忘れてはならない。ちなみに、過去を遡れば2007年においては獲得金メダル数1位は日本であったが、以降は韓国が1位となり、2017年には中国がトップになった。「技能」とはつまるところ「人」によるものである。ここにも高齢化の波が押し寄せているということである。

ところで個人の場合はどうかと言えば、バブル崩壊を一番大きく影響を受けた世代としてはポスト団塊世代である。ちょうど人生で一番の買い物である「住居」という不動産価値は大きく下がり、購入時組んだ住宅ローンが大きな負担となる。つまり、資産崩壊が個人においても始まったということだ。そして、同時に前述の日本産業が一変する結果、「リストラ」が始まる。職を失うか、もしくは給与の減額という、それまでの働き方ではやっていけない時代が到来する。団塊世代の子供達は就職時期を迎え、リストラという言葉と共に「就職氷河期」という言葉も生まれた。そして、ポスト団塊世代もバブルの清算を終えない人も多く、数年後には高齢期を迎えることとなる。

「昭和レトロ」という居場所、そのイメージ

平成の時代は「崩壊」という言葉と共に始まっていく。こうした混沌とした社会崩壊の空気を吸ってきたのが、後に草食世代、欲望喪失世代と言われた平成世代であった。ある意味、崩壊から生まれた世代であると言っても過言ではない。バブルのなんたるかを知らない、ただ崩壊だけが原イメージとして残っている世代ということだ。
この世代にとって「昭和」はまるで新しい時代としてのイメージとなる。つまり、戦後の荒廃した焼け野原からの復興イメージではなく、再開発から残った街並み、古びた商店街や飲食街は今まで体験したことのなかった新しいイメージとしての昭和である。「古が新しい」とはこのことを指す。整然としたキレイな街ではなく、不規則で雑然とした街にはどことなく手で触ることができる、一種居心地の良い場所、つまり「自由な」空間であると言えよう。1990年代「都市漂流」という言葉が流行ったことがあった。家庭崩壊という言葉が表していたように、自由な居場所を求めての漂流であったが、「昭和レトロ」は彼ら世代にとっては一つの「居場所」になったということだ。
また、六角橋商店街の「昭和」はその闇市の名残を残す景観だけでなく、ふれあいの街と標榜しているように、商店のおばさんおじさんには母性、父性が感じられる「優しい商店街」となっている。

実はこの居場所は昭和を生きてきた団塊世代ともクロスする場所となる。団塊世代にとっての「昭和」は過去という「ノスタルジー」を楽しめる場所であるが、平成世代にとっては新しい世界である。今回取り上げた吉祥寺ハモニカ横丁の飲食街は、「アルコール離れ」と言われてきた若い世代の人気スポットになっている。若干ブームの気配がするのが大阪駅ビル「ルクアイーレ」の地下にある「バルチカ」という路地裏の飲食街である。
更に面白いことは、この「昭和レトロ」は日本好きな訪日外国人にとっても居心地の良い居場所となっている。旅好きの口コミサイト「トリップアドバイザー」における日本のレストランランキングを見てもわかるように、メニューでいうと「お好み焼き」であり、家庭的なサービスの、いわゆる庶民的な下町飲食である。数十年前の「富士山芸者」という日本イメージに代わる新しい日本イメージになる可能性があるということだ。

人は危機に直面する時、「過去」の中に未来を見ようとする

「過去回帰」は年齢を重ねたシニア世代固有の現象ではない。かなり前のことであるが、「揚げパン」が若い世代、特に中学生の間で人気商品となり、コンビニの棚にも並ぶようになったことがあった。その背景には小学校の学校給食の人気メニューの一つで、卒業しても食べたいという欲求にコンビニが応えたということであった。この現象を私は「思い出消費」と名前をつけたことがあった。中学という社会は「危機」ではないが、それまでの小学校という社会とはまた異なる大人への入り口となる社会である。つまり、「思い出」という自分が思い浮かべたい記憶をたどることに年齢差はない。今までとは異なる「何か」に直面する時、過去の中に「明日」を見ようとするのは極めて自然なことである。
バブルが崩壊した1990年代にはこうした過去回帰現象が数多く見られた。こうした回帰は回数多く現象化する。実はリーマンショックの翌年2009年に景気の後退・低迷さによるものと考えられるが、消費の表舞台へと一斉に出てきている。ちなみに日経MJによるヒット商品番付では次のような番付となっていた。

東横綱 エコカー、 西横綱 激安ジーンズ
東大関 フリー、    西大関 LED
東関脇 規格外野菜、西関脇 餃子の王将
東小結 下取り、   西小結 ツィッター
東西前頭 アタックNeo、ドラクエ9、ファストファッション、フィッツ、韓国旅行、仏像、新型インフル対策グッズ、ウーノ フォグバー、お弁当、THIS IS IT、戦国BASARA、ランニング&サイクリング、PEN E-P1、ザ・ビートルズリマスター盤CD、ベイブレード、ダウニー、山崎豊子、1Q84、ポメラ、けいおん!、シニア・ビューティ、蒸気レスIH炊飯器、粉もん、ハイボール、sweet、LABII日本総本店、い・ろ・は・す、ノート、

当時のブログに、私は「過去」へ、失われた何かと新しさを求めて」というタイトルをつけた。そして、2009年を、大仰に言うならば、戦後の都市化によって失われたものを過去に遡って取り戻す、回帰傾向が顕著に出た一年であった。しかも、2009年の最大特徴は、数年前までの団塊シニア中心の回帰型消費が若い世代にも拡大してきたことにある。
ヒット商品番付にも、復刻、リバイバル、レトロ、こうしたキーワードがあてはまる商品が前頭に並んでいる。花王の白髪染め「ブローネ」を始めとした「シニア・ビューティ」をテーマとした青春フィードバック商品群。1986年に登場したあのドラクエの「ドラクエ9」は出荷本数は優に400万本を超えた。居酒屋の定番メニューとなった、若い世代にとって温故知新であるサントリー角の「ハイボール」。私にとって、知らなかったヒット商品の一つであったのが、現代版ベーゴマの「ベイブレード」で、2008年夏の発売以来1100万個売り上げたお化け商品である。(海外でも人気が高 く、2008年発売の第2世代は累計で全世界1億6000万個 を売り上げている。 )
この延長線上に、東京台場に等身大立像で登場した「機動戦士ガンダム」や神戸の「鉄人28号」に話題が集まった。あるいは、オリンパスの一眼レフ「PEN E-P1」もレトロデザインで一種の復刻版カメラだ。
売れない音楽業界で売れたのが「ザ・ビートルズ リマスター版CD」であり、同様に売れない出版業界で売れたのが山崎豊子の「不毛地帯」「沈まぬ太陽」で共に100万部を超えた。
リーマンショックという消費が縮小して行く中にあって、消費経済力のあるシニア世代がヒット商品を産んでいることがわかる。

平成という時代の原イメージを創るのは「個人」

さて、来年5月には新元号が始まり「平成」という時代が終わる。平成の時代を生きてきた世代、1980年代後半からの世代でバブル崩壊を肌身に感じてきた世代はどんなイメージを持っているだろうか? 物質的には豊かにはなったが、「夢」が無いと書いた。この書き方も言葉の意味することもシニア世代による昭和との比較においてのものである。
この平成世代に向けた映画「君の名は。」が一昨年大ヒットしたが、監督である新海誠氏は同じアニメ映画であるジブリの宮崎駿監督や「シン・ゴジラ」で注目を浴びた庵野監督とは全く異なった来歴の人物である。周知のように新海誠氏は在学時代からのゲーム育ちの人物として知られ、2000年代に入りアニメ映画を製作している。いわゆるファンタジーアニメ映画であるが、その繊細な描写、映像美はそれまでのジブリ作品と比較し、群を抜くものではある。
ところで新海監督がデビューした2000年代前半にはライトノベル「涼宮ハルヒシリーズ」が隠れたベストセラーとして中高校生に読まれた時代でもある。エキセントリックな美少女高校生、涼宮ハルヒが設立した学校非公式クラブSOS団のメンバーを中心に展開する「非日常系学園ストーリー」である。書籍以外にもアニメやゲームにもなっており、累計発行部数は2000万部と言われている。

ライトノベル、ゲーム、アニメ、こうした世界はサブカルチャーの一大潮流を創っていることとは思うが、「夢」を描くとなると社会という現実の生活や生き方からは離れてしまう。宮崎駿監督の復帰次回作はベストセラーとなった「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎著)のタイトルから取ったという。主人公の中学生、コペル君が様々な出来事を経験して自分の生き方に目覚めていくというストーリーの小説であり、社会への一つの「力」となる作品が推測される。「夢」はわかりやすく人から人へと広がることによって「力」となる。そこには理屈っぽい言葉はいらない。しかし、単なる想像の世界、ファンタジーだけであったら、広がることなく「個人」の内なる世界で終わる。

遠くに見えるがいつかは現実になるかもしれない、そうした原イメージとなる「何か」が必要とされている。戦後の復興が東京オリンピックや東京タワーであったように。しかし、「団塊の世代」とネーミングしたのは堺屋太一さんであるが、「団塊」という「かたまり」となってビジネスや社会を動かしてきた。平成世代は真逆の「個人」という最小単位、しかも人口ピラミッドを持ち出すまでもなく圧倒的な少数派である。しかし、その「個人」は誰もが驚くような新しい世界の創造者になる予感がしてならない。

「好き」をつなぐ、「個人」、そして「日本」

平成世代の夢は「何か」と書いてきたが、ちょうど平昌オリンピックと重なった時であった。核問題・米朝という政治問題から始まり、閉幕式も政治で終わった冬季オリンピックであったが、その中身である競技については多くの人が「夢」の入り口を実感できたかと思う。
獲得したメダル数、いや「スポーツ競技」を超えて、多くの人がそれぞれの想いが生まれたことと思う。どのように受け止めたか異なると思うが、メダリストも、残念ながら果たせなかったアスリートからも、仲間、チーム、絆、応援、感謝、・・・・・そして、悔しさ。何か「昭和」を感じさせるものであった。いや、昭和というより、日本人、日本人のメンタリティといった方がふさわしい。男子フィギュアスケートで2大会連続して金メダリストになった羽生結弦はその代表的な選手であろう。
そして、そこには平成時代の「個人」がいるということだ。しかし、それが社会の「夢」へ、崩壊からの再生へと繋がって行くかどうかはわからない。少なくとも羽生結弦の場合は、3.11によって被災したふるさと宮城県の復興にはこれからも大きく貢献して行くであろう。団塊世代のような「かたまり」になって広がる、そんな時代ではなくなっているということだ。

平昌オリンピックに参加したアスリートに共通していたことは、競技への「好き」を、「想い」をそれまで応援してくれた多くの人々に、企業・団体に、結果を持って返していきたいということであった。この「好き」を未来への入り口とすることによって向こう側にある夢もまた明確になって行く時代であるということだ。カーリング娘のメンバーの一人が記者会見で語っていたが、”何もないこの北見で夢は内にだけはあったが、この北見が夢を叶えさせてくれた”、と。「好き」を繋いでくれたのは北見の人たちであったということである。
「物の豊かさ」という一見すると成熟した社会のように思えるが、成熟とは「好き」を入り口とした生き方を求める個人のことである。そして、復興もまたそうした個人によってなされるということだ。100人の平成世代がいれば、100の夢、100の復興があるという時代である。

勿論、バブル崩壊からの復興というイメージで新元号の時代が語られることはない。しかし、間違いなく平成世代が主人公として語ることになる。しかも、個人の内なる思いが熟成することによって、小さなイメージが創られ表現される。そして、その中から平成という時代が清算されるということだ。
そして、この「好き」こそが崩壊したコミュニティ再生の第一のキーワードになるということである。「好き」の先には、企業の再生があり、町おこしがあり、その先には地方創生があるということでもある。今回歩いた横浜六角橋商店街も地元神奈川大学生の力を借りでアーチや街路灯の整備を行っているのも単なる地元だからだけではない。「ふれあいのまち」に応えた、「優しい世代」が地元にいるということである。六角橋という街が「好き」な人達が集まれば、その結果一つのテーマコミュニティパークとなる。

ところで、消費面でどんなテーマとなるか未だ確かなことは言えないが、「昭和レトロ」というテーマに新しさを感じる平成世代ではあるが、「昭和」もまた少しづつ変わって行くことだけは間違いない。以前ブログにも取り上げたことがあるが、大阪駅ビルルクアイーレの地下に「バルチカ」という飲食街がある。「バル」というおしゃれなネーミングではあるが、飲食街の内容を見れば路地裏飲食街の趣である。その中でも人気の高いバル「コウハク」の目玉メニューは、おでんではなく洋風おでんと日本酒ではなくワインである。しかも安い。これが平成の若い世代の居酒屋である。この平成世代を表現するに、「昭和の孫」とでも呼びたくなるような世代である。このように「昭和レトロ」という着眼は残るが時代の好みと共に少しづつ変わって行くということだ。勿論、今のままの「昭和レトロ」がこれからも存続して行くことはないということでもある。
繰り返しになるが、テーマ・マーケティングとはこうした変化を取り入れ続けて行くということである。新時代を迎えるとは、「過去」の何を残し、何を「新しく」取り入れて行くかということに尽きる。(続く)  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:17Comments(0)新市場創造

2018年03月04日

◆昭和から平成へ、そして新元号の時代へ (前半) 

ヒット商品応援団日記No704(毎週更新) 2018.3.4.

来年5月には新元号の時代が始まり、平成が終わる。そして、新しい時代が語られると同時に、「平成」がどんな時代であったか、経済や社会だけでなく、消費においても多くの特集が組まれることであろう。今回のテーマである「新時代の迎え方」というそれまでのパラダイム(価値観)に大きな変化をもたらすものであるかどうか、昭和と平成の時代変化を今一度整理し、消費を中心にその変化の有無と方向を考えてみることとする。



ところで3年半ほど前に始まった未来塾では、「テーマの時代がやってきた」として、東京谷根千を始めとした多くの街やエリアにおいて、人を惹きつける「テーマ」の魅力について学んできた。何故テーマなのかはその都度明確にしてきたが、競争市場下にあって、テーマに沿った集積力は他社・他エリアとの比較で大きな競争力となることがわかってきたからであった。勿論、そのテーマに人を惹きつける魅力があってのことだが、よりわかりやすくするために、人が集まるという意味で、「観光地化」というキーワードを使ってきた。

例えば、都心の再開発によって子供相手の駄菓子屋が次々と無くなり、店先で売られていた「もんじゃ焼き」もどんどん廃れていった。そうした状況にあって中央区月島のもんじゃ焼きの店が裏通りの商店街に集まり「もんじゃストリート」と呼ばれるほとの街並みとなり、多くの観光客がもんじゃ焼きを目的に来街するようになった。テーマは昭和時代のもんじゃという商品・メニューであるが、他にも九州阿蘇の温泉街黒川温泉の再生も同じテーマ集積によるものであった。ゴーストタウン化した温泉街の再生テーマは「自然の雰囲気」で、そのテーマを生かすにはと考えたのが露天風呂で、全旅館がその露天風呂を造ることとなる。そして、「すべての旅館の露天風呂を開放してしまったらどうか」という提案があり、昭和61年、すべての旅館の露天風呂に自由に入ることのできる「入湯手形」を1枚1000円で発行し、1983年から入湯手形による各旅館の露天風呂巡りが実施される。さらに、町全体に自然の雰囲気を出すため、全員で協力して雑木林をイメージして木を植え替え、町中に立てられていたすべての看板約200本を撤去する。その結果、温泉街全体が自然に包まれたような風景が生まれ、宿には昭和の鄙びた湯の町情緒が蘇ったという事例である。そして、黒川温泉が一つのテーマパークとなった合言葉が「街全体が一つの宿 通りは廊下 旅館は客室」であることは、温泉旅館という業界を超えて広く知られるまでになっている。
(写真は黒川温泉組合のHP、季節の写真館より/冬には竹灯を川沿に灯す幻想的なイベントを開催している)
これが新しい時代をテーマを持って迎えた事例で、協力しあうことによってテーマ集積というより強い魅力を創ることに成功した良き事例となっている。このように100の町や村があれば、100の自然や歴史文化という資源を持ち、それらを再生、リノベーションし新たに構築していくことは100通りのテーマパークになるということである。「昭和レトロ」というテーマであれば、100の「昭和レトロ」があるということである。

豊かではなかったけれど・・・・・夢があった

戦後荒廃した昭和の日本、その時代の空気感を一言で言えば、「豊かではなかったけれど・・・・・夢があった」ということであろう。これは第29回日本アカデミー賞となった映画「Always三丁目の夕日」に描かれた昭和33年の東京を象徴した言葉である。西岸良平さんのコミックを原作にした昭和30年代の東京を舞台にした映画である。ここに描かれている生活風景は単なるノスタルジックな想いを想起させるだけではない。そこには物質的には貧しくても豊かな生活、母性・父性が描かれていて忘れてしまった優しさがあり、そうした心象風景で泣かせる映画である。

映画に描かれた集団就職、路面電車、ミゼット、フラフープ、横丁路地裏、他にも月光仮面、力道山、テレビ、メンコやビー玉、それら全てを含めた生活風景である。
そして、東京という都市ですらまだまだ荒れ果てた中にも自然は残っていた。都心から少し離れた郊外には田んぼや畑があり、クヌギ林にはカブトムシやクワガタが沢山いた。いわゆる里山があった。つまり、日本が近代化に向かって走る前、昭和30年代半ばまでの10年前後、団塊世代にとっての心象風景は、やはり路地裏にある生活の臭い、物不足の中にあっても走り回った遊び、少し足を伸ばせば里山があり、四季を明確に感じさせてくれる自然、そんな風景であったと思う。

闇市を母体にした商店街

戦後の物不足に対応した、いわば生きていくために自然発生的に誕生した市場で、公的には禁止された市場であることから「闇市」と呼ばれていた。実は東京銀座(三原橋辺り)もそうした闇市を母体とした街であるが、中でも戦後の雰囲気を色濃く残しているのが写真の上野のアメ横である。
その歴史を辿ると「自然発生的」という意味がわかる。終戦からわずか5日後に開かれたのが新宿マーケット(その一部が新宿西口の思い出横丁)。次には池袋駅西口、渋谷、新橋、神田、上野など、都心近くの主要駅周辺に続々と市場が開かれ、やがて郊外の駅前、道路沿いにも出現していく。赤羽、板橋、十条、吉祥寺、中野、荻窪、三軒茶屋、大井町、横浜伊勢佐木町・野毛・・・・・・・こうした闇市のほとんどが露天商によるもので、物の横流しといった犯罪や安全・衛生面などから1951年末までに規制が強化され、東京の場合は翌年からそのほとんどが消えていくことになる。こうした闇市は大阪にもあって、梅田には駅前のダイヤモンド地区や梅田裏の十三、あるいは鶴橋や西成にもあった。
しかし、露店は消えてはいくが、店舗を構えた恒常的な商店街、飲食街は残っていくこととなる。その代表例が前述の上野アメ横で近くの再開発ビルに露店は収容され、新橋であれば駅西側に再開発されたニュー新橋ビルへと移転していく。このように再開発の進行と共に闇市は商店街へと変わっていく。

こうした闇市のような商店街、横丁・路地裏の商店街に人が集まるのは、そこには売り買いの「やりとり」「会話」という「人」が介在する商売・消費の原型が残されているからである。欲しい商品は何か、何が安いか、その訳は・・・・・・・・パソコンで検索すればたちどころに「答え」が出る時代にあって、一見非合理にも見える商売に惹かれるのは何故なのか。それは上野アメ横の年末暮れの商売を見ればわかるが、何故この品物が良いのか、どこまで安くできるか、こうした「やりとり」の楽しさ、「買い物の楽しさ」があるからである。
商売の原型は大阪にあると言われるが、店頭の値段を見て「なんぼにしてくれる」とあいさつ代わりに聞くのが買い手で、「そんな無茶な」と答えるのが売り手のあいさつというやりとりである。露天商と言えば、映画「フーテンの寅さん」を思い浮かべるが、百貨店でよく行われている「催事販売」のような商売である。
もう一つが「規制」から自由であるということであろう。勿論、法に違反してはならないが、売り手・買い手共に自由に商売ができるということである。突き詰めれば、売り手にとっても、買い手にとっても、どれだけ「得」が得られるかということである。身近な例であれば、インターネット空間が誕生することによって、誰もが参加することによって新しい「何か」が創られ成し遂げられるオープンソースのような自由な試みが可能となる、それと同じような「自由な場所」ということだ。

再開発によって生まれた「昭和」

戦後の商業は闇市のような露店から新たな商業施設への移転、商店街の形成へと向かう。つまり再開発事業の進行と共に街がつくられて行った。映画「Always三丁目の夕日」が描いた「昭和」は、東京タワーに象徴されるような「夢」のある復興期の東京が舞台であった。周知のように数年後に行われる東京オリンピック開催を目指し、高速道路や新幹線などの建設が急ピッチに進む、そんな夢の象徴が東京タワーの建設であった。
こうした急成長はある意味「東京一極集中」の第一段階であったが、再開発事業から取り残された地域も出てくる。
平成の時代に入り、バブル崩壊によってそれまでの成長期から停滞期へと向かうわけだが、この取り残された地域の再生が始まる。その代表事例が東京の谷根千(谷中・根津・千駄木)と言われる下町の地域で、上野の西側の住宅地であり、寺町でもある地域である。上野の裏と言った方が分かりやすい地域で、都民からは桜の谷中霊園やツツジの根津神社のある地域程度の理解でしかなかった。しかし、戦災をあまり受けなかったことから古い木造家屋やアパートが残っており、また谷中銀座商店街も古き下町の商店が立ち並ぶまさに再開発から取り残された地域であった。実は取り残された分、「ザ・下町」とでも呼べるような昭和の匂いがする地域であった。この地域一帯を谷根千(ヤネセン)として注目を集めるようになったのは、4人の主婦による「谷根千」という地域雑誌創刊から始まる。(詳しくは未来塾「谷中銀座・下町レトロ」を参照)
この地域に残したいその理念として、「下町レトロ」というコンセプトによる小さな地域雑誌であるが、この考え方に共感した地域住民や寺の住職が再生へと向かう。ここで注目すべきは当時はリノベーションという言葉は一般化してはいなかったが、「既にあるモノを生かした町づくり」が行われた点にある。つまり、戦災に遭わなかった建物、街並み、そして住民自身・・・・つまり残すべき「下町」による町づくりが始まる。再開発から取り残された「昭和」が地域のコンセプトになったということである。
東京江東区の砂町銀座商店街や今回取り上げた横浜六角橋商店街も同じである。大阪で言うならば、通天閣・ジャンジャン横丁、あるいは梅田であれば高架下の新梅田食道街となる。それぞれ残すべき昭和あるいは下町の「何か」によってつくられ、その「下町レトロ」もそれぞれ異なってくる。実はその違いに「魅力」があり、人を惹きつける。
谷根千・谷中銀座商店街における残したい「下町」と大阪通天閣・ジャンジャン横丁における「下町」とでは全く異なる。下町とは、そこに住む人たちの息遣いや温もりが感じられる日常であり、生活のことであり、一言で言うならば地域固有の「生活文化」ということになる。その生活文化の象徴をビジュアルにするならば、谷中銀座商店街の場合は商店街に通じる坂の上「夕焼けだんだん」からみる商店街の風景であり、大阪通天閣・ジャンジャン横丁の場合はやはり巨大看板の向こうに見える通天閣のタワー風景ということになる。

吉祥寺ハモニカ横丁の場合

「昭和レトロ」というテーマで再生した成功事例の街の一つが吉祥寺ハモニカ横丁である。実はハモニカ横丁は前述の「もんじゃストリート」や「黒川温泉」のように一つのテーマ集積力によって再生した訳ではない。
その背景には吉祥寺という街の成長と衰退の歴史がある。吉祥寺ハモニカ横丁も戦後の闇市からスタートした小さな駅前商店街であった。実は日本の小売流通の変遷を吉祥寺も映し出している。そのドラスチックな変化をもたらしたのは「百貨店」であった。高度経済成長期、いざなぎ景気によって所得も増え豊かさを求めるようになり、その豊かさの象徴が百貨店という業態であった。そして、郊外である吉祥寺も例外でなく次のように大手百貨店が次々と進出する。
■1971年伊勢丹吉祥寺
■1974年近鉄百貨店東京店
■1974年東急吉祥寺店
この百貨店進出に一番影響を受けたのがいわゆる街の小売店で、ハモニカ横丁の小売店は次から次へと脱落して行く。闇市の跡地ということから八百屋や鮮魚店といった小売店だけでなく、衣料販売を始め当時人気のあった鉄道模型店や金魚屋まであった。そして、この百貨店自体も次のようにドラスチックに変わって行く。
□伊勢丹吉祥寺店→2009年コピス吉祥寺(ショッピングセンター)へ
□近鉄百貨店東京店→2001年吉祥寺三越+大塚家具→2006年ヨドバシカメラへ
■東急吉祥寺店→現在も営業

こうした変化はハモニカ横丁の店々にも押し寄せ1990年代末には退店もしくは業態転換して行く。バブル崩壊がこうした動きを加速させて行くのだが、業態転換の口火を切ったのは電気店経営から飲食店経営へと転換したカフェ「ハモニカキッチン」と言われている。そして、2000年代から若い世代向けのダイニングバーや日本酒の立ち飲みバーといった飲食店が増え、活況を見せるようになる。もう一つ見ておかなければならないのが、この横丁路地裏の「昭和」の風情を造ったのが新国立競技場の設計に携わっているあの建築家隈研吾氏をはじめとしたリノベーションによるものであった。谷根千の再生も4人の主婦による地域雑誌創刊があったように、ハモニカ横丁も「次」を目指した人たちによって「今」が創られていることが分かる。
ハモニカ横丁に一歩入るとタイムスリップしたかのような感がするのだが、そうした世界をOLD NEW(古が新しい)といった受け止め方がなされているのもこうしたリノベーションによるものであろう。
一種猥雑な空気が漂う横丁路地裏にあって、人の温もりがするどこか懐かしさのある路地裏飲食街である。こうした「昭和」もハモニカ横丁の隣には若い世代のトレンドファッションを集積するパルコがあり、周辺にはおしゃれな専門店が多く、こうした「新旧対比/昭和と平成」の面白さも提供している街である。そして、吉祥寺駅南側には武蔵野の自然が残る井の頭公園があり、ファミリーで楽しめる動物園・ミニ遊園地もある。10年ほど前から吉祥寺が「住んでみたい街No1」と言われるのも、こうした街歩き、回遊する楽しさのある街ということでもある。
このように再開発され平均化された街並みとは異なる吉祥寺ならではの横丁路地裏飲食街が生まれ、吉祥寺という街の魅力をつくる大きなアクセントとしての役割を果たしている。
ここにも100通りの「昭和レトロ」の楽しみ方があるということだ。

横浜六角橋商店街の場合

ところで横浜には特色のある3大商店街がある。1つは過去未来塾でも取り上げた興福寺松原商店街で「ハマのアメ横」と言われる元祖訳あり激安商店街である。2つ目が落語家桂歌丸師匠の地元で知られる横浜市南区の「横浜橋商店街」。3つ目が神奈川大学・横浜キャンパスのある東急東横線白楽駅前にある横浜市神奈川区の「六角橋商店街」。
今回はその六角橋商店街を取り上げることとした。この六角橋商店街のHPにはその商店街のコンセプトとして「ふれあいのまち」とある。ふれあうほど近い存在、売り手も買い手も、顔どころか気持ちまで分かる距離の地元に密着した商店街ということだ。

地元に愛されるわけ

六角橋商店街の歴史は古く戦前の東急東横線の開通(白楽駅)と神奈川大学の移転から始まる。商店街の位置を簡単にいうとすれば、白楽の駅前から神奈川大学へ向かう道筋約300mに170店舗が集まる連合商店街である。この商店街は大きな表通りの六角橋商店街大通りと並行した狭い道幅1.8mの仲見世通の2つで構成されている。歩けばすぐ分かるが、この仲見世は昭和の面影を残すレトロな商店街で、いわゆる全国チェーン店がほとんどない地場の商店構成となっており、谷根千の谷中銀座商店街や砂町銀座商店街とよく似た商店街となっている。
この六角橋商店街が注目されたのは、町おこしならぬ「商店街起こし」を次々と今なお実行してきた点にある。いわゆる売り出しやイベントで、その中でも早い時期から「ドッキリヤミ市場」というフリーマーケットを始め、「うまいもの市」やプロレスやジャズ演奏などのイベント、更には地域密着の小さなイベントである近隣小中学生を中心に募集していた「横丁アート」展示といったように地域に根ざした商店街である。特に、毎回2000人が訪れる「ドッキリヤミ市場」は21年目を迎え、六角橋商店街の看板イベントとなっている。
こうした個々の商店が協力し合うことと、神奈川大学の協力を得たイベントだけでなく商店街のアーチや街路灯などの環境整備事業に学生のデザイン力を借りるまさに地域密着型商店街として注目を集めてきた。ある意味、衰退していくシャッター通り商店街にあって、「生き残る術を持ったモデル商店街」と言えよう。

個性ぞろいの店々

六角橋商店街が注目を集めるきっかけとなったのは2012年TV東京による街を徹底的に紹介する地域密着系都市型エンタテイメント「出没!アド街ック天国」によるものであった。当時の放送を見て興味を思えたが、その後の商店街の「変化」はどうであるか今回の街歩きの目的の一つでもあった。
黒川温泉のテーマパークとなった合言葉が「街全体が一つの宿 通りは廊下 旅館は客室」であった。横浜六角橋商店街に当てはめると、「六角橋商店街全体が昭和の市場 通りは路地 商店は露店・屋台」となる。一つ一つの店舗は吉祥寺ハモニカ横丁の店舗と同じように小さな店舗がほとんどである。地場商店街ということで、近隣のお客さんはよく理解しているからであると思うが、各店定休日も違えば営業時間も違う。店舗構成も一通りあって、やはり神奈川大学生向けと思われるが家系ラーメン店が多くなっている。
狭い路地裏、昭和の雰囲気・・・・・・・こうした世界から想像されるのが街場の洋食店となるが、あのTV東京の番組「孤独のグルメ」にも紹介された「キッチン友」というご夫婦のお店がある。また、レトロな雰囲気の珈琲専門店「珈琲文明」にも立ち寄りたかったのだが、水曜定休ということで断念した。
個性的で面白い商店の一つにアンティークウオッチの「ファイアー・キッズ」という専門店がある。勿論高額なアンティークウオッチの代表格であるロレックスやオメガもあるが結構知らないブランドウオッチも多数あって、腕時計好きにはたまらない専門店である。
こうしたレトロな専門店と共に「ザ・昭和」とでもいうべき専門店がある。表通りにあるなんとも昭和な「柿崎水魚園」という写真の店である。昔風にいうならば街の小さな金魚屋さんである。確か以前には吉祥寺のハモニカ横丁にも金魚屋さんがあったと聞いているが、時代は水族館ブームとは言うものの、ここ六角橋商店街には今尚営業している珍しい専門店である。

昭和のコンビニ商店街

「昭和レトロ」な商店街というと、吉祥寺ハモニカ横丁を始め江東区の砂町銀座商店街、谷中銀座商店街、全て異なる「昭和」の魅力を発揮し、観光地化が進んでいる。この横浜六角橋商店街は同じ「昭和」であっても昭和の生活感が色濃く残っている商店街と言える。
今回味わうことができなかった店の一つが、おでんを売る「かずさや」という小さな店である。夕方近くになると店先のパイプ椅子に座っての居酒屋になる、そんな生活感を残した店である。

というのも商店街から一歩路地に入ればそこは住宅街で、六角橋商店街はそんな住民の「生活市場」になっていて、これも商店街生き残り策の一つであろう。それが可能となるのも、商圏が小さく同じ横浜の興福寺松原商店街のように広域で集客しなければならない商店街ではない。ある意味、小さな商圏内での「昭和のコンビニ」といった便利で使いやすい商店街ということだ。
こうした地元住民と生活を共にする商店街のこれからであるが、他の商店街と同じ様に空き店舗も出始めているようだ。課題は「後継者」の有無に尽きる。ここでも高齢化時代の問題が表へと出てきているということである。ただ写真の小さなカフェは芋の蜜からつくられたスイーツショップ「あめんどろや」である。
若い女性向けのおしゃれな和風甘味店で、推測するに最近オープンした店のようである。こうした「新しさ」も地元住民に応えたものであると言えよう。コンビニと同様、新陳代謝もまた必要ということだ。(後半へ続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:47Comments(0)新市場創造

2018年02月18日

◆デフレを楽しむ時代へ  

ヒット商品応援団日記No703(毎週更新) 2018.2.18.

「デフレ脱去」では無い時代を迎えている。デフレが常態化した時代の経済を考える時期にきているということである。消費という世界でデフレという言葉が盛んに使われるようになったのは1990年代後半からであった。その象徴がデフレの御三家と言われたマクドナルド、吉野家、そしてユニクロであった。各社デフレを味方にしたことによる勝者であるが、規模のチェーンビジネス、専門特化集中したビジネス、そしてSPA(中抜き)という従来のビジネスを変えた革新的な経営によってであった。1998年4月には消費税5%が導入されるが、流通においてはイトーヨーカドー、イオンによる消費税分還元セールが大人気となる。更に、マクドナルドによる半額バーガーも大ヒット商品となる。そして、インターネット商店街(楽天)が本格稼働する。つまり、多くの企業は一斉に「新しい市場づくり」に向かうわけである。それは家計経済、消費者にとっての収入は周知の通り1998年以降右肩下がりとなる。そうした消費生活に応えるためであった。
次の図2枚は消費税の導入を軸にどのような消費変化が生まれたかを整理したものである。







さて1年半後の秋には消費税10%が導入される。過去政治的判断で先延ばしされた導入であるが、その消費に及ぼす影響・変化については今年の夏以降予測を書く予定である。実はこの「消費変化の推移」の図は2013年に書いたもので、2014年以降2017年までについてはブログを是非読んでいただきたい。特に、「主要な社会現象」もさることながら、「新たに生まれたメニュー&業態」の推移を俯瞰的に見ていけば、どれだけデフレ時代を乗り超えてきたかがよく分かる。そして、こうした推移を見ていくと分かると思うが、2008年のリーマンショック以降はそれまでの10年と比較しそれほど大きな変化はない。つまり、1998年から始まったデフレ克服の挑戦は2008年までの10年間でほぼ終えているということである。但し、リーマンショックによって、低価格志向がより強まり多くの分野で市場の縮小が起こり、例えばファミレスを始めとした外食産業ではリストラによる経営再建が行われた。。大きな業態変化があるとすれば、ネット通販の更なる拡大とメルカリに代表されるフリーマーケット・中古市場の台頭となる。そして、ここ数年消費市場という大きな市場変化の波を起こしたのは2つ、この点については以前から指摘してきた「オタク市場」と「訪日外国人市場」である。

デフレの時代と言われた1998年以降約20年近くどんなことが進行したかを整理すると以下のような「集中現象」が起こっていたことが分かる。その集中化とは一言でいうならば「中心化」である。つまり、多くの競争の結果が特定の中心に向かって起こる集中現象である。その中心の多くは次の3つである。

1、特定中心価格への集中・・・・・・・価格競争は特定の価格へと収斂し、その中での競争となる。基本単位100円、ランチ価格500円、ブッフェ(食べ放題)価格1000円単位。
例えば、増税によって一定の消費収縮は見せるが、それ以上に特定の方向へと「消費移動」が起きる。その移動の価格帯の中心点を見出すことが重要となる。
価格破壊、デフレ業態であるスーパーやディスカウンターにおいても日々進化を遂げている。安かろう悪かろうでスタートした「100円ショップ」も10年程経過し日常生活へと定着した。こうした手軽で、便利な使いやすい価格商品はその後も品質やアイディア面で進化してきている。そして、より専門店化し、オリジナル製品化へと向かっている。つまり、既に100円という価格の中身の競争となっており、その競争は更にし烈なものとなる。そして、こうした「100円均一」の潮流はコンビニへ、更には食品スーパー、居酒屋へと広がっている。
こうした分かりやすい価格の単位に顧客の関心は向かう。そして、競争がこの価格帯内で行なわれるが、課題は同じ価格ゾーン内での「消費移動」が行なわれる
 ことの発見が課題となる。過去、マクドナルドの「100円バーガー」が大ヒット商品となった時、同じ価格ゾーンの商品に大きな影響が出た。その代表的商品がインスタントラーメン(カップ&袋麺)で売上が大きく落ちる現象となって現れた。顧客は「100円バーガー」を大量に購入し、冷凍保存し、何日にも渡って食していたことが後の調査で分かっている。こうした消費移動が中心価格帯で起きるということである。

増税は価格もさることながら「お得」意識を先鋭化させる。どんな「お得」を提供できるかが競争軸となる。つまり、価格だけが競争になる訳ではない。500円ランチの競争相手はコンビニだけではなく、自分で作る「弁当族」でもあるということである。常に、「お得」の中心がどのように変化・移動しているかを見極めることが重要となる。つまり、中心価格帯内でのお得競争になるということである。言葉を変えて言うならば、例えば”品質の差はある”といくら頑張っても中心価格帯から外れた価格での競争は出来なくなるということである。(日本の家電製品が一時期韓国勢に負けた背景、ガラパゴス化と同様である)わけあり商品に見られるように、増税は「価格満足度」という競争軸に更に向かわせることとなる。
つまり、LEDがそうであるように、あるいはスマートハウスが象徴しているようにコストパフォーマンスという新しい合理的な価値観が生活全体に浸透していくということである。「最初は高いが、結果お得」商品で、HV車を始め冷蔵庫や洗濯機などの白物家電が省エネ・省資源を売り物に既に販売を伸ばしている。こうした商品は
従来(過去)の商品との比較においてお得感を明示していくのだが、今後は単品としてのお得から、生活全体のお得へとシュミレーションしていくことが予測される。つまり、従来(過去)型消費、単純に節約する行動とは別の発想への転換である。
また、ネット通販がその価格満足度を含め流通において唯一成長しているが、同様に成長しているのが「アウトレット」である。トレンドを追わない、1年遅れの商品で満足という顧客が増えている。これもお気に入り商品を安くという満足度である。あるいは山間の一軒家レストランに行列が出来ている場合もある。これらは他店が真似できない独自性をもっており、一定の規模ビジネスの場合は中心価格帯内での競争となる。この独自性は真似の出来ない「人」によるところが多い。”あの人だから”という固有な魅力が顧客を引き寄せる。そのお得感は固有であり、ワンコインの世界とは異なる価格満足度の世界である。

2、特定中心エリアへの集中・・・・・・・全国規模では東京への集中、地方であれば県庁所在地への集中、郊外であれば駅などへの集中、あるいは大規模商業施設への集中。
 例えば、 エリア間の競争においては、モノ集積、情報集積、人の集積、金融の集積、それら集積力が都市の魅力として人を引きつける。その魅力とは常に変化という刺激を与えてくれることに他ならない。新しい、面白い、珍しい「何か」と出会えるのが都市の魅力であり、商業はそうした「未知」を提供する競争の時代となっている。特に、東京はTOKYOであり、変化し続ける世界中の「今」を体験できる都市となっている。
結論から言うと、既にエリア間(都市と地方)の格差は起きているが、これまでの消費増税はこの傾向を更に強めていくこととなった。その最大理由は、「職」とそれによって得られる豊かさは都市にはあるということである。そして、東京、特に都心・湾岸エリアには今なお人口が流入し続けており、今後もこうした傾向は続くものと予測される。

3、特定中心情報への集中・・・・・・・話題情報発信の中心/あらゆるものがメディアとなる時代であり、それは都市(エリア)、商業・店、テーマ、人、
例えば、過剰な情報が行き交う時代の直中にあって、「何を」選択基準とするのか、顧客の側が持ち得ない情況となっている。そして、選択の基準として採用したのが、ランキング情報である。ところが「食べログ」という情報サイトでは、高い評価という「やらせ」が行なわれ発覚したが、情報をナビゲートすることの中からしか選択できない時代となっている。そうした情報の時代にあって、当たり外れのない、安心基準として「評判の店」「話題の商品」へと消費は向かう。結果、話題店、話題商品、話題エリアへの一極集中現象が起きる。
世代間、男女間、あるいは都市・地方との間、更には収入や好みといったことの興味・関心事の中心がどこにあるのかが、ビジネスの最大眼目となった。具体的には「テーマ」となって情報発信されるが、このテーマがいかに興味関心事の中心を言い当てているか、増税はそうしたテーマ競争をより鮮明化させる。つまり、「誰」を顧客とするのか、そして「どんなテーマをもって行なうか」が最大のビジネス上の課題となる。
情報発信力の無い、集積度も低い「地方」に活路はないのかというと決してそうではない。地域固有のテーマ性、都市にはない地方ならではのテーマをもったテーマパーク、コミュニティパークが街を村を再生させるキーワードとなる。

実はこうした中心化が進行する中で、新たな市場が生まれており、実は逆の現象が起こりつつある。それは今までの中心から少し外れた「地方」で、「路地裏」で、今まで当たり前のことから見向きもされなかった「日常」で、あるいは「生活」の中へと入り込んできたのが、周知の「訪日外国人市場」という新市場である。勿論、訪日を重ねたリピーター、日本が好きになった「日本オタク」である。20年ほど前、秋葉原を訪れる日本人アニメオタクの中に訪日外国人もいたが、次第にそのオタク度も人数も進行・拡大し、そのオタクの口コミなどから「日本オタク」による観光の裾野が広がってきた。これがクールジャパンの本質である。
実はこうした旅行好きにとって日本のデフレ経済はLCCの世界規模での拡充と共に極めて安価で普通の日本の生活体験が享受できる「日本観光」を生み出してくれることになった。その象徴となっているのが、数年前まで寂れた状態にあった大阪の下町通天閣・ジャンジャン横丁の再生である。一時期元気のなかった難波・道頓堀も訪日外国人銀座と化している。

ところで、「デフレ時代の消費経済 」を今一度考えてみると、消費への新視点が必要となっていることがわかる。というのも、1年半後には消費税が10%になる予定である。そして、これはどうなるかわからないが、日本から海外に出国する場合に新たな「税」を負担させると財務省は考えているようだ。つまり、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを見据えてのことだが、消費税10%は訪日外国人にとっても極めて大きな税でこのまま免税措置がなされるならば、訪日外国人市場、その消費市場は間違いなく7兆円以上の規模程度にはなるであろう。そして、この消費内容は従来の爆買い内容とは根本的に異なるものとなり、日本人の消費生活と重なり合う日常的に使うコモディティ商品である。更には都市部観光から地方へとその裾野が広がり、「地方創生」への転機になり得るであろう。昨年から観光立国などと言い始めているが、このこともまた「内」から変わるではなく「外」から、訪日外国人市場によって変わる日本がある。まあ、そのことは良いこととして、地方も単なる訪日外国人による観光収入だけでなく、実はグローバル化の意味・影響を一番実感しているのが実は地方である。何を求めて日本に来るのか、リピーターの理由を多くの調査結果を見ても分かるように、寺社仏閣や富士山観光といった従来の観光から日本の生活文化へと進化・深化してきた結果であることが分かる。その一つが地方・辺境の文化であり、横丁路地裏の日本文化、生活文化を観てみたい、実感体験してみたいという行動になって現れている。30年を超えるTV番組に「世界・ふしぎ発見!」があるが、日本への興味関心事はトヨタやソニーといった製品を生み出した国、あるいはコミックやアニメを生み出した国の人たちがどんな文化を持ち、どんな生活をしているかへの関心で、ある意味埋れた日本の「ふしぎ発見」観光である。その象徴が渋谷のスクランブル交差点であり、浅草雷門の巨大提灯や大阪であれば道頓堀の巨大ネオン看板である。

この日常化したデフレ経済にあって、日本人自身の消費意識も大きく変わり始めている。それは従来の消費が「お得」を軸に、より合理的な価格観が育ってきている。日常はつましく、ハレの日はちょっと華やかに、とは京都の生活の知恵であるが、そのちょっと華やかなプチ贅沢を楽しむ消費傾向が見受けられる。この消費傾向、プチ贅沢は、デフレが長く続くことによる「消費疲れ」が原因であるとよく言われるが、それは全く逆のことである。日常のつましい消費も、プチ贅沢も、共に「楽しむ」時代にすでに入っている。つまり、「デフレを楽しむ」と言うことである。もっと端的に言うならば、「つましさ」をも知恵やアイディアを持って楽しむと言うことである。
その消費観は、足元にある街場の店へと向かっている。TV番組「マツコの知らない世界」ではないが、散歩ブームを背景に、訪日外国人市場における「ふしぎ発見」と同じように、未だ知らないデフレ世界の発見へと向かっている。勿論、そこにある新しい、面白い、珍しいデフレを楽しむことである。こんなところに、こんな価格の商品がお店があったのか、と言うふしぎ発見の楽しさである。

こうした「デフレを楽しむ」消費行動は、それまでの「中心化」から少し外れたところへと向かっている。例えば、全国規模でチェーン展開する大手スーパーから特色ある地域スーパーへ、あるいは地域のファミレスへ、飲食店へ、専門店へ、更には地方の市場へと。今まで古い業態であると言われてきた食堂へ、あるいはオヤジだけと思われていた大衆酒場へ、立ち飲み酒場へ。例えば、リーマンショック後に生まれたキーワードである「せんべろ酒場」は、サラリーマン向けの酒場としてだけではなく、「千円でベロベロになれる」酒場として全国至る所にこのネーミングと共に生まれてきている。1年半ほど前に注目されたTV番組「孤独のグルメ」や「酒場放浪記」は今や全国いたるところで楽しまれている。そして、これからこうした情報が口コミサイト「トリップアドバイザー」にも載り、評価を受けたら、勿論訪日外国人も押し寄せるであろう。共に「日本のデフレ」「日本の生活文化」を楽しむと言うことである。生活の知恵とはかくもたくましいものである。最早デフレは脱却でも克服するものでもなく、楽しむものとして定着している。そして、1年半後に予定されている新消費税10%の導入に対してはよりシビアな目を持った消費者が待ち構えていると言うことである。その「シビアさ」とは、「お得」を超えた楽しませ方があるかどうかにかかっている。更に言うならば、これまで集中してきた「3つの中心/価格帯・エリア・話題」から少し外れた周辺へとシビアな目が向かい、その周辺にも競争が広がると言うことである。(続く)
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:13Comments(0)新市場創造

2018年02月04日

◆嘘と本当の狭間で 

ヒット商品応援団日記No702(毎週更新) 2018.2.4.


隠れたベストセラー「広辞苑」が10年ぶりに改訂された。前回の第6版以降定着した言葉約1万項目を追加し約25万項目を収録。毎年末に行われる新語・流行語大賞がまさにその年の「流行語」を選んでいるのに対し、広辞苑は「定着した言葉」が選ばれている辞書である。定着とは広く社会に流通し、使われたという意味である。新語・流行語の場合は大賞に選ばれた「一発芸人」と同じように翌年には社会の表舞台から知られずに消えて行く言葉ではない。
そうした収録・非収録の基準として、岩波書店は次のように事例を持って説明している。

広辞苑第6版が10年前に改訂された時には収録が見送られたが、今回、十分に定着したと判断され、第7版で収録されることになったのは、例えば「エントリーシート」「がっつり」「クールビズ」「コスプレ」「モラルハラスメント」など。
 逆に、今回も見送られたのは「アラサー」「アラフォー」「アラフィフ」「がん見」「ググる」「つんでれ」「ディスる」「ほぼほぼ」「ゆるキャラ」など。

「ゆるキャラ」なんかは収録しても良いかと思うが、こうした「現代語」の分野では「いらっと」「上から目線」「お姫様抱っこ」「口ぱく」「小悪魔」「ごち」「婚活」「自撮り」「勝負服」「乗り乗り」「無茶振り」などが入っている。

ところで昨年来米国のトランプ大統領による「戦略用語」として「フェイク(嘘)ニュース」という言葉がツイッターを通じて世界中に拡散されている。この「戦略用語」という意味は、政治の常套手段である「敵を創る」ことを通して、自分の主張世界をより強固にするという意味である。30年ほど前からビジネス・マーケティングの戦略用語に、「競合的に」(Competitive)戦うという競争戦略がある。他者・他社との戦い方を差別的優位をきわだらせるためで、トランプ大統領の場合は大手メディアを「敵」に見立てて、「戦略用語」として「フェイクニュース」という言葉を枕詞にして主張するということである。この戦略を採った場合、主張の鮮度を維持するためには、つまり政治的優位さを持続するためには常に「フェイクニュース」という枕詞を使い続けなければならなくなる。通常のビジネスの場合は、この競争戦略には大別すると、コスト(経済性)優位と、差別化(異なる世界)優位の2つになる。トランプ大統領の場合、前者をアメリカファースト(雇用・TPP離脱・パリ協定離脱など)であり、後者は前大統領オバマ(オバマケア・戦術核などの諸政策)となる。問題なのは、こうした立場の違いを踏まえた戦略の良し悪しではなく、「フェイク合戦」によって嘘と本当が混在し多くのものが見えなくなっていることである。情報的に言えば、部分・断片をつなぎ合わせても「全体」が見えなくなっているということである。

何故この「フェイク(嘘)ニュース」という言葉を取り上げたかというと、これからもトランプ大統領からは政権の鮮度を維持するために使われることと思うが、インターネットによってコミュニケーション世界が広がれば広がるほど、言葉、母語(日本語あるいは米語など)が重要になってきていることを認識しなければならない時代を迎えているからである。この「フェイクニュース」という英語を母語とする民族・米国民・英語圏の人たちの考え方・感じ方は少なからず日本人である我々にも影響を与えている。幸いなことに、日本の場合例えばフェイク論議は政府とメディア間では米国ほど深刻な問題・対立・分断にまでは至ってはいない。昨年の新語・流行語大賞には「忖度」が選ばれたが、語の意味は「他人の気持をおしはかること」という意味だが、その意味するところの世界で「忖度してはいけない場合」と「忖度すべき場合」を明確に分けて考え行動している。そこには母語としての「美意識」や「和精神」があり、それら世界から逸脱した社会規範や法に抵触する世界とを明確に自覚しており、いわば成熟した市民意識が醸成されている。昨年の森友問題における行政の「忖度」が問題視されたのは、法に抵触したか否かであった。このように「忖度論議」が大きく社会問題化したのも、「忖度」という言葉を使うことにより、その問題の実相に迫るということであった。このように言葉を使っているというより、言葉で問題が「明らかにされる」と言った方が明解であろう。つまり、言葉を道具として使っているようで、実は逆に使われているということでもある。

米国に忖度に当てはまる語があるかどうかわからないが、新語・流行語大賞に選ばれたのも、少なくとも日本の場合「母語」の精神世界がまだ生きているからである。ところで「フェイク」という言葉に関していうならば、日本語の世界としては、「嘘」とは事実とは異なること、騙す、偽り、まがい物、と言った意味であるが、実は極めて多様な意味合いが含まれている。宗教研究者ではないが、仏教では「嘘も方便」という言葉があるように、人を傷つけないため、敢えて嘘をつくこともある。こうしたことは一定の年齢まで日本語を生きてきた日本人であれば意味する世界を理解している。
消費においても、殺生を禁じられている禅宗の「精進料理」のように多くの「もどき料理」が今尚残っている。その代表例が周知の「がんもどき」である。いまではヘルシーな料理であることと共に、本物との味や食感の違いを楽しめる料理としても人気がある。こうした料理や素材は「カニカマ」というヒット商品を始め、大豆ハンバーグやなすやイワシを使った「うなぎもどき」など知恵や工夫の詰まった「食」を楽しんでいるのが日本人である。
ただし、古くは耐震偽装事件から始まり、「発掘!あるある大辞典」のような「やらせ」という情報偽装、成分内容や賞味期限の偽装、産地偽装、工業用米・汚染米を食用米への偽装という事件が起きた。その汚染米事件は、その後食用には使ってはいけない汚染米の使用を知っていて使った美少年酒造は破綻し、知らずに使ったがそれら全てを廃棄し、正直に記者会見を行った薩摩宝山(西酒造)は逆に正直であったことから見事に復活しヒット商品となった。こうした事象を見てもわかるように、「嘘」と「もどき」の世界をわきまえた日本人の精神世界をよく表している。

インターネットという過剰情報が交錯する時代にあって、分かり易さとスピードを求めて、常に対立する何かを設定し、Yes or No、白と黒、0と1といったデジタル化させながら「何か」を伝えていく時代となっている。今年に入り、この2つの世界を埋めるかのように、「いいね」文化、共感価値の時代に向かっているとブログに書いてきた。そうした共感感情を喚起させ共有するメディアが周知のSNS、インスタグラムである。1枚の写真で多くのことを語る、しかも表現したい「自分」をもである。昨年の新語・流行語大賞に選ばれた「インスタ映え」がこうした時代を物の見事に映し出している。
こうした共感共有時代はこれからも進化していくと思うが、言葉に潜む語りつくせない「言葉」がいつか奔出するのではないかと思うことがある。それはインスタグラム、写真が雄弁に語れば語るほど抜け落ちていくものを感じてしまうことと表裏にある。写真と母語との齟齬、写真という切り取られた世界の限界と言っても良いかもしれない。もっというならば、奥行きとしての「文化」を感じ取ることができないということである。インスタグラム、ビジュアルを否定する気は毛頭ないが、逆に足りない点をわきまえることの必要性を感じるということだ。

以前、トリックアート(だまし絵など)や差分という「見えていない別のもの」を感じ取る「脳の答え」について考えたことがあった。ある意味、”見えていないものを脳が勝手に見てしまう”世界、逆に”見えているのに見ていない”と感じてしまう世界も同様である。極論ではあるが、「嘘」であるとは言わないが、「勘違い」や「先入観」あるいは「思い込み」が消費面においても頻繁に起きてくるということである。競争が激化すればするほど、心理市場においてはこうした間違いが起きてくる。
冒頭の広辞苑の「定着」した語の収録ではないが、一呼吸間を置いた消費、別の言葉で言うならば「安心・安定」消費が求められてくる。時に高速道路を降りて、一般道を走るということでもある。

また、もう一つ必要なことは「言葉は音である」ということを忘れてはならないということである。音を失ったら、言葉は半分死んでしまう。言葉は何万年も昔から音とともにあったわけで、文字が生まれたのは、ほんの昨日のことである。
特に言葉で音が重要なのは、「いいね」時代、共感共有の時代にあっては、理屈という語の意味だけでなく,感情が、気持ちが、音には入っているということである。音と写真という、つまりあたかも店頭で顧客と直接対話しているかのような「動画」、ノンフィクション動画が「いいね」時代の主要なコミュニケーションになるであろう。その背景ではないが、 YouTubeに公開された動画で数百万回見られているそのほとんどは素人による投稿のものであることからも、その「リアリティ」こそが求められているということだ。前回「心が動かされるもの」として笑いと涙(泣く)を挙げたが、これもこの「リアリティ」「ライブ感」が求められているということにつながる。「嘘」とは言わないが、その情報が写真であれ、文字であれ、断片・部分情報ならざるを得ない時代である。少しでも「全体」「本当」に近ずくにはこのリアリティ・ライブ感が必要ということだ。(続く)

追記 冒頭の写真は横浜の激安商店街の小売店頭写真である。いつ行っても「本日限り」と表示されていて、厳密に言えば「期間限定表示」に違反したものとなる。30年も前に流行った限定表示による顧客誘引法の一つだが、その商店街を訪れる地元の人たちにとって、よく利用していることから最早「嘘」表示ではなくなっている。単なる「安さ」表示の形容詞程度となっているということである。勿論、法は一見の顧客を前提にしたものとしてあるが、少なくとも多くの生活者にとって嘘と本当については十分わきまえて購入・非購入している。しかし、この「わきまえる力」が学習されない生活者が多くなっていることも事実であるが。  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:32Comments(0)新市場創造

2018年01月28日

◆全国に広がる路地裏観光  

ヒット商品応援団日記No701(毎週更新) 2018.1.28.



一昨年からこれからの市場創造に欠かせない着眼として訪日外国人とオタクがあると指摘をしてきた。2017年度の訪日外国人は2869万人、その消費額は4兆4161億円であったと観光庁から発表があった。円安の副産物あるいはLCCなどの格安旅行が世界の至る所で可能になったことによるものだが、次は夜遊び消費がテーマであるとメディアは取り上げている。しかし、すでに北米などで放映されているアニメ映画の影響もあって「忍者モノ」などのエンターティメントショーは東京では新宿や浅草、赤坂などで活況を見せている。あるいは東京新宿のゴールデン街には口コミにより数年前から多くの訪日外国人が深夜まで酒を楽しんでいる。

実は一昨年から東京ディズニーリゾートや富士山、あるいは浅草寺雷門、京都伏見稲荷神社や清水寺といった従来型の観光ルートから、日本の生活文化を体験できる「路地裏観光」へとシフトしていくであろうと予測していた。そして、「日本観光応援団」のガイドサイトを昨年秋テスト的にFacebookで立ち上げることとした。勿論、表通りの観光地ではなく、まだ知られてはいない日本人の生活感が色濃く残る「路地裏観光地」をテーマとしたサイトである。面白いことに、そこには散歩ブームもあって、日本人観光客も「未知」を求めて集まっていた。ああ、日本人自身も実は知らないんだと言うのが素直な感想であった。以降、訪日外国人が行くであろう「路地裏観光地」、その街歩きをスタートさせた。未来塾で取り上げた「街」の多くはそうした視点からの選択でもあった。

例えば大阪の場合、既に観光地となっていたミナミの黒門市場を始め、道具屋筋を中心とした裏難波、勿論再生した通天閣・新世界ジャンジャン横丁から西成へ、更に木津卸売市場、あるいは梅田裏ではお初天神裏参道を始め中崎町から天満卸売市場・天神橋筋商店街、・・・・・・・・さて次はどの街をどのように歩こうかと考えた街の一つが「京橋」であった。マスメディアで取り上げられることの少ないこともあって、あまり注目されることのない京橋であるが、大阪人の生活がある意味まるごと残っている「ザ・大阪」とでも表現したくなる街である。中でも立ち飲み居酒屋通りや屋台村「とよ」に是非行きたいと昨年秋大阪の友人に伝えてあったのだが、残念ながら果たせなかった。ところが先日その「とよ」が訪日外国人も行く海鮮居酒屋としてTVで紹介されていた。「とよ」は大阪人であればよく知られた昔から行列ができる屋台の海鮮居酒屋であるが、まさか訪日外国人までもがと驚かされた。

この「とよ」を実感したいと思ったのは、行列店には必ずいる名物オヤジとこれでもかといったサービス精神旺盛なてんこ盛りメニューを味わって見たかった。「とよ」には江戸時代に生まれた屋台商売の原型、そして大阪らしいサービスの原型が残っているからである。また、京橋駅北口にはもう一つの原型、「立ち飲み」居酒屋が軒を連ねており、これも昭和レトロの風景が残されていて、「オヤジの街」と言われてきた京橋が若い世代にも人気の街になりつつあるという、そんな点も行ってみたい理由の一つであった。こうした街にもすでに訪日外国人が訪れているということだ。
立ち食い、屋台、安価、食べ歩き時代にはマッチした業態・価格が京橋には残されている。こうした業態は散歩ブームを背景に数年前から都市部の商店街でも行われるようになってきたが、食べ歩くというエリア・回遊ができるようなテーマ集積がなされている場所は極めて少ない。東京ではこうしたエリアとしては上野アメ横の「夜市」ぐらいであろう。このアメ横夜市にはすでに日本在住の中国や韓国、あるいは東南アジアや中東の人たちが集まり楽しんでいる。エスニックTOKYOの夜遊びの象徴のような街となっている。(詳しくは、未来塾「エスニックタウンTOKYO」を参照してください。)

このブログにも京都観光における名所観光と言われる伏見稲荷神社や清水寺、あるいは金閣寺や三十三間堂といった名所観光には観光客が溢れ出るほどの混雑ぶりで、日本人観光客は嫌気がさして「ひいて」しまい減少傾向すら生まれている。そうした背景から昨年あたりから京都は周辺の観光開発が進み広域観光が始まっている。
以前町おこし・村おこしをテーマに講演を行なった京都府南丹市美山町もそうした広域観光地の一つとなっている。「美山」という名前の通り、日本の自然を始めとした原風景が残る地域で、コンビニもいや信号一つないそんな田舎の村である。聞けば学校にはプールが無く、夏には綺麗な美山川で生徒たちは泳ぐそんな村である。その美山にもインバウンドの波が押し寄せているという。特に、飛騨高山の白川郷・五箇山にある合掌造り集落群ほどの集積はないが、萱ぶきの家の集落があり、台湾をはじめとした多くの観光客が訪れていると聞いている。こうしたかやぶき住宅の集落見学に加え、体験テーマを「米」に設定し、約6時間の滞在中にしめ縄や箸、おにぎり作り、餅つきを盛り込んだメニューを実施している。観光参加者も手作りチラシを京都市内のホテルなどに置いてもらって集めたとのこと。

また、鳥取の友人からは数年前に境港に中国からの観光船が寄港し、米子のショッピングセンターでは1日で3億円の売り上げがあったと言っていたが、その後山陰地域にも訪日外国人が増え続けているという。それまでのゴールデンルートと呼ばれた観光ルートは大きく全国へと広がっている良き事例の一つであろう。特に隣の島根県にも続々と訪日外国人が押し寄せているという。島根には周知の出雲大社があり、訪日外国人が好きな城(松江城)もある。さらには訪日外国人が体験してみたい温泉(玉造温泉)と畳座敷の和風旅館が多く存在していることも魅力となっている。日本人にとって極々普通の生活様式であるが、インバウンドビジネスにあっては既にある資源をもとに、「普通の生活」「日常生活」というその地域固有の生活文化が観光魅力になっているということだ。よく言われることだが、京都人にとって多くの寺社仏閣という世界文化遺産に囲まれて生活しているのだが、そんな歴史遺産は日常であり、特別意識するものとはなっていないことと同じである。

3年ほど前の「爆買い」が終わっても続く日本観光と言えば、渋谷のスクランブル交差点、浅草寺雷門の巨大提灯、大阪道頓堀の巨大ネオン看板といった観光ランドマークと共に、行ってみたい体験してみたいところといえば、全国各地にある城、和風旅館、露天風呂、地方ならではの「食」、更に日本ならではの自販機やガチャガチャ、100円ショップ、ドンキホーテのような激安ディスカウントストア、コンビニやドラッグストア、特色のある居酒屋、すき焼きや寿司の食べ放題、多様なラーメンの食べ歩き、・・・・・・・・こうしてインバウンドビジネスの推移と傾向を見ていくとわかるが、全て海外にはないものばかりである。国民食から世界のジャパニーズヌードルとなったラーメン然り、小さなことを言えば抹茶や抹茶菓子もそうである。こうした楽しみ方は日本人も訪日外国人も同じで、例えば最近ではシニア向けの日帰りバスツアーに訪日外国人も参加し始めているという。日帰りバスツアーと言えば、人気の「食べ放題」を中心とした1万円前後の安価な観光である。

ところでその訪日外国人がこんなところにも出没しているという事例については前回の未来塾でも取り上げてきた。その象徴として昔の日雇い労働者のドヤ街であった大阪西成、東京では山谷に、バックパッカー向けのゲストハウスが次々とリノベーションして誕生していると。そして、その周辺の飲食店が賑わっていて、トリップアドバイザーによる2017年度の人気ランキングNo1に大阪西成のお好み焼きの「ちとせ」がランキングされている。
こうした安価なゲストハウス需要に応えた一つにあのフーテンの寅さんのロケ地で知られている東京葛飾柴又に同じようなゲストハウスが出来て帝釈天への参道に訪日外国人が現れてきたという。その宿泊施設は「柴又BASE」で、葛飾区の旧柴又職員寮を、ドミトリーを備えたバックパッカー向けのホステル(宿泊施設)にリノベーションしたというものである。ちょうど2年半ほど前になるが、今で言うところの寅さん映画の「聖地巡礼」の地である柴又が廃れて行く状況を未来塾「テーマから学ぶ」(観光地競争の「今」)として書いたことがあった。都市も地方も、街も村も、商業施設も商店街も、通りですらもが「観光地化」と言う集客競争の時代で、柴又は観光地としては衰退の一途をたどるであろうと言う内容であった。(冒頭の写真は参道の土産物店)
2020年の東京オリンピック・パラリンピックを目処とした民泊の法整備が遅れており、急激に増え続ける訪日外国人の宿泊需要に追いつかないことから、前述の大阪西成や東京山谷や、あるいは東京の中央線沿線には多くのゲストハウスが生まれ活況を見せている。こうした状況下での宿泊施設の誕生によって、多くの訪日外国人が柴又を訪れ、帝釈天の参道商店街も変わって行くことと思う。この参道を歩けばわかるが、従来の日本人観光客相手の草団子などの土産物店が多く、飲食店としては川魚料理・うなぎや天ぷらといった店があるがどれも相応の高い価格の食事処となっている。訪日外国人が好む安価で楽しめる居酒屋などの飲食店は極めて少ない。恐らくそうした店ができるまでは、単なる宿泊のみで飲食をはじめとした「遊び」には他の街へと流れて行くことと思われる。土産物店はあっても、日本人が「いいな」と思う日常的に使える店がほとんどないと言うことだ。これから柴又帝釈天がどのように変わって行くか、注視して行くつもりである。

こうした地域固有の生活文化、日本人が当たり前のこととして気付かずにいた「日常」は、インターネットによって、口コミによって、想像以上に早く拡散して行っていると言うことである。これも「いいね」時代、共感連鎖時代の特徴としてあると言うことだ。2年ほど前、「わさび事件」という小さな文化の衝突があった。わさびは日本独自の香辛料で訪日外国人にとって、きわめて珍しいことから寿司などには大量につけて食べる事があった。関西のある寿司店で過剰にわさびをつけて出したところ、わざとやったとして「バカにしてる」とネット上で非難の声が上がりその寿司店が謝罪したことがあった。そうした文化の違いは、お互いに経験し合うことによって、その文化の奥にある「良さ」がわかっていくものである。京都の美山町で行なわれている体験テーマが「米」となっているが、ご飯として食べるためだけの米ではなく、多様な食べ方や残った藁を使ったしめ縄を使った山里の暮らし体験などもそうした文化の良さの一つであろう。そこには昔からの知恵やアイディアが込められた暮らしの文化がある。そこにも古来からの「勿体無い」精神があり、これも日本固有の暮らし文化ということだ。こうした文化理解には多くの時間を要すると思っていたが、インターネット時代・「いいね」時代の共感連鎖は極めて早いということである。勿論、「負」の連鎖も同様であることも忘れてはならない。(続く)

*なお、テストではあるが、京都の友人も数年前から京都や大阪の路地裏に残っている祭りや催事、更には食事処をレポートしてくれています。興味のある方は私の Facebookのホームにもシェアしてくれているので、どうぞご覧ください。
  


Posted by ヒット商品応援団 at 13:39Comments(0)新市場創造